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蟹料理とお出迎え

 ジュディッタ一行は一つ屋根の下で共同生活するらしい。一つ屋根に部屋を四人分要求された。居間に食堂、エトセトラ、エトセトラ。

 なかなか立派な家になったが、所詮は土塊の家だ。殺風景この上ない。

 せめて寝床だけでも柔らかい物をと思ったが、そんな物はこの砦に存在しない。(わら)さえないのだ。迷宮で兎の皮を剥いだとしても、なめすには魔法が使える専門家の手でも一月やそこらは掛かる。当分は自分たちの着物を寝床に敷くしかない。

 補給物資の到着を待つより廃墟から回収してくる方が早いだろう。

 第一便が僕が寝ている間に、北の防壁建設をしている部隊から出されたとジュディッタが言った。二、三日後には物資を山程積んだ船が戻ってくる手筈になっているそうだ。

「…… お前は人間か?」

 居間になる予定の部屋で幼いカテリーナ・ルカーノに覗き込まれてヘモジがのけ反っている。

「ナ、ナナーナ」

「召喚獣とな?」

「ナナーナ」

「召喚獣とはなんじゃ?」

「ナー?」

 オリエッタが吹いた。

「それはない」

 ちょっと、一人で笑ってないで解説してよ!

「助かりました」

 ジュディッタに声を掛けられ、ヘモジたちの会話を聞き取れなくなった。

「いえ、まだ何もなくて不自由をお掛けします」

「本当にここは最前線なのですね」

「何かありましたか?」

「今朝方、遠くにドラゴンが飛んでおりました。どなたも驚かれないので、そちらの方が驚きましたけど」と、笑われた。

「この砦はこちらから攻撃しない限り、基本的には見付からないはずです。勿論、近付いてくるようなら迎撃に出ることになるでしょうが」

「迷宮に潜ってもよいというお許しを頂いたのですが、管理はあなたがなさっているとお聞きしました」

「転移ゲートの使用認可ですか?」

「頂けますか?」

「ルールは冒険者ギルドのそれに則ります。中上級者向けなので無理はなさらないでください。そうだ、帰還用の転移結晶も作らないと」

「作れるんですか?」

「ゲートも自作できちゃうような家系なものですから。みんなの分もこの際、まとめて用意しておきます」

 肝心の石の在庫が限られているが。調達リストに加えておこう。冒険者ギルドが来れば丸投げすることになるんだろうけど。

「魔石が欲しいので、すぐに潜りたいです!」

 ルチャーナが砂漠の夜がこんなに寒いなんてと愚痴をこぼした。

「まだ地図も碌にできていない迷宮なので、くれぐれも無茶はしないように。『魔獣図鑑』も一冊しかありませんからね」

「それはまたスリリングですね」

「師匠ーっ」

 トーニオだ。港湾区から居住区に至る坂道をガーディアンに乗って上ってくる。

「蟹の脚、大漁ーっ!」

 子供たちがゾロゾロ現われる。

「もういらないよ」

 ラーラの授業って狩りかよ。

「食事、ご一緒にどうですか? というより手伝って貰えます? あれ」

 荷台一杯分の蟹の脚を指差した。

「そうですね。ご相伴に預らせて頂きます」

「ヘモジ」

「ナーナ」

 伝令が飛んだ。

 ヘモジ専用の盾兼用フライングボードが宙に舞った。『ワルキューレ』が修理中なので、思い出したかのように携帯し始めていた。

「行っちゃった」

 カテリーナが悲しそうな顔をして戻ってきた。

 オリエッタが咄嗟に僕の陰に隠れた。

「猫ちゃん?」

 遅かった。

「違う! 猫又! スーパーネコ!」

 踏ん反り返った。

「し、しゃべった! 猫、猫が! お姉様、猫がしゃべりました!」

 尻餅をつく程驚かれた。

「凄いわね。オリエッタちゃんって言うらしいわよ」

 ジュディッタは既に数刻前に同じ経験を済ませていたので今更驚きはしなかった。

「とってもスーパーなネ…… コ? だからッ!」

「猫ちゃん…… なの?」

「……」

 もう猫にしてしまえ。


「蟹、おいしーっ」

 カテリーナは大いに喜んだ。

 子供たちと同じテーブルで、バナーナサイズに切り分けた蟹しゃぶをがぶりと頬張った。

 さすがに幼い子に湯がかせるのは危険なので、イザベルとモナさんが熱湯にくぐらせては配っていた。

 カテリーナは鳥の雛のようにそわそわしながら次を待ち受け、皿に載せて貰うと間髪入れずにフォークを突き立てた。

