表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/83

きてみれば?

何でこんなところで信号に突っかかるんだよ。

普段は滅多に赤にならない手押し信号に引っかかった。信号を押した中学生はもう背中しかみえない。マジで早く行きたいんだっていうの。ポケットにねじ込んだクリーニングの引換券をきゅっと握って、ペダルに足をかけた。

クリーニング屋はもうすぐそこ、看板の先が見えていた。信号が青に変わった瞬間にペダルを踏みこんだ。店先に自転車を置いて自動ドアを潜ると、久し振りにみた店主の奥さん。嫌な予感がした。俺は

「浅野です」と出来るだけ小さな声で言うとポケットの中で丸めてしまった引換券をカウンターに置いた。おばさんは、ちょっと待っててねと引換券片手に店の奥へと。その背中を見ながら気が付きませんようにと心の中で願ってみるも、学生服と父親のスーツを手にしたおばさんはにっこり笑って

「誰かと思ったわよ、圭吾君だったのね」と俺の顔をじっと見つめてそう言った。


「どうも」それ以上でも以下でも無く。クリーンニングさえ手に入ればここにようは無いと言うのに、おばちゃんは服を手に携えたまま、機関銃のように喋り始めてしまった。確かに、最近会っていない同級生の情報はそれなりに嬉しいものだが、今日は今日だけは勘弁願いたかった。俺は曖昧に返事をしているのに、おばちゃんは一向に察する事もなく話しは止まらない。途中意を決して「あの……」と話しかけてみるも、見事にスルーときたもんだ。マジ頼むよそう願った時にふいに店の電話が鳴った。おばちゃんは「ちょっと待ってね」と言ったけれど、カウンターに置かれたそれらの服をすかさず手に取って確認した。確かにうちのだな。それさえ済めば帰るのみだ。

「ありがとうございました」と小さな声でお礼を言うとおばちゃんは受話器を抑えて

「こちらこそ、また宜しくね」と言うと、受話器を耳に当てて大きな声で話し始めた。ちょっと待っててだなんて、またあの電話を待っていたんじゃいつ帰れるものか解ったもんじゃないっつうの。

手にしたスーツと学ランは結構がさばって自転車の小さな籠にいっぱいなった。折角クリーニングに出したのに皺になるかもしれない、大きめの袋を貰ってくればよかったかもとほんの少しだけ過ったが、ちらっと振り返った店の中。それこそ、電話を切られてまた話しが始まったら元も子もないと多少気になりつつも元来た道を走りだした。母さん頼むよ、俺のいないところで変な話はしてくれるなよ。行きよりも更に力を込めてペダルを踏む俺がいた。最近の運動不足もあってか家に着いた時には息が上がってしまっていた。勢いよく自転車のスタンドを蹴っ飛ばして少々乱暴に自転車を置いた。

腕にクリーニングを引っかけて、玄関の扉を引き寄せる。

「ただいま」

靴の踵を踏みつけてリビングへ。


「あら、圭吾早かったわね」

「お帰り圭吾君」

重なる2人の声。郁の顔は多少うろたえているように見えなくもないけれど、大丈夫だったのだろうか? ソファにクリーニング屋から取ってきた服を放りだして、テーブルに近づくと。


マジかよ、ほんと何でこんなもん持ってくるんだよ。

そこには俺のアルバムがある訳で。幼稚園の運動会の写真が張ってあるそのページ。母親の顔を一睨みするとぱたりとそのアルバムを閉じた。


「おー怖い」

なんて、言う母さん。郁に至っては

「可愛かったよ」

だなんて。まぁ確かに幼稚園児にカッコいいはないだろうけれど、ちょっと凹むって。

ちょっとバツが悪そうに俯く郁に

「今度は郁のを見せて貰うからね」

と言ってみた。俺の言葉を聞いてか途端にあたふたし始めた郁。

だけど、確かに興味はあるよな。幼稚園の頃の郁って。


「圭吾の分もコーヒー淹れてきますか」

テーブルに手を突いて立ち上がった母さんが背中を見せると俺は郁の耳元で囁いたんだ。


「約束だからね、郁のアルバム」って。

小さな声で

「見せなくちゃ駄目?」

だなんて言われたけれど

「うん、駄目」

と郁の目を見て頷いている俺がいた。


あっと言う間にコーヒーを持ってきた母さん。ここでまた母さんに何か言われてはたまったもんじゃないと、母さんからお盆ごとコーヒーを受けとると郁の分のコーヒーと2人分のケーキも乗せて

「じゃあ、上にいるから」

と郁の腕を引いた。


「あら、もういっちゃうの? お母さんもっとお話がしたかったのに」

ときたもんだ。だから嫌だっていうの。

目が泳いでいる郁にもう一度促して、学ランを郁に持たせると階段を上った。

「あっじゃあ、すみません」そんな声が聞こえた。背を向けてはいるがぺこりとお辞儀する郁が目に浮かぶ。少しの間の後、階段までやってきた郁に

「ここだから」

と自分の部屋の前に立つ。毎日毎日、過ごしている部屋のなのにちょっと緊張しているようでドアノブを持つ手が汗ばんでいた。

べ、別に疾しい事は何もしないって。と自分に言い聞かせてみたり。


「お邪魔します」

と俺の部屋に一歩踏み入れる郁。

ただ、学ランを貸すだけだけど。

喫茶店だって、映画だって、公園だっていつも2人でいるはずなのに。

何だかぎこない2人。

床の上のクッションに郁を促すと、机にお盆を置いてふーっと深い息を吐いてしまった。

やばっと思って郁を見ると、郁の俺と同じようにふーっと深い息を吐いているところだった。

目がばっちり合って、一呼吸置いたあと2人で噴き出した。


「だって、物凄く緊張したんだもん」

真っ赤になってそういう郁。

「ごめんな、あんな母親で」

すると、ブンブンと首を振って

「ち、違うのそういう意味じゃなくって。素敵なお母さんだね」

って。何処がだよと、心の中で突っ込みをいれている俺がいた。


それから、圭吾君らしい部屋だね。と本棚を見上げて郁がそう言ったのだけれど、正直その他は何を話しているのか覚えていなかったり。

自分の部屋に郁がいる事が嬉しくって。舞い上がる気持ちを抑えるのに必死でいつの間にか飲みほしてしまったコーヒー。

頼るコーヒーが無くなってちょっと焦ったり。

そうだ、肝心の学ランだ。

ベットの上に置いた学ランを手に取ってビニールを剥がして

「着てみれば?」

と郁の前に差し出すと

「へっ」

と郁が目を丸くした。

「大丈夫、大きいから郁の制服の上からでも充分羽織れると思うよ」

嫌だって言われたらちょっと凹むかもと思ったけれど。

暫し考えた郁は

「じゃあちょっとだけ、着てみようかな」

と学ランを手に取った。


心の中で『よっしゃ』とガッツポーズを取ったのは言うまでもないか。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