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閑話 終わりの旅2

 ガーディアンは思いの外動かし易かった。

 さすがに飛ぶという行為は恐ろしく、慣れるまでは飛び跳ねるだけだったが、無理をせずにおいたことが却ってよかった。跳ねているうちに段々欲が出てきて、慣れる頃には自然と距離も稼げたからだ。

 皆はとうに前線で戦い始めていたが、こちらはお言葉に甘えて、ただ周りを飛び跳ねていた。

 しっくりしてきた頃、ちょうど敵側に増援が現れ、一体が砂丘の谷間に沿ってこちらに接近して来るのが見えた。バリスタよりでかい大弓を片手に、こっそりこちらの背後を狙っている。

 味方はまだ気付いていない。

 俺は銃を構えたまま、谷を飛び超えた。

 そして敵に銃口を向けて乱射する。

 当たるなんて思っていないから、ただ撃ちまくった。味方が存在に気付いてくれさえすればいいのだからと。

 だが、ガーディアンは優秀だった。

 初心者用に『必中』モードになっていたらしく、敵に悉く命中した。残念ながら致命傷には至らなかったが、弓を引けなくさせることはできた。

 敵は怒り、大弓を投げ捨て、刀身がガーディアンの背丈程もある腰の短剣を大きく振りかぶった。

 が、味方の銃弾が先に兜に突き刺さった。

「バンドゥーニさん、ナイスです! 残弾の確認をしたら、後退してください!」

 若い奴に褒められるのはこそばゆい。ケツがムズムズする。

 後退する味方に付いて船に戻ると、甲板からの砲撃が始まった。

 もはや物の数ではない。

 敵は船に近づけないと判断すると姿を消した。

 そして骸だけが踏み荒らされた砂紋の上に残った。

 俺たちの帰還と入れ替わりに回収班が出て行った。

「どうせ碌なもん落としゃしないんだろう」と皆、口をそろえた。

 あんなにでかい相手を倒したというのに誰も喜んでいないところが、ミズガルズの抱える大きな問題の一つなのだと実感する。



 海岸線を前にして、俺たちはより大きな船に乗り換えて東に向かった。

 船は冒険者ギルド所有の船で偉い冒険者ギルドの重鎮と、女が先客として乗り込んでいた。

 どちらも一目見ただけでやばい奴だと感じた。

 特に女の方は目を合わせただけで鳥肌が立った。

「あれが『ヴァンデルフの魔女』だ」と隣にいたチームリーダーが神妙にささやいた。

「レジーナ様、ご無沙汰しております」

 そしてその口で気安く声を掛けた。

 あれがターゲットの……

 未だかつて感じたことがない威圧感。美しさに身震いしているのか、恐怖で身震いしているのか。あれを師としていた我がターゲットは…… 果たして大丈夫なのだろうか? 一瞬、俺の知る尺度で測れる人物なのかと疑念が湧いた。


 何事もなく時は過ぎた。

 後退る引き波を見続けるだけの暮らしはそれはそれで希少な体験になっていた。

「天気に恵まれたな」

 旅慣れているのか、性に合っているのか、リーダーは満面の笑みを浮かべる。

「退屈で死にます!」

 若い連中が悲鳴を上げながら、後部デッキに飛び込んでくる。

「甲板でも走ってきたらどうだ」

「もう走りました!」

「腕立て、腹筋、みんなやりましたよ! でも時間が余るんです」

 部下のあまりのへたりっぷりにリーダーは笑った。

「じゃあ、そうだな……」

 甲板の方が急に騒がしくなった。

 耳をすませると、どうやら誰かと誰かが手合わせするようだ。

 愚痴っていた連中は猫のように喜び勇んで階段を駆け上がった。

 そして始まる!

