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閑話 朋あり、遠方より来たる

 翌日、正確には昨夜の内にラーラが言った通り、リオはなんともない顔をして帰ってきた。

 心の内では皆、心配していたのだろう、今朝の食事の席は安堵した、とても賑やかなものになっていた。

「いつもこんなものよ」とラーラは笑うが、当人の笑顔が一番輝いていた。

 半分はわたしとの仲直りのおかげだといいのに。

 彼の弟子たちも昨夜のおとなしさが嘘のようにはしゃぎながら、テーブルの間を跳ね回っていた。

 子供たちは「ちょっと見てくる」と言っては師匠の部屋を覗き見て、師匠の姿を確認するとうれしそうに弾みながら階段を下りてくるのである。

「夜、遅かったんですから、邪魔しないのよ!」と諫める婦人も頬を緩める。

 一方、ソルダーノさんだけは上司を招いている意識が強いようで、わたしに対してまだどこかよそよそしい。王女様は平気なのに。

「オリエッタは?」

「まだ寝てる」

「ヘモジちゃんは?」

「も、寝てる」

「ぬいぐるみみたい」

「畑行かなくていいのかな?」

「まったくしょうがない奴らだ」とレジーナ様は首を傾げ、肩を回している。

 あんたのせいでしょうが! 明け方まで資料作りさせて。

「ラーラ、この報告書をロマーノに届けておいてくれ。あいつが持ち帰った情報だ」

「了解」

「俺たちは?」

 子供たちがレジーナ様を取り囲んだ。

「結界の修行か、鼠だな」

「えーっ」

「スケルトンでも構わないぞ」

「わたしたちだけ、お先真っ暗みたいな感じなんですけど」

 フィオリーナが口をとがらせる。

「ガキが何言ってる! 火蟻は大人の中級冒険者でも手こずる相手なんだぞ。奴らの攻撃を跳ね返せるだけの結界がなきゃ、鎧も着こなせないお前たちは返り討ちに遭うだけなんだよ!」

 相変わらず辛辣だ。

「確かにその歳で火蟻は無謀よね。リオネッロの話じゃ、ここの迷宮、エルーダより強力だって言うし。天井まで落ちてくるそうよ」

 ラーラが言った。

「その歳で入り口に立ってるだけでも奇跡なのに」と冒険者のイザベルは呆れた。

「僕たちは師匠と冒険がしたいんだよ!」

 ヴィート少年、かわいい。

 子供たちの姿が一瞬、昔の自分たちと重なった。ルカがよくリオのお爺ちゃんにおねだりしてたっけ。

「世代は巡るのね」

「何を老けたことを言ってる。お前にはこれだ」

 レジーナ様がメモを投げてよこした。

「これは?」

「あいつがついでに持ち帰ってきた。リリアーナからだ」

「前線の補充リスト?」

「支払いはギルドの口座からで頼む」

「はい」

 リオと仲直りはしたのかと目で訴えられたので、わたしは苦笑いで返した。

「大丈夫。持ち合わせで間に合いそうです」

「近日中に前線の三分の一がやってくる。補給と休息が目的だ。リオネッロのおかげで敵が戻ってくる可能性は低くなったとは言え、ゼロではない。またどんな奇襲を仕掛けてくるかわからない。だが取り敢えず、終息したと今度こそ宣言してもいいだろう。敵もそれどころではなくなったようだからな」

「師匠、何したの?」

「タロス兵やっつけたの?」

「親玉倒した? 第二形態!」

「第二形態の頭って亀みたいなんでしょう?」

「どんな魔法使ったの?」

「属性は?」

「うるさい! 後で本人に聞け。兎に角『ビアンコ商会』が来た今、やるべきことは山積している! 浮き足立たず、地に足を付けて、砦の建設、運営に尽力するように! 個々の奮起をそれなりに期待する! まったくもう」

「おーっ!」

「よくわかんないけど、頑張るー」

 新たな日常に子供たちは単純に喜び、レジーナ様は頭を抱えた。

「あの…… リオさんのお身体は?」

 マリーのお母さんが尋ねた。

「あれは魔法の使い過ぎで疲れているだけだ。しばらく寝かせておけば大丈夫だ」

「最近、大技ばかり使ってたもんね」

 ラーラが言った。

「僕も早く転移魔法、覚えたい!」

「ああ。そうだ!」

 レジーナ様が懐から何かを取り出した。

「転移結晶だ。全員分あるから。持って行け」

「持って行けって!」

 思わず突っ込んでしまった。

 無印の結晶がどれだけ高価なものだと。

「白亜のゲートに座標を設定してある。迷宮からの脱出用結晶として利用しろ。充填式になっているから、使ったら必ず補充するように習慣付けるんだ。いざという時、使えなかったらあの世行きだからな」

「おじさんたちにはないの?」

「ポータルが町の外にあればな。外からの転移は遮断されているし、結界の効果範囲も環境の整備も兼ねて広範囲に設定してあるからな。跳躍距離もアールヴヘイムの比ではないから、外と行き来する者には今のところ、ありがたみがないんだ」

「師匠は転移してたよ」

「それはエルフの結界を張る前だろ」

「そうだっけ?」

「結界の内側で完結する移動も、やろうと思えばできなくもないが、基本的には禁止だ。大出力の魔法はそもそも使えないがな。元が魔力過多なエルフの結界だから、多少寛容ではある」

