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増援がきたけど・・・

 工房と言えば、モナさんの工房が基本フリーランスということで砦エリアの外に建て直すことに決まった。

 あそこまで造ったのに。

 なので、もっと立派な物を港エリアに構えることにした。ついでにうちの船の船着き場も併設することに。言うなれば港の一角を占有したのである。

 住居からは離れてしまったけれど、却ってよかったとみんなに言われた。

 今も船との往復は欠かせないわけだし。いずれ倉庫も休憩所も潰すことになるのだから、迷宮からの回収品を収める保管庫も用意しなければならない。地上は商人や商会に明け渡すことになるので、置ける場所は地下しかない。ここなら迷宮へと続く例の螺旋坑道にもアクセスできる。

 でかい倉庫を併設してやろう。さすがに迷宮があるので周囲の一部エリアは手が付けられないが、将来のドラゴン狩りを想定して今使っている倉庫以上の広さを確保するつもりである。

 その現在使用中の倉庫は中身がなくなり次第、撤去が始まる。そして港湾区は拡張される。

 工房の隣に大きなギルド船を収容するための巨大ドックの建設も始まっているが、位置的にこちらが日陰になることはないので気楽なものである。

 湖畔でのんびり過ごす日も悪くない。



 船はその湖畔を離れて、南の岸を目指した。

「迷子にならない?」

 カテリーナが心配そうに船を動かす僕に話し掛ける。

 湖が見えなくなると全方位砂漠しか見えなくなる。が、それは一瞬のこと。中海がすぐ目に飛び込んでくる。

「これから来る人たちは、案内しないと迷っちゃうかな」

「ふーん」

 マリーよりもヴィートよりも幼いのに元気さはヘモジレベルだ。目を離すとあっという間に別の場所にいたりする。常にイルマかルチャーナが側に付いているから問題ないが、そこにうちの連中が加わると……

「ぶっ放せーッ」

 ドーン! 砂塵が舞い上がる。

「うーん。まだタイムラグがあるな。もっとスムーズにできるはずなんだけど」

「条件反射で出せるようにならなきゃ、接近戦で死ぬわよ」

 ちょっと君たち、魔法使いは基本、接近戦しないから! 結界を覚えるとか、物には順序が。

「わたしも覚えたい!」

 言うと思いました。

「じゃあ基礎からやりましょう」とイルマが言った。

「あれがやりたいの!」

「いきなりは無理です!」

「まずはあれを作り出せるようにならなきゃな」

 トーニオが口を挟んだ。あれとは火球である。

「どうするの?」

「まずは魔方陣を覚えて……」

 トーニオは面倒見がいい奴だ。自分の練習の手を止めて教え始めた。

 マリーも途中参加して、支援態勢が整った。

 カテリーナが魔法を覚える日もそう遠くないかもしれない。


 子供たちは今のところ、動く敵の相手はできないので、自分たちが動いてる状態で咄嗟に指示された目標に当てる練習をしていた。一番速いのはジョバンニだが、発動がというより条件反射が早いだけだ。発動はむしろ女性陣の方がスムーズだ。

「生き物、発見!」

 ヴィートが声を上げた。

「撃つなよ」

 ジョバンニが自分の手も止めて言った。

「撃たないよ」

「あれ何かしら?」

「さあな」

「サラマンダーみたいだったわね。図鑑に載ってた」

「サラマンダー?」

 そんな物騒な魔物に例えるなよ。

「食用大蜥蜴。野生化した」

 オリエッタが言った。

「食用?」

「過去の遠征隊が連れてきた奴かも」

「なんで選りにも選って」

「たぶん生き残れたの、あれだけ」

「どうやって生き抜いたんだ?」

「たぶん魚。雑食だから」

「泳ぐ蜥蜴か…… まるでセベクだな」

「サラマンダーより物騒!」

 蜥蜴じゃなくて鰐だしな。

「ナーナ!」

 ドーンと小岩がまた一つ弾け飛んだ。


「この辺りだよな」

『中州から東進。着いた岸辺の北岸。砂地と岩場の境。』

 タロス兵の姿はなし。

 合流ポイントに到着したが、先方の姿はまだ見当たらなかった。

 空と海が静かに世界を二分していた。

「みんな何しに来たんだか」

 子供たちは遊び疲れて日陰で眠っている。

「何か見えるか?」

「ナーナ」

 マストの上の見張り台で望遠鏡を覗き込むヘモジも何も捉えられない様子だった。

「長く掛かりそうだな」

 多少は涼しかろうと船を岸から浅瀬に入れた。

 するとヘモジが見張りを放り出して伝導ワイヤー付きの釣り竿を片手に船首に消えた。

「ナーナンナー」

 昼飯は任せろ?

