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閑話 終わりの旅3

「悪いな。こんな時間に」

 俺は理由を付けてターゲットを夜遅く橋の向こう側に呼び出していた。

「構いませんよ。まだ寝る時刻ではないので」

 武装して来いと言ったのに、普段のままか。

 それで十分ということか? アクセサリーぐらいは対人専用に換えてきたのか?

「用件は伝えた通りだ。申し訳ないとは思っている…… が」

 今更言い訳などしても埒がない。

 俺は剣を抜きながら半身に構えた。

 そのときだ。青年の緑がかった瞳のなかに月明かりを見た。


 こいつ! 獣人の血が流れている!


 心臓が止まりそうになった。人族の貴族だろうに!

 そういえば…… 祖母が亜人だったか…… 

「獣人の未来はあの人に掛かってますからね」

 いつぞや作業員の言っていた言葉の意味を見た。

 大きく息を吐いた。

 確か、伝説の獅子族だったか。温厚な風貌のなかに瞳だけが強烈な意志の力を宿している。暗闇のなかに一縷の望みを託していたが、もはやこれまで。

「いい判断でしたよ」

 まだ幼さが残るどこかあどけない青年はゆっくりとこちらを見据えながら、細身のそれは見事な剣を抜いた。

 実力差は情報を集めていたときから感じていた。ふっかけた金額など前金の足しにもならないことを。

 あれに斬られるのなら本望か……

 自分を嘲笑った。

 わかった上で選んだ手段がこれとは…… 我ながら救いようがない。

 やり方はいくらでもあったろうに。

「訳は聞かぬのだな」

 今生、居場所などないと諦めていたはず。今更、訳を話してどうする!

「聞いても未練が残るので」

 負ける気などさらさらないという顔だ。だが、それでいい。

「俺が勝ったら」

「約束ですから」

 剣を生業にしてきた身。人生最期のときぐらい、正々堂々と剣を交えたい。

 それに…… 勝負は時の運。負けが決まったわけじゃない!

 剣を握る拳を硬くした。

「参るッ!」

 俺の人生を賭けた速攻だ!

 一気に間合いを詰め、袈裟懸けにする。

「『結界砕き』ッ! 『破岩斬』!」

 あるはずの結界がなかった。

 なぜだ? 魔法使いだろうに!

 青年の剣が俺の繰り出した剣を受け流した。

 獣人の両手剣をッ! 人族が容易く!

 強烈な衝撃が全身を突き抜けた!

 ここで!

「ぐっ」

 俺は腹を抱え込んだ。

 無詠唱……

「嘘だろ……」

 至近距離から魔法かよ! 非常識な……

 ドラゴンの尻尾を叩き付けられたような衝撃だ。

 意識が飛びそうだ。意識を持って行かれる……

 青年が矢継ぎ早に剣を叩き込んでくる!

 俺の腕が勝手に動いた。

 青年の剣を我ながら見事に下から巻き上げた。

 人生最高の返し技が決まった。

 宙に舞い上がった剣が月明かりにきらめいた。

 俺もまだまんざらじゃねぇ!

 振り上げた重い剣を渾身の力を込めて叩き込んだ。

 俺の勝ちだ!

 悲鳴を上げていたはずの全身から血が沸き立つのを覚えた。

 が、次の瞬間、俺の身体は宙に浮いていた。

「ぐがっ!」

 信じられない距離、吹き飛ばされていた。

 何が起こった! また魔法を食らったのか?

 砂がクッションになったおかげで助かった。

 剣がまだ握られていることを確認すると、俺は急いで身を起こした。

 当て身を食らわされたようだ。胴鎧のど真ん中が陥没していた。

 あの小さな身体のどこにあんな力が? 身体強化か? それとも金に物を言わせた装備付与か?

