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増援がきたけど・・・2

 砂丘を一つ跨ぐと湖が左手に見えてくる。

 僕は迂回するコースを取った。

 今日も青空の下、湖畔に浮かぶ岩山が蜃気楼に揺れている。果たして後続の連中には今、何が見えているのか?

 流れ落ちる巨大な瀑布か。はたまた断崖絶壁か。底の見えない渓谷か……

 子供たちが暢気に『洗濯女の歌』を大合唱しながら前を進んでいなければ、尻込みしてとうに進路を変えていたことだろう。

 もっともレジーナ大伯母やギルドマスターの目をだませるかは甚だ疑問ではあるが。

 やがて湖に入るスロープが見えてくると僕たちの船は湖面に入った。

 後続の大型船はお構いなしにスロープ手前の段差を乗り越え、船首の船底で水面を激しく波立たせた。

 港のドック船から光通信が来た。停泊位置の指示のようだ。

 大型船が汽笛で返す。

 こちらは新設したばかりの自分たちのドックに入る。

 大型船はじれったくなる程ゆっくりと回頭しながらドック船の横に貼り付くように停泊した。

「お見事!」


 姉さんの眉毛がぴくぴくと動いている。

「レジーナ叔母様まで、何しに来られたのです?」

 同じことを言った。

「可愛い姪の姿を見によ」

 答えは大浴場ではなかった。

「ジョフレ様まで」

「立場上一度は見ておかんとな」

「まったく。なんのための双子石ですか!」

「驚く顔が見たかったんじゃよ」

 充分満足して貰えたようだ。驚く顔というより怒った顔だったが。

 老獪なふたりを前にしては姉さんも赤子同然だ。

「それにしても短期間で随分と立派な物ができたの」

「うわべだけです。まだ何も」

「うわべだけでもここまでく来れば立派な器よ。それにしても淡水湖とはいい場所を見付けたの。これなら水源にも困らんじゃろ」

「造ったんですよ。そこのあれが」

 大伯母がふふんと僕を見下ろすように見た。

 別に大伯母の指導の賜物じゃないから! ただの趣味だから!

「橋のような物があったが?」

「水道橋です。造りかけですけど。上流の滝口から水を引く予定です」

「引き継ごう」

「な?」

「お前には迷宮に潜って貰う。魔石だ。住人が増えるんだ。在庫は一気になくなるぞ。スタンドアロンのこの環境では死活問題だ。まずマップ作成だ。お前の手を借りるのが手っ取り早い」

「師匠が潜るのでは?」

「それがベストならな」

 姉さんの方を見たら、頷かれた。

 ジョフレ氏も静かに頷いた。

 大伯母に僕が勝るものがあるとすれば、それは汎用性と探知能力に他ならない。

「外のことは任せておくがええ」

「そう言うことだ」

「後の話は晩餐の席に致しましょう。立ち話ではなんですから」

 姉さんの解散の合図と共に部屋の扉が開いた。

 腕まくりした大伯母が荷物を放り出したまま出て行った。

「リリアーナ! お前の部屋に泊まるから荷物を運んでおいてちょうだい」

「えーっ!」

 僕は思わず吹き出しそうになった。

 姉さんのこんな情けない顔はいつ以来だろう。

「観光に来たわけじゃないからの。さあ、リオネッロ、案内せい」

 ジョフレ氏を冒険者ギルド事務所の建設予定地に案内することになった。

 冒険者ギルド側の人員は既に船のなかからコンテナを運び出し、即席で仮事務所を組み上げていた。

 さすがに仕事が早いな。

 ついでなのでジョフレ氏がいる間に迷宮の管理業務を移譲する手続きをして貰うことにした。契約書類は既に計画があったときから預かっていたので、サインを交換し合うだけになっていた。

