クーの迷宮(地下2階 アンデッドフロア)創作料理カルボナーラパンフォンデュ
「待ちくたびれたわ」
先に来ていたラーラがテーブルに突っ伏していた。
「いつ着くとは聞いてなかったからな」
「姉さんにも確認したけど、確認した時刻よりも遅れてるのよ。こんなことならレジーナ様と一緒に散歩してた方がよかったわ」
「師匠は別に散歩してるわけじゃないぞ」
「わたしは何もしてないんだから散歩よ」
「自慢げに言うな!」
「ラーラ、腹減った」
「今、作ってるわよ。暇なら手伝っ――」
僕たちに鼻を寄せた。
「手伝うな、まだ臭う」
そう言うと自分が厨房のなかに消えた。
フィオリーナの加減が甘かった。
「残りのみんなは?」
二度手間を掛けさせて申し訳なさそうにしているフィオリーナに尋ねた。
「マリーは奥に。イザベルさんとモナさんは工房にいるはずですけど」
「いなかったぞ。な」
「うん」
浄化を終えたジョヴァンニとヴィートが言った。
「中古のガーディアンを買い取ったから、転売するために整備するって言ってましたよ」
ニコレッタが答えた。
「そのガーディアンを受け取りにでも行ってるんじゃない? それらしいガーディアンもなかったし」
ニコロが口を挟んだ。
「そうかもな」
「ミントはいつも通り。ジュディッタさんたちは…… 彼女たちも待ち惚けしてるわね。きっと」
ラーラが丸い大きな何かを一つだけ載せた皿をそれぞれ両手に持って出てきた。
でかいコロッケか?
目の前に置かれたのは丸くて大きなパンだった。転がらないように底が平らに切ってある。
「婦人の創作料理よ」
パン一個? これで一人分?
婦人も同じ皿を両手に持って出てきた。
フィオリーナもニコレッタも厨房のなかに入った。
「ジュース…… 冷やしていただけますか?」
テーブルに既に置かれている林檎のジュースの小樽を冷やすようにと婦人に頼まれた。
樽ごと冷やすのが当たり前になってきたな……
旦那が帰ってくるとあって、婦人はいつもより血色がいい。そわそわしながら時計をたまにチラチラ横目で見る姿は失礼ながら可愛らしいかった。
「うわぁあ」
「すげー、うまそう!」
子供たちは婦人の創作料理の仕掛けに素直に喜んだ。
器に見立てたパンの蓋を開けると、黒胡椒をまぶした、濃厚な溶けたチーズがなみなみと注がれてあった。
湯気の立ち上るチーズのなかをフォークで探ると、パスタがパンチェッタと絡んで姿を現した。
子供たちは目を丸くした。
婦人の創作料理はくりぬいたパンのなかにカルボナーラを仕込んだ物だったのだ。
くりぬいた中身のパンはさいの目に切られて、フォンデュ用に別皿に盛られて出てきた。きれいな焦げ目がまた食欲をそそる。
他にも大皿に載って大きなソーセージや野菜が出てきた。
「蟹だ……」
ちょうどいい大きさに切られた蟹肉も出てきた。子供たちは眉を潜めたが。
「うまい! こ、これは伝説のチーズ蟹、げほげほ……」
「ちょっとリオネッロ! 口のなかに入ってるときにしゃべらないでよ! 子供じゃないんだから!」
子供たちに笑われた。が、笑った子供たちがこっそり蟹肉を試すところを見た。
婦人の創作料理はみんなの喝采を受けた。
「イザベルたちも早く帰ってくればいいのにね」
マリーが笑った。
「マストが見えたぞ!」
器にしていたパンをちぎって口に放り込んでいたとき、外の声が聞こえた。
聞こえたのは耳のいい僕とオリエッタだけだったが。
僕たちはそのことをすぐ全員に伝えた。
婦人の顔の眩しいことと言ったら。
「荷揚げが済むまでは手が出せないだろうから、商品の選定は早くても夕方になるんじゃないか?」
「えーっ!」
「そうなんですか?」
親子で同じ顔して僕に詰め寄った。
「ソルダーノさんにはいつでも会えるでしょう。いっそ桟橋まで迎えに行ったらどうです?」
「マリー、行く準備なさい!」
「お母さん、急がなくても大丈夫だよ。船はまだ着かないから」
子供の方が冷静だった。
「お昼食べたかしら? 何か用意していった方がいいかしら?」
「お母さん!」
気付いたらラーラが隣のテーブルで灰になっていた。
「うわぁあ……」
見上げる子供たち。そこには巨大な金色の狼が横たわっていた。
「これがフェンリルだ。お前たちが明日から潜る地下一層の特定の場所にこいつは出現する。まだ出現ルートや条件は確定できていないが、存在は見ての通りだ。はっきり言って、今のお前たちではこいつには太刀打ちできない。一体なら知恵を巡らせばなんとかなるかもしれないが、昨日は五体が同時に出現した。大人の冒険者でもこの条件はかなり厳しい。だから、こいつを見たら躊躇なく転移結晶を使え」
「でも師匠は勝てたんだろ? どうやったの?」