「さあ、賭けた、賭けた! 賭け試合を始めるぞ! みんな起きやがれ! 三番勝負、初戦は――」

 各隊から一人ずつ代表が出るようだ。

「胴元は……」

「決まってるだろ。レジーナ様だ」

 あの魔女か。

「魔女ってのは世俗を嫌うもんじゃないのか? ずぶずぶじゃねぇか」

「元々ああいう方なんだ」

 リーダーは笑った。

「負けた方は夕飯抜きだぞ! しっかり戦え!」

 甲板からヤジが聞こえてくる。

「さあ、俺たちも行こう」

 小銭を掴んで階段を上がっていくリーダーの後ろ姿を見ながら俺は…… 笑いをこらえた。リーダーは旅慣れているわけでも何でもなかった。

「こうなること知ってたな!」

「そろそろ彼女の辛抱が切れる頃だと思っただけさ」



 そしてようやく中海の対岸に辿り着いたとき、俺は出会った。

「何考えていやがる!」

 ドラゴンの団体だってまとめて葬れるんじゃないかと思える程、強力な雷を女は弟子の乗った小舟に落とした。

「すげぇ、結界が肉眼で見えるぜ!」

 周りにいる獣人たちは止めるどころか、やんややんやと囃し立てた。

「来るぞ!」

 誰かが叫んだ。

 と同時に今度はこっちの頭上にも雷光が!

「ううぉおおおっ! すげーッ」

「容赦ねーな。がははははッ」

 皆、面白がった。

 俺にはお前らのその感覚がわからねぇ。

 女は顎に手を当て、考え込みながら杖を空に掲げている。

 光の鳥籠に俺たちの乗った船全体が覆われていた。

 これが、世界最強レベルの魔法使いの力か…… ほんとにとんでもねぇ。足が震えた。

「いったい何を! 喧嘩なら余所で」

「師匠が師匠なら、弟子も弟子だからな」

 甲板にいた連中は馬鹿げた蛮行を笑い飛ばす。

「意味がわからん!」

「意味ならあるぞい」

 突然、目の前に眼力がやたらと強い老人が現れた。冒険者ギルドのミズガルズ側のトップだ。

「ミズガルズにおける魔力減衰の影響をあれは、あの二発で確認しておるんだわ」

「あれのどこがッ!」

「放った魔法と同等の威力で魔法を返して貰い、それを自らの結界で受けることによって、この世界における減衰具合を計っておるのじゃ。普通はもう少し加減してやるもんじゃが、派手にやった方がわかり易くはあるからの」

「いい迷惑だ」

「何しに来たんだよ! 前線で余生でも送る気になったのか!」

 小船から若い声がまた聞こえてきた。

「温泉を掘りに来たついでに、お前たちの顔を拝みに来てやったんだ。感謝しろ!」

 どうやらあの青年がリオネッロ・ヴィオネッティー当人のようだ。

 鍛えてはいるようだが、とても武人には見えない。人族の雄にしてもまだ華奢な身体だ。それに反してあの魔力……

「おーい。リオー、生きてたかー」

「遊びに来てやったぞー」

 獣人の若者たちが青年に手を振った。

「この暇人どもが!」

「お前が言うな!」

 獣人たちの大合唱に子供たちの笑い声が。

 向こうの船には子供が乗っているのか!

「エルフの人払いの結界が既に張られています! 離れないで付いてきて下さい!」

 久しぶりに岸に上がると船は進路を変え、小船を追った。


「なんだこりゃ!」

 突然、風が吹き始め、マストが暴れ始めた。

 帆を畳まないと!

(セイル)、そのままァ!」

 船長の大声が甲板に轟いた。

 横風が砂塵を巻き上げながら迫ってくる。

「砂嵐だ!」

 駄目だ!

 左舷の眼下に忽然と、地割れの絶壁が現れた!

「左舷障害物!」

 クルーが声を上げる!

 このままでは横風に煽られて落ちてしまう!

 減速しないと! マストが折れる! なぜ船員は誰も帆を畳まない!

 帆は破裂しそうなくらい膨らみ暴れていた!

 何もできない同僚たちも、青くなりながら状況を見守った。

 黄砂に覆われ、周りはもう何も見えない。いくら獣人が聴覚と嗅覚に優れているといってもこの状況では何もわからない! まともじゃない!

