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クーの迷宮(地下6階 火鼠フロア)戦争はそっちのけ

「人いなくなっちゃったね」

 マリーが窓の外を覗いて言った。

 眼下には石を途中まで積んだ家が資材や工具と一緒に放置されていた。

 ここ最近は(のこぎり)の音やトンカチの音で賑やかだったのに。それを寂しそうに見詰めた。

 ギルド事務所や解体屋の人員はそのままに、ギルド船に乗ってきた連中はほぼほぼ作戦に投入された。町に残っているのはドック船でやってきた駐屯部隊の連中だけだ。

 彼らは砦に籠り、警戒と応戦準備に余念がない。

 第一次クー(クーストゥス・ラクーサ・アスファラ)要塞防衛戦争の静かな始まりであった。

「タイタンは?」

「言われたところに配置完了したって」

 ニコロが朝食のパスタをつるんと飲み込んだ。

「迷宮探索はどうしようかしらね?」

 ラーラがフォークで皿をつつく。

 食堂にいる全員が僕を見た。

 砦の防衛を考えるならば、僕は潜るべきではない。運用の全権を委譲したとはいえ、第二形態に即応できる者は限られている。

 が、あいにく最深部に潜れるのも今のところ僕だけだ。この先の事態を考えると魔石の調達が急務であることは自明の理。他の連中にもアンデッドフロアを早々に突破して貰わないといけない。屋根伝いのルートはなんの参考にもならないが。

「第二形態の存在がある以上、敵との距離的な道理を当てにするわけにはいかないとは思うんだけど……」

 沈黙を続ける僕を心配してラーラが言葉を続けた。

「でも転移術式の発動原理には共通点がある。それはミントの仲間の誘導がない場合、転移ポイント算定に肉眼による認識が必要だという点だ」

 僕が口を開いたことで、全員が安堵の息を漏らした。

 皆、明るく振る舞っているけれど不安なのだと、このときになって気が付いた。

 そうだった。今ここには寄る辺となる姉さんも大叔母もいないのだ。

「周囲にミントの仲間がいないことは調査済みだし、視界を遮る砂丘地帯や、転移防止用の結界もある。急襲を受ける可能性は低いだろう」

 湖を造ったとき吹き飛ばした土砂でできた丘陵が湖を囲むように存在するため、遠方よりこちらを直視することはかなわない。ハイエルフの結界があるからそもそも目視できないだろうが。

「ロマーノさんに任せておけば大丈夫さ」

 駐屯部隊の指揮を執る老人に任せておけば基本、問題ないはずだ。

 むしろ第二形態には姉さんたちの方が苦労するだろう。投入してくるかはわからないけど。

「じゃあ、リオネッロは迷宮探索ね」

 え?

「ヘモジは連絡要員として地上に残して貰うわ。ヘモジは居場所を常に伝えておくように」

「ナーナ」

 ヘモジが敬礼をびしっと決めた。

 いいのか、それで?

「俺たちはどうすんの?」

 ヴィートが聞いてきた。

「普段通りでいいわよ」

 子供たちが僕を見た。

「何?」

火鼠(ファイアラット)、見たい」

「アンデッドフロア、終わったのなら、わたしも」

「鼠だよ?」

 マリーの一言にフィオリーナがたじろいだ。

「炎を防ぐ毛皮が取れるんですって。高値で取引されるんだからドブネズミとは違うわよ」

 ニコレッタがフィオリーナの背中を押した。

「よく知ってるな」

「大師匠が教えてくれたから」

「大師匠は九階までなら進んでいいって言ったよ」

 食べ終えたニコロが口を挟んだ。

「無責任な」

「あんただって、幼い頃はそうだったじゃないの」

「婆ちゃんがいつも一緒だったろ」

「そうだった?」

「婆ちゃんが戦ってた記憶しかないよ」

「お婆ちゃんと言えば、ヒドラ戦よね。よく通ったわよね」

 地下十階のことだ。ヒドラは最初の難関、中ボスみたいなものだった。

「九本首は複数のパーティーが手を組んで討伐するものだって、後で聞かされたもんな。道理でいつも空いてたわけだよ」

 ヒドラの湧きには数パターンあって、しかも日付によるリセットがなく、倒すまで居座り続ける厄介な敵だった。五本首から始まって、強さが格段に上がる九本首まで湧きはランダムだったが、リオナ婆ちゃんは足止めされた冒険者を思ってか、今思えば、冒険者ギルドからの依頼だったのだろう、僕たちを連れてよく九本首の討伐をしていた。

