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そわそわの一日2

――郁ったらまた得意の百面相しているよ――

顔を見なくてもその声は良く聞いている桜さんの声でありまして。

――だな――

これまた最近妙に桜と気が合っている大山の声だったりする。

ここで振り返っては格好の餌食と化してしまう。反射的に捻りそうになる首にぐっと力を込めて聞かぬ存ぜんぬとばかりに、私は目を瞑った。

運がいいというか何というか、今日は教員会議があるらしく6限がカットになるらしい。

部活に所属していない私はいつもより早く帰れるわけでして、これって都合がいいのかもって。

折角だから、圭吾君の住む街を少し散策してみようかな。

なんて事を考えていたら、隣の席の内田に腕をつつかれた。

「始まるぞ」って。我にかえったらみんな起立をしているところだった。私ったら先生が教室に入ったなんてちっとも気がつかなった。小さな声で「サンキュッ」っていうと後ろからクスっという笑い声。

桜だよ。この帰りのホームルームの後、ダッシュ決定だなと心の中で呟いた。


刻々と近づくその時間、当然の事ながら担任の話なんて、全く耳に入らなくて。週番の号令が掛って最後の挨拶、顔を上げると同時に私は予定通り教室をダッシュで駆けだした。

電車の扉にもたれながら、自分に言い聞かす。

落ち着くんだよ、初めての圭吾君の家、そそっかしい事だけはしないようにしないとだ。

最初が肝心って言う言葉もあるくらいだからな。

そんな事を考えていたらあっという間に目的地。電車を降り、トイレに入ると髪を整えて鏡の前で笑う練習をしてみた。だってもう緊張で顔が強張っているのが解っていたから。


まだ時間あるよね。携帯で時間を確認しながら一人呟いてみる。

やっぱり何かお土産とか持って行くべきだよね。べっ、別に圭吾君のお家の人にどうとかって言うんじゃなくて、ほら、学生服も借りるからと一人頭の中でごちゃごちゃ考えながら。

駅の階段を降りながら、圭吾君はここを毎日通るんだなぁとか思いっきり妄想してしまったり。周りを歩いている学生達を横目で見ながら、圭吾君と同じ駅を使う人達をかなり羨ましいと思ってしまう私がいた。

階段を降りて、右に曲がると商店街。花火大会の時に圭吾君が教えてくれたんだ。直ぐそこには本屋さん「ここには良く来るんだ」って言ってたっけ。本屋さんの入り口からちょっと中を覗いてみたら、特に読みたい本がある訳でもないのに思わず本屋さんの中に入っていた。確か、歴史物と推理物って言ってたよな。私には一生縁遠いものだったりするけれど。早速本屋さんの中を見物。奥のコーナーでは大学生だろうか若そうな男の人がエプロンをつけて本を並べていた。圭吾君もバイトでこんな事をしているのだろうなと凝視してしまった私。

あまりにも見続けていてしまったせいか私に気がついたそのお兄さんに


「何かお探しですか?」と声を掛けられて、焦ってしまった私は


「何にもお探しではありません」なんて変な日本語を言いながら本屋さんを後にした。


気を取り直して商店街をふらついてみる。

すると、数件先にとても可愛らしい外観のケーキ屋さんを発見。ショーウィンドウからお店の中を覗いてみると、ガラスのショーケースに可愛いケーキが並んでいるときた。このケーキをお土産にしようと迷わずお店に入るとこれまた美味しそうな匂いがお店の中いっぱいに広がっていて、もう涎が出そうだった。ガラスケースに顔を近づけて、素敵過ぎるケーキを物色開始しのはいいけれど、どれも美味しそうで中々決まらない。いくつ買っていけばいいのだろう。溢れ出た唾をごくり飲み込むと一旦ガラスケースから顔を離して、考えてみる。家族分プラス私の分? そんな事を考えていたら後ろから柔らかい声が聞こえてきた。


