クーの迷宮(地下8階 火蜥蜴フロア)北方戦線とハンマーテイル
「タロスいるか?」
「いない、いなーい」
「ナーナンナー」
砂で造った巨大な箱のなかに、ドラゴンの骸の束が無造作に転がっている。
「はーっ」
これをまた転移させるのか。北の防壁まであと何回だ。
「腐る」
「やばいな。腐敗まで計算に入れてなかった」
「狙撃してる場合じゃなかった」
「みんなの稼ぎが……」
さっさと行こう!
直線距離にして三回。行き先を特定されないために方位を変えて跳ぶので、迂回する分プラス一回だ。ポイントとポイントを繋ぐすべての直線の延長線上に砦は存在しない。
新しい『万能薬』の小瓶を胸ポケットに入れて、集中する。
まとめて送ることはできないから一体に付き一度、魔法を発動する。
合計十四回ゲートを開いた。最後は切断された半端な部位ごと、ガーディアンを移動させた。
「はーっ。あと三セット」
『万能薬』を舐める。
「なんの修行だ……」
途中で日が暮れてくれて助かった。
北の防壁に着いたときには既に迎えの船やガーディアンが首を長くして待っていた。
砦の結界を解除すると張り直すのに手間が掛かるので、面倒でもしょうがない。
ぶった切れる部位はその場で解体。解体屋の倉庫に入りきらない分は砦の備蓄倉庫に。それでも入らない分は我が家の地下倉庫行きだ。
商業船には早々に来て貰わないと、保管する場所がもうない。東方面からの回収品も運ばれてくることを想定すると火急の問題だ。
一体この砦には何体のドラゴンが眠っているのか。僕たちが警備から解放された後も骸は積み上げられていたはず。
「三十体分は優にあるのかな」
市場大暴落だな。
「こんなところで寝ない」
うとうとしてるところをオリエッタに踏み付けられた。
「帰る」
オリエッタも大きな欠伸をする。
「そうだな。帰ろうか」
ガーディアンの操縦はオリエッタとヘモジに任せて、僕は少し眠った。
気付いたときにはモナさんの工房にいて、ヘモジに起こされた。
この睡魔はやばいときの感じだと直感した。
早く戻ってベットに入らなきゃ、ここで寝る羽目になる。
転移魔法の制御には尋常ならざる集中力が必要だ。ミスは決して許されない。
そして精神的な疲弊は『万能薬』では直らない。
帰宅すると一直線に自室に向かった。
説明はヘモジとオリエッタに任せて、僕は先に休ませて貰った。
ああ、あの大軍をどう滅ぼすか、考えなきゃいけないのに。
このままでは見付かってしまう。進行できないエリアが目的地だと悟られるかもしれない。
タロスって、利口なのか馬鹿なのかわからない……
大軍をあんな規模でくまなく散開させて展開する辺り、ただ猪突猛進してくる単細胞ではない。
戦略が垣間見える。砦を見つけ出して、包囲殲滅する明確な意図を感じる。
もし東方の展開まで連動しているとなると…… これはもう……
北の防壁まで何日掛かる…… 夜通し行軍して明日の夜か。明日、明るい内になんとかしないと。虎の子の特殊大型弾頭を使い切るしかないか…… 東部方面のために取っておきたかったのに……
姉さんたちは今どうしているだろう?
大叔母様は?
誰も死なないで欲しい。備品はいくら壊してもいいから…… みんな戻ってきて…… 生きて戻って……
「寝ぼすけパンチ!」
「ナーナンナーッ!」
「やめろ!」
僕は咄嗟に身を起こした!
「うがッ!」
「痛ッ」
猫の額に頭突きを食らわした。
「ああッ。大丈夫か、オリエッタ!」
「首が折れた」
「あ……」
シーツに足を取られてヘモジも床にゴロンと転がっていた。
「ご、ごめん。ふたりとも」
服は昨日のままだ。
「何時だ? 風呂に入る時間あるか?」
「もう十時。ご飯、最後」
「そんなに?」
昨日はさすがに魔法を使い過ぎた。
「みんなは?」
「ラーラたちはタロスを倒しに行った」
「ナーナンナーナ」
特殊大型弾頭を持って行った?