「あったかいからもっとおいしい!」

「あったかい飯、食ったことないのか?」

 ジョバンニの言葉にカテリーナは頷いた。

「わたしたちに許されていたのは毒味が終わった冷めた物ばかりでしたから」

 姉の言葉に子供たちはシーンとなった。

「こんなにおっきい蟹は初めてじゃ。それにこんなにぷりぷりで、ほくほくで、すっごく甘い!」

 つけダレは出汁と酢と醤油少々の蟹酢だが、丸ごと漬けたら溢れる…… 喜んで貰えて何よりだ。

 カテリーナの故郷は元々海洋国家である。迷宮の蟹じゃなく、海で普通に蟹が捕れたことだろう。ただ毒味があるということはしっかり火が通されていたということだ。しかもそれが冷めた物だとすれば。

 テーブルにそのしっかり火の通った物が山盛りなって出てきたと思ったのだろう。

 次の一品を見てジュディッタたちはややげんなりした顔を見せた。

「蒸し蟹です」

 婦人は気を使って、普段なら茹でて出している物をわざわざ蒸して出してきた。

 ラーラか、姉さん、どっちの入れ知恵だ?

 魔物の蟹は大きいので甲羅に包まれたままで料理されることはない。だから茹でると肉汁が逃げてしまって、ぱさ付き易い。その点、蒸せば肉汁を逃すことはない。新鮮ならなおのこと。見た目は同じでも味の差は歴然だった。

 ジュディッタたちが王宮で食べていたのが蒸しか、茹でかは知らないが、カテリーナはぺろりと自分の分を平らげると、姉たちの分も横取りした。

「いつもと違うよ」と、姉たちにも勧めるが、姉たちの食指は動かない。

「うん、違う。なんか今日は高級だ」

「毎日これがいい!」

「いつも」の意味が違うが、他の子供たちも一緒になって「おいしい」を連発した。

 ジュディッタたちが普段自分たちが食べていた物と違うと知ったときには、もう残り少なかった。

「お金持ちも結構大変なのね」

「お金持ちじゃなくて王女様だろ!」

 ニコレッタに噛みついたミケーレが報復に三品目の甘辛ソースのチリクラブの一片を取られた。

「あーッ!」

「あんたたちこそ、もういいの?」

 魔法過敏症のふたりに視線が集まった。

「まあね。見切り発車だけど」

 そう言って僕やラーラを見た。

 ちゃんと抑えられてるか?

 ミケーレは意味深な笑みを浮かべた。

 ニコロはヴィートと魔法談義に花を咲かせていた。

 そこにカテリーナが割り込んだ。

「みんなは魔法使いなのか?」

「まあね。まだ修行始めたばかりだけど」

「杖は持っておらんのか? 何かできるなら見せて貰ほしい」

「もうやってるよ」

 トーニオがカテリーナのグラスを指差した。

「マリーが魔法で入れた水に、マリーが作った氷だ」

 子供たちの口振りから『カテリーナたちを特別扱いするな』という御触れがラーラ先生から出たのだなと察した。人がこれから多くなれば奇異な目で見る者も現れるだろうから、しょうがない。

「これが魔法!」

 グラスの底を覗き込む。

「あれも」

 天井の光の魔石のシャンデリア。

「あれは知っておる」

「そうだ。後でドラゴン、見せてやるよ」

「ドラゴン?」

「なんだ、まだ見せてなかったのか?」

 ジョバンニが言った。

「この砦にはドラゴンがおるのか!」

「死んだ奴だけどね」

「見たい!」

 ジュディッタと目が合った。

 無礼ですいませんと言ったら、笑われた。

「もう貴族ではありませんから」

「リオネッロ、明日の予定は?」

 姉さんが供を連れて、いきなり入ってきた。

「水道橋の続きを」

「早船が来た。ギルドが明日、中海を越えてくるから迎えに出てくれ。それと補充要員が一緒だ」

「補充要員?」

「『銀団』本部から百名だそうだ」

「本部から? てことは」

「獣人と人族の混成部隊だ」

「獣人!」

 カテリーナが飛び上がった。

「スプレコーンのあぶれた世代か」

 爺ちゃんの家のあるスプレコーンは王国屈指の人口を誇る町で手狭である。特に家督を継げない者たちの働き場が足りていなかった。それこそ引っ越すか、冒険者になるしかない状況が続いていた。それでもユニコーンと共生するあの町は獣人族にとって聖地も同じだった。

「スプレコーンよ、もう一度」

「幸い自由になる土地はいくらでもあるからな」

 スプレコーンにはユニコーンとの契約で森を切り拓くにもいろいろ制約があった。が、ここにはそんなものはなーい! やりたい放題だ!

