閑話 甘えん坊と王様 ~朋あり、遠方より来たる
オリヴィア・ラーラ編です。
「大丈夫なの?」
「何が?」
「心配じゃない?」
「リオネッロのこと?」
「転移しちゃったのよ!」
「すぐ戻って来るわよ」
「あんたねぇ…… 戻ってこられなかったらどうすんのよ」
商館の建設予定地をラーラとオリヴィアは訪れていた。
「それよりさ。なんで来ちゃったの?」
「あんたに言われたくないわよ。のこのこリオに付いて行っちゃって! 自分たちの置かれてる状況考えなさいよ! あんたたちふたり揃ったらいいイメージないんだからね!」
「それを言ったらあんたも同じでしょうが!」
オリヴィアは建て始まった商館の完成する姿を思い浮かべて頷いた。
「心配だったのよ! 王宮の要注意人物のふたりがよりによって世界の果てにいるなんて。何か企んでると思われても仕方ないじゃない。おまけにレジーナ様とこっちのギルド長まで合流してるっていうじゃないの」
「もしかして『ミズガルズ最前線日録』読んでた?」
オリヴィアは顔を赤らめた。
「ふーん。心配してたんだ」
「何よ!」
「『来たかった』の間違いじゃないの?」
「う、うるさい! そうよ。悪い! やっと、あんたたちに会える言い訳ができたと思ったのよ! わたし、葬式に出られなかったし…… あれ以来、疎遠になってたし……」
「事情はわかってるわよ。商人は機を見て敏。いいことも悪いことも。あの状況では距離を取って正解よ。なんてったって、リオネッロの奴、陛下に殺してやる宣言しちゃたんだもん。風評を気にしないわけにいかない商人には、かばい立ては自殺行為よ」
「あんな馬鹿だと思わなかったわ」
「原因の一端はあんたにもあるんですけどね」
ふたりはにらみ合った。
「あんたはルカが好きだった。なのにルカが事態に巻き込まれると門扉を閉じ、会いに来ようともしなかった。リオネッロはね、いつもあんたに嫉妬してた。ルカに甘えたくてもルカが手を繋いでいたのはいつもあんたの手だったから」
「それは、わたしが一番弱かったから……」
「たとえ家人に遠ざけられていたとしても、あんたは本心を仲間に伝えるべきだった。でなきゃ、リオネッロはあそこまで苦しまずに済んだ」
「何通も手紙を出したわ! 今更、言い訳になっちゃうけど…… あんたにもリオにも何通も手紙を出したわよ! 式には代わりに献花してくれるようにも頼んだ。でも誰よりも信頼していたわたしの付き人はわたしの味方じゃなかった!」
オリヴィアは秘めていた心の内を吐露して、あらがえなかった諸々を恥じてうつむいた。
「リオが王様に暴言を吐いたと知ったとき、自分が言わせたんだと思った。あの言葉はわたしに向けられた言葉なんだって」
「それでよく顔を出せたわね」
「あんたたちの声を直に聞きたかったのよ。『もう会いたくない』って」
「長く掛かったわね」
「……」
「大丈夫。工房での生活はリオネッロを変えたわ。ロメオお爺ちゃんも工房の仲間もみんなリオネッロを愛してくれたし、根気強かった。なんでもひとりでやろうとする嫌いはまだ残ってるけど、あの強烈な個性と連帯のなかでリオネッロは変わった。変わらざるを得なかった。だって一人じゃガーディアンは完成しないもの。あんたのことを恨んでる暇なんてなかったと思うわよ。たぶんね」
「たぶんなんだ……」
「美人になったから、照れてるだけよ」
「あいつ面食いよね。昔っから」
「しょうがないわよ。周りの平均値が高過ぎるんだもん。それより美人は否定しないんだ」
オリヴィアは赤くなった。
一拍、天を仰いでラーラは言った。
「嘘よ、全部」
「何が?」
