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クーの迷宮(地下4階 アンデッドフロア)マミーに足止めされる

「風が流れてる」

「ん?」

「隠し通路からだ」

 注意しながら先を進んだ。

「あれ、あれ!」

 突き当たりに大きなヒト形をした壺があった。

「カノプス壺!」

 てことは……

「マミーがいる!」

 僕たちは顔を見合わせた。

 それはこのフロアに巡回モンスターのマミーがいるという証拠だった。

 マミーは包帯をぐるぐる巻きにした不死身のゾンビで、迷宮のどこかに置かれたカノプス壺を破壊するまで死ぬことがないという厄介な魔物であった。

 エルーダでは地下四階、レベル二十四相当のフロアでレベル三十前後だった。レベル相当の冒険者なら、フェンリルと同様、相手にせず素通りすべき魔物である。

「先に壺が見つかってよかった」

 マミーは決して足は速くないが、怪力の持ち主で掴まれたら骨の二、三本はすぐである。見つかったら最後、どこまでも追い掛けてくる。縄張りという概念がなく、故に巡回モンスターなんて呼ばれているのである。

 壺は破壊しておくに限る。


「こっち」

 わずかな空気の流れがある。

 このまま出口に辿り着けたらラッキーだ。ショートカットもいいところだから。

「お?」

 包帯ぐるぐる巻きの遺体を発見。

「意外に近くにいたな」

「危なかった」

 僕たちは無警戒に近付いた。

「あ」

「ああッ!」

「違う!」

 こいつ、死んでない!

「やばい!」

 僕たちは一目散に来た道を引き返した。

 見付けた包帯男、女かもしれないが、遺体ではなかった! いや、遺体なんだけど…… 死んでなかった! いや、死んでるんだけど…… 兎に角、動いた!

 壊したカノプス壺とは紐が付いていない、まったく別個体のようだった。

「なんで二体もいるんだよ!」

「動いた!」

「駄目だ。目を付けられた」

 他のアンデッドとの戦闘に介入されたら厄介だ。

 ここは一時撤退である!

 本当、動かないときは置物と変わらないんだから! 心臓の鼓動もなければ、魔力反応もない。唯一、悪臭を放つがこのフロアでは同じこと。普段は喉に穴が空いたようなかすれた息を吐きながら、素足でひたひた巡回しているからすぐわかるのだが。


「結局、早めの昼休み」

 白亜の脱出ゲート前にいた。

 そこで覚えている限りの記録を取った。

「よし。記録完了」

「早飯」

 オリエッタが鼻を啜った。

 言われる前に浄化した。

 ドーンとものすごい音がした。

 オリエッタが首をもたげて髭をひくつかせた。

「なんだ?」

 探知した限り敵襲ではない。

 港湾区を横切り、僕たちは上り坂の手すりから対岸を覗いた。事故か?

 鯨が潮を吹いたような砂塵が舞い上がっていた。

「はーはっはっはッ。そんな攻撃効くものか!」

 遠くから声が聞こえる。

「これでも食らえーッ」

 どーん。どーん。どーん。

 子供たちだった。

「何…… やってる?」

 オリエッタが僕の後頭部に乗り上げ、尻尾で僕の頬を叩いた。

 対岸の砂原で子供たちが駆け回っていた。

「お返しだ! これでどうだ!」

 どーん!

 また砂煙が舞った。

「雪合戦ってあんな遊びだったか?」

 自分の背の何倍もある巨大な球を抱え上げて、それを投げ合っていた。

 球は破裂することなく飛び跳ね、転がり、弾け合いながら交錯する。

 そして時間が経つと豪快に破裂し、周囲の砂塵を巻き上げた!

「またあんたなの!」

 振り返ると腕組みしたラーラがいた。

「何が?」

「あんな遊び教えて!」

「こっちも今来たとこだよ」

 子供たちは確かに言い付け通りに割れ易い球を生み出しては相手に投げ付けていた。それだけでは面白くなかったようで、なかに炸裂系の魔法を仕込んでいるようだった。

 今、ヴィートが大きな気球に三方向から追い詰められていた。

「むん!」

 何かの力でヴィートはその球を弾き返した!

