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クーの迷宮(地下5階 アンデッドフロア)素通りする

「あった」

 予想は的中した。

 蔦で塞がれた出口からかすかな風が吹き込んできていた。

「この下もエルーダ準拠ならアンデッドフロアのはずなんだけど」

「最短記録!」

「ナーナンナ!」

 ふたりは僕の頭の上で両手を打ち合った。

 入り口から出口まで直線距離で数分もかかっていないだろう。入り組んでいたり、後戻りしたり、戦闘時間を入れればさすがに数分とはいかないが。マッピングした面積はわずかだ。

「よし、次のフロアでアンデッドともおさらばだ」

 脱出ゲートを作動させて認識させてから、僕たちは次の階層に意気揚々と乗り込んだ。


「なんだこりゃ?」

 そこはこれまでの地下迷路と違って夜の草原だった。月明かりを背にした廃城の影がどす黒く目の前にそびえていた。そして城砦のそこかしこに鎧を纏った骨の兵士たちが……

「地下五階層でこう来るか?」

「あの鎧高い?」

「先生と変わらんだろ」

「ナーナ……」

 ヘモジも作り込まれた舞台のできばえに呆れている。

「まがまがしさだけは下層並みだな」

 吹く風に悪臭は薄れるが、数は圧倒的だった。

 訪れた時間帯がまずかったか? そんな気がする。

「正攻法は無理がありそうだな」

「レベル相応の冒険者ならね」

「当然、侵入ルートがあるはずだけど……」

「ナー……」

 ヘモジが双眼鏡を覗き込む。が、見えまい。

 そもそも出口があの中にある保証もないわけだけれど。

「早くクリアーできたと思ったら」

 長丁場になりそうだ。

「ほんと、マップ情報のありがたみを思い知るな」

 まずは城外の行動可能エリアを埋める作業からだ。城内には何もありませんでしたでは済まされない。まず外周に出口がないことを確認しなければ。


 入り口は最南端にあった。

 落ちたら最後という急斜面が城を覆うように広がっていた。要するに城は山の頂にそびえているということだ。察するに出口は城の向こう側と思われる。

「ここは戦闘回避で行こう」

 僕たちは転移した、城内中央の尖塔の屋根の上に。

「おおーっ」

「ナーナ」

 ふたりは身を乗り出して眼下を見下ろした。

 城の西側半分が崩落に巻き込まれて闇に飲み込まれていた。

「移動は東回りか…… 正攻法で攻めるならまず城壁の弓兵を片付けないとな」

 城壁の上の見張りは大弓を持った『スケルトンアーチャー』だ。クロスボウでない辺り、良心的だ。

 中庭には先生と近接型のスケルトンがふらふら彷徨っている。

 城壁の上には土台から腐ったバリスタが麓を向いて垂れ下がっていた。

「あの正門をいかに短時間で潜り抜けるかだな」

 僕たちは北側の別の塔に移動した。

 敵の襲撃はない。

 さすがにこんなルートを通る奴を想定しているわけもない。

「やはり裏庭も東回りするしかなさそうだな」

「お城、邪魔」

「ナーナ」

 前庭と裏庭を主塔や居館が分断していた。

「いや、違うな」

「ナナ?」

「侵入ルートは崩落側だ」

 西側の陰に隠れた闇のなかに城内に侵入できるルートがあるような気がする。

「昼間、来ればあっさり目視できたかもな」

 弓兵の射程範囲内は今回、調査対象外だ。踏み込めば目視できるかもしれない。

「なるほど」

「ナーナ」

「ここは冒険者のための迷宮だ。冒険者は兵隊とは違う。ここも城じゃない。単なる魔窟だ」

「城ごと破壊はあり?」

「どうだろうな。サイズ的にはありのような気もするけど。階層のレベル的にはタブーのような気もする。もし駄目だったら破壊規模から察して、相当物騒な『闇の信徒』を呼び出すことになるだろうな」

