リリアーナ
「うわっ、でかい船だな。さすが四年連続」
高度を上げて着艦できる甲板を探した。
「ナーナ」
後部甲板は同時に何体ものドラゴンを解体できそうな広さがあったが、積み荷で既に満載状態だった。まるで飛空艇の工房のように何本ものクレーンやデリックが生えていた。
前部上甲板には菜園や水面が煌めくプールまであった。
一見どこに降りてもよさそうだが、当然、結界があるので迂闊には降りられない。
「どこに降りればいいんだ?」
大き過ぎて却ってわからない。
「あれ!」
オリエッタが横手に突き出した甲板で手を振る人を見つけた。
「はーい。こっち、こっち。そのまま中に入っていいよ」
言われるまま侵入すると中はガーディアン用の格納庫だった。
「うわ、何、この数? ガーディアンだらけじゃん」
『ワルキューレ零式』より二倍程大きな旧型タイプが、ざっと三十体、並んでいた。
どれも操縦者の好みに合わせて細部までチューニングされているが、どれも傷だらけだった。迷彩柄からど派手なカラーリングまで結構自由にやっているようだ。
「なんで自分で出ないんだよ?」
『ワルキューレ』より一世代前のモデルが部屋の一番奥に鎮座していた。姉さんの搭乗機『ワルキューレ』の前身『スクルド』である。
フライングボードに乗らなくても飛んでいられる、軽量高出力、フライトシステム内臓一体型モデル。主兵装は強襲用連射ライフルか狙撃用ロングレンジライフルと近接武器のみ。スキルや魔法をオプションとして使えるユニーク持ちや魔法使い用に開発された機体だが、ピーキーな仕様過ぎて乗り手は少ない。
こちらの世界の主流はシールド兼用のフライングボードを別携行する重装甲重装備タイプだ。
それもこれも魔力が希薄なこちらの世界のニーズなので、あちら側にある工房の販売意図とは大きく異なる。飛行と結界に使用する魔力を削ると結果的に地上肉弾戦になるというだけのことである。汎用性が高くこなれている分、扱う側も多く、部品調達も容易い。ドラゴン戦では苦労するだろうが、それを補うのが『スクルド』なのだろう。姉さんのハイスコアが物語っている。空中戦は恐らく独壇場に違いない。
さすがというか、起動中は結界を張っているからだろう『スクルド』の装甲には傷一つない。
「悪かったな。風呂上がりで汗を掻きたくなかったんだ」
懐かしい声が上から降ってきた。
姉さんが上部の通用口から現われた。
言葉を裏付けるかのようにバスローブ姿だった。
いくら女だけしか乗ってない船だからって不用心だろう。
濡れた髪…… エルフ規格の理想体型。それでいて人族的な温厚な面差し。ほんといつ見ても怖いくらいの美人だ。おばじゃなかったら玉砕覚悟で百回は声を掛けるところだ。あまりしつこいと息の根を止められそうだが。
「リリアーナ、久しぶり」
呆けている僕より先にオリエッタが声を掛けた。
「ナー?」
ヘモジは首を傾げた。
「なんだペット連れか。相変わらず仲がいい――」
言い掛けて止まった。
視線をヘモジに向けたまま固まっている。
「父さん、死んだの?」
「あの爺ちゃんがそう簡単に死ぬわけないだろ」
「だったらなんでここにヘモジがいる!」
「ナー?」
ヘモジは首を反対側に捻った。
「あー、これ? こいつはヘモジの弟。名前は一緒だけど。僕が迷宮でゲットしたんだ。な」
「ナーナーナーッ!」
ヘモジは大きく頷くと、しゃーきーんと挨拶代わりに変身ポーズを決めた。兄ヘモジとシンメトリーのポージングだ。
「どうやって手に入れた!」
階段を使わず飛び降りてきた。うわっ、はだける! と思ったら結界で風の流れがシャットアウトされていた。
し、心臓に悪い。
「答えなさい!」
か、顔、近い。む、胸も……
「ど、どうって。普通にイベントが起きたからクリアーしただけだよ! そうしたら手に入ったんだ」
「わたしが何度もあのフロアーを攻略しても出てこなかったのに! どういうことなの!」
スプレコーンと本家のほぼ中間にあるアルガス領エルーダ村の地下迷宮の十九階層、トロールが出る牧歌的な草原フロアが召喚獣『ヘモジ』の入手ステージだ。そこで入手イベントがあるのだが……
「爺ちゃんと話し合ったんだけどさ。たぶんイベントが始まるまで、あのフロアのトロール倒しちゃ駄目みたいだよ。一度でも倒しちゃったら一生手に入らないみたい」
「じゃあ、わたしは……」
「ご愁傷様。誰よりも倒してるんだから諦めて、他の召喚獣探しなよ」
じゃなかったらフロア攻略未経験者に頼んで取ってきて貰って、買い取るしかないね。入手条件を流布するようなものだから、外部に依頼されても困るけど。召喚獣のカードを無闇に譲渡すると召喚獣の性格歪むっていうし、本来、召喚獣はもっと無機質なものであるらしいし。我が家の召喚獣たちだけが変わっているのか、ヘモジ兄やナガレたちしか見たことないからな。
