クーの迷宮(地下6階 火鼠フロア)虹色鉱石とささやかな夜
全員を下がらせ、床に手を置くと『水流』を亀裂のなかに流し込む。水量は決して多くなく、でも隅々まで満遍なく……
逃げる火鼠。追いかけっこ。どこまでも、どこまでも……
おっと! それ以上は行き過ぎだ。
逃げた奴らは無理に追い掛けず、手前の奴だけ囲い込む。
さあ、次はどこだ?
おっと、一団発見!
焦るな、水音を立てると逃げられる!
もう少し! もう……
しまった、気付かれた!
急げ! 回り込め! その角、先頭の頭を押さえろ!
よし、間に合った!
出口はどこだ? 逃げる方向を探れ! 火鼠たちが逃げる方に……
逃げ道を用意して!
そうだ、その方向だ! さあ、走れ! 走れッ!
合流してきた無数の鼠たちが穴のなかで渦を作る。
早く逃げないと飲み込むぞ!
しばらくなんの音沙汰もなかった地面から、鼠の鳴き声が徐々に大きくなって、突然、火鼠の団体が穴という穴から噴火して、溶岩のように溢れ出した!
「うわぁああ!」
子供たちは後退った。
「イザベル! 雷ッ!」
濡れ鼠の団体に無数の雷が落ちた。
「ああ!」
イザベルって言ったのに、恐怖に駆られた子供たちまで一斉に雷を放った。
耐火性のある火鼠といえどもこれでは丸焦げだ。
「何のために濡らしたと思ってるんだ? 感電で一網打尽にするためだろうに」
「ごめんなさい」
今度は水量に物を言わせて、ぎりぎりまで床面に水を満たすと、逃げ遅れた鼠の溺死体もぷかぷか浮いてくる。
「とどめだ!」
『爆発』を叩き込むと、穴という穴、亀裂という亀裂からど派手に水柱が立ち上った。
水没した床はあっという間に鼠の黒焦げ遺体と溺死体でいっぱいになった。あまり見たくない光景だが。
フィオリーナはすっかり青ざめている。
手本とはいえ、やり過ぎた。周囲から火鼠が一斉に消えてしまった。
「数多過ぎ」
子供たちが率直な感想を述べた。
エルーダとは比べものにならないな。
『水流』で渦を作り、死体を一カ所に掻き集めると水を干上がらせた。
「スコップ持ってくればよかったね」
「ちょっと残酷な気がするわ」
「気持ちはわかるけど。ドラゴンと何が違うのさ?」
「必要なことだよ」
「理屈じゃないのさ」
子供たちは小さなゼノサイドを見て思い思いの気持ちを吐露した。
「大いに悩めよ、少年少女」
爺ちゃんの口癖。
自分やラーラも同じ悩みにぶつかったことを思い出した。
僕の呟きがイルマに届いたようで「よい師匠だな」と肩を叩かれた。
「優しさも大事だが、躊躇すると早死にするぞ!」
イザベルが檄を飛ばした。僕がいつも言ってる台詞だった。
僕とイルマは目を見合って「その通りだ」と笑った。
最初に回収した中身が石に変化したのでリュックに移して、空いた樽に死体をまた詰め込んだ。今度は樽だけでは収まらず、回収袋を半分そのままにした。
そのとき凍結してまとめて回収する方法を披露した。
「おーっ」
濡れ鼠を凍らせるという地味な連携技に子供たちは感心していた。
エルーダ迷宮なら『火鼠の皮』を三十枚揃えると金貨三十枚になるという解体屋泣かせの依頼があるのだが、この迷宮ではまだ用意されていなかった。解体屋に嫌われたくないなら、自分で剥ぐなら別だが、受けない方がいい依頼である。
そんなわけで石にするしかないのだが、弾かれた物からも鉛筆の芯になる黒鉛が取れることがあるので屑石といえども馬鹿にはできない。
「師匠、なんか変な石が混じってるよ」
「ん?」
黒鉛のことかと思って覗いたら、表面がでこぼこの透明な小石が出てきた。
「宝石?」
雲母ガラスに似てるけど…… 剥がれやすい板状の形質ではなく、キューブ状の原石だった。
「これって…… もしかして」
松明の明かりでははっきりしないので懐中電灯で照らした。
そして『鉱石精製』を使いながら、表面のくすみをぬぐってみた。
すると見違えるように七色の光を放って輝きだした。
「虹色鉱石?」
元王女の侍女をしていた、今も事実上しているイルマが呟いた。
僕と顔を見合わせた。
オリエッタがヘモジと一緒に地上に残ったので『認識』スキルによる鑑定はできないが、これが本物だったら大変なことだ。
虹色鉱石とは異世界で言うところの金剛石のことだ。『異世界召喚物語』などの古い文献ではそう言われていて、王国では金剛石と呼ぶ者も多い。
ミズガルズでは迷宮以外からは出ない代表的な鉱石の一つである。天然物が尊ばれる世界において、迷宮産は安く見られがちだが、天然にはないということで例外的に高値が付く宝石である。
「全員、このことははっきりするまで口外無用だ」
全員が頷いた。
種類は何であれ、火鼠から宝石が出るなんてことになったら、迷宮始まって以来の異常事態である。ゴーレム以外の魔物から宝石なんて。装飾品以外から取れる可能性などあってはならないのだ!
