北方戦線異状アリ
『すぐ帰れ。敵、接近中』
早速、水晶が役に立った。ヘモジが再召還を繰り返すこと四度、一時間程が過ぎた頃だった。水晶の視界にメモ書きが置かれていた。
「出遅れた?」
食堂に戻ったときには武装したラーラとイザベルが待ち構えていた。
「大丈夫、第二形態じゃないわ。でもこっちに要請が来るくらいだから」
窓の外、ガーディアンが次々飛び立っていく。
「子供たちは?」
「いつもの対岸よ。迎えに行かせたわ」
「敵の位置は?」
テーブルに既に開かれた地図が置かれていた。
「北方全域よ。想定外の規模だわ」
「ナー……」
森林地帯が点在する高地を越えた先にある何もない一帯を指さして、大きな輪を描いた。そこは岩場の多い乾燥地帯。砦と、今はなきルカ・ビレ代表王国の廃都の間、手前三分の一の距離に位置していた。
「こちらを特定できないから、広範囲に展開してるんだと思う。そのせいもあって進軍スピードは速くないわ」
「ただ偵察に飛んでくるドラゴンの数が半端ないのよ」
さらに手前を指さした。
「わたしたちへの依頼は第二線での回収班の護衛よ」
「回収班を出すのか? 見付かったら大変なことになるぞ」
「でもドラゴンなのよ」
撃墜されたドラゴンは道理として敵陣とこちら側の間に落下することになる。回収は可能だろうが、活動時間はタロスの大弓の射程に入るまでだ。
こちらから出せる船の質と数では到底すべての回収は不可能…… 反撃も心許ない。
半端ない数というのが何体かは知らないが、できるだけ手前に誘い込んだとしても、成果はあまり期待できない。現着する時間を考慮すると活動時間はないに等しく、リスクだけが増大する。
「一体でも多くドラゴンを回収したい気持ちはわかるけど……」
僕は溜め息をつく。
僕がこう言うことをラーラは既に勘定に入れている。
「回収は僕がやる。船は出させるな。そうだな…… 結界の手前、北の防壁まで送り届けよう」
「大丈夫なの?」
「一発で決める必要はないだろ。何度かに分けて後方に送るようにするよ。どうせ結界の内側には転移させられないんだから」
「じゃあ、回収班は北の防壁で待機ね」
「ヘモジ、オリエッタ」
「ナーナ?」
「ガーディアンを取って来てくれ」
「わかった」
「ナーナ」
オリエッタとヘモジは喜び勇んで出て行った。
僕の『ワルキューレ』はモナさんの工房に置いてある。
「ラーラたちも狩りに参加して来ていいぞ。数がいるなら手は多い方がいい」
「悪いわね」
「ロマーノさんに伝えてくるわ」
イザベルが階上の非常階段から指揮所を目指した。
「『天使の楽園』は閑古鳥が鳴いてそうだな」
本来、北の地峡で防衛を担うブリッドマン率いる『天使の楽園』と対峙するはずの軍勢も、今こちらに迫ってきている部隊と合流しているものと推定される。
ガーディアンとドラゴンは上空で既に戦闘に入っていた。
十体程のドラゴンの群れに三十機程のガーディアンが絡みついている。
「余裕なさそうだな」
「ラーラ、来た」
オリエッタが後方に目をやった。
早速、駄賃とばかりにイザベルとラーラが一体の首を落とし、ガーディアン部隊に合流した。
僕たちは反転し、ラーラたちが落としたドラゴンの回収に向かった。
地上のタロス部隊の一角が崩れるように動き出した。
「追い付かれる?」
「問題ない」
砂塵を巻き上げながら、陥没した砂地の中央に転がっている巨大な肉塊のそばに降り立った。
そして事前に用意しておいた後方のポイントに転移させた。
「頭は?」
「ナーナ!」
ヘモジが指さした。
オリエッタが操る『ワルキューレ』の手のひらに乗り移って、頭部が転がっている場所に向かった。
『ワルキューレ』が上空から迫ってくるドラゴンに発砲して威嚇する。
「次、行くぞ!」
頭を転移させると、次の獲物を探した。
「ナーナンナ」
二体、三体と空から落ちてくる。が、地上のタロス部隊も迫ってくる。一塊だけでも百体はいる。
「第二形態はいないな……」
オリエッタが牽制射撃を繰り返しつつ、次の回収物の元に。
頭上のガーディアン部隊は迫ってきた地上部隊から距離を取るため、交戦宙域を後退させ始めた。
「みんないい腕だな」
さすが『銀花の紋章団』だ。空戦はお手のものか。
二体目、三体目を回収すると四体目を目指した。
落下ポイントは敵前線より大分後退した。その分、移動が遠くなった。
信号弾が青い空に上がった!
