逃げろ、噴火だ、全滅だ!
衝撃と共に足元で大爆発が起きた。霧が四散し、代わりに爆炎が大地の割れ目から湧き上がった。誘爆の光が大地の亀裂のなかを猛烈な勢いで走り抜けていく。
必死に逃げる番犬たち。風に巻かれる木の葉のように爆炎に飲み込まれ、揉まれて消えていく。
空の真ん中に放り出された僕たちは、雄大な大地に起きている惨劇を息を呑んで見守った。
タロスの反応が次々消えていく。
ドラゴンたちが逃げ惑う程に被害は拡大していく。
そこは大地にできた巨大な渓谷だった。どこまでも続く深い亀裂。
きっと昔、ここは海だったのだろう。風化しているが、これは海溝というやつだ。
話によると陸地にできる渓谷よりも何倍も深い谷だという。アールヴヘイムの海にも人が未だ辿り着けない場所がある。
梁が突然、爆発した。
大地の亀裂の間に渡されたつっかえ棒が一つ、真っ二つに折れて燃えさかる谷底に落ちていった。
巻き込まれて崩れる別の梁。ドラゴンの巣が炎に焼かれながら落ちていく。
そこにはまだ幼いドラゴンタイプの雛がいた。
「繁殖させていたのか?」
餌はどうしてるんだ? 産卵の頻度は? 考える間もなく、次の爆発が起こった。
塔や柱には遠距離攻撃用の魔力溜まりがあって、それが次々誘爆して、さらに被害を拡大させた。
谷底から逃げ帰ってきたドラゴンが落ちてくる瓦礫を避け、塔に突っ込んだ。
塔は崩れて、支えを失った天の梁も瓦解し始めた。また大量の瓦礫がドラゴンと谷底の味方の頭上に降り注いだ。
「阿鼻叫喚」
強風が吹き荒れるなかオリエッタは鼻をひくつかせながら周囲を必死に索敵する。
谷を脱出するためにドラゴンたちが警戒するなか、さらに高度を上げた。
起動用の魔石が一つ空になったので手早く交換する。
平らな開けた場所にはなかなか到達しなかった。
魔力消費を抑えるために壁際に寄り、斜面に沿って飛んだ。
遠く離れたところで蒸気がものすごい勢いで噴き出した。黒煙を白煙が突き破る。
「地下水か?」
振り返った途端、まるで規模の違う別の爆発が起きた。
僕たちは言葉を失った。
谷間に爆炎とは別の真っ赤な亀裂を見た! 空気が震える。地鳴りが、足元から込み上げてくる。噴き出す蒸気の勢いが尋常ではない。
「衝撃波、来るぞ!」
「嫌な予感」
「予感じゃないから!」
「ナーナンナーッ」
「飛ばせ、ヘモジ!」
僕は薬をまた一瓶飲み干し、結界を強固にした。
上空にいたドラゴンたちも瞬時に結界を張ったが、空気の塊に弾かれた。
僕たちは山陰に滑り降りると姿勢を低くした。
黒煙と蒸気が入り交じった灰色の雲が空をあっという間に覆い隠した。
宙に待避していたドラゴンたちが小鳥のように逃げ惑う。
谷底から火砕流の土色の煙が、今度は下から湧き上がってくる。
バンッと結界を叩く音がした。
「やばい、降ってきた!」
バババババと噴石の雨が黒い雲間から降り注いだ。
調査なんかやってる場合じゃない。
「撤収だ、撤収。転移する!」
このままじゃ『万能薬』と魔石、いくつあっても足りゃしない!
「さすがに砦はまだ見えないな」
転移を重ねてようやく見晴らしのいい荒原に出た。
振り返ると雲の遙か上空まで立ち上る噴煙。
あいつら地の底で何かしてたのか?