 砂嵐のなかから『洗濯女の歌』を大合唱する子供たちの暢気な歌声が聞こえてきた。

『洗濯女の歌』…… 懐かしい大衆歌だ。

 毎日のつらい時間を少しでも楽しいものにするために、洗濯板の上で踊る女たちに連綿と歌い継がれてきた古い歌謡だ。

 子供たちの場違いで楽しそうな歌声がまるで千のランプを照らすかのように黄砂の闇のなかに道を示した。

 砂塵が吹き荒れるも船は迷うことなく進んだ。

 大地の亀裂を乗り越えること数度。山のような砂丘に突っ込むこと数度。感極まって叫ぶこと…… 多数。

 甲板にへたり込みそうになったそのとき、忽然と嵐が掻き消えた。

 そして目の前に青色に輝く巨大な湖が!

 小船が何事もなかったかのように優雅に湖面を漂っている。

「舵そのままー ヨーソロー」

 俺たちの船も大きく揺れながら湖面に入った。

「なんだったんだ?」

 振り返るも、あるのは真っ青に澄んだ空ばかり。砂塵などどこにも見当たらない。凪いだ空だ。

 湖の先に目的地の要塞が見えてきた。

 皆、その姿に大きな溜め息を漏らした。

 岩だらけのはげ山に人工物が見え隠れする。

 小船はどんどん右に流れていった。

「取り舵ーッ」

 やがて併走する船の甲板から楽しそうに手を振る子供たちの姿が見えた。が、我がターゲットは操縦室にいて見えない。

「なんで最前線に子供がいるんだ?」

「さぁてね。それより降りる準備だ」

 先を行く小船が吸い込まれるように右舷のドックに入っていく。

 俺たちの船は船首を大きく左に振るとゆっくり尻から接岸した。


 いきなり十六体のドラゴンの死体を見せられたときは血の気が引いた。

 砦ができてまだ一月も経たないと聞いて二度驚いた。

 ここは前線も前線。到着して早々、筋金入りの最前線だと思い知らされた!

 たった一月で十六体とは…… 倒す方も倒す方だが、襲ってくる方も尋常ではない。

「怪我…… 薬で治す?」

 少女と呼ぶにも幼い子が声を掛けてきた。

「この傷は子供の頃の傷だから治んないんだよ」

「完全回復薬でも?」

 俺は黙って頷いた。

「そうなんだ」と少女は悲しそうな顔をした。

 まさかこの傷を哀れんでくれる者がいようとは。

「これ上げる」

 少女は見慣れない色の薬の小瓶をくれた。

「師匠がくれたやつだから凄く効くから、がぶ飲みしちゃ駄目だよ! もう怪我しちゃ駄目だからね」

 薬剤師か何かの弟子なのか?

「お前の師匠は薬剤師か医者か?」

「いろんなことしてるから、よくわかんない。おじさん知らない? リオネッロ・ヴィオネッティーって。リリアーナ様の弟なんだよ!」

 ここぞとばかり瞳を輝かせた。

 いきなり出てきた名前に俺は驚いた。

 この子の瞳は俺の望みとは別の答えを示しているように思えてならなかった。

 いつものやり口でやっていい相手なのだろうかと、俺の心は揺れた。


「正義の味方だよな?」

「抜けてるけどね」

「大魔法使いだよ」

「剣持ってるけど」

「それにヘモジの飼い主かな」

「オリエッタもだ」

「ふたりとも飼い主より自由にやってるけどね」

「そして俺たちの師匠だ!」

 ガキ共は満面の笑みを浮かべて通り過ぎた。

 最悪だ。

 善人ほど殺しづらい相手はない。ただの馬鹿なボンボンならよかったものを。

「あの魔女に会ったときから気付いてたんだ……」

 俺はつぶやいた。

 忍耐強くなければあの女の弟子は務まらないと。そしてあの魔力。研鑽なくして身に付くものではないと。

 天秤に掛けるべきは我が命の方だったらしい。殺しに力はいらぬ。毒の一滴、針の一差しで十分だと思っていたが…… 

 屋根のない天井の梁の上から黒い猫が見下ろしていた。



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