「まずは結界だ。押し返せるぐらいのな」
「……」
「こいつはゾンビ犬より速いし、でかいから射程外から一気に跳んでくる。動きについて行くだけでも至難の業だ。足止めには雷が有効だが、こいつは風属性だ。ダメージを与えたければ」
「大師匠クラスの雷が必要……」
いや、そこまでは言ってない……
「とにかく今は相手にするな。目安は十層クリアーだ。地下十層まで自力で到達する力を身につけられれば、二、三体なら相手にできるようになるだろう」
「五体は無理?」
「今のところはな。でも、そうだな…… 例えば、お前たちが持つその杖。それはスペシャルだ。それはお前たちと一緒に成長する友人のようなものだ。気長に付き合えばお前たちの力を何倍にもしてくれる。きっとその頃には何かしら打開策も生まれているだろう。僕もまだ知らないお前たち流のオリジナルな方法がな」
「今は努力あるのみか……」
子供たちは僕の言葉を噛み締めた。
「漫然と戦うんじゃなくて、常に考えろ。お前たちがのろまだと思っているスケルトンだって剣技は高い。うちの爺ちゃんが剣の練習相手にしていたくらいだからな。懐に入られたらやられるのはこっちだ。お前たちが余裕で勝てているのは単に相性がいいというだけの話だ。もしスケルトンが弓を持っていたらどうだ? 余裕で倒せるか?」
「魔法使いは盾持っちゃいけないの?」
「誰がそんなことを言った?」
「普通はそうだって。集中力が分散するから重い物は持たない方がいいって教科書に載ってた」
「僕は普段、剣を持ってるけど、杖じゃなきゃ、魔法使いじゃないのか?」
「うわっ!」
僕の剣を鞘ごと受け取ったヴィートがよろめいた。
「細身の剣でも重いだろ? お前の親父の剣はきっともっと重いぞ」
ヴィートは僕の剣の重さをかみしめながら頷いた。
剣は子供たちの間を一周して戻ってきた。
「常に考え、思いを巡らしながら戦え! お前たちが日々鍛錬しているのはそのためだ。迷宮はそのための訓練場だ。自分だけの取って置きを見付けろ。成功も失敗もすべて成長の糧になる! ただし大き過ぎる失敗だけはするな。そのときは全力でしっかり逃げろ!」
「はい!」
つい教師みたいなことを言ってしまった。
「じゃあ、午前の続きをやりに行こう」
「師匠、僕、盾持ちたい」
「魔法使いなのに前線に立つつもりか? 詠唱はどうする?」
「僕、魔法剣士になるから」
「盾ならスケルトンが持ってる」
いずれフライングボードも入り用になるだろう。ヘモジと同じ魔法の盾を全員に支給するつもりだけど。商会が来たら、早めに注文した方がよさそうだ。
「それにしても師匠、いつ倉庫造ったの?」
「増援が来る少し前かな。今まで使ってた倉庫は壊すことに前から決まってたからな」
「向こうの扉は?」
「地下の螺旋通路に繋がってる。鍵が閉まってるから開かないぞ。鍵ができたら配るから、それまではあっちからの立ち入りは禁止な」
「ドラゴン何体ぐらい溜められるかな」
「高さがあるから、二倍は積めるよね」
「そんなに狩る予定はないから!」
上空警戒任務は砦側に移管されたので、僕たちの出番はなくなった。
これからは守備隊の仕事だ。
『銀団』も団員を食わせていかなきゃいけないから、僕たちばかりが活躍するわけにはいかないのである。
「いい狩り場が見つかるまで遊ばせておくさ」
午前中と打って変わって、子供たちの真剣味が増していた。おおざっぱに強い魔法で破壊するような行為は鳴りを潜めた。代わりに一点集中、兜をかぶった顔のど真ん中を吹き飛ばす精度を追求し始めた。時に剣を持つ腕を狙い、歩みを止めるべく足を狙う。回収品を傷付けないというお題目を唱えながら、ワンランク上の成果を求め始めた。
「手を抜くのとは違うぞ。隙を作るな。侮っていると早死にするぞ」
「真剣だよ! 午前中より何百倍も真剣だから!」
よほど午前中怠けていたんだな。
ヴィートがスケルトンの構える盾の隙間を射貫いた。
「とどめだ!」
よろけた相手の頭をジョヴァンニが吹き飛ばした。
手数は増えたが、それぞれの魔力の負担は減っているようだ。自己回復で取り戻せる程度の消費なら、魔力不足による倦怠感を相手にすることもない。常に冷静でいられる理想的な形だ。
詠唱の遅い連中に落ち着いて一撃目を撃たせて、敢えて速いジョヴァンニがしんがりを務める形ができ上がりつつあった。
女性陣がいるときは暗黙の了解でニコレッタが引き受けていたポジションだ。
「ニコロ、最後の詠唱の前に相手を確認しろ。一呼吸置くぐらいの気持ちで。焦らなくてもジョヴァンニが後ろに控えてるから大丈夫だ」
トーニオが言った。
「はい」
「任せろ、ニコロ」
「うん」
迷路は続くよどこまでも。




