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大きなため息

あと3千円かぁ


財布の中身を確認して深いため息をつく。

これからは天気もいいし連休もある。


郁と一緒に出掛けたくても先立つものがないと辛いよな。

リビングでテレビを見ながらまた一つ大きなため息がでた。

ふと視線の端に目に付くものが。

アルバイト情報誌だった。

兄貴が買ってきたそれは、きっと用を終えたのだろう。

あちらこちらのページに折った跡があった。

ペラペラと捲ってみると、見覚えのあるマークが。


これだ!

そういえばあの時張り紙を……


早速メモを取って電話をかけたのだった。

話はトントンと進み、バイト面接もクリアした。

バイトの日も決まった。

そして、内緒にしていた郁にいつ話そうかとワクワクしている俺がいた。


そこはショッピングモールの中にある大きな本屋。

品揃えも豊富で本好きな俺には堪らない場所だ。

そして、一番の利点はそこが郁の家の最寄の駅だったからだ。

ここなら、バイトが入っていてもその前や終わった後、郁に会うことが出来るはず。

情報誌を置いてくれた兄貴に大感謝したいくらいだった。


そして、今日郁にバイトのことを話したのだけれど。

俺とは打って変わって郁はあまりいい顔をしなかったのだ。

最後こそ笑顔をみせてくれたのだけれど。


俺は本当の郁の気持ちが見えなかったんだ。

俺の頭の中では、バイト代で郁と出掛ける事しか頭になかったのだから。


そうして俺のバイトの初日を迎えた。

一通りのことは覚えた。

元々本屋通いの多い俺は大抵の並びは頭に入ってる。

大体どこの本屋でも、本の並びは似たようなものだった。


店長に

「もうちょっと、笑顔を柔らかく」

と言われてしまうのだがこれだけはどうしようもない。

大地に言わせると大分柔らかくなったというのだが。

今までの俺はどんなだったのだろうと考えなくもないのだが。


「あのーすみません。ちょっと聞きたいのですが」

顔を上げるとそこには、制服を着た女の子が立っていた。


「はい、なんでしょう?」

そう言って女の子を見ると、一瞬その子は、固まった?ような気がした。

何も言わない女の子にもう一度

「何か探し物ですか?」

そうたずねると


「はい、新刊で――」

と最近出たばかり本の名前をあげたのだった。

それは、俺も好きな作家で読み終えたばかりの本だった。


「それだったら、こちらに」

そう案内をするとその子は嬉しそうに本を取り

「ありがとうございました」


とペコリとお辞儀をした。

ほんのちょっとだけど、郁に似ているような気がして思わず笑ってしまった。


「何か……」

そう言って俺を見る子に


「すみません。あまりに嬉しそうだったのでつい」

と慌てて頭を下げた。

すると

「はい、嬉しいんです。やっと手に入ったので。待ってたんですこの人の本を」

自分の好きな作者が同じだったせいか

「それいいですよね、自分も最近読んだばかりで」

と話していた。自分でも驚いた、知らない子を目の前に話せる自分に。

きっと郁の効果なんだろうな。


女の子は買ったばかりの本を大事そうに抱えて帰っていった。

そうして、バイト初日は終わったのだった。


お疲れ様でした、と挨拶をして、店を出ると直ぐに郁にメールを打った。

「今、終わったよ。郁何処にいるの?」

と。

そわそわしながらメールの返信を待っていた。

来た来た、郁から直ぐにメールが返ってきた。


「お疲れさま。バイトどうだった? 私はもう家にいるんだ、何だか疲れちゃって、今日は早めに寝るね。バイバイ。」


バイバイって、おい。

どうしてだろう、郁のメールはとても寂しいものに思えたのは。

でも疲れているって書いてあるし。

また明日、会えればいいよな。

こんなに近くにいるのにな。

ちょっとでも顔を見たいと思う気持ちを抑えて、電車に乗り込んだ。


家につくと母さんが

「どうだった?バイト初日の感想は」

嬉しそうに聞いてきた。


「どうって、別に普通だよ」

きっとこれが郁に聞かれたのだったら、違う答えだったに違いない。


「普通って、本当に圭吾はそっけないんだから〜」

口を窄めていう母さん。

だからそんな若ぶってどうすんだよ、そう思ったけれどそれは言わずにおいた。


夕飯を食べて、部屋に戻った。

郁に電話をしようと携帯を持つのだったが、さっき疲れているって言ってたしな。

きっと

お休みのメールがくるだろう、そう思って机に座り本を広げた。

どれくらい経ったのだろう、携帯を気にしつつ本を読んでいたのだったが一向に携帯がなる気配はなかった。

夜も更けてきたので、自分から郁にメールを送った。

――身体は大丈夫?また明日な、お休み――


きっと寝てしまったのだろう、郁からの返信はなかった。

そうして、朝の電車通学。

いつもの場所に立って、郁の乗る電車を待つ。

電車がすれ違う一瞬、いつもハニカミながら、手を振ってくれる郁。


でも今日は、いつもの場所に郁は乗っていなかった。

郁の乗る電車を呆然としながら見送ったのだった。










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