クーの迷宮(地下2階 アンデッドフロア)犬と狼間違える
「ギリギリだ」
「荷車にした方がよかったかな?」
「そのときは脱出して入り直すさ」
「脱出用の転移結晶っていつ貰えるの?」
「貰うんじゃなくて買うんだよ。ギルドから」
「師匠は?」
「再利用できる奴を持ってる」
「ずるい」
「高級な転移結晶はあまり持って来なかったんだ」
「毎回買うの?」
「使ったらな」
「再利用できるやつが欲しい」
「ギルドがどれだけ持ってきてるかだな。アイテムショップがオープンしたら覗いてみるといい。いろいろ勉強になるだろうし」
「それまでは荷台の上か」
「見習いにもなれない歳なんだから、緊急脱出時以外に使い道はないよ」
「先は長いな」
「お前たちが剣や盾を構えたってここの魔物にはないも同じだ。身体の成長だけはいくら僕でもどうしてやることもできないからな」
「ほんと、先が長いや」
「あっという間さ。毎日剣を振り、弓を射る。お前たちの場合は魔法があるから矢筒の分背中が軽くなるかもしれないけどな」
「魔物にとっては小石と同じかよ!」
「魔法だけでも一流にしてやるよ。その後どうするかは自分で選べ」
子供たちがニヤリと笑った。
「言わなくてもわかっているだろうが、ここの魔物は火の魔法がよく効く。魔力を無駄遣いせずにうまくみんなで回せ」
「戦っていいの?」
「見てるだけでもいいけど」
「やる! やるよ!」
「狼も出るだろうけど、それはヘモジと僕に任せろ。ミケーレ、ニコロ。『魔力探知』は効きづらいが効かないわけじゃない。スキルを磨くいいチャンスだぞ」
「うん」
「わかった」
「スケルトンたちは『生命探知』という特殊なスキルを使う。接近される前にやれ。見つかったら最後、しつこいぞ」
「質問! 光の魔石は?」
「ただの光だけじゃ、一瞬ひるむだけだ。聖魔法の『浄化の光』なら一瞬で片が付くけどな」
「師匠は使えるの?」
「使えるけど、部外者がいるところでは使わないぞ」
「教会じゃないから?」
「完全に部外者ではないんだけど、まあ、そういうことだ」
「見せて貰ってもいいですか?」
「ゾンビかスケルトンに出くわしたらな。それと」
「来た」
ニコロが言った。
オリエッタは悪臭に鼻を塞いでいてあまり役に立たない。僕の結界のなかにいれば悪臭は気にならないだろうが、逆に鼻が効かなくなる。索敵が仕事のオリエッタとしては我慢ならない事態だろうが、索敵は足りている。無理をすることはない。お前には耳だってあるんだ。勿論、獣人の血を引く僕も同様だが。
「足が早い。狼かも」
「数は?」
「三、違う」
「四だ!」
ミケーレが一瞬早く修正した。
「『餓狼』来た」
「ナーナ」
ヘモジは出る気なさそうだ。
「ガーディアンの結界用の魔石の減りだけは注意しろよ」
「了解!」
獣の荒い息と、石の床を蹴る爪の音が通路に反響しながら近付いてくる。
曲がり角から姿を現わした!
「え?」
「ゾンビ犬?」
雷を用意していたのだが、咄嗟に火属性に切り替えた。
突破されるか!
炎から抜けて来る敵を想定してヘモジが前に出て盾を構えた。
「まだ生きてる!」
ミケーレが声を荒げた!
一体が抜けてきた。が、ヘモジの盾にぶつかる前に床に転がって動かなくなった。
「まさかゾンビ犬とは……」
振向くと子供たちが青ざめている。
「これだから初見は怖いんだ」
僕は笑って見せたが、子供たちの顔は引きつっている。
「あんなに早いのか」
「あの角から一瞬だったぞ」
「師匠の攻撃も間に合わなかった」
「それは予想と違ったからで」
「俺たちじゃ、絶対間に合わなかった」
言っても駄目そうなので改めて見せることにした。が、その前に! イザベルから貰った情報を確認する。
「あ!」
ちゃんと『ゾンビ犬』と書いてある。
「忘れてた」
オリエッタにパンチされた。
思い込みというやつだ。事前にチェックしたのに、エルーダの記憶が頭のなかを支配していた。『餓狼』なんて一言も書かれていなかった。
そうだ、ここはエルーダじゃない。新しい迷宮なんだ。全部リセットしないと。古い記憶は捨てないと。
ヘモジが生意気に僕のすね当てを盾で小突いて勇気付けた。
幸い別の角にもゾンビ犬がいた。
「大体、自然界にいるゾンビ犬でレベル二十越えなんていないからな」
一応蘊蓄を言い訳に垂れておく。
「現実より強いの?」
「そうなるな」
「変なの」
「絶滅して存在しない魔物もいるし、神話の世界の魔物もいるからな。なんでもありだ」
ゲートキーパーがそれなりに考えて出した結果なのだが。たまーに絶滅危惧種なんかが大量発生したりする。
「でもタロスはいないんだよね」
「そのうち出てくるかもな」
「迷宮のなかでまで会いたくないよ」
子供たちは揃って頷いた。僕も同感だ。
同じシーンを繰り返しているかのようだった。