「俺たちが遊んでる対岸はいいの?」

「あそこも結界内だから気を付けろ」

「そうじゃなくて」

「大出力」

「お前たち、自分たちの結界でガーディアンの銃弾を弾き返せると思うか?」

 子供たちは黙り込んだ。

「スケルトンの剣を弾き返すのがやっとのお前たちの結界じゃ、まだまだ大丈夫だ。煮炊きするのとそう変わらん」

 まったく言葉に容赦がないんだから。

「ドラゴンのブレスを弾き返すぐらいなら、話は別だがな」

 子供たちはぽかんと口を開けた。

「結界はそもそも相手の攻撃があってはじめて出力値が決まるものだ。展開だけなら瞬間における魔力消費量はそう多くない。多過ぎたら常時展開などできんからな」

 ラーラも頷いた。

 まったくあんたたちは―― 常時展開自体、常人離れしていると気付きなさいよ!

 レジーナ様もさらりと思い込ませる辺り確信犯よね。

「だから心配せずともがんがん使って構わない。むしろ、結界のつぶし合いで使ってる攻撃魔法の方が先に引っ掛かるはずだからな」

 この人の優しさは複雑だ。


 リオが起きてきたのは、それからだいぶ経ってからのことだった。

 商館の建設用地にふらりとやってきて、資材の搬入を魔法で手伝いながら、わたしが手の空くのを気長に待っていた。

「オリヴィア。タペストリー持ってきた? 僕の部屋の壁、ちょっと寂しいんだよね」

「持ってきてはいるけど、安物ばかりよ。運送料込みだと、どうしても割高に設定することになっちゃうでしょう」

「早い者勝ちで選ばせてよ」

 タペストリーの入った行李(こうり)は地下倉庫だ。


「あった」

 地下倉庫には既に商品が山のように積み上げられていた。

 半分はいずれ地上の倉庫に移す物だが、取り敢えず建築の邪魔にならない場所に置き場を定めることができそうだ。船倉を空にできれば、ドラゴンの部位を満載した船を早々に帰還させられる。

 砦の備蓄倉庫と共用になっていることも幸いした。地上に倉庫ができて用済みになったとしても、その分の使用料を払い続ける必要も、埋め戻す必要もない。必要なときに必要な分だけ

レンタルすればいい。これだけ輸送に難儀する場所では、備蓄は生命線だ。融通し合うことができれば他の商会も助かることだろう。

 さすがに共用部がドラゴンの部位でほとんど埋まっていたことには驚いたが。

「大きさは?」

「大きい物を一枚。絵画の代わりに小さい物も数点欲しいな」

 薄暗い倉庫に光を灯して、タペストリーを他の商品の入った箱や行李の上に並べ始めた。

 置き型のスタンドだけでは光量が足りないと感じたのか、彼は自前で明かりを灯した。

 彼の嗜好に合う物をより分けていく。緻密でいかにも手の込んでいそうな物。どっしりした質感のある物。軽妙な物は敬遠気味。育ての親たちの影響を色濃く受けている。生き物より自然が好き。コントラストは……

 あっ、彼は夜目が利くんだった! 明かりはわたしのためだ。

「これがいい!」

 突然、彼が叫んだ。

「どう?」

 目の前が曇った。

 わたしは目に涙を浮かべていた。

 一緒に迷宮に潜っていた頃を思い出した。回収品を漁るとき彼はいつも真剣で、気に入った物を見付けるといつもわたしに同意を求めた。商人の娘というだけで、彼はなんとかの一つ覚えみたいにわたしの鑑定眼を当てにした。

「ごめんな」

 泣くつもりなど毛頭なかったのに、謝ろうとした瞬間、彼の方から謝られた。

「会いに行ってやれなくて。一応、謹慎の身だったし…… 店に迷惑掛けられなかったし…… ごめん、言い訳だ」

「そうよ…… なんでおいて行くのよ! 声ぐらい掛けてくれたって……」

 そんなこと言いたいんじゃない。わたしが、わたしの方が……

 涙が止まらない。

「君が来ない日を呪ったこともある。失望したことも。後で事情を知ったからといって、そのときの傷が癒えたわけじゃない」

 言葉の茨が胸を締め上げた。

「でも僕はとっくに救われていたんだ。陛下が救ってくれた」

「ラーラが…… ラーラから聞いた」

「家の事情なんて元々、どうでもいいことだったんだ。僕たちは冒険者だったんだから。堂々と会いに行くべきだった」

「うん」

「一緒に涙を流すべきだった」

「うん」

「怒りや悲しみを共有すべきだった。僕たちはチームだったんだから」

 わたしたちは子供だった。どうしようもなく。ただ泣くだけの。親に手を引かれるだけの子供だった。

 こうして魔法の明かりの下にいると、まるで迷宮の洞窟にいるよう。

 薄明かりのなかでキャンプした日々。

 楽しかったな……

 終わる日が来るなんて想像だにしなかった。あんな終わり方をするなんて思いもしなかった。


 ルカ…… あなたの笑顔もあればよかったのに。


「お帰り、オリヴィア」

「うん。ただいま、リオ」



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