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新参者とガラス石

 最近、めっきり帰ってこなくなったミントが、午前中、仲間を連れて戻ってきた。

『この『万能薬』入りジュース最高じゃ』

 見るからに長老といった風の出で立ちの白髪の老人が言った。背中には全く以て似合わない妖精の羽が生えている。

『長老、飲み過ぎ』

『うまい! なんだこのうまさは!』

 狩人風の髭ずら親父が妖精サイズのジョッキをあおった。

 誰が作った? この場にいる全員分の食器があった。

 家人は婦人以外出払っているということは。

「わたしじゃありませんよ。持ち込みです」と婦人は囁いた。

 だろうな。婦人に木工細工の特技があるとは聞いていない。

『お主たちはこんな物を普段、飲んでおるのか?』

『これは特別よ。わたしたちだって普段は飲ませて貰えないんだから。凄く高い薬なんだからね』

 ミントは自慢げに言った。

 しょっちゅう舐めてるだろ。

 大体ここにいる全員がたらふく飲んだところで小瓶一本分にも満たない。それをさらに薄めてるんだから、ミント一人分ぐらいヘモジのよだれと一緒だ。

「珍しいな」

『あ、お帰りなさい。人を連れてきたの』

『ペルトラ・デル・ソーレ』がミント以外に五人いた。

『こちらは新しい住人代表。長老は知ってるでしょう。こちらはこの家の主人で、この薬を作った人』

 狩人とその両隣が感嘆の声を上げた。新しい住人代表だった。なるほど服の嗜好の違いは種族の違いか。

『こ、この度は救済いただきありがとうございます』

「お気遣いなく」

『ドラゴンの胃袋のなかに入ってたの』

 ミントが口を挟んだ。

「やっぱりそうか」

『一緒に住むことにしたの』

「何人ぐらいいるんだ?」

『百二十三人』

「自給できそうか?」

『それで来たの』

「できないのか?」

『いろいろ足りない。調味料とか、布とか、(のみ)とかのこぎりとか、お鍋も』

「鉄か?」

『そう、それ!』

 迷宮で鉄を採ろうと思うとゴーレムの登場を待たなければならない。が、確かテリトリーは地下十六層だった気がする。自然をこよなく愛する妖精さんに、さすがにそこまで行けとは言えないわけで。

「今持ってくる。調味料と布はソルダーノ夫人に頼むといい」

 彼らが使う分の鉄なんてクギでもネジでもなんでもいい。が、なんでもいい物をいざ探すとなると、いつか使うんじゃないかとなんでもよくなくなるのが情というものだ。

 細工用の素材を取りに行った方が早いと、階下の倉庫の隅に造った作業部屋に向かう。

 しかし、そこには。

「ゴブリンの武器庫だ……」

 いつの間にかゴブリンの装備品が山のように転がっていた。

『認識』スキル持ちが同伴していないせいで、付与装備とそうでない物がごちゃ混ぜだが、よくもまあ集めたものだ。全部、リーダークラスから回収した装備だった。人数分揃えたようだが、これでいいのか? 特に女性陣。

 おまけにつたない文字で術式まで刻んである。

 誰だ、術式の刻み方を教えたのは?

 一人しかいないか。

「まさかこれを着て戦おうなんて思ってないよな」

 付与が効いたところで、あいつらには重いだけの足枷にしかならない。

 おっと、今は鉄だった。

 一握りの鉄の塊をポケットに収めるととって返した。

「大伯母は何を考えているのやら」


 戻ったときには来客の帰り支度ができていた。紙にくるんだ調味料の束がハンカチの上にまとめられていた。

「これで全部か?」

「これで足りますかしらね」

 カーテンの切れ端などを掻き集めて頭陀袋に放り込んだ物と、自分とソルダーノさんとマリーの古着を持ってきた。

 僕の古着も出そうかと言うと、勿体ないから駄目だと小声で叱られた。上物だからお下がりにして子供たちに順番に着せるらしい。

 さすが商人の妻。厳しい。みんな新品を着れるぐらいには小金持ちなんだけどな。

『足りない物があったら、また取りに来るから』

 荷物が多いので、送っていくことにした。

 ハンカチの隅をまとめて縛り、指に引っ掛けると、古着を束ねたなかに放り込む。それを肩に担いで来客全員をその上に。

 ミントは飛んで、すぐ僕の反対側の肩に止まった。

 代表の両脇にいた若い二人は自分の翼を使って飛び、周囲を警戒。代表と長老とそのお付きだけが荷物の上に残った。

 

