クーの迷宮(地下一階)ゴブリンの砦
出た先は天井の低い洞穴の一つだった。岩肌に無数の穴が掘られていて、その一つ一つが住処になっていた。中で繋がっている物件もあった。
ゴブリンサイズの住人が住んでいたようだが、今は使われていない。
「奇抜なスタートポイントだな」
スタート地点は安全圏になっているはずだが、そう思って周囲を探索すると、ここが小川と谷によって隔絶された場所だとわかった。
今にも切れそうな一本の吊り橋だけが僕たちの進攻ルートのようだ。
「落ちたら死ぬか?」
さすがに地下一階、手心を感じた。
流れている小川は穏やかだし、水面までの高さもない。これなら子供が落ちても大丈夫だ。ただ濡れないためだけにある橋だ。
「ナ……」
いきなりこれか?
橋を渡った先から見下ろした景色は絶景とはとても言い難いものだった。
地下一階でこの景色とは……
てっきりエルーダのような大草原地帯を想定していたのに、山間の寂れた村落スタートとは。峠に向かう山道が岩だらけの丘陵をうねりながら伸びている。
草原地帯はあの先か。
「『餓狼』だ」
いきなり山道に十匹近い狼が現われた。
廃屋の軒が道に沿って並んでいる。
「難易度上がってないか?」
エルーダじゃ、一塊は精々四、五匹だったはずだ。
「十匹スタートかよ」
「関係ないけどね」
オリエッタは鼻をつんと突き出した。
「ナーナ」
ヘモジはまだ景色を楽しんでいる。
しばらく暢気に歩いていると囲まれたので『衝撃波』を当ててやったら、その場にすべてひれ伏した。
「魔力が潤沢だと楽だな」
相変わらず回収する意欲を奪う毛並みの悪さだ。
魔石に変わるまでの間、大まかな地図を作成する。
「ゴブリンが五…… 八……」
オリエッタが先を読んで地図に敵の種類と配置を示していく。
事務所で調べた資料とほぼ変わらない。個体数に若干の変動はあるけれど、これは単なる揺らぎだ。
「今日はみんな忙しくて、迷宮には潜らなかったようだな」
「たぶんみんな、この先に行ってる」
「…… なるほど」
砦にいる連中がこの見返りのないフロアで狩りをする理由はない。
事務所で確認したこの辺りの資料の再検証は新たな敵と対峙する前に終わった。
「ゴブリンさん、何かいい物お願いしますよ」
山道の一本道は常に先手が打てた。
たまに地形が邪魔をしたが、雷を落とせば問題なかった。
ゴブリンの鎧はやはり、ただのガラクタだった。
「ナーナ」
ヘモジは楽しそうだ。また屑石をゲットした。
ふたりの小遣い稼ぎにしかならんな。
荷車を持ってきていれば、装備に使われている金属を素材に変えるぐらいのことはしただろうけれど、今回は背負える分だけだ。
金属の塊を背負う酔狂なまねはできない。
「敵の数だけはやたらと多いな」
魔力が潤沢な迷宮というのはこういうものなのだろうか?
序盤からなかなか油断できない展開が楽しめている。
狩りはサクサクいけたが、地形の確認やらでその分、時間が取られた。
このフロアは外の時間と連動しているようで、もうすぐ日が暮れようとしていた。
魔法使い不足、光の魔石が貴重である現状において、他の冒険者には夜の探索は鬼門のようだ。なるほど夜のデータがないわけだ。
それでも一本道のルートは調べるエリアが限られているので苦労は少ない。僕たちの探知能力内に収まっている。おかげで先の資料の整合性をチェックするだけで済んでいた。
「ナーナ」
屑石の回収が終ったようだ。
期待はしていなかったが、さすがにうま味がなさ過ぎて泣きそうだ。
緑の草を踏みしめた。
「エルーダなら、ここからがスタートだ」
草の香りを含んだ風が頬を撫でる。
あの尾根の向こうに砦。反対側の森に狼が潜んでいる。
僕たちは目と耳と鼻を研ぎ澄ました。
「狼は五匹」
「砦の方は多いな」
「十七…… ボスクラスが二体」
『ゴブリンリーダー』だろう。今度こそまともな石よこせ。
側に宝箱があるはずだけど、罠の種類は発動させてみないとわからないんだよな。
『迷宮の鍵』を持ってるからどんな宝箱も開けるのは容易いんだけど、それでは調査にならない。
森の『餓狼』は後回しにして、砦の殲滅からだ。
僕たちは脇道に入った。
「巡回兵だ」
柵の周りを二体が歩いている。重そうな兜をかぶって今にも首が折れそうだ。
