クーの迷宮(地下7階 火蟻フロア)火蟻ハット
後日、追加調査を行った結果、鉱床はリセットされる度にその位置が変わることがわかった。鉱床は深部にあり、発見は困難。たとえ発見できたとしても、地盤は固く、つるはしを持ち出して掘り進むことはほぼ不可能。造成された亀裂と鉱床が重なり合ったときだけが狙い目という結論に達した。
魔法で地面を吹き飛ばせばなんとかなるかもしれないが、その場合、迷宮の番人である『闇の信徒』と対峙することになるだろう。
採掘ラッシュにはならないと判断した僕たちは、情報料と引き替えに迷宮の多様性の一端をギルドに開示した。
翌日、子供たちは座学中心で、迷宮修行はお休みである。
僕は昨日より早いペースで火鼠の相手をしながら、未到達エリアに向かっていた。すると目の前にでかい鼠、ではなく鼠男が立っていた。
攻めるべきか否か、お互い一瞬、躊躇した。が、鼠男が松明を投げ付けて逃げたせいで、僕は反射的に攻撃を加えた。
「魔石(小)になった」
鼠男は消えた。なのに鼠男の絶命と共に消えるはずの火鼠の反応が未だ消えずに残っていた。
「どういうことだ?」
赤い魔石を拾い上げて透かした。
仕様変更? まさか鼠男も一体だけじゃなくなったとか? また謎が増えた。
「面倒臭くなってきた」
一度気が緩むと、段取りを踏むのが億劫になる。だから結界だけ張って先を進むことにした。
チューチューとまとわりつく鼠が増えてきたら、凍らせ、そのまま荷台の樽に放り込んだ。
「出口どこだーッ!」
「地図、カンストしちゃいそう」
そもそもマップの大きさは決まってないのだから、カンストするかはまだわからない。ただ、外周がほぼ正方形であることから、凹凸はないものと予想していた。
「まずい流れだな……」
このまま見付からないと、ゼロから浚い直さなければならなくなる。それは御免被りたい。
マップに残されたわずかな未到達エリアに僕たちは期待を込める。
「あった!」
僕とオリエッタは大きな溜め息をついた。
そのとき、突然、悪寒が走った。
しまった!
油断した!
振り向くとそこには短刀を握りしめた鼠男ならぬ鼠女が立っていた。
結界が条件反射で切っ先を弾き返した。
浮気男に天誅を加える女のような凄い形相をしてこちらを睨んだ。
「なんなの? 一体?」
鼠女は闇に消えた。
後の考察で、鼠女は一定数、火鼠を倒すと出てくる巡回モンスターであることが判明した。鼠男と対になっているようで、二体を倒すことで初めてフロアの火鼠が消える仕組みになっていた。
今後、通過に関しては、あまり鼠男を当てにせず普通に攻略した方がいいかもしれない。
そして第七層、火蟻フロア。蟻の巣である。通路はすべて地肌丸出しの土壁、枝道は縦横無尽に張り巡らされた、まさに地下迷路。
敵は人間サイズの巨大蟻。爆発する粘液を吐き出す厄介者だ。ワーカー、トランスポーター、ウォーリアと細かい分類がなされているが、単なる役割分担のようで能力的にあまり差はない。
どうせ仲間を呼んで乱戦に持ち込んでくるのだから、分ける意味もあまりない。
火鼠並みの鬱陶しさだが、火蟻自体のレベルはフロア相当であるから、難易度は一気に跳ね上がる。
結論から言ってしまうとこのフロアの攻略方法は戦わないことだ。見付からないことに尽きる。見付かったら最後、数十体が一気に押し寄せ、飽和攻撃を仕掛けてくるのだから堪らない。
倒したところで火の魔石(小)しか落とさないし。
兎に角、匂いや振動、音に恐ろしく敏感な奴だから、『浄化』や『消音』 隠遁スキルや『魔除け』アイテムなどを駆使して、戦わずにゴールを目指すのがいいだろう。
ゴールがわかっていればの話だが。今回はそのゴールを見付けるのが仕事なので、倒しておいた方が後々楽だと思われる。
エルーダ迷宮では、出口はフロア中央の大部屋にあった。そこを中心に螺旋状にルートが設定されていたが、果たして同じ構造になっているかどうか……
「落盤ある?」
オリエッタが安全地帯の洞穴の天井を見上げた。
「確かめるしかないな」
さらにフロア攻略を難しくすると思われるのが、火蟻フロアの定番の罠、落盤である。
粘液による爆破など、衝撃に反応して天井が広範囲に落ちてくる罠だ。
この迷宮のこのフロアもそうだとは言い切れないが、こればかりは試してみなければわからない。そしてやったが最後、敵は来る。
「火蟻女王いる?」
「いて欲しいところだね。そのために銃も持ってきたわけだし」
「ぶよぶよ嫌い」
火蟻王女とは脂肪過多でベッドから起き上がれなくなった芋虫のような下半身に、火蟻の上半身が付いた馬鹿でかい魔物である。低層階にあって魔石(特大)を出す可能性のある、ご褒美的な存在である。見た目は罰ゲームであるが。
特大を出すにはいくつか条件がある。
当然のことだが、まず物理的な欠損を限りなく押さえること。次に体内に蓄積された魔力を消費される前にけりを付けることである。