 新しい住人たちは集落のすぐ側にある枝振りのいい大木を中心に、コロニーを作り始めていた。板と蔓で作った吊り橋を太い枝の間に渡していく。既に足場が縦横に走っていた。

 ふと、惨劇に遭ったドラゴンの巣を思い出した。

 見上げる僕の姿を見付けた新住民たちは驚き、恐怖した。深い眠りから覚めてこの方、人間を見たのは始めてだったらしい。

 が、先住民たちの友好的な姿を見て、警戒心は容易く解かれた。土産物も大いに貢献した。

 僕たちがなんたるかの説明は代表たちに任せるとして、僕は鉄の塊をポケットから取り出すと適当な場所に腰掛けた。

 ミントの指示の下、鉄の塊を加工しやすい形に切り分けていく。

 のこぎりの刃にするなら薄い板状に。鑿にするなら円筒形に。鍋にするなら板を丸く。

 彼らにも鍛冶師はいるので、細部の面倒までは見なかった。余った塊は彼らが運び易い大きさにして、素材置き場に放り込んだ。

 昼時を待たずにおいとますることにした。

 僕に昼食を振る舞おうものなら、何人分の食材を要することか。

 定番の蜂蜜の小瓶を頂いて帰ることにした。


 帰路の途中、我が家の裏手に広がるヘモジの段々畑を見た。着実に緑が増えてきている。

 でも肝心のヘモジの姿が見当たらない。

「オリエッタもどこに行ったんだ?」

 玄関の扉を開けたら、エントランスの両脇に植木鉢がずらりと並んでいた。

「なんだ?」

 なんの苗だ?

 僕は覗き込んだ。

 元気草(ハツピーグラス)? こっちは活壮草(みどりぐさ)だ? これ全部薬草か?

「痛っ!」

 後ろから何かが体当たりしてきた。

「ナナ!」

 ヘモジの顔面だった。僕が足を無造作に引いたせいで進路を塞いでしまったようだ。

「どいて。前、見えない」

 オリエッタが荷台を押しながら言った。

 ふたりは専用の小さな荷車に大きめの箱を載せて帰ってきた。

 何だ?

 箱の中身を覗き込んだ。

「屑石……」

 まさか金出して、買ってきたわけじゃあるまいな?

 食堂で騒ぐ子供たちの声がする。

「師匠、おかえりー」

「おかえりー」

 僕の姿を見付けると、頬張ったまま話し掛けてきた。

 今日の昼食はシンプルだ。生ハムとチーズを挟んだパニーニとなぜかパタータと挽肉のラザニア……

 婦人はあれから出掛けたのか? 珍しいな。ソルダーノさんの店が忙しいのかな?

「ただいま。あれ、どうしたんだ?」

 僕は階下のエントランスを指差した。

「貰った」

「誰から?」

「オリヴィア」

「商会のお姉ちゃん」

「もう少し大きくなったら風通しのいい所に地植えしろって」

「枯れるだろ? あれ熱帯植物じゃないぞ」

「温度管理がされている部屋のなかなら、大丈夫だろうって」

「地植えって、温室造れってことか? でも肝心なガラスはもう全部予約済みだぞ」

「ナーナ」

 ヘモジが僕のふくらはぎを叩いた。

「ガラスある」

「え?」

 ヘモジたちが運んできた屑石の入った箱を指差した。

「屑石じゃないのか? まさか雲母ガラス…… のはずないよな?」

「ヘモジが珍しい石をオリヴィアに見せたら、ガラスの石だった」

「ガラスの石?」

 そういえば屑石のなかに宝石のなれの果てみたいな石が紛れ込んでたな。

「オリエッタ、ガラスの石、見たことなかった。不覚」

「アールヴヘイムでは雲母ガラスが主流だし、宝石図鑑にも載ってなかったからな」

 スキル判定では屑石扱いだったのだろう。これからはそれと認識した以上、もう大丈夫だ。

「今日もう火鼠いない。いっぱい採れた」

 あの数を肉弾戦で?

