クーの迷宮(地下7階 火蟻フロア)火蟻女王と甘えん坊ヘモジ
やった分だけ敵は減る。途中までは実にスムーズに事が進んだ。
宝箱も四つ見付けた。中身はどれも宝石だった。銀鉱が少し混ざっていた。
巣のメインストリートはやはり円を描いていた。ただ螺旋ではなく、外側から内側へと続く阿弥陀くじのような構造になっていた。そして大概は中心まで到達できない。そのせいで通路は縦横に繋がっていた。脇道も脇道とは言えず、いくつものルートができ上がっている。
「地図がないと迷うな」
口では言っているが、存外迷ったところであまり困らない。外周に向かって進めばスタート地点に容易に辿り着くことができるし、反応がある方向に進めばおのずとそこが中心部である。
その分、敵も動き易いようで、一度に押し寄せる群れの数はエルーダを超える。が、一度殲滅してしまえば、広い無風地帯が手に入る。
ただ、落盤のトラップだけはひどかった。自分たちの巣だろうにと訴えたくなる程、柔な天井が続いた。
今回迷路がフレキシブルな構造をしている最大の理由は恐らくこのせいだ。落盤によって通路がある程度ふさがることを前提にしているのだろう。
敵の視野もおのずと広がることになるし、音も響く。隠遁するには難易度高めだ。
僕とオリエッタは周囲を探索しつつ、中心部を目指した。
射程外からの狙撃を何度も繰り返した後、ようやく中心部に辿り着く。
待ちに待った火蟻女王。気味の悪い大きな魔物が、巨大樹の幹の内側をドーム状にくり抜いた巣穴に鎮座していた。
「きもい」
壁にはびっしり火蟻の卵が…… ただのオブジェクトだろうが、巣のなかには入りたくない。「女王だけを狙うのは無理だな」
「護衛、近過ぎ」
穴は女王の住処としては開放的で、女王側から周囲が完全に見渡せる構造になっていた。
こちら側からも壁越しに向こう側が見通せた。
見付かったら最後、とんでもないことになりそうだ。
あざといことに手前の大岩の亀裂のなかに次のフロアに降りられる階段がこれ見よがしに置かれていた。
「引き下がるなら今だ」と言わんばかりである。
「まずは女王からだな」
「絡まれたらどうするの?」
「絡まれないようにやる」
視線が通る分、エルーダよりやり易い。でも頭が狙える位置となると…… 出口のある大岩とは反対側からになる。
不測の事態に備えて、脱出ゲートを確定してからの方がいいだろう。
そういや、もうすぐ昼か。ゲートも目の前にあることだし。
「先にお昼にしようか?」
「ササミ?」
「……」
「ナーナンナーッ!」
しまった、こいつがいたんだった。
「あー……」
膝に乗ってもう離れない……
「ナーナーナ」
あ、そう。畑仕事、終わったの。早かったね。
どうしよう。
じーっとこっちの目の奥の奥を覗き込む。
ドラゴンを一撃で葬るくせに、なんでそういう無垢な顔を向けるかな。
「ほらお野菜、いっぱいあるわよ」
ラーラがテーブルに出してくれた野菜がどっさり詰まったボールを遠ざけて、ヘモジは僕の胸に顔を埋めた。
ラーラも溜め息をついた。
駄目だ。これ以上、こいつを邪険になんてできない。もう躱せない。
「あの」
フィオリーナが口を開いた。
「斥候も出してるんだし、敵が来るのがわかっても、すぐってことはないんですよね?」
「第二形態がいるだろ」
ジョヴァンニが突っ込んだ。
「問題は第二形態だけなのよね」
ニコレッタが頬杖を突く。
「ヘモジちゃん、かわいそう」
マリーの言葉が子供たちの総意だった。
「僕たちだけで倒せないかな」
ヴィートが言った。
「僕たちの魔法じゃ、まだ無理だよ」
「そもそもタロスと戦ったことないし」
ニコロとミケーレが言った。
「転移による侵入防止結界も張ってあるんだから、来るかどうかわからない相手に焦ってもしょうがないんじゃない?」
イザベルが言った。
「メインガーデンのこと覚えてるでしょう?」
「下手をすると却って厄介なことになるのよ」
モナさんとラーラが異を唱えた。
「あれはタロスはタロスでも別世界のタロスでしょう?」
「同じ事態にならない保証はないわ」
「解決策は予習済みだけどね」
「やっぱりわたしが頑張るしかないのかしらね」
「いっその事、迷宮探索に当てる人員を増やして、師匠を外に置いた方がいいんじゃないの?」
「それだ!」
「それがそうとも言えない感じなんだよね」と僕が言った。
「エルーダより強力。何もかも」
オリエッタが補足した。
「今攻略してる火蟻フロアなんて、下手するとパーティー丸ごと生き埋めだからね。中は大分上級者向けに傾いてる気がするよ」
「なんで頑張っちゃうかな、ゲートキーパーは」
「よほど潤沢な魔力があったんだろうね」
「どうする?」
「どうしよう」
堂々巡りだ。
今のシフトが最良なのは確かだ。問題はヘモジの気持ちだけなんだが。
何でこんなに甘えん坊になっちゃったかな。
「自分たちの防衛網を信じるしかないわね」
「不測の事態は不測の事態よ」
「それはよくない考え……」
オリエッタがミートボールの皿を見付けて首を長ーく伸ばした。
「でも、迷宮攻略も防衛計画の一翼なのよ。枯渇する魔石の補充こそ、第二、三戦の肝なんだから!」
「ヘモジ…… どうしよう」
「ナ……」
「一緒にいてやりたいんだけどさ」
「ナ!」
何かに突然、気付いたようで膝の上で仁王立ちした。
「ナナナナナナンーナ!」
僕の膝を蹴飛ばしてヘモジが忽然と消えた。
そしてしばらくするとどこかで見たことのある水晶玉を抱きかかえて戻ってきた。
「その手があった!」
ラーラが椅子から跳び上がった!