つまり魔石に転化するときの素材を余さず残す必要があるということだ。
ところが火蟻女王は城壁並みの多重結界を持ちながら、外皮自体は火蟻の雑魚並みの強度しかない。結界を貫通する程の強攻撃を受けては欠損は免れない。
一方で結界を展開するため、単位時間における魔力消費は桁違いだ。条件を満たすためには消費される前に瞬殺する必要がある。
相矛盾する必須条件をクリアした者だけが大きな果実を手に入れられるのである。
そのためにはそれらを可能にする攻撃力。多重結界による物理的偏差、光学的偏差を無効化するためのスキルが必要だ。
自分の場合『魔弾』と『一撃必殺』である。エテルノ式発動術式でもいけなくもないけど、銃の方がピンポイントで狙いやすい。
「よし、行くか」
各種付与で身を固め、安全地帯を出ると、早々、キシキシと顎を鳴らす二体が行く手を阻んだ。
「難易度高め?」
「素通りはできそうにないな」
僕は銃を構え、探知外から狙撃する。
硬い外骨格の頭が根元から吹っ飛んだ。側にいた一体がすぐさま反応して寄ってくる。
「警戒してるな」
「こっちに気付いてない」
「増援の気配は?」
「ないなーい」
銃弾を撃ち込むと今度は額がぐしゃっとつぶれた。
「石は?」
「周りをきれいにしてからにしようと思ったんだけど」
角を曲がるとすぐそこに別の蟻がいる。他にも枝道の向こうに一体。
手前の一体を倒すと反応しちゃうな。角まで接近してからやるか。
「面倒臭くない?」
「……」
オリエッタもエルーダですっかり慣れっこだな。
「じゃあ、やるか」
身を隠すのをやめて僕たちは身をさらした。
一斉に迷宮内の反応が動き出した。
目の前の火蟻がギシギシ言いながら迫ってくる。
「はい、このタイミング!」
雷を落としてやった。
すると麻痺して全身痙攣しだした。
吐き出そうとしていた粘液は吐き出せずにのど元に残っている。
そしてもう一体が角で合流したところで破裂した。
「やった!」
もう一体も巻き込んだ。
オリエッタが背筋をぴんと張った。
穴の奥から続々敵が湧いてくる。反応の動きだけで迷路の構造がある程度推察できた。
のんびり構えていたらあっという間に目の前を塞がれた。狭い通路の壁や天井にびっしり。
「ぶっ飛ばすッ!」
「はいよ」
やられる前に雷攻撃!
そして大爆発! 飛び散る肉片。
生き残った奴らが仲間の骸を押しのけ、迫ってくる。
突然の地響き。
天井が落ちた!
しまった、視界が!
火蟻が隙を突いて次々結界に張り付いてくる!
「『雷撃』ッ!」
甲高い叫び声が響き渡った。
「焦げた」
破裂以前に焼け焦げた。
「また来た!」
オリエッタが土埃の先を睨み付ける。
砂塵を払うために風を巻き起こすついでに『風切り』で迫る敵を切り刻んだ。
「ん」
団体さんが一カ所に固まってもがいていた。
「穴掘ってないか?」
「近付いてくる……」
「まずいな」
こりゃ、さっさと倒さないと初期構造がわからなくなる。
「移動しよう」
引っかかってる団体をおびき出せる位置に陣取った。
穴を掘るのをやめた群れと、それに誘われるように加わる群れ、さらに反対側の通路からも。
「十六体来た」
囲まれた。
「あ、宝箱!」
「え? 雷、あ」
突き当たりに見えた宝箱の手前にいた火蟻が雷を受けて爆発した。
余波で天井が落ちた。しまった!
後方から粘液攻撃!
風を起こして土埃を払うなか爆炎が次々上がる。
爆風が狭い洞穴内を衝撃となって吹き抜けた。
爆発に次ぐ爆発で次から次へと増援が。
「めちゃくちゃだ」
結界に張り付いた連中に稲妻を叩き込みながら、体制を整える。
落盤で後方からの増援はない。宝箱も埋まってしまったが。敵は僕たちが通って来た通路とこれから向かう予定の通路から途切れることなく押し寄せた。
「数多過ぎだろ!」
飽和攻撃と共に落盤があちこちで起きた。
粉塵で何も見えない!
巨大な火炎が突然、巻き起こった。
「なんだ?」
目の前が真っ赤に燃え上がった。逃げ場のない炎が僕たちを飲み込んだ。
続け様起こる爆発に結界の一枚が剥がれた。
「うぎゃ!」
「大丈夫だ!」
さらに内側に結界を張り直す!
蟻たちが熱風にさらされ焼かれていく。外は高温だ。結界を解いたら肺を焼かれる。
可燃性のガスでも溜まっていたのだろうか?
かすかにあった反応も鎮火と共に消えた。
「死ぬかと思った」
「あっという間に反応消えたな」
「こんなのあり?」
「洒落か?」
「違う」
ほっぺたに爪を立てられた。
「痛ッ」
「こっそり行った方がいいと思う」
「天井脆過ぎだろ!」
こりゃ、警告案件だ。ただでさえ、火蟻フロアは攻略が難しいというのに。
敵の数も一気に減って大分すっきりしたが、もう懲りた。
「取り敢えずマッピングだ」
宝箱も位置のチェックだけして、今回は放置だ。
来た道には戻らず、回収できる魔石だけ回収しながら先に進んだ。