 なんと小さなヘモジには火鼠も警戒心を解いて、臆するどころか積極的に仕掛けてくるらしい。

 我先にと来るので、穴に潜まれたり、数に任せて襲ってこない分、却って対処し易いそうだ。

 オリエッタは口元に泡を溜めながら、汚名返上とばかり、一生懸命説明した。

 でもこの量じゃ、何日掛かることか。


 食後、早々に僕たちは自分の部屋に引っ込んで、ヘモジたちが運んできた箱の中身を絨毯の上にぶちまけた。

 ふたりはこれまで溜め込んできたお宝箱の中身もぶちまけた。

「魔石は各属性に分けて。火属性はそっち、水はあっちだ」

「ナーナンナ」

「風はこっち」

 分けられた石は不純物を抜きながら一カ所にまとめていく。

 ガラス石は不純物を抜くと透明になった。

「師匠、会場作りに行ってきます。留守番お願いしまーす」

 ヴィートの声が階下から聞こえてきた。

 子供たちが足音を残して全員出て行った。

「会場?」

「肉祭り。明日やることになった」

「明日! なんで? 前線部隊が戻ってからにするんじゃ……」

「予行演習しておきたいんだって」

「騒ぎたいだけじゃないのか?」

「ナーナ」

「そりゃ、ここには婦人会はないけど」

「鉄板の代わりに石を焼いて使うって言ってた」

「ゴーレムがいる階層まで潜れれば、鉱物資源も楽に手に入るんだけど」

「あと何層?」

「ナーナ」

「商会も重い鉄鉱石のまま運んでは来ないからな。まあ、砦と北の連中を合わせても三百人もいないんだけど」

「予行演習にはちょうどいい」

「肉はやっぱり盛り合わせかな」

「ブルードラゴンがいい」

「ナーナ」

「それは野菜だろ」

「あ、ピザ! 忘れてた! ピザ窯造らないと!」

「ピザ焼くの?」

「ナァ?」

「我が家の伝統だろ。肉祭りの定番じゃないか。肉祭りのサイドメニューはピザと相場が決まってる!」

「チーズ一杯余ってるしね」


 僕たちは地味な作業をひたすら繰り返した。

 そうこうしていると夫人が帰ってきた。

 作業に飽きていたオリエッタは部屋を出て婦人に構って貰いに行った。

「もう少しだってのに」

 現在、魔石(中)が十五個と同程度の黒鉛と不純物、それと一塊のガラス。

 ヘモジ曰く、不純物も土作りの役に立つらしい。ただの砂に比べればだが。

「ナーナ」

 ガラスの石はまとめ終わった。薄く伸ばせば小窓ができる程度の量が取れた。

 指の太さ程の厚みの板にしてヘモジの前に置いた。ヘモジはうれしそうに透明な板を透かして覗き込んだ。

 透明の板をヘモジは気に入ったようだ。

「十六層に行けばガラスも手に入るのかな?」

「ナーナ」

 ヘモジは加工前の魔石の最後の一塊を僕の前に寄せた。

 戦闘を極力避けながら十一階層の眠り羊のフロアまで来たことで一次目標はほぼ達せられた。十二層はフェンリルの巣だ。もう魔石で困ることはないだろう。

 ルートの開拓が大体終わったことで、魔石集めの目処は取り敢えず付いた格好だ。各フロアの攻略は今後、後続の冒険者の手に委ねられる。

 僕たちの次の目標は十六層だ。

 畑作りに必要な土の魔石が出るのは十六層からだし、鉱物を落とすゴーレムが出るのも十六層からだ。



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