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オリヴィア・ビアンコと早過ぎた終結宣言

 そしてギルド船の帰還と共に襲撃の再来はないものと判断され、第一次クー(クーストゥス・ラクーサ・アスファラ)要塞防衛戦争の終結が冒険者ギルドによって宣言された。

 過去の記録によれば、タロスの次の襲撃は早くて二ヶ月後、遅くとも半年後である。それまでは散発的な戦闘が続くことになるだろうとのこと。

「二月あればなんとかなるでしょう」

 倉庫を空にできて、増援もやってきて。補給物資もと来れば、万々歳である。

 特に解体屋の増員と共に、ギルドと解体屋用の転移結晶が届いたことは大きかった。

「あと数日早ければ」と港の作業員たちはがっくりうなだれはしたが。


 こちらも二ヶ月あれば、迷宮探索もかなり進むだろうし、もう少し大きな魔石の補充も可能になるだろう。と言うわけで、保管しておいた火の魔石(特大)は使ってもいいだろうと判断した。

『鉱石精製』スキルを発揮して、精製、合成、圧縮して特殊弾頭を三発、造り上げた。

 ご禁制の品であり、密造は犯罪だが、この際、大叔母とギルドマスターを拝み倒して正式に許可を得た。今回使用した模造品の許可書類も後出しでなんとか用意して貰った。

 備えあれば憂いなしだ。

 唯一残った問題はなぜ敵が撤収したのかという一点に尽きるが、大叔母たちは納得しているようだった。

 各地の動きを時系列を並べて検討すると見えてくると言うから、この日は全員で検討することにした。勿論この場での検討は一切大勢に影響しない。あくまで仲間内の勉強会だ。

 全員が飲み物を片手に食堂の一番大きなテーブルを囲んだ。


「今回のタロスの動きは、考えれば考える程一連の…… 大局的な動きだったと思わずにはいられない。渓谷の駐屯部隊を挟撃できる位置に駐屯したのも、こちらの本隊を砦から遠ざけることが初めから狙いだったと考えられる。敵の目的ははなから北からの奇襲。砦の包囲殲滅戦の方にあったものと考えられる。たとえ砦を落とせなくとも、包囲しつつ通過。東に転進することで我らを分断、主力は枠組みの外側からさらに挟撃されていたことだろう」

 大叔母が会合で結論付けられた概要を、広げられた地図を指さしながら解説した。

「だが、お前たちは虎の子を使って北の奇襲部隊を半壊させた」

「だからか。計画を遂行できないと判断したから、東の連中も引き下がったんだ」

 もっとも大叔母の話には抜けている点がある。それはこちらの機動力だ。敵の計画にはこちらの機動力が加味されていない。あくまで同等の移動速度を持つ者同士の戦いを想定している。分断される前に砦は情報を伝えただろう。本隊は挟撃される前に好きな所に逃げればいい。西の海岸に出るか、南の砦と合流を果たしてから転進するか。北東方向は奇策過ぎるか。反抗のチャンスは幾らでも……