『メーデー、メーデー。推力が上がらない。降下する』
光信号を点滅させながらガーディアンが落ちてきた。
「オリエッタ!」
「わかってる!」
僕たちは信号弾を上げ、救援する旨を伝えて不時着地点に急いだ。
「ふたりは援護!」
僕は『ワルキューレ』から飛び降りると、不具合を起こした機体のチェックを始めた。
「どうだ?」
確かに『浮遊魔方陣』の一つが機能していない。
『浮遊魔方陣』に繋がるケーブルを辿っていくと…… あった。ドラゴンの爪が装甲の一部を切り裂いていた。
ガーディアンの結界障壁を抜くとは、さすがドラゴンタイプだ。
「伝導ケーブルが切れてます! 交換します。予備は?」
「背中のボックスだ!」
頭上で『ワルキューレ』とドラゴンが衝突した。結界がなければ、質量差でバラバラになっているところだ。
激突の反動を利用して一回転すると、機体はドラゴンの脳天にブレードを叩き込んでいた。
ヘモジか!
予備の伝導ケーブルを収納ボックスから取り出した。
「すげーな、あの機体。うちのギルマスと同型機だろ? ドラゴン相手に肉弾戦かよ」
同型機ではなく、同系機ですけど。
「よし、繋がった。起動してみて下さい」
「おう」
『浮遊魔方陣』が青く輝き始めた。
「お、浮いた!」
「重心チェックします!」
機体は前後上下左右、旋回を繰り返した。
姿勢制御は問題ないようだ。
「よさそうだ」
着地させると結線を本締めして、明らかにおかしい結界魔方陣に手を加えた。
応急処置の繰り返しで、発動に遅延を起こしていたか、爪が原因か。
「結界魔方陣の方も応急修理しておきました。後で書き換えておいて下さい」
「助かった。ボロい機体だが、俺の全財産だからな」
「お気を付けて」
「そっちもな!」
ガーディアンはきれいな『浮遊魔方陣』を描きながら浮かび上がった。
入れ替わりに『ワルキューレ』が戻ってきた。
すぐ近くに脳天を突き刺されて絶命したドラゴンが転がっている。
制空権は既にガーディアン側に傾いていた。後は時間の問題である。
僕たちは急いで回収に務めた。
接近する地上部隊を蹂躙する。バリスタ並みの矢が飛んでくるが、そんな物に当たる連中ではない。敵の数は一向に減る様子がない。
「弾の無駄だな」
「ナーナ」
「撤退は慎重に! 砦の位置を悟られないように西回りで帰投する!」
ラーラとイザベルがすれ違った。
ガーディアン部隊もこれ以上は魔石と弾の無駄だと判断したようだ。
大型シップの甲板と火力が欲しいところである。
あいにくどちらも砦にはない。
「ヘモジ、特殊弾頭、収納ボックスに一個ぐらい入ってなかったか?」
「ナ?」
「重いから下ろした」
オリエッタが答えた。
「いつ?」
「見張りしてたとき」
あの時は『プライマー』をぶち込めば、代替できると思ってた。
魔力持ちの第二形態がいないとなると、誘爆はあまり期待できない。
そもそもこんなに広範囲にばらけられたら。費用対効果で却下だ。
「固まるとやられると学習したのかな」
それにしても大胆な戦術だ。こちらのいやがることがわかっているかのようだ。
正面に展開する盾持ち精鋭兵群だけでもつぶしておくか……
「信号送れ。残弾を吐き出してから帰投する」
「了解」
「ナーナ」
ヘモジとオリエッタはガーディアンのライフルを、撤退し始めた敵兵に向けた。
僕は狙撃用のアタッチメントを収納から取り出すと、ライフルを組み直して地面に据えた。
「準備ができたら撃っていいぞ」
いきなりドンと衝撃がきた。
退却が遅れたタロス兵の一体が砂丘の奥に転げ落ちた。
僕は砂地に寝転がり、照準器を覗き込んだ。
こちらの狙いは結界持ちの精鋭兵だ。
「『魔弾』『一撃必殺』……」
無警戒な一体の兜を吹き飛ばした。
慌てふためく隣の一体の兜も吹き飛ばす。その向こう側にいる一体も。
ヘモジたちも小気味いいリズムで撃ち込んでいく。
僕は『万能薬』を舐めた。
どこかよどんでいた気分がすっきりした。
そう言えば朝からあれだけやって一滴も飲んでいなかった。ドラゴンを十体以上転移させたというのに…… 身体が消耗に慣れたのか、それとも魔力のキャパがまた増えたのか?
敵が後退し始めた。
「さすがにこの距離では突っ込んでこないか」
「ナーナ」
ほんと切りがない。焼け石に水だ。
「そろそろ行かないとドラゴン腐らない?」
「え?」
途中のポイントに放り出したままだった。
まずい、夕刻とはいえ、この天候では腐ってしまう。一応、石棺を用意はしたが。保存機能までは備えていない。
僕たちは『ワルキューレ』に乗り込むと、急いでポイントに向かった。




