クーの迷宮(地下一階)フェンリルとチーズ
ゴブリンの砦は四つあり、その内三つは同様だった。街道から一番はずれた最深部にある一つだけが規模も強さも異なった。兵の数は四倍、雑兵に『ウォーリア』や『レンジャー』が普通に混ざっていた。
どんなにまとめて始末したかったことか。
ヘモジは楽しそうだったけれど、回収品は相変わらず碌でもない。
付与の付いた武器が数本手に入ったが、持ち帰りたくなるような物はなかった。売ればそれなりの収入にはなっただろうが。
敵のボスは『リーダー』ではなく『コマンダー』だった。『リーダー』より更に大きい身体にボロボロの木の盾と錆びたモーニングスター。
『コマンダー』の回りには長い斧を持った『リーダー』が二体付き従っている。
ヘモジは間髪入れずに『コマンダー』を自分の相手に選んだ。
「どうかいい物を落としますように」
見た目からしてもう期待薄だけど。
「目的が変わってる」
「ナーナ」
『リーダー』の一体を遠距離から仕留めると僕たちは突っ込んだ。
結局、ここまで剣を振るうチャンスはなかった。地を這うような低い姿勢からの突撃と雷付与の掌底だけで間に合っていた。
一方ヘモジは初めて最初の一撃を避けられていた。が、振り回した二撃目がヒットして変わらぬ結果となった。
「ナーナ」
仁王立ちしながらミョルニルを腰のホルスターに戻した。
「偉そう」
オリエッタが木の上からのぞき込む。
『我が一撃を避けたことは褒めてやろう』とか言っているのだろう。小生意気な。
「『お腹減ってるんだから避けるな』だって」
こっちへの催促かよ!
「後もう少しだ。残りのエリアを調べたら戻るから」
「ナーナ!」
大股で宝箱を開けに向かった。
宝箱は本陣の天幕のなかに三つ並んでいて、両サイドの箱は相変わらずだった。
最後、中央に鎮座している一番偉そうな宝箱に目を向ける。
「ナーナーナ」
ヘモジが僕たちをシッシと手で追い払う。
「はいはい、離れてますよ」
ヘモジも一緒に結界で覆った。
手でも棒切れでも開かないことを確認すると、ピッキングの道具を取り出してこちょこちょし始めた。
カチリ。蓋が開いた。
「罠はなしか」
ヘモジは舌打ちした。ないに越したことはないだろうに。
底には紙片が一枚。
「ん?」
「ナーナ?」
ヘモジは自分の懐中電灯で中を照らした。
「地図……」
それはこれから行く予定になっていた残されたエリアの地図だった。
「洞窟があるのか?」
洞窟の内部構造も一枚の紙片のなかに描かれていた。
「深そうなら明日にする?」
「いや、そうでもなさそうだ」
「ナーナ」
「そうだな。秘密の宝箱があるかもしれないな」
番犬がいた。それも黄金色の巨大な番犬が……
「こんな所にいたのか……」
深い草むらを越えた、一見何もなさそうな所にそれはあった。そして入口を入ってそうそう出くわした。
「フェンリル!」
それも五体同時とは……
『魔力探知』でいるのはわかっていたけど、さすがに圧倒される。
洞窟の狭い一本道だから挟撃はされないけれど、これだと正面からやり合わなければならない。かと言って後ずさって洞窟から出てしまうと、今度は囲まれてしまう。
普通のパーティーなら悩みどころである。
「問題ない、なーい」
「久しぶりに見ると顔でかいな」
「ナーナ!」
「タロスの番犬もでかいけど迫力は段ちだな。まさに犬と狼」
「毛皮、毛皮!」
「ナーナンナーッ!」
僕の結界に前進を阻まれている先頭のフェンリルの眉間をヘモジが豪快にぶっ叩いた。
「あ、失敗だ」
「え?」
「ナ!」
骸が穴を塞いでしまった。
「死体が通せんぼとは生意気!」
オリエッタじゃ、何百匹折り重なっても穴は塞がらないからな。図体から言ったらどっちが生意気だって話だ。
「結局、後退らないと駄目か」
転移魔法で骸を外に放り出すついでに自分たちも一緒に外に出る。
フェンリルは唸りながら、後続の邪魔にならないように穴の入口から離れるように散開して僕たちを包囲する。
結局こうなるってことか。
「問題はこいつらが普段、外を徘徊してる時間帯があるのかってことだ」
「報告がないってことはあっても夜中」
「こいつら夜行性だしな」
「もう少し更けてからかも」
「それにしたって五体は多いだろ?」
「ナーナッ!」
様子見に突っ込んできた一体の鼻面にヘモジが一撃を食らわせた。
「キャン!」と可愛く鳴いたそれは背後の岩壁まで吹き飛んだ。
「うわっ」
オリエッタも引く程、見事にクリーンヒットした一撃だった。
三匹がいっそう身を低くして唸った。
ヘモジの得体の知れない攻撃に距離を取ったつもりだろうが。
「遅いよ」
頭上から雷が落ちた。
