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来る?

送っちゃったよ……


揺れる電車のドアに背中を預け、送信済みとなったメールの画面をパタリと閉じた。

いつもながらに言葉の足りないそのメール。

面と向かって言ってしまったら、きっと余計な事を言ってしまいそうで。

嫉妬丸出しっていうのも、みっともないだろ。

郁は、なんて言うだろう。また、きっと俺がこんなキリキリしているなんて考えずに

「大丈夫だよ」なんて返ってくるんじゃないかと思ってしまう。

はぁ〜何度目か分からないため息をついて、携帯をポケットにしまった。


郁からの返信がこないまま夕飯の時間。俺はなんとなくそわそわしていて、携帯はポケットにいれたまま。借りるねって只一言の返事が欲しいだけなのに。

もしかしたら、もう借りちゃったとか言わないよな。だとしても、他の誰の制服だって、郁の袖に通したくないっていうの。


「圭吾、食事はもっと美味しそうな顔して食べてね」

なんて母さんから突っ込まれる。勿論意味を含んだその笑い顔をみれば本気でそう思ってない事は一目瞭然。そういう気分なんだよと心の中で返事をして、箸を進めた。

後一口で、ご飯を食べ終わると言う時に、ポケットの携帯が震えだした。思わずあっと声が漏れてしまい母さんの視線が俺に向けられる。だからそのニヤニヤした笑いはやめてくれって。俺は急いでご飯をかきこんでご馳走様と手を合わせた。


「いえいえ、こちらこそご馳走様」

全くとんでもない母親だ。


部屋に着くまでの時間ももどかしく、階段を上りながらメールを開くと

「ありがと。借りるね」

と短い返事。改めて携帯を見て、借りるねと言葉に思わずヨッシャとガッツポーズをしてしまう俺。まるで小学生のようだ。そんな舞いがっていた俺の背中にふとした気配。嫌な予感と共に後ろを振り向くと、鼻歌をしている母さんの後姿が目にはいった。またみられたのか? またからかわれそうかも。残りわずかな階段を駆け上がると、携帯を片手にクローゼットを開いた。

って一昨日まであった俺の学ランは何処に? 確かにここに掛っていたはずなんだが……。

もしかして……母さんにまた突っ込まれる話題を提供するようでちょっと癪だが仕方がない。

一度上がった階段をまた降りて母の姿を探した。リビングでコーヒーを飲んでいた母さん。

俺の顔をみるなり

「あら、良い顔。明日の朝ご飯はその顔がいいわね」

なんて。ムッとするのを抑えながら

「あのさ、俺の学ラン知ってる?」

我ながらぶっきら棒な言い方だ、だけどそれは照れでもあって。そんなとこまで見透かされてしまうんだよな。

「学ランなら、昨日クリーニング屋さんよ。すっかり忘れてたんだけど、父さんがスーツ出すついでに一緒に出しといたから。衣替えは10月だからまだ間に合うでしょ?」

だから、なんでそんな嬉しそうな顔をして言うんだよ。

「え、えーっと。ちょっと必要なんだ。何時戻ってくる?」

平常心平常心。

「ちょっと必要って。急ぎで出した訳じゃないから明後日かな?」

かな? ってなんだよかなって。

「解った。ありがと」

俺はそれだけ言うとまた階段を上がった。これ以上何か突っ込まれたんじゃ、たまったもんじゃない。

それより返信だ。っていうか、電話するか。先程のメールをもう一度眺めて郁に電話をした。

turururu.turururu.

呼び出し音がもどかしかった。

「もしもし。圭吾君」

郁の声はいつだって耳に心地が良い。

「もしもし。郁」

ようやっと呼べるようになった彼女の名前。願わくば俺だけがそう呼べればいいのにと。

「あのー、ありがとね。お言葉に甘えてかしてもらえるかな」

ちょっとだけ小さくなった声。貰えるかなって当たり前だっていうの。


「勿論、それで学ランなんだけど今クリーニング屋にあって。明後日かえってくるんだけど都合大丈夫?」


電話の向こうで何やら呟いている郁。容易にその顔も想像出来た。

「うん、今週は委員会やらいろいろあって早く帰れるのは明後日くらいしかないかも。体育祭は土曜だから、えーっとー」


俺が郁の家まで持っていけばいい事なんだけど、そこでちらりと浮かんだ考え。

いいよな、大丈夫だよな。自分で自分に問いかけてごくりと唾を飲み込んだ。


「来る?」

だから、なんでこう俺って言葉が足りないんだ。


「へっ」

ほらみろ、郁のこの声。もう一度ゆっくり言葉にした。


「明後日、学ラン取りに来ないか?――俺んちに」

言えた。だけど郁は返事をしてくれなくて。


「郁? やだ?」

単語だけの言葉。断られたらちょっと凹む。

それでも、黙り続けたままの郁。俺はたまらず


「いいんだ、それだったら俺が持っていけばいい事なん――」


「行く、取りに行くよ。へへっ何か緊張してしまった」

俺の言葉にかぶさるように発せられた郁の声の後


はっっと慌てたような声がした。

その後の会話は何だかぎこちなくて。

「おやすみ」と電話をきると安堵のため息がでていた。


たかが、家に来るだけだっていうの。そういいながらも何だかそわそわしてしまう俺がいた。



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