「迷っちゃうわよね、どれも美味しそうだものね」

振り返ると、女の人がほほ笑んでいた。

「そうなのですよね、どれも美味しそうでみんな食べたいくらいです」

なんて、思わず口にしてしまった。初対面の人にまでこの食い意地を見せてしまうなんて、恥ずかしすぎでしょ私ってば。だけどその人は笑いもせずに

「ここは初めてなの?」と話掛けてくれた。

「はい。そうなんです。どれも美味しそうで目移りしてしまって」

そう言うとその人は

「そうね、どれも美味しいわよ、因みに私のお勧めはこのショートケーキとタルトかな」

なるほど視線の先のショートケーキとタルトねとか。

「じゃあ、それを買ってみようかな、ありがとうございます」

思わぬ助け船を貰った私は、教えて貰ったショートケーキとタルトを購入した。

会計を待つ間にも、その人とケーキの話で盛り上がってしまった。お店の雰囲気そのままの包みを手にして、また散策の開始。

やっぱり学校かな、一度しか来た事がないけれど、確か一本道だったような。

自転車の荷台に乗って圭吾君の腰に手を回して、でも下駄が気になって足が痛くて。

あの時の事を思い出して、カーッと顔をが熱くなった。段々と学校のシンボルである欅の木が見えてきた時に携帯が震えた。この着信は、圭吾君からだ。ケーキの包みを小脇に抱え携帯を取り出した。

そっと耳に押し当てると、大好きな声。いつの間にか時間が経っていたようで、圭吾君は家に帰った後だったらしい。小学校で待ち合わせをすると決めて、携帯をきると私は小走りで大きな欅を目指して歩き始めた。今にも走りだしたいところだけれど、ケーキを崩すわけにいかないからな。そうは思うも段々と小走りになっていたりして。迷わず着いた学校の前。ドキドキが収まるようにと何度深呼吸したか分からない。「落ち着け私」とまるで呪文のように繰り返して呟いてしまった。何だかじっとして黙っていると自分の鼓動が聞こえてくるみたいだった。それを紛らわすように意味無く数を数えてみたりして。でもやっぱり緊張のせいか数は増えるはずなのに、何時の間にか減っていたり。どんだけ緊張してるっていうんだ。何度目か分からない300の数字を唱えた後、ふと顔を上げると圭吾君がそこにいた。こんな時いつもなんて話しかけていいのか迷ってしまったりするんだよね

こんにちはじゃ他人行儀な気がするし、どうもっていうのも違う気がして。結局前置きなしで

「迎えにきてくれてありがとう、早かったね」

なんて言葉しか出てこなかった。圭吾君は学生服で自転車に乗っていた。これは初めてみるバージョンだ、なんて事が頭に浮かんでいたりして。今日は私も制服だから、こんな風に歩いているとまるで同じ学校の生徒みたいで何だか嬉しかったりする。そして、もしかして私ってばまた自転車に乗っちゃうのと思ったけれど、圭吾君は自転車を降りたまま私と並んで歩いていてちょっとだけほっとしたり。今日は2人とも口数が多かったような気がする。ケーキの話だったり学校の話だったりそんな事を放しているうちに圭吾君の足が止まってしまった。とうとう来てしまったよ、圭吾君の家に。

途端に緊張が押し寄せてきた。

突然きた事を心配すると、圭吾君から意味深な言葉がかえってきた。

外野が煩いって? 一瞬固まってしまった。

すると直ぐに今度は歓迎され過ぎって。目眩がするかと思った。

そして、また衝撃が。聞き覚えのある声に振り向くとそこにはさっきの女の人だ。

まさか圭吾君のお母さんだったなんて。テンパってしまった私は本日2度目の変な日本語を言ってしまって、けれど、圭吾君のお母さんはケーキの包みをみて笑ってくれた。いや、もしかしたら私の事を笑われた? でもどうする事も出来ないと私も一緒に笑ってみたり。

それでもって、背中を押されて入った圭吾君の家。お邪魔しますとは言ったもののなぜだか私は圭吾君のお母さんとリビングのテーブルに一緒に座っていたり。それでもって圭吾君が出掛けてしまうって。まさか肝心の学生服が無いなんて。

慌てて私も一緒にと言ったのだけれど、圭吾君のお母さんの誘惑に負けてしまった。


――圭吾の小さい時の笑える写真見てみない?――


こっそり言われたその言葉、気がついたら私


「じゃあ、私待っているね。気をつけて」


なんて言っていた。






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