ただ曲がり角の向きが違うだけでシチュエーションは変わらない。ゾンビ犬が今度も四体駆けてくる。
当然、同じ対応をする。
が、今度は余裕がある。
姿を現わしたところを接近前に軽く仕留めた。
「情報の大切さが身に染みるねぇー」
「それをしっかり確認することもね」
トーニオに突っ込まれた。
他の子供たちも猫と小人もうんうんと大きく頷いた。
続いてスケルトンが二体登場した。
リクエストにお応えして、あっさり『浄化の光』で片付けた。
今回は二体だけだったが、便利な魔法だということを子供たちはすぐ理解した。が、それ故に自分たちが軽々しく使っていいものではないということもなんとなく理解したようだった。『浄化の光』は本来集団を一気に回復する上位魔法で、教会の特権に関わることなのでこれ以上は教えなかった。
「教会の人の仕事を取っちゃいけないよね」と勝手に忖度してくれたが「覚えるだけなら罪にならないよね」と念を押された。
そんなよい子のために今は普通の冒険者としての対処方法を学ばせることにした。
「スケルトンの居場所はすぐわかるよな」
見付けたスケルトンは二体揃って錆びた剣持ち、盾なし、朽ちたレザーアーマー持ちだった。ゾンビ犬の後だとまるでやる気が感じられない。
だらりと剣をぶら下げ、切っ先で床を引っ掻きながら、カタカタ音を立てて揺れている。
「一番行きまーす!」
トーニオの火の魔法の連射で一体が崩れ去った。
「絞り過ぎた! 次は一撃だ!」
「二番、ジョヴァンニ。行きまーす」
バーン! 燃える前に破裂した。
「あれ? 距離、違った?」
「威力だけはあるよね」
ヴィートがからかった。
「うるさいな」
「相手も動いてるんだから、先を読まないと」
トーニオも突っ込んだ。
「やっててもズレたんだよ!」
頭で考えているうちはまだまだだな。
「ほら、回収品のチェック」
闇属性は魔石を落とさない。本来蓄える魔力をどこかにやってしまって形になる前に自壊してしまうからだ。
だから残された屑装備をせめてもの慰めとする。
今回は能動的に動かないと、報酬は得られない。
だからガーディアンを持ってきているわけだ。おかげで重く、嵩張るだけの装備も気楽に持ち帰ることができるのである。
牢屋の鉄格子が並んでいる廊下が並行して何本も走っている監獄のような場所に出た。行き着く先は一緒のようだが、調査である以上、横着はできない。
ヘモジとオリエッタは『迷宮の鍵』で扉を次々開けていき、置かれた物品を漁り、たまに出てくる小金や宝石を鞄に収めていった。
「実入りがないね、闇フロアって」
子供たちは退屈そうに荷台の上で欠伸する。
「そんな装備でも売れば多少の金にはなるんだぞ」
僕は荷台の上のがらくたを指して言った。
「そうなの?」
ヘモジが檻のなかで何かと戦っている。
「付与がない物は後で素材に戻しちゃうけどね」
「いくらぐらいになる?」
「それなりに」
「それじゃわかんない!」
「商業ギルドも商会もないんだから、ここでの相場はまだわからないだろ」
「ソルダーノさんの店は?」
「もっといい装備を売るに決まってるだろ」
「じゃあ、誰が買うの?」
「初級の迷宮に通ってる連中とか、後は人間相手の兵隊とか、傭兵とか。当然ここじゃないどこかでということになるけど。そうなると輸送コスト分、安くせざるを得ないか…… 素材としてならこの町でも高値が付く可能性はあるよな。革にしろ金属にしろここでは貴重だからな」
操縦するトーニオに止まるよう合図した。
「ヘモジ付いてきてるか?」
「次が来た」
子供たちが身構えるが、残念。やってきたのは――
「犬だ」
ゾンビ犬はあまり相手にしたくない。実入りが何もないんだから。『餓狼』の方が屑石になるだけましである。
これじゃ、ただ働きも同然だ。
「一旦戻るぞ」
「お昼?」
集中力が切れ掛けている現状で根を詰めるのはよくない。若干早いが戻るとしよう。積み荷を降ろしている間にちょうどいい時間になるだろう。
「ここで食べたいか?」
全員猛烈な勢いで首を横に振った。
「行くぞ」
ガーディアンに掴まって僕は脱出用の転移結晶を使った。
一瞬で港湾区のゲート前に出た。
「全員いるな?」
「ナーナ」
顔ぶれを確認すると、積み荷を置きにモナさんの工房に向かった。
工房を移して正解だったな。
付与付きの武器と装備は数個で残りはがらくただ。暇なときに整理にしよう。
ガーディアンも置いていく。
そうだ、地下倉庫にフェンリルが。
子供たちに声を掛けようと思ったがやめた。昼を食べてからにしよう。
最近、食事の時間に遅刻してばかりで婦人に申し訳ない。
エントランスを入って早々「臭い!」と言われて、僕たちは全員、フィオリーナに浄化魔法の洗礼を受けた。
家にいる女性陣は台所で働いている婦人以外みんな、どんよりしていた。