「リオネッロ、あれ」
「ん?」
オリエッタが指した前方の地平線に何かが見えた。
「あれは……」
「タロス兵」
地平線に巨人の影がぽつりぽつりと現れ出した。
「もしかして…… あっち?」
あれが帰還してくる敵の部隊だとしたら、砦はあの方角だ。
「ナーナ?」
敵の拠点が砦から西にあるはずはない。当然、東のどこかである。
太陽はこれから西に沈んでいくのだから、彼らが来る方角と一致するはずだ。今、ちょうど彼らは太陽を背にしている。
「ちょっと行ってみるか」
詳しい方角もわかるかも知れない。
僕たちは転移した。
すると間延びした兵隊の列が新たな地平の先まで続いていた。
「えーと……」
いくら僕でも無駄な転移は繰り返したくないのだけれど……
隊列の先頭の方は拠点の煙に気付いて動揺し始めていたが、後続はまだ気付いていない。
「どこまで続いてるんだろうね」
「ナーナ」
「行くか」
一気に北の防壁まで跳んでもよかったのだが、列の最後尾が気になってもう少し西に跳ぶことにした。敵部隊の規模がわかるというものだ。
四度目の転移で敵の隊列がようやく切れた。
「どんだけだよ」
終わりの方は隊列も組めない負傷兵のような連中ばかりだったが。特殊弾頭から逃れた連中だけでもまだこんなにいるのかと、嫌気が差した。
「なんか変!」
オリエッタが遙か彼方を凝視する。
僕は太陽の位置を確認する。
既に後方の噴火ははっきり目視できないが、隊列の進行方向から察するに間違いなく西に向かっているはずだった。万が一、砦を通り過ぎたとしても中海があるのだから通り過ぎようもない。海岸線の地図は既にある。迷っても海岸線をさかのぼれば砦に帰れるはずだった。
「リリアーナの船だ!」
「はぁあ?」
僕たち三人は顔を見合わせた。
「もしかして南に流れてた?」
本隊は南の渓谷守備隊が挟撃されるのを防ぐため、南寄りに展開していた。つまりあのタロス兵の隊列は東に侵攻していた連中ということだ。
「どうするの?」
大船団が巨大な壁となって地平線を埋め尽くしていた。
「どうするって…… 怒られに行くようなもんだろ」
「でも、敵の基地壊したこと、報告しないと」
「ナーナ」
ヘモジが地平線を指差した。
「あ」
判断しかねている間に本隊の斥候に見付かった。
二機のガーディアンがまっすぐこちらに近づいてくる。
「敵のゲートに飛び込んだぁ?」
「行き先もわかってなかったですって?」
「火山灰が降ってくるかも? あんたたち何してきたの!」
合計三発、姉さんに勢いで殴られた。三発目はまさに勢い。
その後はヘモジを抱きしめて「今夜、泊まっていく?」と懐柔していた。
火山灰どうする?
「ナ?」
ヘモジは僕を見た。
「悪いけど、心配してるだろうから帰るよ」
「そうね。続きはレジーナ伯母に任せましょう」
嫌なこと言うな。
「これも持って行ってちょうだい」
「何?」
「補給リスト」
「損害リストか」
「時期を見て部隊の三分の一を下げさせる。迎える準備をしておいて」
「その報告書、書いたら帰っていいわよ。向こうの責任者にもきちんと報告しておいて頂戴。まったくもう」
男子禁制の船のなか、僕は格納庫横の控え室に臨時の席を設けられ、敵基地の位置情報と見てきた現地の状況を克明に記録させられた。
「敵はなぜ急に北の防壁に現れたと思う?」
「ドラゴンに『太陽石』を大量に飲み込ませていたのかも。僕たちがドラゴンの死体を必ず回収することを知ってて、仕組んだんじゃないかな」
異世界で言うところの『トロイの木馬』という奴だ。
姉さんは怖い顔で僕を見詰めた。
「付けられたんじゃないわよね?」
「やれることはやってる。否定はできないけど」
「わかったら報告しなさいよ」
「了解」
格納庫に戻ると作業スタッフが僕のガーディアンのブレードをチェックしていた。
「ずいぶん強化してあるのね」
作業員が乗り込む僕に言った。
「折れちゃうんですよ。ヘモジが本気を出すと」
「ヘモジちゃん?」
「ナーナ」
格納庫には修理中の傷ついた機体がずらりと並んでいた。損傷軽微と言いながらも本隊の被害は軽くはなさそうだ。
「リオネッロ」
「何?」
「魔法の使い過ぎよ。気を付けなさい。気付いてないかも知れないけど、返答が遅くなってる。注意力も散漫なようだし。しばらく養生しなさい。ヘモジちゃんたちにあまり心配掛けないようにね」
オリエッタもヘモジも大きく頷いた。これから転移して帰ろうというのに……
「じゃあ、みんなによろしく」
姉さんの『箱船』を出た僕たちは、しばらく全力で地上を疾走していたが、一向に詰まらない距離に辛抱たまらず、結局、転移魔法を使用した。
夕暮れに火山灰が降り注ぎ、夜の帳が下りたようだった。
「目標を見失う前に帰らないとな」
言い訳してみる。
初めて見る場所、ここが姉さんたちの戦場か。
「見れてよかったよ」
そして……
「お前は馬鹿か!」
その日の深夜、皆が寝静まった頃、第二ラウンドが始まった。
消費した魔石(大)三個と半。『万能薬』小瓶三本。補充しとかなきゃな。