 いや、敵の狙いはあくまで砦だ。大叔母の言う通り、本隊と戦うことは二の次…… そういう作戦だ。

 これはスピード勝負ではなく、布石を置いた陣取り合戦…… それもかなり上から目線の……

「主戦場を丸ごと陽動に使うなんてタロスのすることじゃないわね」

 ラーラがグラスをクイッと飲み干した。

 本能のなせる技か否か…… 侵略者として育んできた戦闘の歴史のなかで、擦り込まれた成功体験の焼き直しか。でなければ……

「偶然じゃないんですか?」

 イザベルが疑問を呈した。

「でなければ引き下がる理由がない」

「虎の子が東にもあると判断したからでは?」

「敵が北からの情報を入手するタイミングからいって、それはない。弾頭が使用される前から東の動きは緩慢だった」

「緩慢だったんですか?」

 ジュディッタがチーズをつまんだ。

「向こうの数はこちらと同等か、それ以上だったはずだ。なのに、押し込んでくる気配がなかった」

 中海を境に戦闘アルゴリズムを変えてきているのかも。

「挟撃する時を待っていて、力を温存していた?」

「挟撃戦の外側からさらに大規模な挟撃戦を仕掛けてくるなんて」

 ラーラもチーズをつまんで口に運んだ。

 過去の結果を見れば、こちらが舐められる理由はあるにはあるのだが。

「なるほど橋頭堡を築いては撤退を余儀なくされてきたわけですね。対岸のタロスは相当な策士とお見受けします」

「誰?」

 入り口に商人風の身なりのよい女性が立っていた。

 清潔感漂う控えめなローブ。それでいて装飾はそれなりに。それでも華美にならずに限度をわきまえている。

 帽子の下には短髪のいつか見た顔があった。

「申し遅れました。『ビアンコ商会』から参りました。オリヴィア・ビアンコと申します」

「オリヴィア!」

 ラーラは跳び上がるとオリヴィアに抱きついた。

 押しつぶされる互いの胸の差が…… 

 爺ちゃんの発明の友『ビアンコ商会』

 共に成り上がった巨大商家の現当主、マーガレット・ビアンコの孫娘。オリヴィア・ビアンコ。

 麗しき巨乳一族の末裔だ。ちなみに格闘術はマスタークラス。あのリオナ婆ちゃんも師事したという。

 オリヴィアは僕とラーラの幼なじみだが、いずれ家を継ぐ身とずいぶん前に袂を分かった。

「リオも久しぶり」

「ああ」

「師匠のお友達!」

 子供たちの琴線に触れた。瞳がきらりんと輝いた。

「師匠?」

「リオネッロの弟子よ」

「嘘でしょ?」

「わざわざ次期当主がこんな所まで何しに来た?」

 大叔母が突っ掛かった。

「三人が世界の果てにいると知ったら気が気じゃなくて」

「三人?」

 オリヴィアは僕を指さし、ラーラを指さして、最後に大叔母を指差した。

「お前はどうなんだ?」

「わたし? わたしは儲かる方に付くわよ。勿論」

「ふん! ガキのくせに食えない女だ」

「で、何しに来たの?」

「ああ、ソルダーノさんに会いたいんだけど」

「店にいなかった?」

 ラーラが聞き返すとオリヴィアは頷いた。

 僕はマリーを見下ろした。

「たぶんうちの倉庫。職人さんにあげる皮を選ぶって言ってた」

「革細工の職人?」

「今度の船で来たんだって。なめす皮が欲しいって」

「ここにはなめした革なんてないからな」

「ドラゴンの皮しかないし」

「眠り羊あげていいよね」

 トーニオが言った。

 勿論、断る理由はない。

「眠り羊? 懐かしいわね。昔よく一緒に狩ったわよね」

『四人で』と音にはせずに唇を動かした。

 ラーラと僕は一瞬凍り付いた。

「四人?」

「あと一人は誰?」

 マリーとカテリーナは無邪気に聞き返した。

 悪いのはその話題を振ったオリヴィアだ。


 爺ちゃんたちが忙しいとき、僕たちは子供たちだけでパーティーを組んでいたことがある。

 エルーダ迷宮専門だったけれど、オリヴィアはその一人だった。そしてもう一人。

「わたしの兄よ」

 ラーラには母親を別にする兄弟が大勢いる。その中にあって、唯一、母を同じくする兄がいた。第二王妃の長子にして、ラーラとは五つ歳の離れた兄。

 僕たちにとっても優しい兄だった。

 彼は僕らのリーダーでエルネスト爺ちゃんにあこがれていた王子様だった。

「お姉ちゃんの?」

「死んじゃったけどね」

 元王位継承順位第三位、ルカ・カヴァリーニ。

 王族でいるより、英雄になりたかった純粋な少年。

 彼は誰より誇り高く、純粋だった。


 当時、十三歳だった彼は母方が血筋だったというだけで、ファーレーン自治区独立運動の旗頭に祭り上げられていた。独立した暁には王位に就けようと大人たちの勝手な思惑で、当人のあずかり知らぬところで画策がなされていた。

 運動はやがて激化し反乱という形で実を結んだが、武力によって呆気なく鎮圧された。何一つ関係がなかったはずの彼に責任問題が持ち上がったのはそのときだ。単なる政争の具だったのだろう。だが、責任の一端を被って、彼は幽閉されるという事態に陥った。

 王家もヴィオネッティー家もそのままにしておく気はなかっただろう。今思えば、加熱し過ぎた世相が落ち着くまで、かくまう意味もあったのかも知れない。

 でも…… 彼は耐えられなかった。

 保身のため言われるまま無関心を装っていたせいで、大勢の人たちが死んだことを悔いたのか、こんな境遇に追い込んだ大人たちを単に許せなかったのか。

 彼は幽閉先のバルコニーから飛び降りた。暗殺説も上がったが、状況から衝動的な自殺と結論付けられた。

 飛空挺を駆って、爺ちゃんと同じ大空を駆け巡ることを夢見ていた少年は、僕たちに大きな影を落としてこの世を去った。


 僕はグラスに残ったワインを飲み干すと席を立った。

「こっちだ」

 僕は倉庫に案内するため、不愉快な客人の前を歩いた。

 そのときである。扉の外から叫ぶ声が聞こえてきたのは。

「北の防壁に敵襲! 全員戦闘配備ッ!」



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