 青年は手放した剣を拾い上げると息を吐いた。

 仕切り直しだ。


 闇のなか、隠遁スキルを持つ俺の存在を見失うことなく青年の剣は的確にこちらを捉え続けた。

 剣技だけならお互い遜色はなかった。

 が、多様なトリックを持つ彼の戦闘スタイルの前で、俺の苦し紛れの剣は何度もいなされ、無効化され続けた。

「派手な魔法は使わんのか?」

「使いますよ。でも今じゃない」

 ふっ、不遜な奴めと言いたいところだが。

 俺はほぞを噛んだ。

 まるで剣の稽古を付けられている道場の徒弟のようだった。

 獣人の身体能力というアドバンテージの上に胡座をかいただけの、所詮は荒くれの我流に過ぎなかったということか……

 少し前から全身の痛みが戻ってきていた。集中力が途切れてきた証拠だ。

 駄目だ……

「もう動けねぇ」

 体中の関節が…… 悲鳴を上げている。

 もう力が入らねぇ。立っているのもやっとだった。

 青年が手のひらをこちらにかざした。一瞬の間。

 緑色の瞳が!

 魔法だ!

 身の毛もよだつ恐怖が全身を突き抜けた! このタイミングで。ドラゴンと初めて対峙したときのあの感覚!

 避けられない!

 どこにも…… この足では……

「何が正義の味方だよ」

 約束と違うじゃねーか!

 俺の身体は木っ端微塵に吹き飛んだ。



「師匠、フェンリルを解体屋の人が見たいって」

 幼い少年の声だ。

 ここは、どこだ?

「解体してくれるって?」

 ターゲットの声だ。

「ドラゴンで手一杯だから当分無理だって」

「工房に誰かいないのか?」

「いないからこっちに来たんだろ」

「いつもどこ行ってるんだ、あのふたりは」

「師匠!」

「ほら」

 何かを少年は受け取った。

「サンキュー」

 恐らく鍵だろう。渡された少年は階下に消えた。

 別の少女が入れ替わりに現れた。

「師匠! チーズが食べたいぞ」

「チーズ?」

「例のあれじゃ。聞いたぞ。迷宮から出たという」

 迷宮からチーズ? 馬鹿な。

 俺はまだ夢を見てるのか?

「それならマリーのお母さんに言った方がいいんじゃないか?」

「ぬかった! 早くせねば。昼になってしまう!」

「助けてー」

 別の少年が転がり込んできた。

「おー、ニコロ。どうしたのじゃ?」

「大師匠が! フェンリル狩りに行くから一緒に来いって。まだ朝ご飯食べてないのに!」

「フェンリルを狩るのか! なら、わたしも行きたい!」

「駄目ですよ、カテリーナ様!」

「本来ならドラゴンの巣に案内するところなのだが、あいにく誰も最下層まで到達しておらんようなのでな。最寄りのフェンリルで済ませてやろうというのだ」

 忽然と魔女が現れた。

「何をだよ!」

 例の魔女の両脇には見たことのある少年が二人抱きかかえられていた。

「師匠……」

「捕まった……」

「気を付けてな」

「師匠、言ったじゃん! 俺たちにはまだ早いって!」

「さっさと行けば、早く戻ってこられる」

「ほら、師匠の許可が下りたぞ」

「別に出したわけじゃないけどね」

「ようし。さっさと修行に行くぞ、チビ共」

「薄情者ーッ」

「悪魔!」

「残りの奴らも探すぞ」

「師匠の馬鹿ーッ」

「地獄に落ちろ!」


 このときの俺の顔を想像してみてくれ。すっかり毒気を抜かれた間抜けな顔をしていたことだろう。

「お目覚めですか」

 こちらに気付いた青年が振り返った。

 ゆっくり身体を起こすと、そこはソファーの上だった。

「リオネッロ・ヴィオネッティーです」

「バンドゥーニだ」

「俺はどうなったんだ?」

「爆死しましたよ、派手に砂を巻き上げて。肉片も残さない程完璧にね。装備が散らばっていたそうで、状況から死亡が認定されました」

「なんで生きてるんだ?」

「爆破の寸前にここに転移させたので。ああ、装備は新調しますから。ご心配なく」

「それはかまわんが」

 転移魔法まで使えたのか…… 

「そうか…… 俺は死んだか」

「ご愁傷様です」

「猫が口を利いたときは驚いたぞ」

「もっと簡単に済ませようと思ったんですが、肝心なギャラリーが遅刻していたので」

「ギャラリー?」

 聞けば、俺には見張りが付いていたらしい。

「彼らがここを去るのは次の便が来てからですから、まだ時間が掛かります。当分、ばれないようにここに隠れていて下さい」

「なぜ助けた?」

「みんなが望んだから。ですかね」

「ばれてたのか」

「スプレコーンという町はいろいろイベントが多くて、人付き合いも頻繁だから、自然とみんな顔見知りになるんですよ。だから外から来た人間はすぐわかるんです。だからあなたと周囲の異変にも気付くことができた」

