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リオネッロ、潜る

 思わず口笛を吹いた。

「すごい」

 オリエッタも目を見開いた。

 全機『スクルド』だ。

 オプションパーツや工作機器のコンテナも順次、運び込まれていく。

「奮発したな、姉さん」

 応援部隊のほぼ半数がそれらの荷下ろし作業に従事していた。

 力仕事はお手のもの。残りは仮設住居への引っ越し作業と湖に養殖用の稚魚を放流をする作業とに別れた。

「稚魚?」

「メインガーデンのオアシス産です」

 係の者がすれ違い様、教えてくれた。

「気が早いな」

「うまくいけば、娯楽になります。残飯も食ってくれますし」

 うまくいくことを願うよ。

「いっぱい来たわね」

 脱出ゲートを潜ってミントが戻ってきた。

 光る妖精が飛んでくる姿を見た作業員たちは驚き沈黙した。

「わたしたちを襲わないようにちゃんと注意しておいてよね」

 偉そうに腰のくびれに手を当てた。

「どこに行く?」

「マヨネーズ貰いに」

「マヨネーズ?」

「みんな嵌まっちゃって。この間、マリーのママに余ったの貰ったの。みんななんにでも掛けるからすぐ空になっちゃうのよね」

 よく見るとミルクピッチャーのような小さな壺を抱えている。

 それで何人分だ?

 あれっぽっちで里が潤うなら安いもんだ。

 僕は光る背中を見送った。

 迷宮一階へのすべての出入り口には立て看板が立てられている。

 そうだ。冒険者ギルドにも彼らの存在を知らせておかないと。


妖精族(ペルトラ・デル・ソーレ)が住んでいるので要注意! できるだけこのフロアでの狩りは避けること!』


 妖精族ではないのだが、外見上わかり易いのでそう記してある。



「お前の弟子は悪魔だ」

 大伯母が居間の椅子にどっかと腰を下ろした。

「いい子たちでしょう?」

「お前が好かれているのはよくわかった」

「そうですか?」

「お前の幼い頃の話ばかり聞きたがる。うるさくて敵わん」

「今の自分の実力と比較したいんでしょう? 他に比較できるものがありませんからね、こっちの世界には」

「でも、あのしつこさは困るぞ。何もできない」

「何もできないって。随分進んだじゃないですか。水道橋も後は導水渠(どうすいきょ)の設置だけでしょう?」

「お前が遅いんだ」

「自分を基準にしないで下さい」

「ふん」

「リリアーナをいつまでもここに留めてはおけん。そろそろ前線が干上がる頃だろうからな」

「戦ってる報告は来ませんけど」

「敵も馬鹿じゃない。来るときは数を揃えて一気に来るだろう。そのとき総大将が留守では困るだろ」

「そろそろぶつかってもおかしくない? 何か兆候が?」

「南北の前線から連絡が入った。『一時の猛攻が嘘のよう』だそうだ。想像以上に大規模になる可能性がある」

「ああ、そっか! 姉さんのために来たんだ! 何しに来たのかと思ってたけど、ここの心配までさせられないから。さすが、お…… 師匠……」

「……」

「雷は結構です」

「ふん!」

「前線には?」

「文字通りここが最後の砦だ。ここが盤石なら動揺することはない。だが南北の最前線に比べここは手薄極まりない」

「そのためにも魔石ですか?」

「まさか、全然攻略していないとは思ってなかったぞ」

「こっちも忙しいんですよ。何もできてないんだから」

「余計な物を造る暇はあるのにか?」

「湖は余計じゃありません! ただ砂漠に放り込まれるより、精神的に何倍もいいでしょう? 人は水辺が側にあるだけで安心するんです」

「規模を言っている! まあ、この短期間でここまで整えたことは褒めてやる。でも次の増援は間に合わないかも知れないからな。今の陣営で迎え撃たなくてはならないかもしれない」

「だから来たのでしょう?」

「襲来は一度とは限らない。過去それで悉く失敗しているんだ。ここを継続的に維持できるか、今度の一戦で命運が決まる。一番いい記録で初戦の損耗率が二割というケースがあるが、二度目に五割を切って、三度目に撤退している」

「第二次上陸作戦ですね。魔石の枯渇が敗戦の切っ掛けとか。なるほど迷宮のマップ作成は急務ですね」

「目標は二十階層だ。大型船を動かせる大きさの魔石が欲しい。日産で最低三十は欲しい」

「厳しいですね。迷宮には何人回して貰えます?」

「取り敢えず三班もあればいいだろう。外側が片付き次第、順次投入するから、それまでにな」

「低階層なら早いでしょう」

「夕食まではまだ時間がある。地下一階を攻略してこい。明日から子供たちを入れる」

「はあ?」

「ドラゴン装備は間に合わなかったが、着れそうな物を見繕ってきた。トレントの杖もな。人数が要請より増えているようだが、着られそうな物をいろいろ見繕ってきたから間に合うだろう。新しい客人も中層ぐらいまでなら使えそうだしな。お守り役にはちょうどいい」