 弾き返された球は砂地を跳ねながら拡散し、時をほぼ同じくして破裂した。

「違う遊びになってる……」

 オリエッタも呆れた。

「ちょっと」

「教えてないから!」

 ヴィートは僕のマネをして結界で弾き返したのだ。

 子供って余計なことまでよく見てる。

 結界を盾のように使う者はあまりいない。と言うよりいない。結界はあくまで防御主体の魔法で、攻撃に転用しても非効率なだけだ。別の魔法を叩き込んだ方が威力はあるし、燃費もいい。それに結界の強度もそれなりにないと、結界の方が壊される。それこそ本末転倒だ。

 だが、ヴィートだけじゃなく、子供たちは互いに撃ち合い、というか転がし合いながら、弾き返すことでつぶし合いをしているのである。

「雪合戦を教えたつもりなんだけど……」

「さすがあんたの弟子ね。ぶっ飛んでるわ」

 お前の弟子でもあるだろうに!

 よく見るとマリーとカテリーナもタッグを組んで参戦していた。

 フィオリーナとニコレッタは審判と救護担当のようだ。砂丘の丘から見下ろしている。

 歪な足元が予想外のバウンドを生み出すから戦場は常に波乱に満ちていた。

 その特性を生かしてニコロとミケーレは足元を調節する。が、注意がそれると結界が緩む。そこを見逃さず、ジョヴァンニの投じた球が炸裂する。

 どーん!

 ニコロとミケーレは爆風に押されて砂床に顔を埋めた。

「部屋の方は終わったのか?」

「個人用の収納ダンスとベッドを運び込んだだけだから。建築資材は結構持ち帰ってきたみたいだから漆喰だろうが、タイル張りだろうが、木目調だろうが、好きにできるわよ。調達はソルダーノさんに頼んでおいたから。とりあえずタペストリーがもう少し欲しかったわね」

 どーん、どーん!