結論から言えば、その通り、あり得なかった。
たんなる偶発的な出来事だった。
気になったのでオリエッタに鑑定させ、ミントたち妖精族に亀裂のなかを徹底的に調べさせた結果、なんと鉱床が足元から見付かったのだ。
『爆発』を叩き込んだときに砕けた欠片が『水流』に押し出されて、火鼠をまとめて凍らせ、回収したときにたまたま一緒に袋のなかに。
虹色鉱石の鉱脈がまさか地下六層という浅いフロアにあったとは驚きだ。この件は早速、我が家とルカーノ家、並びにミントの仲間たちの間で秘匿された。
ごたごたのせいで半日を棒に振ってしまったが、更なる調査は後日に持ち越されることになった。
夕飯を済ませた僕は遅れた分を取り返すべく、残業することに。
ヘモジをまた連絡要員として地上に残すことにしたが、畑仕事のある昼間と違って、今度は一緒に来たがった。
火鼠相手にヘモジの戦闘能力は特に入り用ではないし、子供たちとカードゲームでもして、先に休んでいてくれるようになんとか拝み倒した。
その一方で、一人迷宮に潜ることは奨励できないとラーラに詰め寄られて、オリエッタを同行することにしたら、ごねることごねること。
迷宮内は日中から変わっていなかった。が、逃げた連中は戻ってきていた。
時間重視で『爆発』を叩き込んで、散らしながら出口を探す。
すべてを凍らせ穴を塞ぐという手段もあったが、迷路の広さがわからないので魔力量と相談して保留した。
こんな時に限って鼠男が見付からない。そもそもこの迷宮にはいないのかもしれないが。
鼠男とはフロアのレベル相当の魔物でボロを纏った鼠顔の猫背男だ。毛の生えた手に松明を持った巡回モンスター。と言っても戦闘力は限りなくゼロに近く、襲っても来ない。むしろ冒険者から逃げ回っている。
こいつが火鼠の総元締めみたいな役をしていて、こいつ一体を倒せばフロア中の鼠が消えるという、通過だけしたい冒険者にはとてもありがたい存在だった。
いればぶっ倒して、出口をゆっくり探索したいところなのだが、探知スキルはほぼ役に立たない。臭いは火鼠と変わらないし、松明の焦げた臭いも通路の壁で燃えている松明のものと変わりない。近付けば『魔力探知』を初め、呼吸音や衣擦れの音で見付けることもできるが、大量の火鼠の存在がそれをも難しくしていた。
魔石はマップの作成中に変化した物だけを回収してリュックに収めた。
そして結局、出口は見付からないまま、時間切れに。
睡魔に負けた。
「続きはまた明日にしようか」
帰宅するとヘモジが腕のなかに飛び込んできた。
「師匠、魔石仕分けしておいたよ」
子供たちがヘモジに付き合ってまだ起きていた。
よほどやることがなかったのかテーブルの上に仕分けされた石が大きさ順に並べられていた。
お? 魔石の比率、多くないか?
「これで全部か?」
「そうだよ」
「いっぱい取れた」
エルーダでは半分以上が屑石だったのに、その分黒鉛が採れたのだけれど、これは僥倖だ。
子供たちに基準を満たした火の魔石(小)を三十個の束にまとめさせた。なんと束が十個もできた。
屑石の分を別にしても三百体を仕留めた勘定だ。
僕は子供たちが見ている前で『鉱石精製』を披露し、火の魔石(中)を十個こしらえた。
「すげー、すげー」の大合唱になった。
実際は小サイズを大量に集めただけなのだが、子供たちにとっては大いなる努力の結晶となった。
行程はどうであれ、自分たちの力で中サイズの魔石を十個手に入れたも同義である。僕が手伝った分も含まれてはいたが、それをさっ引いても感慨はひとしおのようだった。
トーニオが目を潤ませるとジョヴァンニにからかわれたが、その声は鼻声だった。うれしかったのだろう。みんな鼻を啜り始めた。
「報酬がまだだったな」
僕は参加した全員に、この場にいない三人の分も含めて、魔石を分配した。僕を入れると十一人になってしまうので、僕の分は置いておいて、ちょうど一人一個ずつということにした。
「記念にするもよし。売るも使うもよし」
虹色鉱石は小さくとも高値が予想されるので、この砦にその手の商会がやってきたら現金化することにした。僕はそのとき多めに貰うということで納得させたのだが。
「やっぱり、やだ! これもう一回ばらして十一個にしようよ。魔石(小)になっちゃってもその方がいいよ!」
また面倒なことを言い出した。
それならバラで等分配した方がマシだったろう。
「だったら……」
オリエッタが油を注ぐかのように僕のリュックを鼻面で指した。
リュックのなかには僕とオリエッタが片手間に回収した石が転がっている。
これらで中サイズの魔石を一個作れば丸く収まるだろうと思ったが、子供たちは大きく首を横に振った。
全員の分から三個分ずつ入れ替えるようにと強固に主張した。
「記念だから」
僕にも受け取って欲しいのだそうだ。
三個分を抜き取り、僕が持ち帰った三個と入れ替える作業を十回行った。
そして集まった三十個から三個抜き出した二十七個と僕が持ち帰った分を加えた三十個で中サイズを一つ作った。
余った三個はその場にいたヘモジとオリエッタに一個ずつ、残った一個は暖炉にくべた。
薪の暖炉と違って、沈黙したところで感傷的にはなれなかったが、身も心も温かくなった気がした。カテリーナがいないことがとても残念に思えた。
側にポットを置いて沸かしたお湯で全員分のお茶を注いだ。
それをくいっと飲み干すと全員うれしそうに魔石を抱えて、明日のために自室に戻っていった。
「ナーナ」
そうだな。
「あの子たちの居場所は何があっても守らないとな」
「ヘモジ、明日も留守番」
「ナーッ!」
一生に残るささやかな一夜となった。
前話、ヒドラの首の数、修正しました。m(_ _)m




