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食堂酒場にて

 姉さんの船が入港したのは日がとっぷり暮れた宵の口だった。

 町の酒場でクルーたちと飲み明かす予定になっていた姉さんの誘いを断わって、ソルダーノさんたちと合流すべく約束の場所に向かうと、姉さんのお仲間の冒険者集団が席を占領していて、僕たちは二階の隅の席に追いやられた。

 姉さんたちの溜まり場ってここなのか?

 会場近くの大きな食堂酒場だった。店内には吹き抜けの二階席と舞台がしつらえられていた。この時間、食事に来て帰る客と酒を飲みに来た客が入り乱れている。

「賑やかですね」

 ソルダーノさんが一階を見下ろしながら言った。

「トップランカーのご帰還だそうよ」

 イザベルが不満そうに吐き捨てた。

「あーあ、折角のチャンスだったのに」

「まだ言ってる」

 マリーに突っ込まれた。

「門を閉じられてしまって、外に出られませんでしたものね」

 奥さんが笑った。

「売り込むチャンスだったのにッ!」

「砲撃戦だったからな。身一つで外に出られても邪魔にしかならなかったろうさ。きっと今頃、ギルドから大目玉を食らって、管を巻いていただろうな」

「だってあのリリアーナの船が交戦してたって言うじゃないの!」

「確かに千載一遇のチャンスだったかもね。でも、大所帯過ぎるってのもどうなのかな?」

 階下の一団の半分は女たちが占めていた。男連中は随行している船のクルーなんだろうな。

「どれがリリアーナ様なの?」

 マリーが背もたれに抱きつきながら見下ろした。

「一旦屋敷に帰ると言っていたから。もうすぐ来るよ」

「なんで知ってんのよ、そんなこと」

「ん? ああ、ちょっとね。それよりちゃんと回収アイテム、捌けたか?」

「ああ、そうだった! 忘れるところだったわ」

 僕の分も換金して貰っていた。ポイントは進呈する約束をして。

 いきなり新品の剣をテーブルに投げ出された。

「宝石、とんでもない値段で売れたわよ。どうなってんのよ?」

 金の入った袋を投げられた。

「宝石にもランクがあることぐらい知ってるだろ?」

 思っていた以上にズシリと重い。

「タロスから取れる宝石は大きいけれど基本屑石ですからね。砕いて売っても薄利にしかならないし、手間ばかりで利鞘は稼げません。ですから安く買い叩かれるわけですけど、リオさんはちょうどいい値段の石に精製されたわけです。ちょうど売れ線の物をそれなりに。商人も売れると分かっている品なら多少値がかさんでも手を出すわけで。ですから何十倍もの値段が付いたんですよ」

 ソルダーノさんが説明する。

「ちょこっと弄っただけじゃないの! そんなのありなの?」

「ありですよ。立派な高等スキルです」

「でも…… 二倍三倍ならわかるけど……」

「全然ずるくありませんよ。このスキルを極めるには相応の時間と忍耐と膨大な資金が必要になるんですから。想像を絶する元手が掛かってるんですよ」

 さすが商人。わかってらっしゃる。

 爺ちゃんの横で日々、研鑽を積んできた努力の賜である。金塊や宝石、ミスリルを磨きながら「このスキルさえあれば食いっぱぐれることはない」と教え込まれてきたのだ。そもそもこんなにお宝があるんだから食いっぱぐれることはないだろうに、と子供心に思いながら。爺ちゃんの冒険の話を聞きながらの作業だったから、全然苦にはならなかったけれど。

「とても苦労人には見えないんだけど」

 どうせお坊ちゃんですよ。

「それよりちゃんとした剣、買えたのか?」

 テーブルに投げ出された剣を鞘から抜いて確かめた。

「わたしたちも同行しましたので」

 商人の目利きなら間違いないか。

「失礼します」

「ほら、マリー。御飯が来たわよ。ちゃんと座りなさい」

「ナー?」

「御飯!」

 椅子の上に足場代わりに置いたリュックにヘモジとオリエッタも着席して頭を出した。

 店員の身体がふたりの頭上を覆い隠しながら料理を並べていく。焼けた肉と香辛料の香りが食欲を掻き立てる。

 店員はオリエッタの存在をまだ怪訝そうに横目で見ていた。ペットじゃないと証明したのにもかかわらず、まだ気になるようだ。

「いい匂い」

「ナーナ」

 ふたりは店員の視線などどこ吹く風だ。

「美味しそうね」

「うん」

 ソルダーノさんが感謝の祈りを手短にすませると、お母さんがマリーの小皿に豆ポタージュと野菜煮込みをよそい始めた。よく煮込んだ手羽の骨がスルリと脱皮した。

 あまりの柔らかさにオリエッタが釘付けになった。

 手羽は人数分しか入っていないので、持ち込んだオリエッタ専用の皿に僕の分を半分盛り付け、単品で頼んだサラダはヘモジに丸々流した。

 ヘモジは店のドレッシングの小瓶から柑橘系の物を選んで掛けた。一口かじってしばし考え、どこで摘んできたのかバジルの葉を散らした。

「はう」

「ナーナ」

 パクついて満足するオリエッタとヘモジが目を細めた。

 シンクロした仕草を見てマリーが笑った。

「船の方はどうなりましたか?」

 ヘモジのサラダを試食させて貰っているソルダーノさんに尋ねた。

「積み荷はすべて捌けましたので、修理代はなんとかなりそうです。ですが、順番待ちで着手するまで一月程掛かるようで。宿代も馬鹿になりませんから村に戻ってから修理しようかと」