「頼むから流されないでくれよ。今日は船の舵取り、僕だけなんだからな」

「ナーナー」

 ロープを自分の腰と欄干に縛り付けた。

 残念ながら準備をしている間に水平線にマストが見えてきた。

「目標発見! 来たよー」

 オリエッタが叫んだ。

 子供たちがワラワラ起きてきてオリエッタを囲んだ。

「どこ?」

「あっち」

「んー、見えないけど」

「ナーナ」

「師匠、ヘモジがぶら下がってるよ」

「何してんの?」

 なんでもう落ちてるんだよ……

 てことは入れ食いか! この辺りにも大物がいるってことか?

 マリーとカテリーナが欄干の隙間から見下ろしている。

「すいません、取れなくなっちゃったみたいで」

 ジュディッタが笑いながらヘモジのロープを外しに船首に向かった。


「ナーナー」

 しばらくすると欄干の方の結び目をほどいて貰って、全員戻ってきた。

 入れ食いではなく、底の岩か何かに引っ掛けたらしい。

 僕が流した竿をフライングボードで回収して戻ってきてもなお、自重のせいで固くなったもう一方の結び目とヘモジは格闘し続けていた。

「見えた!」

「見えたよ」

「どこじゃ、わたしも見たい」

「あっちよ」

 望遠鏡をフィオリーナから受け取り覗き込むが、先端が重くて下がってしまう。

 イルマがそっと手を貸して望遠鏡を支える。

「ありがとう、イルマ」

「い、いえ。勿体ない御言葉」

「もう貴族じゃないよ」

「も、申し訳ありません」

 子供の方が順応が早いようだ。

「あった! 見付けたよ!」

「ナーァ……」

 あっちもほどけたようだ。ヘモジは床にぺたりと座り込んで、深い溜め息をついた。

「あ、再召喚すればよかったんだ!」

「ナ!」

 主人と召喚獣はじっーと顔を見合わせた。


「回頭するぞ」

 船に積んである望遠鏡のすべてが同じ方角を向いていた。船が方向を変えるのに合わせて望遠鏡もゆっくり回頭する。

 その様子がおかしかったのか、端から見ていた誰かが吹き出した。

 すると次々ゲラゲラと笑い始め、望遠鏡を覗き込むどころではなくなった。

「師匠、こっちがどこの船か聞いてきた!」

 ジョバンニがマストの上から叫んだ。

「旗上げてあるだろ?」

「上げてないよ」

「洗濯しろって言ったろ!」

「畳んでしまってある」

「忘れてた」

「これだよ、まったくもう」

「散歩のついでだと思ってついな」

「王国とヴィオネッティーと『銀花の紋章団』があるけど、どれにする?」

「じゃあ団旗で」


 ん?

 大型船の甲板で何かが光った。

「大変だ!」

 オリエッタが耳を立て、目を見開いた。

「気付いたか?」

「ナーナ!」

 だれていたヘモジも床から飛び上がった。そして急いでデッキを駆け下りた。

「何しに来たんだ。結界の魔石は…… 問題なし。全員、戦闘準備! じゃなくてよく見てろ! そして覚えておけ!」

「何? なんかあるの?」

「ナーナ」

 ヘモジが天に専用のボード兼用の魔法の盾を構えた。

「お前それじゃ自分だけしか助からんだろうに!」と言おうと思ったら、ちゃっかりオリエッタが盾の下に隠れた。

「まあ、見ておけ。射程に入ったら――」


「来たッ!」

 耳を劈く爆裂音。天を切裂く閃光の束が結界にぶつかって弾けた!

 竜の顎の如き稲妻が結界ごと船を飲み込もうとする。

「きゃぁあ!」

「うわぁあ!」

「ただの雷撃! 心配ない」

 盾に隠れているお前が言うな!

