明日の予定は?
「何か捕れたかー」
居住区に上がって早々、獣人たちが造りかけの家の軒下であぐらを掻いて騒いでいるのに出くわした。
「チーズが捕れた」
オリエッタが言った。
「チーズ?」
「新手の魔物か?」
「食べ物」
「地下一階にフェンリルがいましたよ」
「ほんとか?」
「五匹一緒に出てきますけどね」
「…… ほんとか?」
「情報はギルドに上げておきますから、やるなら気を付けて」
「五体一緒かよ……」
喜んだのも束の間、皆、考え込んだ。
「何食べてる?」
オリエッタが団らんに首を突っ込んだ。
「肉鍋だ。食うか?」
「オリエッタでかくなったな」
「まだチビだけどな、ガハハハ」
「これが標準!」
「おいしそうだ」
「材料は配給品だけど味付けはスプレコーン風だ。食ってくか?」
「呼ばれたいんだけど、こっちもこれから夕飯なんだ」
「それじゃあ、しょうがねぇな。また今度な」
「悪いね」
「落ち着いたら、いつもの頼むぜ」
「わかってるって」
「そうだ、例の廃墟に行ってた船が明日、戻ってくるってよ。聞いてるか?」
「明日?」
「俺たち、荷揚げ作業に駆り出されちまってよ」
「そういうわけだから、俺たちが行くまで探索の方は頼むぜ、大将」
僕は気のいい連中に手を振って別れた。
どんちゃん騒ぎはあちらこちらで行なわれている。注意する女房もいないから好き放題だ。酒の量が限られているから行き過ぎることはないだろうが、居住区全体が飲み屋街になったみたいだった。
「懐かしい」
髭をピンと張ってうれしそうだ。
「ナーナ」
ヘモジも足早だ。
「そうだな」
まるでスプレコーンに戻ったみたいだった。エミリーさんの料理が食べたいな。
「ただいまー」
帰って早々、食堂のテーブルにどんとお土産を置いた。
「チーズだ!」
二階で遊んでいた子供たちが階段を駆け下りてくる。
「どうしたの?」
皿洗いを手伝っていたラーラも厨房から出てきた。
「宝箱に入ってた」
「ナーナ」
「これが入ってたの?」
子供たちはワックスで磨かれた表面をつついたり、太鼓のように叩いたりして喜んだが、ラーラは眉をひそめた。
「嘘でしょ?」
勿論、こんな大きな物がという意味ではない。
「それが本当なんだ。フェンリルの巣の最深部でね」
「いたの?」
「五体いた」
オリエッタが答えた。
「魔物の数は軒並み五割増しって感じだったぞ」
「エルーダの?」
「エルーダの」
「すげー、迷宮って肉だけじゃなくてこんな物まで取れるんだ」
ニコロが言った。
「この数字、何?」
「熟成した月の数だよ。二十四っていうのは二年間熟成したってことだよ」
「ヴィートくん、詳しいね」
「倉庫の補給品のチーズにも数字入ってるだろ」
「二年物ですか……」
娘とヴィートの会話を聞いて婦人はチーズを見下ろした。商人の妻ならこのサイズの熟成チーズの値段は承知している。
最低でも金貨一枚。
一般家庭ではこのサイズは消費しきれない。チーズ料理を頻繁に出す料理屋が買うぐらいだ。
「お腹空いた」
「ナーナ」
「はいはい。今用意しますね」
僕たちは一旦荷物を置きに自室に戻った。
ヘモジは自分の鞄を逆さまにして、なかの屑石を空のワイン樽に放り込んだ。
僕は記録と報告用の書類を持って食堂に下りた。
姉さんたちはまだ戻っていないのか?
