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彼女の電車通学

「どうして、電車通学にしちゃったんだろう」


朝の通勤ラッシュのせいで体と離れてしまったカバン。

無理やり引き寄せたら直ぐ横のサラリーマンが嫌そうな顔をしたのがちらっと視界に入り、もう泣きそうになる。


中学の時に見たドラマに嵌ってしまった私。

毎朝穏やかに電車に揺られ、小説や参考書を見ながら高校に通う主人公。

そして、かっこいい彼に出会い恋をする。

毎週その時間が近づくとテレビの前で正座をしてしまう勢いで家族にも呆れられたみたいだけどそんなのお構いなし。

私もこんな恋がしたい、見終わった後はいつも数年後の自分に夢と希望を募らせたのだった。


別に行きたかった学校があるわけではなかったので、そのドラマに影響されて、友人達が地元の高校に決める中、私は最寄の駅から5つ先の高校へと進学先を決めた、そう憧れの電車通学をする為に。

でも念願の電車通学だったのに、入学式の日からすでに後悔は始まっていたのかもしれない。


入学して1年経ったけど小説を読む余裕もなく、さらにかっこいい彼を見つけたわけでなく、満員電車に揺られ私の日常は過ぎていった。

ただ、学校生活は結構気に入っているセーラー服と共に、友達にも恵まれそれなりに楽しかったのだけれども。


そんなある日のことだった。

いつもの様に朝の満員電車と格闘中、3つ目の駅の反対のホームに眼鏡を掛けた高校生が目に入った。

背筋をピンと伸ばし片手で、本を読んでいた彼。

私達と進む方向の違うあちらの電車はいつも空いていて、きっと私の望む電車通学ライフなのだろうと勝手に想像してしまう。

初めのうちは羨ましいなぁと思うだけだったのだけど、何日か続けて彼を見かけるうちに興味が沸いてきた。


いつもは、込み合うドアの付近を避け車両の中程へと移動するのだけど、今日は思い切って彼の立つホームに近いドア付近に場所を確保した。

ちょっぴりワクワクしながら彼が待つ駅のホームに電車が滑り込む。

ゆっくりと止まった電車は彼の真っ正面、うん位置はばっちりだ。


距離的にはさほど変わらないものの、座席をはさんで見るよりも彼の事がよく見える。

限られた時間の中、そっと彼を観察。

今日は数学の教科書を見ているようだった。

一瞬こちら側の電車に目を向けた彼にドキッとするものの、これだけの人の嵐、彼を盗み見しているとはいえ私に気がつくはずもなく、また教科書に目を落とした彼。


身長は、180cmといったところだろうか。

少しだけ茶色い髪に、細いフレームの眼鏡。

どちらかといったら、少し冷たそうにも見えるその顔は


かっこいい。

あっという間に、朝の苦痛の時間が楽しみな時間に変わった。


彼の制服は学生服。

ブレザーだったら、高校名わかるんだけどなぁ。

反対方向の高校は私の地元をはじめ、何故か学生服が多い。

制服だけみただけじゃ彼がどこの学校に通っているかさえ解らなかった。

学校だけじゃない、学年もそれに名前さえ知る手段はないのだから。


せめて名前だけでも解ったらな。

私は彼に”眼鏡君”とあだなをつけてしまった。

ありきたりな発想だけど、彼の眼鏡はよく似合っていたのでぴったりだと思っている。


いつも見ていると彼は電車が来るのが気になるのか、私が乗る電車がホームに着くと一旦顔を上げる。

もしかしたら、彼の目に私が映っているかもしれない、なんて都合のいい事を思ってしまったりするけど、こちらはぎゅうぎゅう詰めの満員電車。

そんな事あるわけないよなぁなんて思ったりしていたのだけど……


それは突然やってきた。


私は定位置になっているドアの付近に立っていた。

今日もやっぱりかっこいいなぁなんて思っていたら――


どういうわけか、今日はいつもより車両に乗る人が多かったようで。

電車に乗る人々にどんどん押され続け、気がつけば私は


車に轢かれたカエルのようにドアにへばりついていた。


く、苦しい。

横向きになった私のほっぺたはドアにべったりとくっつき、おまけにカバンを持った手は万歳状態。

恥ずかしすぎる。

見られてないよね。

横目でちらりと彼をみると。


彼は、持っていた本で顔を隠し肩を揺らして笑っているようで……


もしかして私が笑われているのかも!!!

違いますようにと願ってみたのだけれども、電車が発車し始めた時、彼は持っていた本を下にずらし、

ばっちり目が合った。


そして、彼はまた顔に本を持っていくと、肩を揺らし始めたのだった。


最悪だ。

彼の目に初めて入った私の姿がこんな、こんなみっともない格好なんて。

明日からはこの車両に乗れないよ。


この気持ちを例えるならば、ドーンと海の底に落ちたような感じ。

最悪な出来ごとだった。











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