「わたし、あの時初めて他人から馬鹿って言われたわ。王女なのに」

『魔獣図鑑』を開いて『ヒドラ』の『九本首』の項目を確認した子供たちは呆れ返った。

 五本首なら単独パーティーでも倒せるが、九本首ともなると三、四パーティー合同でようやく倒せるレベルであった。

「ラーラもあれだったんだ」

「師匠だけだと思ってたのに」

 ひどい言われようだ。

「まあ、今日のところは――」

 イザベルが珍しく割って入った。

 その結果、防衛云々をすっ飛ばして、地下六階を大勢で攻略する羽目になった。

 聞けば、イザベルは過去、別の迷宮で火鼠に苦戦したようで、今後のためにしっかりとした攻略法を知っておきたかったらしい。

 要するに子供たちを出汁にしたわけである。

 確かに剣が主体の戦闘スタイルなら盾をかざして走り抜けるしかない。口ぶりから察するに折角の雷魔法も役には立たなかったようだ。動きの速い相手に当てるのは魔法でも弓でも至難の業だ。おまけに数が尋常でないとなれば。要は使い方だ。

「火鼠ならまぁ、死ぬこともないか」

「ガーディアンもいらないわね」

「全部魔石にするからな。台車で十分だ」


 参加者はイザベルと、カテリーナを含めた子供たち全員になった。カテリーナにはもれなくイルマが付いてくる。

「火鼠の何がいいんだか」

 

『火鼠、レベル十』


 数で勝負の鼠軍団なので、エルーダ迷宮同様、単体のレベルは低く設定されていた。

 迷路内の壁も脆く崩れていたりしていて、格好の住処になっていた。

 床も天井も崩落跡や陥没、亀裂のオンパレードで、いつこっちが生き埋めになってもおかしくない。そのくせ松明の明かりだけは煌々と輝いていて、足元を注意しなさいと言わんばかりだった。

「壁や床の奥にいるから、気を付けろ」

『魔力探知』に秀でたニコロとミケーレが自然と前に出た。

「すげー、いっぱいいる!」

「どうやって戦う?」

 急ぎたいところであるが、ここで答えを教えてしまっては師匠失格だ。答えも一つではないし。

「師匠ならどうするの?」

「まず自分で考えろ」

「結界を張る!」

 正解。

「次は……」

 壁の亀裂の奥にいる火鼠は獲物が来たからといっていそいそと出てきたりはしない。餌が懐に飛び込んで来るまでこらえられるだけの忍耐と警戒心がある。

 大した隠遁レベルではないので当然、状況はみんな見えているのだが、悩んでいる。

「うーん」

 今のこいつらなら倒すだけなら容易だろう。だが問題はその後、アイテム回収をどうするかだ。どうやって鼠を穴蔵から引っ張り出すか。

 火で炙り、穴を凍らせ、風を送るも効果なし。ぼろ切れに火を付け、いぶり出すも別の穴から逃げられるだけで効果はまるでなかった。

 惜しいところまでいってるんだけどな。

 イルマは気付いていて身振り手振りでなんとかカテリーナに伝えようとしているが、カテリーナは仲間とはしゃぐことに夢中だった。

 あまりからかってると――

 ジョヴァンニが覗き込んでいた穴から火炎が噴出した。ジョバンニの全身が飲み込まれた。

 丸焼きにされたかと、皆一瞬、青ざめた。

「びっくりしたぁー」

 当人が一番驚いていなかった。当然の如く、仲間に蹴りを食らった。

「ん?」

 隙間に風を送り続けていたフィオリーナの獲物が穴からポンと飛び出してきた。

「火鼠!」

「でかッ!」

 猫程もある大きな鼠だった。

「これじゃ、出てこないわけね」

 出てきた火鼠は別の亀裂に逃げ込もうと走り出した!

「ああ、逃げちゃう!」

 子供たちは咄嗟のことで見送ることしかできなかった。

 先に進みたいんだけどな。

「わかったわ!」

 ニコレッタが声を上げると同時に『爆発(エクスプロージョン)』を亀裂のなかに叩き込んだ! 壊れ易そうな壁にそんなことをするのは自殺行為に思える。が、それが正解その一だった。

 いろんな場所からポンポンポンとでかい鼠が飛び出してくる。

 今度は逃がすことなく、子供たちは魔法で一網打尽にした。

「やった!」

「五十点」

 目で判定を求めてきた子供たちに僕は容赦なく即答した。

「えーっ!」

「二度手間だろ!」

「あ!」

 ニコレッタが反対側の壁で再チャレンジした。

 ポンポンポンポンッ!

 勢いよく飛び出してきた鼠は向かい側の壁や床に叩き付けられる勢いで飛び出してきた。そして多くは最初の衝撃で事切れていた。

「百点」

「やったわ! ニコレッタ!」


 時間が惜しいので死体をそのまま回収袋に放り込んでいく。溜まった袋の中身は台車にくくり付けた樽のなかに放り込んでいく。

 子供たちはフィオリーナに習って『爆発』を隙間という隙間に撃ち込んでいく。加減を失敗して報復を受けること数度。その度に大騒ぎである。

「あっち行った!」

「逃がすな!」

「うりゃ!」

 ポン!

 鼠が宙を飛ぶ。

「一丁上がり」

「末恐ろしい」

 イルマが呟いた。

 火鼠と格闘できる子供なんてそうはいないからな。結界を学んだ成果が早くも現れた格好だ。が、魔力の供給がさすがに追い付かない。

 順番に後退しては『万能薬』を舐めるようになった。

 休憩の意味も兼ねて、僕は応用編を披露することにした。



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