「明日は誰が付き添うんだ?」
「イザベルとジュディッタとルチャーナだよ」
「カテリーナも行くよ」
「明日、回収船が戻ってくるけど、大丈夫なのか?」
「そうなの?」
「さっき下で聞いた」
「じゃあ、ジュディッタたちは無理かもね」
「えーっ!」
「わたしが行くしかないか」
「駄目ですよ! 回収船が帰ってきたら、色々内装を整えるって言ってたじゃないですか。うちの人と一緒にいろいろ買い付けて頂かないと。おふたりのどちらかがいてくれないと困ります!」
「じゃあ、明日も子供たちは蟹ね」
「えーっ!」
「もう食べ飽きたよ」
そっちかよ。
「あんたたちだって欲しい物あるでしょ? 自分の部屋の内装とかいいの? 机とか、タンスとか、ちゃんとしたベッド欲しくない?」
「んー。欲しいけど!」
「連れて行ってやってもいいぞ。ゾンビフロアだと思うけどな」
「えーっ、ゾンビ?」
「エルーダ準拠ならそうなるな。明日はゾンビとスケルトンが相手だ」
「地下迷路だろうからアクシデントは少ないはずだけど。野っ原でゴブリンや狼を全方位で相手にするよりは安全だろう。ただし、荷物運びとしてだけどな」
「わたしはパス」
「わたしもゾンビはちょっと」
「マリーは行きたい!」
「あんたはわたしの手伝いよ」
「なんで!」
「お父さん久しぶりに帰ってくるんだから」
ソルダーノさんは目利きの腕を買われて回収船に乗船している。回収品の在庫の多くはソルダーノさんの店で売られることになるので、店主が陣頭指揮しないわけにはいかないのである。
要するに婦人以下、女性陣は店先に並ぶ前に欲しい物に唾を付けようというのだ。ジュディッタたちの個人的な資産以外にだが。
王家の遺産も宝物庫ごと回収するように言っておいたので、開封後、二人の王女の物になるはずだ。それをどうするかは二人の問題だ。
墓荒らしのようなまねは極力避けて、工房の倉庫辺りを狙うとは言っていたけれど。建築資材になりそうな建物は壊すわけだから、その過程で出る家財も多かろう。
「じゃあ、男だけで行きなさいよ。どうせ家の内装になんて興味ないんでしょう?」
「そんなことないけど」
「地下がどんな所か知りたいという気持ちはある」
「でもゾンビだよ」
「だから僕たちが行くんだろ?」
ニコロが手に炎を灯した。
「おーっ!」
みんなが感心したのは魔法の習得が遅れていたニコロが炎を灯したからだ。
「あんたはいいの?」
ラーラは僕に尋ねた。
「残り物から選ばせて貰うよ」
「じゃあ、選んでおいてあげるわ」
「じゃあ、俺も!」
「僕のも」
「じゃあ、僕も」
「右に同じ」
「あんたたちねーッ!」
「みなさん! リオさんはこれから食事なんですよ。騒ぐなら上に行きなさい!」
夫人の一喝でみんな一斉にばらけた。
ラーラも皿洗いに戻った。
「リオさん、すいません。それ、運んで貰えます?」
「あ、はい」
僕はチーズをリュックに戻して、四階の食料庫まで運んだ。
「似てる……」
爺ちゃんちから恐らく持ち込んだであろう、補給品のチーズ。どれも高級な熟成チーズだ。ホールのサイズは女手でも持てるお手頃サイズだが、どこか似てる。表面に焼き印された数字も生産地を記した文字列も。あるのかもしれない。こっちの迷宮にも。
翌日、三階の玄関口に真新しい装備に身を包んだ少年たちが並んでいた。
「……」
「これって…… 師匠……」
「よく似合ってる。馬子にも衣装だな」
大伯母は腰に手を当て、満足げに見下ろした。
「魔法学院の制服じゃないですか!」
「だから手頃な物を持ってきたと言っただろ」
「生徒じゃない者が着てもいい物なのですか!」
「校章は抜いてあるからレプリカだと言い張れば問題ない」
「レジーナ様……」
ラーラは頭を抱えた。
「誰も気付きゃしないわよ」
「そりゃ、こんな僻地で本物の制服来た子供がいるなんて誰も思わないでしょうけど」
「普段の生意気さは跡形もないわね。立派な生徒に見えるわ」
「ほんとの魔法使いみたいよ」
イザベルもモナさんも子供たちの予想外の出で立ちを笑った。
「じゃあ、これ。事務所に届けておいて」
昨夜、清書した報告書をイザベルに預けた。イザベルは既に暇な連中と一緒に三階層までクリアしているらしい。
「まあ、こっちのことは任せておけ」
あんただから心配なんだよ!
「ナーナ!」
「出発だ」
「おーッ」
港湾区のモナさんの工房から荷運び用のガーディアンを取ってくると全員搭乗してゲートを潜った。
「今日もチーズ取れるかな?」
「俺、チーズより甘い菓子パンの方がいいな」
「おまえらゾンビフロアの食材なんか食いたいのか?」
「あー」
「それはちょっと……」
そうだ。みんなで出ないことを祈ろう。