 ヴィートとジョヴァンニが相打ちになって転がった。

「それで。そっちは? お早いご帰還のようだけど」

「マミーに見付かった」とオリエッタが言った。

「何やってんのよ」

「二体いるとは思わなかったんだよ」

「え? 二体もいるの?」

「もっといるかも。壺を壊して安心してたら、ね」

「ラーラはサボり?」

「失礼ね」

 用事を思い出したラーラは水辺の端で足を止めると、転がっているすべての球を一瞬で破壊した。タイミングをずらされた子供たちは驚き全員、尻餅をついた。

「はい、そこまで! お昼の時間よ!」

 子供たちは船もガーディアンも使わず、ラーラの非道にブツブツ言いながら、湖面を凍らせ戻ってきた。

「末恐ろしいわ」

 将来有望と目され入学した魔法学院の生徒でも、一年目から水の上を歩こうなどとは思わないだろう。まして炎天の下では。

「走れ、走れ」

 カテリーナが滑って転んだ。

 マリーとトーニオがすかさず手を差し伸べる。

「溶ける前に急げ!」

「日頃の行い、考えた方がよさそうね」

 ラーラは皮肉な笑みを浮かべながら僕の肩を叩いた。

 子供たちは湖を渡り切ると息を切らせて地面に転がった。

「なんでガーディアンを使わない?」

「あれ? 師匠、いたの?」

「貸し出した方がお金になるでしょう?」

「小舟は?」

「小舟も」

「橋を使いなさいよ。せっかく造ったんだから」

「だって遠回りだもん」

「あれだけ駆け回る体力があるくせに、何言ってんのよ」

「どうせ体力使うなら、時短で行く」

「……」

 我が振り直そう……


 食事を済ませ、再び迷宮に潜る。

 今回はヘモジも一緒である。畑作業はもういいらしい。

 マミーを警戒しつつ、遠巻きにしていたらずいぶんと大回りすることに。

「なるほど」

 あの隠し通路は恐らく本当にショートカットなんだろう。

「でもマミーがいる」

「ナーナンナ」

 最初のカノプス壺は警告。残るカノプス壺は恐らく迷宮深部に置かれているはずだ。その頃には壺はもうどうでもよくなっていて、別ルートを下れば出口に辿り着くはずだ。

「ナーナ!」

 ヘモジが手をぽんと叩いた。

「ナナーナ!」

「マミーの足を切り落とそうだって」

 オリエッタが言った。

「足だけか?」

「ナーナ」

 ヘモジの提案で、最短コースに戻ることにした。隠し通路まで戻るとマミーを探した。

「いた!」

 初期の位置よりだいぶ移動したようで、これなら素通りできるんじゃないかと思ったところで風向きが変わった。

 風はマミーのいる通路から吹き込んできていた。

「完全に仕掛けられてるな」

 接触を余儀なくされた僕たちは一本の長い通路で迎え撃つことにした。

「道幅は悪くない」

「来た!」

 とても人型とは思えない、関節部のすべてを振り回しながら近付いてくる。

「全部を灰にするんじゃ駄目か?」

「ナーナンナ」

 再生したら追い掛けてくるから、計画通りの方がいい、だそうだ。

 狂ったように駆けてくるマミーの部位を狙うのは面倒臭い。だから『無刃剣』で全身を切り刻んだ。腕がちぎれ、胴が落ちても下半身は追い掛けてくる。が、バランスを崩して壁にぶち当たって転げ回る。

 身体に巻かれた包帯は腐った身体にぴたりと張り付いたまま、剥がれることはない。

「ナーナ!」

 下半身は上半身が消えたことにも気付かず、転がっても暴れ続けている。片足だけなんて選んでいられないので両足を切断した。

 するとヘモジは駆け出し、切り落とした片足をミョルニルを使って遠くに弾き飛ばすとそれを僕に取れと言う。

 僕たちは暴れる遺体の脇を突破して、切り離されても動き続ける片足を掴むとその場を後にした。

「気持ち悪ッ!」

「ナーナ!」

 天井の高い場所まで来るとヘモジは指さした。

 魔法で足場を盛り上げ、足の部位を天井の石畳みのなかにめり込ませた。落ちないように周囲をしっかり固めて、足場を解いた。

「あれなら暴れても落ちないだろう」

 不死身のマミーも部位が消滅していなければゼロからの再生はかなわない。だからあれをなんとか回収して自分の身体に戻さなければならないが、このフロアがリセットされるまで、回収はほぼ不可能だろう。

 僕たちはバラバラになった身体をつなぎ合わせ、元の姿に戻りつつあるミイラを横目に先を急いだ。

 嫌がらせにヘモジは分かれた他の部位をまたミョルニルで遠くに弾いた。

「こっち!」

 オリエッタが風のある方角を指した。

「スケルトン!」

 正面の薄明かりに青白い骨が浮かび上がる。盾持ち…… でも先生ではない。

 ヘモジは先行するとミョルニルで兜を吹き飛ばした。一瞬の出来事だった。

「やっぱり、スケルトンには打撃武器だな」

 小人のハンマーでは普通こうはならないが。

「ソーサラーと先生だ」

「ナーナ!」

「任せた!」

 僕は銃でソーサラーを容易く排除した。

 ヘモジは先生と一騎打ちだ。

 さすがにちょこまか動くヘモジの動きについていけないようで先生は完全に振り回されていた。が、突然、おかしなモーションに入った。剣を脇に構えたまま大きく『ステップ』を踏んで後退った。

『風斬り』!

「狙いはこっち?」

 一瞬早く、ヘモジの一撃が頭部に炸裂した。

 まさか召喚主であるこっちを狙ってきたのか?

 オリエッタが探ると、剣には『風斬り』の付与が入っていた。

 まさか賢くなってる…… のか?

「他はごみ」とオリエッタは一蹴した。



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