やはり選択肢はそれしかなかったか……
船もない。人員もない。あるのはガーディアンが数十機。
砦に取り付かれてからでは弾頭は使えない。使うなら今しかない。
「言伝です。魔石の調達よろしく、だそうです」
婦人が嫌な顔一つせず、いつもの笑顔で朝食を並べてくれる。
「子供たちは?」
「ジュディッタさんたちと迷宮に」
「何か言ってた?」
「特に何も」
椅子に腰を下ろした。
「身体がまだ少し重いな……」
小瓶の底に残っていた『万能薬』を飲み干した。
今日は魔力をセーブしておくか。
果物と野菜の皿に、一口サイズにカットされたカシャルチーズ。木苺のジャム。胡麻ペーストと葡萄ペースト。黒と緑のオリーヴァ。バル・カイマック。それとソーセージ。乾燥無花果と乾燥杏。熟成チーズと白チーズ。
それとパン、卵料理、ジャムの小瓶。
「豪勢だ……」
身体を気遣ってくれたかな。
風呂に入って着替えて出発する頃にはもう昼になっていた。
女王を倒して、火の魔石(特大)だけ取って、八層に降り立つ。
火蜥蜴フロアは最初からやり直しだが、ヘモジは今日もすこぶる元気だ。
僕は欠伸しながら、昨日途中まで作ったマップの確認と魔石の回収に務めた。
ヘモジは隙を見ては、ちょくちょく水晶を覗きに消える。偉い偉い。
オリエッタの索敵も冴えていた。というより腹と尻尾を地面に擦り付けながら移動する火蜥蜴はオリエッタには御し易い相手だった。囲まれることなく適度な難易度を維持しながら、ヘモジに対戦相手を宛がっていた。
おかげで僕の出番はなかった。が、それがふたりの気の使い方なのだと感じた。
「よし、これで昨日の場所までは来られたな」
「ナーナンナ」
ヘモジがあちらの世界から戻ってきて言った。
「強襲成功。敵、撤退だって」
オリエッタがうれしそうに通訳した。
「じゃあ、魔石集めに精進しますか」
「ナーナンナーッ!」
「おーっ!」
エルーダでは人気のフロアだけあって、攻略し易いフロアだった。いつも真っ先に刈り尽くされるのがよくわかる。
「それにしても…… 暑くないか?」
「ん? 結界あるからわからない」
「ナーナンナ」
やっぱり暑いか。
結界の半径をつぼめて手を外に出して壁に手を当てる。
「熱っ!」
オリエッタも脚を伸ばして結界の外に。地面につま先を付けた瞬間、飛び跳ねた。
「これって……」
「ドラゴンの巣」
そう、ここはまるでドラゴンフェイクの巣に向かう途中の火蜥蜴の洞窟のようだった。
「まさかドラゴンはいないよな」
さすがにそれはなかった。が、おまけがいた。
『ハンマーテイル レベル三十』
「蛇だ」
「ナーナ」
「新種かも」
大きな蛇だった。千年大蛇程ではないが、冒険者を丸飲みできるサイズではあった。
目の前の通路が陥没して途切れていて、その先の大穴にそれはいた。
ちょうど火蜥蜴の一団と交戦中だった。最後の一体を尻尾で叩きつぶしたところであった。
戦闘中だったにもかかわらず、一体を丸飲みにしていた。
尻尾には名前の由来であろう巨大なこぶが付いていた。周囲の建造物と火蜥蜴を叩き壊したのはあれだ。火蜥蜴をくわえていなければ、一瞬どちらが頭かわらなくなる。
「言葉も出ない」
火蜥蜴の哀れな尻尾が蛇の外れた顎から垂れていた。
「ナナナ」
「そうだな。耐性はあるみたいだな」
こんな場所にいるんだから当然だろう。火蜥蜴の炎にもびくともしない。
「ナ!」
弓なりにしなったかと思うと尻尾がヘモジの上に降ってきた。
「でもドラゴン程じゃない」
ヘモジは地面を蹴ると食事中の鼻面に本物のハンマーをぶち込んだ。
見事に顔面陥没。もたげた首が地面に落ちた。振り下ろした尻尾が暴れて壁を穿った。
「ナーナンナ」
ヘモジは『ハンマーテイル』など敵ではないと見下ろし、いや、見上げながら、血を払うとミョルニルをホルスターに収めた。
「このまま送る?」
こういうのは検証のためになるべく無傷で解体屋に送らないといけない。
「心臓を抜いてこよう」
原形を維持するためにはコアである心臓を取り出さなければならない。でないとすべてが魔石の原料になって消えてしまう。
『無刃剣』で腹を捌いて、図体には不似合いな小さな心臓を取り出した。
これはこれで魔石になるが、この大きさでは屑石にしかならない。
丸飲みされていた火蜥蜴の方が火の魔石(小)に変わった。
「儲けた」
骸の方は解体屋の転移結晶をまだ貰っていなかったので、我が家の倉庫に直行した。
帰りに転送用の名札と一緒に貰ってくるか。
「一体だけか?」
「ゴールあそこ」
「え?」
まだ崩れていない通路の先に見慣れた扉があった。
下層へと続く入り口だ。
「一旦、戻るか」