 俺は頭を抱えた。

「あなたが僕を暗殺するような人間なら、そもそもここまで辿り着けなかったでしょう。でもあなたは辿り着いた」

 そうだ、俺はあのときしゃべる猫に声を掛けたのだ。しゃべるほど知能がある猫だとは思わずに。

「どうしたらいい?」と、誰でもない者にすがったつもりだったのに、あっという間に段取りが付いてしまって、正面から立ち合うことに。

 勝った方の願いを一つ聞くという約束で。

 俺は知り合いの糞領主の手の届かないところに逃がして貰うことを要求し、彼は俺にここに残ることを要求した。どういうつもりか知らないが、しばらくしてそれがお互いのためだとわかった。


 後日、アールヴヘイムにおいて、英雄の孫が殺人容疑で起訴された。「そう来たか」と俺も当人も思ったし、弟子の子供たちも世間も大騒ぎになったが、死んだはずの俺がピンピンしていることを冒険者ギルドが発表すると一転、起訴した側が告発された。

 そして彼らに俺が暗殺を強要されていた事実もどこからかすっぱ抜かれて、一大センセーションを巻き起こした。

 俺はいつの間にか加害者から被害者に祭り上げられ、土壇場で機転を利かせた正直者と事実をねじ曲げられて報道された。

 機転を利かせたのは英雄の孫の方であるし、ばつが悪い思いをしたが、真の被害者である当人は「事実じゃないですか」と笑うばかりであった。


 その後、俺に命令を出した異国の領主が判決前に狩りの最中に流れ矢に当たって絶命したと噂で聞いた。他にも何人か、どこぞのなにがしという貴族が数人消えたとも。

 裁判で証言されては困る元締めがいて、口封じされたのだろうと憶測が流れた。

 俺を見張っていた数人はギルド通信で誤った結果を報告した後、ギルド船に乗って帰国の途に就いていたはずだが、報酬は如何に。

 いみじくも俺の望みは叶ってしまい、もはやどこにいても自由だった。彼との約束をまっとうするかは俺の判断に委ねられる格好となった。



「師匠、チーズまた出たってほんと?」

 ヴィート少年が帰宅早々、師匠に絡んだ。

「もう売っちゃったからないぞ」

「えーっ」

「みんなに見せようと思ったのに!」

「みんな嘘だって。信じてくれないんだよ!」

 マリーが師匠にしなだれ掛かった。

「『ほぼ確定箱』なんだから、誰かに取ってきて貰ったらどうだ?」

「あんな場所の宝箱、誰も開けないよ!」

「ねぇ、師匠!」

「俺は羊毛狩りで忙しいんだよ」

「眠り羊なんて後でいいから!」

「お前らが新しい毛布が欲しいって言ったんだろ」

 相変わらず騒々しい。

「バンドゥーニさん!」

 お鉢が飛んできた。

「俺は無理だ! フェンリルを一度に五体なんて!」

「しょうがないな。今夜、抗争のどさくさに紛れて」

「今夜のゴブリンは惨敗だよ」

「俺たちがほとんど狩っちゃったからね」

 ミケーレ少年とニコロ少年が言った。

「じゃあ、巣を離れた頃合いを見計らってこっそり」

「師匠、それじゃ、泥棒だよ」

「押し込み強盗とどう違うんだよ」

「それは……」

「安易さかな?」

「安易に手に入れた物はすぐなくすって」

 マリーが屈託のない笑顔を向けた。

「ソルダーノさん、泣いてたぞ。うちはチーズ屋じゃないって」

「それは師匠が売りまくったからでしょ!」

「師匠! 弟子の名誉がどうなってもいいのかよ!」

 リオネッロ殿は俺を見据えて言った。

「一緒に行きます? 折半で」

「お邪魔じゃなければ」

 俺は相変わらず彼らの家に間借りしている。事件以来、俺は死んだことになっていたし、生存がばれてからもしばらくは悪事の片棒を担いだ者として居場所がなかった。

 でも今は……

 この縦に長い建物の一室が俺の居場所だ。



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