立ち番とあわせて四体。騒ぎになれば奥からワラワラ現われるだろう。一網打尽にしてもいいのだが、配置の確認もしたいので今回は隠密を旨とする。
しばらく『隠遁』を決め込んで様子を伺う。
日の入り間近、まだ焚火に鍋が掛けられることも、酒宴が催される様子もない。警備態勢に変わった動きはなさそうだ。
夜も更ければまた様相も変わってくるだろうが、その時はその時だ。
「よし、いいだろう」
ヘモジが茂みに消えた。立ち番は任せた。
僕は巡回兵の二体に背後から忍び寄って感電死させた。
骸を道の脇の茂みに引き込んで、次の獲物を探す。
ヘモジも戻って来た。
「ナーナ」
丘の上に弓兵が四体。越えたところに巡回が二体……
右の二体をヘモジに任せて、こちらは左から回り込む。半周回ったところで合流して丘の向こうの巡回兵二体を討つことにする。
近場の一体を感電死させると二体目の元に向かった。日暮れ時の薄闇はこちらに味方している。
「おっと!」
もう一体いた! 洞穴だ。足元に奴らのねぐらがあった。どうやら奥で寝ているようだ。
穴の入口を塞いでおこう。どうせ何も落とさんのだろう。と思ったが、調査が必要だと思い出して後戻りした。
結局、寝ているゴブリン以外何もなかった。
「終わったぞ」
「ナーナ」
ヘモジが合流ポイントで待っていた。
「『宝箱あった』って」
オリエッタがヘモジの言葉をなぞった。
鍵穴だけで罠は掛かっていなかったらしい。
中身は安物の宝石が一個だけである。
「ナーナ」
「こっちは何も」
「ナーナンナ」
丘を乗り越えるとふたりで一体ずつ仕留めた。ヘモジはミョルニルを軽く、でも柄を長くして豪快に振り回した。
「あっちの方が痛いよ」
そりゃそうだ。
反対側の出入り口に巡回二体と立ち番が二体残っていたのを同様に仕留めた。
これで残るは本丸のみ。
残り三体は砦の最深部、川を瀬にしたテント群の前で焚火に当たっていた。
「中央の一番偉そうなのが『ゴブリンリーダー、レベル二十三』 右隣りは『ゴブリンウォーリア、レベル二十二』と奥が『ゴブリンレンジャー、レベル二十二』」
オリエッタが『認識』スキルを発動させながら説明した。
「一網打尽にするのは容易いが」
「ナーナ」
「やりたいよな」
「『レンジャー』は飛び道具が危険だから、ここからし止めて。残りを一体ずつやるか?」
「ナーナ」
「どっちとやりたい?」
「ナーナナ」
「『ウォーリア』?」
「『リーダー』じゃないんだ。あのでかいハンマーに目が眩んだね」
「ナナナ!」
「いいだろう」
僕はライフルを取り出すと銃口を『レンジャー』に向けた。
「発砲が合図だ」
『一撃必殺』で急所を狙った。
『レンジャー』が背後から引き倒されたかのように地面に転がった。
残った二体が敵襲に気付いて吠えた。が、既に仲間は全滅だ。
ヘモジが弾丸にも負けない速さで丘を駆け下りる。
『ウォーリア』目掛けて一直線! 嬉々として襲い掛かる!
「ウガァアアァアア」
大きなハンマーを振り上げたところで、ミョルニルが敵の兜を真っ二つに叩き割った。
『リーダー』はヘモジの動きに釣られて僕を視線から外した。
次の瞬間『無刃剣』が首を刎ねた。
「敵影なし」
木の上でオリエッタが周囲を警戒していた。
「あったぞ」
三つの汚れたテントのなかにそれぞれ宝箱があった。
盾を構え、棒切れを片手にヘモジが遠目からわざと罠に掛かりにいく。が、二つには罠がなく、あっさり蓋が開いた。銅貨がパラパラと、宝石だか、なんの石だかわからない物が一個入っていた。
中央のテントの少し立派な箱には毒の罠が掛かっていた。が、数秒で効果を失った。ヘモジが腕をポリポリ掻いて終わった。
最大の罠は中身が空っぽだったことだ。
「お、魔石(小)だ」
『リーダー』から初めて商品と呼べる物が取れた。
魔石(小)はアールヴヘイムでは銀貨三枚、三千ルプリである。
他の砦のボスクラスを倒せば、取り敢えず、今日の日当ぐらいは稼げそうか?
にしても効率が悪いことこの上ない。
「フェンリル出てこーい」
「それは駄目!」
「ナーナ!」
ふたりに怒られた。
地図に結果を記録し、一息入れた。
「砦その一、掃討完了」
街道に戻って、森の狼を始末すると次の砦に向かった。
パソコンを新調。ウィンドウズのアップグレードが未だ終わらずw
回線細くて泣きそうだ。