「あそこの連中が来るとなったら、肉祭りは必須だな」

「ナーナ」

「楽しくなりそう」

 そろそろ迷宮で魔石あさりを始めたかったんだ。いいタイミングだ。

「大工や工夫も取り敢えず大丈夫だろう。わたしもいい加減前線に戻らないといけないからな。後は『ビアンコ商会』だが」



 翌日、ホバーシップに乗りたいというジュディッタさん一行と子供たち全員が付いてきた。

 残った大人たちは「のんびりできますわね」とか言っちゃって休日を決め込んだ。

 我が愛機『ワルキューレ』の不具合は新品パーツと交換することで修繕を済ませた。ブレードも差し替え、直せるパーツはモナさんに預け、無理な物は送り返す手間を惜しんで材料に戻した。

 その一部で両腕のパーツも補強したが、元々計算上、問題はなかったとモナさんも首を傾げた。

 そこで先人の意見を仰いだ。駐屯部隊の指揮を執るロマーノ・ジュゼッペ氏だ。長年ドック船で指揮を執っている彼なら何か心当たりがあるかもしれないと尋ねたところ、もしかしたらと助言を頂いた。

 原因は術式の発動タイミングがヘモジの速さに遅れを取っていたからだと判明した。

 たまに無茶をする操縦者が壊れないはずの部品を壊して戻ってくるケースがあるらしい。原因は機体の反応動作の遅れ、つまりズレが原因だったそうだ。そういうときは駆動系をより反応のいい物に換えるか、伝導系をいじるか、操縦者が加減するかしかないらしい。

 大抵『スクルド』に乗れば解決する問題らしいけど、値段が値段だからなと笑われた。

 コアユニットを製作する側の身としては耳の痛い話である。

 ヘモジのケースもそれに似ているらしい。発動の遅れが衝撃となって蓄積していたのではないかと。

 ヘモジやオリエッタの場合、直接脳波でコントロールしているので動作遅延はほぼないものと考えていたが、それが却って災いしたようだ。

 駆動系は付いて行けても、ブレードや機体全体を補強する付与魔法の方に限界があった。発動してから最大効果を発揮するまでの間にわずかながらラグが存在するのだ。つまり理論上の数値、最大効果を発揮する手前でヘモジは相手をぶっ叩いていたわけだ。

 おまけに省エネ戦法を実践していたため、付与魔法のオンオフを頻繁に繰り返していたことも災いした。どれもこれもヘモジの器用さがもたらした結果だった。

 そこで魔力伝導ケーブルをより太く、純度の高い物に換え、抵抗をなくし、タイムロスをとことんまで削った。それと省エネ戦法を廃止した。特にブレードの付与は一旦発動させたら鞘に収めるまで稼働したままにするようにヘモジに忠告した。が、ヘモジは魔力の宿った切っ先はドラゴンに読まれ易くなるから、発動はギリギリまでしたくないと言い張った。

「タイミングを覚えるしかないね」

 オリエッタの言うとおり、嫌なら練習あるのみだ。

 機体の調整中、ずっと光りながら空を飛んでいた。ギリギリの一瞬を手に入れるために。

「面倒臭いことしてないでライフル使わせなさいよ! あんたも馬鹿ね」

 ラーラに一蹴された。

 でも技術革新のためだ。今は甘んじてその批判を受け入れよう。でも……

「なんだか前より動きが速くなってる」

 オリエッタ…… お前の観察眼は正しい。

 反応速度が上がった分、余計速度を上げやがった。

「『スクルド』よりピーキーな機体になったら本末転倒だよ」

「ご愁傷様」

「もうブレード禁止! ライフル使え、ライフル!」

「どんなお客様にも笑顔で対応」

「そんな社是は我が『ロメオ工房』にはなーい! ふざけた客は叩き出せだ!」

「もうすぐお腹空く時間」

「……」

「機体より早くばてた」

「ああ、ヘモジのことか」

 ワルキューレがホバリングをやめて落っこちてきた。



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