「今は『箱船』の修理が最優先ですからね。それがいいかもしれません。そうだ! ソルダーノさんの村の鉱山はもう完全に閉鎖されたのですか?」

「ええ、枯れて二十年になりますから」

 坑道を見てみたいと思った。坑夫とは違う目線で見えてくるものがあるかも知れない。プロが見て諦めたのだから期待はしていないが『太陽石』の欠片ぐらいぼた山のなかに残っていそうな気がする。

 階下がざわめいた。

 待ち人来たる。姉さんの配下の者たちが一斉に起立した。

 姉さんは手を振ってすぐに黙らせると、用意された一番奥の席に進んだ。

 我が家伝統、ミコーレ謹製のドラゴン装備に着替えていた。

 染色する技術が開発されたにもかかわらず、相変わらず白いままだ。銀糸を織り込んだ豪華なサーコートがアクセントになってスタイリッシュに決まっている。アイシャさん程の派手さはないが、清純なイメージを醸し出している。

 僕の装備と単に色違いなだけなのだが、同じ物だと誰も気付く様子がない。

 僕の外套は青染めだし、鎧はつや消しを使っているから一見すると同じ白に見えない。剣だけは僕の黒剣の方が目立つが、やはり着ている者の差が大きいようだ。

 あの長テーブルが船長クラスか。なるほど顔付きが違う。一線級の冒険者たちだ。

 それにしても装備に一貫性がない。それに食事というより、御前会議だ。恐らくポイントの分配の最終調整をするのだろう。ポイントはイコール金であるから、皆真剣だ。ランキングを維持しつつ、余剰ポイントを割り振るのだろう。最後の乱入もあったし。

 店員がテーブルの間を目まぐるしく動き回る。気の毒な程、注文が飛び交っていた。

「ナーナ」

 ん? 食べ終わった? お代わりか?

「店員さん。サラダお代わり」

 側を通った店員にオリエッタが声を掛けた。

 突然、姉さんが振向き、こちらを見上げた。

 僕は咄嗟に頭を低くする。

「鶏肉おいしい。これもお代わりしていい?」

 オリエッタ、今は頭を出すな!

 ニヤリと笑われた。

 気付かれた!

 席を立った姉さんが群衆の視線を集めながら二階への階段を上ってくる!

 そして一歩、また一歩、僕たちのいるテーブルに近付いてくる。

 なんだ、なんだとお仲間たちも怪訝そうに見上げる。

 威勢のいいことを言っていたイザベルは完全に固まった。あこがれと畏怖の念で雁字搦めになっていた。ラム肉を皿に落とした。

「リリアーナもこっちで食べる?」

「ナーナ」

 ふたりは状況をまったく無視して姉さんを呼んだ。

「ヘモジ、ドレッシングだ」

「ナー?」

 自作ではなく店の物を使ったと説明して、バジルの葉を一枚差し出した。他にも何やらアドバイスをしている。

 ヘモジのサラダを一口摘まんだ。

「なるほど」

 彼のリリアーナ・ヴィオネッティーが小人にレクチャーを受けている姿は傍目には異様なものだった。

「作れるか? 材料費は出すから――」

「ナナーナ」

「そうか、では屋敷の者に材料を揃えさせよう」

 姉さんの言葉に気をよくしたヘモジは本日お薦めのバジルの葉っぱを丸ごと差し出した。

「料理人雇いなよ」

 僕は言った。

 姉さんは僕を見下ろしながら、バジルの匂いを嗅いだ。

「料理のうまい冒険者を雇うので精一杯だ。一緒にどうだ? 紹介してやるぞ」

「遠慮しとくよ。一年の垢をこれから流そうっていうのに、部外者がいたんじゃ気を使うだろう?」

「そうだ。料理人として雇ってやろう!」

「やなこった」

 僕の答えをスルーしながらソルダーノさん一家を見回し、毛色の違うイザベルで止まった。

「そっちが新人か?」

 緊張しきりのイザベルを見た。既に彼女がお人好しの馬鹿であることは説明済みである。

「イ、イザベル・ドゥーニです! お目にかかれて光栄です!」

「トライアウトは明後日の正午だ。試したければ当日、ドックにあるわたしの船に来るといい」

「は、はい。喜んで!」

「リオネッロ、屋敷の門限は十時だ。徹夜する気がないなら早めに帰れよ」

「そっちは?」

「徹夜に決まってるだろう。一年ぶりの帰還だからな」



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