 これで名ばかりの最高権限以外、すべての権利がギルド側に移譲される。

 業務に関わるすべて、冒険者ギルドが業務で得る利益のすべてを手放す代わりに、上がりの一部を税として頂くのである。

 これで僕の立ち位置は迷宮を所有する領主と同等になる。

 領主なら冒険者からも間接的に税金を取ることも可能だが、ここで身内から税を取るのもおかしな話だ。貰うなら『銀団』の上がりからになるだろう。

「迷宮への入口は地下にあるそうだが、入口はどこかね? ゲートはあるが、肝心の入口が見当たらん」

 ジョフレ氏を迎えたギルド職員が聞いてきた。

「ああ、それなら」

 港湾区の壁にもたれ掛かるように座っているタイタンの足をどけさせた。

 職員はただの石像だと思い込んでいたから後退った。

「なんてこった」

 足元にガーディアンや荷馬車が余裕で通れる巨大通路の入口が現われた。

「冒険者専用に貸し倉庫を造る予定です。砦の備蓄倉庫と我が家の占有スペースはもう造っちゃいましたけど」

「ちゃっかりしておるの」

「これくらいの特権はないと。一番乗りした甲斐がありません。ギルドもどうですか?」

「通商の便がすこぶる悪いところじゃしの。備蓄スペースはあって困ることはないの。大きさは商業ギルドと相談してみることにしよう。まあ、向こうも文句は言わんじゃろう」

「今ならちょうど師匠がいますし、防壁の類いも頼んじゃえば完璧にやってくれますよ」

「そうじゃな。今がチャンスじゃな」

 商業ギルドと急いで連絡を取ろうということになったので、借りていた双子石もついでに返してしまおうと思った、のだが……

「あれは当分、今のままでええじゃろ。別の石も持ってきたしの」

「はあ?」

「知らんのか?」

「何をです?」

「大人気なんじゃぞ。お主が石を預けているあのご婦人の書き込みは」

「へ? 書き込み?」

「ほっほっほっほっ」

 ジョフレ氏の話に僕は耳を疑った。

 なんと、あろうことかソルダーノ夫人は双子石を使ってメインガーデンのオペレーターと日常会話を楽しんでいたのである!

 正規なら莫大な料金が発生するところだが、面白がったメインガーデン側のスタッフがジョフレ氏に許しを貰って、無料開放しているとのことだった。

 呆れるかな。こちらの日々の状況が見事に筒抜けになっていたのである!

『食事のレシピをどうしましょう』とか『洗濯物に砂が付いて困る』とか『娘たちの服が小さくなってきたから、そろそろ大きめの服が欲しい』とか。そのくせ『僕やラーラのお古に鋏を入れるのが怖い』とか。『夕食に提案して貰った隠し味を試したら子供たちに絶賛された』とか『回収したドラゴンの置き場がもうない』とか『倉庫のなかのドラゴンの骸がある日突然、一体増えて大騒ぎした』とか。

 そういえば婦人には増えた理由をまだ話していなかった。

『建設予定地が着々と整備されているけど井戸がまだない』とか『ヘモジの畑がいつの間にか芋畑になっていた』とか。

 それは僕も知らなかった。

 他にも『モナさんの工房を港に移動したとき、荷物運びをして腰を痛めた』とか『それで回復薬の効能の凄さを知った』とか。

 知らぬは報じた当人と暢気な砦の住人のみであった。

「婦人に内緒にしてたりします?」

「まさか、ちゃんと許可は取っておる。通信の性質上、他の者も閲覧する可能性があることは知っておるはずじゃ」

 さすがに機関誌扱いされているとは思ってないだろう。

 兎に角、早めに教えてやらないと。王家や我が家の秘伝のレシピが外部に漏れてしまうその前に。

 蟹酢のレシピは既に手遅れだったが、醤油は本家のほぼ専売だし、酢も各種扱っている。宣伝だと思えば諦めが付く。

 兎にも角にも世間話のレベルに抑えてくれるように口止めしないと。

 今では『今日のミズガルズ最前線日録』というほぼ日報に近い物が世界中の冒険者ギルドに出回っているらしい。


 坂の突き当たりで迷宮への入口を見つけた一行は周囲の遺跡のような造形に感動するとゲートを使ってさっさと地上に戻った。

「よくもまあ掘ったもんじゃの。疲れたわい」

 視察を終えた一行が休息を取っている間に僕はタイタンに足の座りを戻させた。


 解体屋を事務所の近場に建設するため、いよいよ倉庫を潰すときが来た。と思ったらジョフレ氏の提案でそのまま拡張して流用しようという話になった。

 壁の強化を図りながら間口を広げ、奥行きと天井高を更に伸ばして多層構造化するという。そのためにも今は中身の解体を優先させなければならない。

 同行した解体屋スタッフ十数名は仕事道具などを船から降ろし、早速、ドラゴンの解体移送計画を立て始めた。大型船が帰るまでにはなんとか半減させたいそうだ。

 でもこれからも増える可能性があるからね。

 解体施設の建設に早速、大伯母が活躍した。

 水道橋建設のために僕のガーディアンをモナさんの工房まで取りに行くついでに、ドラゴンの骸はそのままに、より堅固な内部構造を持った巨大空間を築き上げていったのだ。まるで宮殿や大教会のホールの様な出来栄えである。

 内装工事が入らずとも、その出来栄えは子供たちの羨望を集めるに充分だった。

 結果、大伯母は子供たちに付きまとわれることになった。子供たちを前にしては威厳も権威もなんの役にも立たない。僕の師匠というだけで、もうツンデレおばさんに格下げだ。


 大型船から積み荷が次々降ろされていく。

 生活物資に混ざって、防衛用に配備されることになった新品のガーディアンが十機、砦の建設途中の格納ドックに運ばれていく。



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