「聞いたんですか?」

「ああ。酷いことになったな」

「廃墟に出した回収班も近日中には戻ってきます。『ビアンコ商会』が来るまで、日用品はなんとかなりそうです」

「どこもかしこも人手が足りんな」

「いきなり来られても困りますけどね」

 大伯母様が笑った。

 ほんと、笑うと爺ちゃんそっくりだ。


「オリエッタ! ヘモジ! 迷宮に潜るぞ。支度しろ」

「ナーナ?」

「今から?」

「明日からしばらく迷宮に入り浸るから、そのつもりで」

「畑、任せてくる!」

「ナーナ」

 畑の水やりを任せにふたりは部屋を飛び出していった。

 その間に僕も準備を整える。たとえ低ランクフロアであっても備えを怠ってはいけない。

 ドラゴンの鎧に国宝クラスのアクセサリー。物理防御も魔法付与も完璧。武器ケースから細身のブレードを一振り取り出し腰に下げ、投擲、解体用の短剣をブーツに仕込む。どれもドワーフの『ゴリアテ大工房』謹製だ。背中にはいつもの連射ライフル。携行弾は通常弾のみ。火力が足りないそのときは『魔弾』を使う。

 剣は気分だ。地下一階で剣戟を披露する機会があるとは思えないが、あまり退屈だとヘモジが暴れたがるので、そのとき付き合うための物だ。

「それ必要?」

 オリエッタに訝しがられた。

「出番はないと思うけど。念のため」

 最後に『魔獣図鑑』とマップ作成用の記録用紙を放り込んだリュックを背負う。

 後はヘモジとオリエッタを放り込めば準備完了だ。


 ゲート前に自力魔法で転移した。

 仮設のギルド事務所に入り、これから地下一階に潜るとだけ伝える。

 すると既に地下一階層に潜った連中からの報告書と、同じ書式の申請書類を渡された。

 なかにイザベルの署名もあった。

「いつの間に……」

 出口の位置を確認できた。それだけでもわかっていれば安心だ。

 地下一階はエルーダと同じで餓えた狼とゴブリンのいる草原フロアらしい。種族が違うようだが、大した違いはない。ゴブリンはゴブリンだ。

 エルーダにはフェンリルという場違いな魔物も配置されていたが。

「フェンリルの報告はないみたいですね」

「夜に入った者はまだいません。案外、昼間は巣のなかに隠れているだけかも知れません。夜行性ですからね」

 エルーダでは、あれにやられた冒険者も多い。子供たちが練習グラウンドにすると言うのなら徹底的に調べ上げないと。

 報告書をめくる。

 報告書は局所的で、全体像はまだ把握仕切れていない。昼間、活動していないとはまだ言い切れない。勿論、夜もだ。

「覚えた」

「ナーナ」

「行こうか」


 クーの迷宮。地下第一層。の前の地上一階層。

 安全対策で、上層から順番に解除したゲートまでしか跳べないので、いきなり地下一階には入れない。まずは地上一階から徒歩でてくてくと階段を行くしかない。

 ミントの仲間が作成した地上一階の全体地図の写しから地下への入口を探し出す。

 どうやらマップ中央に出入口となる祠があるらしい。


 祠を囲う池のなかに何かいる。

「蟹?」

「さすがにこんな浅い所にはいないだろ」

 魔力は微少だ。

 雷を落とした。

 浮いてきたのは『図鑑』によると毒魚(ポイゾンフィッシュ)の一種だった。毒を持った魚ではミントたちも食べる気にはならないだろう。

 これも一応、魔物の一種らしい。これで毒矢用の毒でも作れということだろう。エルーダのウツボカズランの代わりかな? あっちは触手という有用なアイテムが取れたんだけどな。

 掬い上げて石になるのを待った。

「屑石決定!」

 一斉に魔石に変化した。一応、全部水属性だ。

「ナーナ」

 僕がメモに記している間に、ヘモジが自分の鞄にまとめて放り込んだ。

 屑石はふたりの物というのが暗黙の了解になっている。兄ヘモジとオクタヴィアがそうしていたからだ。猫と小人の小遣い稼ぎにはちょうどいいらしい。屑石のまま売ってもふたりのおやつ代には充分である。

 迷宮を出る頃には恐らく魔石(小)一個分ぐらいの石が集まるだろう。

 属性が揃えばの話だが『鉱石精製』を使えば更なる収入アップが見込めるだろう。魔石(小)一つで大体銀貨三枚になる。

 橋まで回り込むのが面倒なので、水面を凍らせて入口のある小島に渡った。

 祠を覗き込むと見たことのある景色が続いている。

 下りの石階段が途中、踊り場を挟んで光の届かぬ底まで延びていた。踊り場には見慣れた扉があって、なかには転移魔方陣が置かれている。


 ゲートを起動してみる。

「次からはここからスタートだな」

「もう一個下になると思う」

「ナーナ」

 そうだった。地下一階を攻略できれば次からは二階入口からだ。



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