「リオネッロもわたしも何も変わってない。最後にあなたと別れたあの時のままよ。リオネッロが王様に暴言を吐いた事実はなくならないけど、あなたが思っている程、深刻な事態にはなっていなかったのよ。むしろその逆」
「逆?」
「裏方に入れた者以外知らない話だけど、教えてあげる。あなたの決意に免じて。あなたが聞いた話のあとがきを」
ラーラはオリヴィアの顔を真剣に覗き込んだ。
「何よ、それ?」
「ほんとに聞いてないの?」
「だから何を?」
「あんたの家の人も葬儀には出席してたはずなんだけど」
「全然……」
「逃げ腰の商人には情報が届かなかったか」
思わせぶりに深い溜め息を漏らした。
「教えて! もったいぶらないで!」
「『ルカはお前らに殺されたんだ! 何も悪くないのに! 大人たちが寄ってたかって! お前ら全員、いつか俺がぶっ殺してやる』は聞いたのよね?」
オリヴィアは頷いた。
「その後のことは?」
「情報封鎖の壁の向こう」
「特に親族の?」
オリヴィアは口角を上げてニヒルに笑うことで返答に代えた。
ラーラは溜め息をつく。
「当然、もみくちゃにされながら警備の者に舞台袖に引きずり込まれてね」
「あいつはそんなことを言う人間じゃなかったわ」
「普段おとなしい奴程、切れたら怖いのよ。あのときのリオネッロはルカの跡を追いたがってもいたしね」
「とても笑えるようなことが起こったとは思えないんですけど」
オリヴィアは過去に犯した罪の結審を言い渡されにわざわざ来たのだと意を硬くした。
「物語の落ちは最後まで取っておくものね」
ラーラは深刻な顔をしているオリヴィアを笑った。
「いいから、続き!」
もう一度始めるために。
「王宮じゃ、あのときの陛下の取った行動が今でも話題に上るくらいなのよ」
さすがに過度な思わせぶりが鼻につく。
でも自分が後悔してきた数年間が無駄になるかもしれないと、ラーラの自慢げな話しぶりが暗に、というよりむしろあからさまに示していた。
「結論から言うとね、あんたが思ってる程、リオネッロは重症じゃなかったってことよ。むしろヴィオネッティー家と王家の繋がりは、あの一件以来さらに強まったわ。特に陛下とリオネッロとの間の信頼関係はね。他の家臣との繋がりよりずっと固いかも」
ラーラはうれしそうに語った。
オリヴィアはどう突っ込んでいいのか完全にわからなくなった。じらされてるのはわかる。でも何が起こったのか。嬉々として語る友人の台詞をただ待つしかなかった。
「陛下とリオネッロやわたしが仲が悪いというのは全くのデマよ。わざと誤解させて反乱分子のあぶり出しをあの後やったもんだから、情報が錯綜したのね。たぶんあんたの家とヴィオネッティー家の関係をやっかんでる奴が、都合のいい情報だけ抜き出してあんたに吹き込んだのよ。次期当主も大変ね。雑音が多くて」
「雑音?」
ラーラは口角を上げた。
「しっかりしなさいよ! 王国の一翼を担う大商人の次期当主でしょうが!」
オリヴィアは目を丸くした。
「ほんとに?」
「ほんとよ。あなたの手紙もリオネッロにちゃんと届いてる! お母様がわざわざ届けて下さったのよ」
オリヴィアは床に崩れた。
「今ここにリオネッロがいるのは偶然じゃない。わたしやレジーナ様は心配でただ勝手に来ちゃっただけだけど。陛下はリオネッロを買ってるのよ。息子のために王にすら楯突いた息子の馬鹿な親友を。リオネッロも陛下を信じてる。それを許した陛下の王としての、親としての度量の深さを」
ラーラは芝居がかった様子でオリヴィアの前に膝を付いて、手を差し伸べた。
「舞台袖に連れ込まれたリオネッロの前に、陛下は膝を突かれてこう言った」
「『大義である』と」
オリヴィアの目はますます大きく見開かれた。
「『我が意を得たり。見事である』と」
次回、オリヴィア・リオネッロ編。『~朋あり、遠方より来たる』