「それ寄越しなさい!」
「やるわけないだろ!」
ヘモジとオリエッタが天上から垂れ下がった鎖を伝って梁に退避した。
「わたしもヘモジが欲しいのよ!」
「ただ美味しい野菜が食いたいだけだろ!」
「それのどこが悪いのよ! 砂漠の食生活の悪さをあんたは知らないから!」
「我が家の食生活が異常だっただけだろ!」
「じゃなかったら父さんの『楽園』スキルをよこせ!」
「それは持ってないから!」
「毎年、一年分の野菜を調達するのにどれだけお金掛けてると思ってんのよ!」
「畑あるじゃん」
「ナーナーナ」
「農業の基本は土と水だって」
オリエッタが今はどうでもいいことを通訳した。
「わかってるわよ、そんなこと! それでも越えられない壁があんのよ!」
「ナナーナ」
「後でヘモジが見てくれるって」
「……」
止まった。
「ナーナ」
「姉弟喧嘩は駄目」
おばと甥だけどな。
「じゃ、じゃあ、そうして貰おうかしら」
お互い我に返ると身体を密着させて絡み合っていることに気付く。ローブははだけて姉はほとんど全裸状態。僕は視線をそらした。
上からオリエッタたちが降ってきた。
「仲よし」
「ナーナ」
オリエッタは僕の心を見透かしたかのように姉さんとの視線を遮り、ヘモジは畑仕事ができるとあって嬉しそうに目を輝かせた。
「聞きたいことは色々あるけど、まず町の状況だ。どうなってる? あの難破船は何? あれはブルーノの船じゃないの?」
「ブルーノが誰かは知らないけど――」
僕は起きたことをすべて話した。勿論、あれを工作した奴らの船を足止めしたことも。
姉さんは船長室の豪華な椅子に座り、眉をひそめた。ヘモジ本人より大きなぬいぐるみがクッションに紛れて、ソファーの上に転がっていた。
一通り考えを巡らすと、まるで回答合わせをするかのように僕に意見を求めた。
「お前はどう思う?」
「すべては計画的に繋がっているんじゃないかな。あの難破した船も入港を阻止するためのものじゃなく、既に入港している『箱船』を出港させないためのものだとしたら、壊すだけの価値は見いだせる。姉さんが狙われた線は薄いと思うよ。仕掛けた連中にとって、この場に姉さんが居合わせたことは想定外だったんじゃないかな。あるいは姉さんたちの強さを低く見積もり過ぎたか。さすがにそれはないか」
「町を襲わせるのが計画だったとして、狙いはなんだ?」
「さあ、そこまでは。祭りそのものを妨害したかったのかも知れないし、ランキングの変動を狙ったものかもしれない…… 来年のためにスタートダッシュを妨害したかったという線もあるね。あるいは単純にテロとか」
どれも違う気がしてならない。
姉さんの方に心当たりがないか、顔色を見ながら言葉を待ったが、なさそうだった。
「ところで姉さんは最近タロスがメインガーデンの近郊にも出没していることを知ってる?」
「そうなのか?」
「来て早々、商人の船を襲うタロス兵に出くわしたよ。それにさっきのあれもそうだけど、防衛ラインのどこを抜けてきてるんだと思う?」
「冒険者たちが前線を離れて手薄になったからじゃないのか?」
「そのために帰還前に大掛かりな掃討作戦をしてるんだろ?」
「ラストスパートを掛けてるだけだ。余った弾薬を消費することも兼ねてな」
「被害は大分前から出ていたみたいだけど」
「お前、何か誰かに言われてきたのか?」
「アンドレア様に姉さんに会いに行くならついでにちょっと見てきてくれって頼まれただけ」
「王家が絡んでいるのか?」
「動いてるだろうけど、僕とは関係ないよ」
「で、ガーディアンを持って遊びに来たわけか?」
「家でゴロゴロしてたら、暇なら姉さんの手伝いしてこいってさ」
「やりたいことが見つからないのか?」
「やりたいことだらけで手に負えない感じかな。今回は自作機のテストも兼ねてるから、暇つぶしってわけじゃないよ。利害が一致するんじゃないかと思っただけ。なんだけど……」
「気になることでも?」
「ブルーノの船だっけ? あれに積まれていた『太陽石』ってのが気になるんだよね」
「確かに戦線にいるはずの船が『太陽石』を運んでいるのもおかしな話だ」
事態をややこしくしてるのはその一点だ。
「個人的に欲しくなったってのもあるけど。姉さんは持ってないの?」
「高いだけであまり役に立たなかったから即行で売り払った」
ほんとに?
「どこに売ってるの? 商業ギルド?」
「やめておいた方がいいぞ」
「何ごとも経験でしょ」
フンと鼻で笑われた。
「この船は女だけの船だ。身内も例外じゃない。同行したければ随行艦のどれかに乗ることになるが」
「自分で調達するよ。でも、その前にちょっと別行動かな」