「何?」
みんな一斉にラーラを見た。
「リオナお婆ちゃんの召喚獣、水竜ナガレの水晶玉! これがあれば、居ながらにして遠くが見通せる!」
「召喚獣限定だけどね」
オリエッタが言った。
これを外に設置しておけば、ヘモジが自分たちの世界に戻る度に水晶の周囲を確認できる、らしい。
「どこから持ってきたんだ?」
「ナーナ」
「内緒だって」
「ナガレに怒られるぞ」
「ナナナ」
「ばれないから平気だって」
「ならいいけど。ばれても知らないからな」
「ナナナ」
というわけで、水晶球を食堂に設置して、ヘモジは付いてくることになった。
異常が起きたら水晶の前に用件を記した看板でも出しておいて貰うことにした。後はヘモジが定期的に覗き見るだけだ。
「水晶をこっちが持ち運ぶわけじゃないのか」
「ナーナーナ」
鼻歌を歌いながら先を行く。
八層出入り口のゲートを逆走して火蟻女王のすぐそばまで来ると、はしゃぐヘモジを押さえつつ、火蟻女王に銃口を向ける。
「ナ……」
「『一撃必殺』!」
反応あり! 因果の理の下、結果を確信して放つ!
何層もの光の壁を貫通して、眉間を撃ち抜いた。
ぶよぶよの身体がなおさら石畳みの床に深く沈み込んでいく。
「気付かれてない」
護衛たちは気付かず平常のまま通路に蠢く。
「ナーナ」
「このフロアはもう終わりだ。ヘモジの活躍は次からだな」
ヘモジは気にしていないようだった。
僕の肩の上の重さがどこか懐かしい。
僕たちは隠れたまま女王が魔石に変わるのを待つ。
そして火の魔石(特大)を手に入れると、護衛を無視して来た道を戻った。
地下八層は火蜥蜴。
典型的な迷宮構造。石煉瓦造りの地下通路と小部屋で構成されている。
攻撃手段はほぼ火蟻と同様であるが、トサカのある真っ赤な蜥蜴は火蟻に比べれば鈍感だし、人よりでかい図体は鈍足だ。吐き出す粘液は可熱性で、吐き出した後もしばらく燃え続ける効果があるが、爆発することはない。
壁は焼けていないし、大気も肺が焼けるほど暑くはない。
耐火装備さえしっかり整えていれば、どうということないフロアである。
エルーダでは息抜きができるエアポケット的なフロアということで、人気のフロアになっていた。火蟻やこの後控えている連中に比べれば、火蜥蜴は大きいだけで、くみし易い敵と言えた。その分、火の魔石(小)にしかならないのだが。
当然、魔法の盾を持ったヘモジの敵ではない。
「ナーナーナー」
次々とどめを刺していく。日頃ドラゴンを相手にしている僕たちに蜥蜴など物の数ではない。
だからつい戦闘に夢中になって、水晶の確認を怠ってしまう。楽しくなっちゃうんだよね。
第一波の討伐が完了したところで、ヘモジには確認に向かわせた。僕はマッピングだ。
物の数秒で戻ってきたヘモジはオリエッタと、蜥蜴が魔石に変化するのを待った。
「ナナーナ」
楽しそうで何よりだ。