「ナーナ!」
「もう少しやりたかった?」
「ナナーナ」
「お腹空いたって言ってたろ?」
「ナーナンナ!」
「何がそれとは別だよ。まだ中を探索しないといけないんだぞ」
「風の魔石のはず」
オリエッタが言った。
「損傷もないし、大が出るかな?」
「絶対出る」
「ナーナ」
「毛皮、あったかい」
「解体屋まだできてないから無理」
「がーん」
「猫の顔しろ」
「猫じゃない、猫又」
「送りたくても転送用の魔石も預かってないしな。牙と爪ぐらい持って帰りたいところだけど」
「持てる?」
「無理」
抱えて帰る気は毛頭ない。
「一体だけ地下倉庫に放り込んでおくか」
「ナ?」
「子供たちの事前学習用に。その後、解体屋が営業し始めたら毛皮にして貰おう」
「名案」
「ナーナ」
地下に作った秘密倉庫の公開と共に拝ませてやろう。幸い倉庫の石はオリジナルを刻んだばかりだ。うまくいくか試してみよう。
ということで四体を魔石に、一体を倉庫に飛ばした。
魔石は幸いなことにすべて風の魔石(大)になった。光明が見えてきた感じだ。
「さあ、中を探索するぞ」
これで本日のノルマは達成だ。でも夕飯の時間はとっくに過ぎている。
「ナーナー」
「宝箱ーッ!」
ふたりは駆け出した。
「罠があるかも知れないから」
「わかってる!」
「ナーナ!」
ドシャッと大きな音がした。
「どうした!」
洞窟のなかに飛び込んだら、ヘモジが罠でもなんでもない、フェンリルが踏みしめた足跡の段差に落っこちていた。
「これも罠?」
オリエッタが光る目で僕を見上げた。
「罠とは言わないと思うけど……」
小人には障害ではあるな。
「気を付けろよ」と言ったら肩に乗られた。
「安心」
「ナーナ」
何が安心だよ。
光の魔法でフェンリルサイズの大きな洞窟を照らした。
「あった!」
「宝箱発見!」
最深部、寝床の藁束のなかに場違いな金属製の箱があった。
「あ!」
カチャリ。
「……」
近づき過ぎて鍵が開いてしまった。普段より立派な宝箱だった。罠も一段上のものだったかもしれないのに確認できなくなった。
「……」
「ナ」
ふたりに呆れられた。
「ごめん」
「罠に嵌まる典型」
まったく以てその通り。
「ナーナ」
「ん?」
ヘモジが宝箱の前で首を捻った。
「空?」
「また心理攻撃か?」
「ぷっ」
オリエッタが吹き出した。
ヘモジは箱の縁をよじ登り、なかを調べ始めた。
「ナーナ」
「どうかしたのか?」
「『上げ底』だって?」
なるほど言われてみれば底が浅い。
外側の高さはヘモジの身長程だったが、内側に立つとヘモジの頭が出た。
僕は短剣を取り、底板に切っ先を突き立てた。
「刺さった」
赤いビロードが張られた底板は金属製のはずだから刺さるはずがない。
短剣を引き上げたら木製の底板が付いてきた。
全員、二重底を覗き込んだ。
なんてこった。
チーズがホールで丸ごと一個、出てきた。
「やったッ!」
「ナーナンナ!」
こんなことあるのか? 食材なんて。
未だかつてこんな形で食材が手に入ったことはない。エルーダといくつかの迷宮しか知らないけれど、こんな物が宝箱から出てくるなんて話は聞いたことがない。
ヤマダタロウ氏が食料に困るだろうと気を利かせてくれたのだろうか?
「やばいな」
「やばい」
「ナーナ」
獣人たちがこのことを知ったら……
「ここの迷宮、人気出るかもな」
「持って帰る?」
地面にリュックを下ろして口を開いた。
「二重底に隠す物か? こんな物」
ぎりぎり入るか?
リュックの重量軽減付与がなかったら担げないぞ。
「それを言ったら宝箱からは何も出ない」
「そもそも二重底なんて。よくわかったなヘモジ」
何もない可能性をさんざん印象付けておいて、これだからな。ちょっとした心理戦だ。冷静に調べればホールチーズの高さ分、違うんだから気付いて当然だ。
「ナーナ」
「よし、記録も取ったし、帰るとするか」
リュックを背負うと軽くなっているのがわかる。これなら大丈夫だ。
「信じて貰える?」
「現物を見せないと信じて貰えないだろうな」
全員が溜め息を漏らす。
そう言えばエルーダ迷宮には魔物が暮らす秘密の町があるって、リオナ婆ちゃんに聞かされたことがある。眉唾だと思っていたけど、どこで買ったかわからない熟成チーズが爺ちゃんちの食品庫にはいつも山積みになっていたことを思い出した。
出口はフェンリルの巣から少し歩いた先の鉱山跡の小屋のなかにあった。
「じゃ、行くぞ」
転移ゲートを作動させ、僕たちは港湾区の白亜のゲート前に出た。
「報告は……」
清書しなくちゃいけないし、挨拶だけして帰るか。チーズも見せておかないと。