「それは困る」

「ナーナ」

 どうでもいいと思っているくせに。

「ヤマダさんに会ったら聞いておこう」

 俯瞰から見た景色をとりあえず記録すると、僕たちは反対側の城壁を越えた。

 城門から続く街道を北上すると山を真っ二つに裂いた渓谷が現れる。対岸には道はなく、こちら側の道も崩落で先が途切れていた。

 引き返そうと踵を返すと、絶壁の裏手に通じる道らしきものを見付けた。

 そこは振り返ったこちら側からしか確かめられない位置にあり、木の板や丸太で塞いだ形跡が見受けられる。

 建て付けられていた瓦礫を破壊し、前進すると坑道の入り口を見付けた。

「手慣れたもんだね」

 オリエッタが軽口を叩く。

 が、渓谷を突き当たりまで行かずに手前で早合点していたら、城内探索を始めて迷走していたところだ。

「出口あった」

 蜘蛛の巣を払いながら埃っぽい坑道をしばらく行くと、見慣れた下り階段が現れた。

「おーっ」

「ナーナ」

「一戦もしないで突破できるとは。これで明日から魔石が手に入るな」


 喜び勇んで地上に出ると、なぜか港がざわついていた。

「どうしたんですか?」

 最寄りで荷ほどきをしていた作業員に話し掛けると「東から船が戻ってきたみたいだ」と答えが返ってきた。

 僕たちは東を見渡せる高台に急いだ。

 住人たちが既に大勢集まっている。

 今日、船が帰ってくる予定はなかったはずだが。

「臭いやすぜ、坊ちゃん」

「そうだな」

「いや、そうじゃなくて……」

「ああ、ごめん! さっきまで迷宮のアンデッドフロアにいたんだ」

 僕はヘモジとオリエッタにも浄化魔法を掛けた。

「何隻ですか?」

「一隻だ」

「損傷は?」

「大したことなさそうだが、大型船てことは壊れた船を抱えてるかもしれねぇな」

「だったら前線で処理するだろう」

 他の野次馬が口を挟んだ。

「なんで戻って来たんだ?」

 全員首を傾げた。

 砦から迎えのガーディアンが飛び立った。


 姉さんがいない間、てっきり暇をもてあましていると思っていた前線は予定より早く接敵していた。

 敵の数が日増しに増えてきたようで、そろそろだと告げに来たのである。

 そこまでは予定通りだった。

 問題は敵が二方面に展開したことだった。

 それも船を数隻分ける程度ならよかったのだが、船団を真っ二つに分ける必要が出てきたのだ。

 勢力を維持するためには隊を分けるのは得策ではない。かといってどちらか一方をこのまま見逃してよいものか。

 矛先の一つは南に展開している渓谷砦の防衛部隊に向いていた。東側から回り込まれ南下されると挟撃されてしまう。本来それをさせないための東の守りであったはずなのだが、敵勢力は想定していた規模を遙かに超えていた。

 別動隊は言わずもがな、こちらの砦を目指していた。

 副団長はこちらの準備がどの程度整っているか知らない。あちらには双子石はないのだ。どんなに頑張っても『今日のミズガルズ最前線日録』は届かないのである。

 そんなわけで勝手に決断を下せない副団長は、連絡のついでにこちらの防衛の足しにと大型船に載るだけの武装を積み込んで寄越したのである。

 ついでにこれからの戦いを想定して現場の工房のスペースを開けておきたかった整備班は、修理に時間の掛かるがらくたを下げてきていた。

 モナさんはパーツ回収用に壊れたガーディアンを一機購入した。もう一機ぐらい欲しがったが、再生可能ということで、砦の工房がまとめて引き取っていった。

 でもこれで修理中のガーディアンが一機よみがえる。


「単細胞の割にやるわね」

 タロスは単細胞か否か。前線の連中は猪突猛進だが、指揮系統は目標をしっかり捉えている。ただの獣ではない。

「想定していた規模の二倍とはね」

「このままだと南北端の防衛ラインは干上がっちゃうわね」

 ラーラが言った。

「何を暢気なことを」

 駐屯部隊の指揮を執るロマーノ・ジュゼッペ氏がたしなめた。

「砦を狙ってる連中は任せるわ。いいですよね? 叔母様」

「さっさと始末して戻ってくればいいだろ」

「できれば苦労しません」

「そうだ」

「何?」

「あ、いや。今度、高速船造ろうかなって」

 姉さんや大叔母たちの冷たい視線が僕に向けられた。

「転移能力を持つ船ってかっこいいと思うんだけど」

 全員が僕のあれっぷりに目を覆った。

「できればやってるわよ。馬鹿!」

 馬鹿って!

「話の腰を折らないでください」

 姉さんの取り巻きにも冷たい視線を向けられた。

 くそーッ。冗談だと思ってるな! いいだろう! やってやる! 爺ちゃんの零番艇を越える機体を造ってやる! 魔石が大量に手に入るようになったらな!

「面白い」

 大叔母だけはにやりと笑った。

 話は本筋に戻り、来た船は姉さんを積んでとんぼ返りすることになった。

 ただ返したのでは乗組員から不満が出るだろうということで、酒宴と大浴場での命の洗濯が許された。

 これにより東の『天使の剣』本隊は渓谷防衛部隊と共に襲撃部隊を挟撃することに。

 一方、こちらの砦を狙ってくる連中が回頭して東の本隊の尻に付くのを防ぐため、こちらからも陽動部隊を送り込むことになった。

 陽動部隊は大叔母とギルドマスターを乗せたギルド船と北の城壁建設に当たっていた部隊だ。それと載せられるだけのガーディアン。

「陽動部隊って言うより、殲滅部隊だよね」

「砦は任せたぞ」

「こっちはタイタンだけで十分だよ」

 モナさんが修理したガーディアンも早々に売れて、船に積み込まれた。



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