 僕の結界が焼ける! 確かな手答え。

「ナーナ」

 船の結界用の魔石に反応はない。当然ヘモジの盾にも。

 空気が震え、強い光が視界を覆う。

 わかっていても鳥肌が立つ。

「これのどこが雷撃なんだよ!」

 ジョバンニがマストから下りてきてヘモジの盾の下に潜り込んだ。他の子供たちもジュディッタたちも屋根の下に入り、頭上に輝く結界を見上げた。

「ヴィオネッティーでは当たり前!」

「ナーナ」

「お前たちもこれができるようになったら一人前だな」

「嘘つけ!」

 異臭が鼻をつく。

 接近する船に一際、大きなプレッシャーを感じる。

 まったくドラゴンより眩しいんだから始末に負えない。

「お返しだ! くそ婆ぁあ!」

 大型船を撃沈できるだけのでかい雷撃を食らわせてやった。そっちが驚く番だ!

 だが容易く弾かれ無効化された。

「ヴィオネッティー? じゃあ、あの船には?」

「リオネッロの師匠が乗ってる」

「あの小柄なエルフの?」

「長老とは別の師匠。『ヴァンデルフの魔女』」

「ご存命だったのですか!」

 ジュディッタはレジーナ大伯母の悪名を知っていた。『魔法の塔』の最高責任者にまで登り詰めた傑物でもあるから元王女が知っていてもおかしくないだろうが。

「鈍ってはいないようだな。リオネッロ!」

 併走する船の甲板にローブ姿の長い髪の女が杖を片手に仁王立ちしていた。年の頃は一見、三十路前。男なら誰でもその手を取りたくなるような美人だが、名前を聞いた途端、誰もが凍り付く。

 レジーナ・ヴィオネッティー。爺ちゃんの姉にして、我が師のひとりである。

 まるで雷が合流の合図とばかりに船がどんどん接近してくる。

 大きさが違うから、あまり接近されると甲板が見えなくなるんですが。

「何しに来たんだよ! 前線で余生でも送る気になったのか!」

「温泉を掘りに来たついでに、お前たちの顔を拝みに来てやったんだ。感謝しろ」

「温泉?」

「爺ちゃんの家にもお前の家にも大浴場があっただろ?」

 そんなことはわかってる。

「あれはわたしが昔掘った物だ」

 知ってるよ。

 大伯母の造った建造物は数知れず。スプレコーンの南にある空中庭園は世界的にも有名だ。

「なんであんなに若いんですか! 大戦の頃の方ですよね?」

 ジュディッタが囁いた。

「うちの女性陣はみんな若作りなんですよ。見た目と実年齢が合わない。『お婆ちゃん』なんて呼んだら、さっきの雷が落ちてくるから気を付けてください」

「うへー」

「師匠の師匠、おっかねー」

「さっきくそ婆って言ってなかった?」

「前の師匠は優しそうだったのにね」

「魔女ってほんとにいたんだ……」

「でもなんか師匠に似てる」

 この距離じゃよく見えないだろ!

「なんか雰囲気そっくり」

 どこがだよ!

 甲板に別の人物が現われた。

「やれやれ、まったくお前たちは成長せんの」

「ギルドマスター!」

 冒険者ギルドのトップ、カイエン・ジョフレ氏だった!

 老人会の慰安旅行かよ。

「おーい。リオー、生きてたかー」

 スプレコーンから来た増援連中がこちらに手を振る。誰も彼も見た顔だった。

「この暇人どもが!」

「お前が言うな!」

 獣人たちの大合唱に子供たちは笑った。

 獣人たちの多くが気兼ねない僕の知り合いだと知ってほっとしたのか、現金な子供たちは大型船の甲板に向かってしきりに手を振った。

 それは子供たちにとって砦がまた安住の地に一歩近付いたと認識した瞬間だったのかも知れない。


「エルフの人払いの結界が既に張られています! 離れないで付いてきて下さい!」

 大きな汽笛の音が返ってきた。遅れて光信号が来る。

「帰るぞ」

「りょうかーい」

 子供たちがわらわらと船尾に駆け出した。

「落ちるなよ」

「ヘモジじゃないから!」

「ナナナナーナンナッ!」

 ヘモジは盾を振り回して抗議する。

 オリエッタが欠伸する。

「やれやれ……」

「見張ってますわ」

 笑いながらジュディッタさんが子供たちの後を追い掛けた。

 岸に上がると僕は船首を北東に向けた。



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