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帰還と魔力過敏症

 まずは爺ちゃんに放り込まれた異空間の感覚を思い出す。

「魔素の海だ」と爺ちゃんは言っていた。魔素と同化し、単一のなかで溺れる感じ。転移に似た感覚。あの境界面を潜る瞬間の何かに引き寄せられるような、それでいて弾かれるような妙な感覚。その狭間のほんの一瞬、透き通った光に包まれるときのあの感じ。

 あの一瞬のなかに延々と留まるんだ。

 魔素のなかで溺れる自分。一体化する世界。

 そう…… こんな感じ。

 爺ちゃんの世界で息継ぎするコツは教わった。でも魔素が足りない。そう感じる。

 圧倒的に足りない。もっと大量の魔素がいる。濃厚な…… 苦しくなる程…… 世界を構築するには…… もっと高密度の……

 足りない…… 足りない……

 規模を縮小…… 圧縮…… 境界を限定。

 もっと魔力を!

 指を動かせ!

 息をしろ!

 肺を動かせ!

 鼓動を聞け……

 巡る血流を感じろ。

 僕の形。それが僕の形。

「ドラゴン入れてみる?」

 オリエッタ、今、話し掛けないで。集中が途切れるから……

「あんまり魔力放出すると第二形態来ちゃう」

 放出してる? そうなのか? ならそれも利用する……

 あ、何か見えてきた。

 嗚呼! 消える!

 意識を集中! もっと! 

 もっと!

「ナーナ」

 うるさいぞ。現実に戻っちゃうだろ!

「え?」

 現実?

 あれ? 現実が向こう? ……じゃあ、ここはどこ?

 何!

「こ、これって!」

 爺ちゃんの『楽園』にいたときと同じだ。この感じ!


「リオネッロ、戻って来ない?」

「ナーナ……」

 え? もうそんな時間?

「……」

「ナーナ……」

 ふたりの頭上に一番星が。

 戻らなきゃ…… 心配してる。

 今、戻るからな。オリエッタ、ヘモジ。

「ナーナ…… ナーナンナ!」

 お前がそこにいるってことは僕はまだ生きてるってことだぞ。泣くな。今戻るから。ほら、手が届く。


「お帰りーっ!」

「ナーナッ!」

 ふたりが突然、僕の足に抱きついた。

「ちょっと、どうした?」

「消えてた」

「ナーナ」

「消えてた?」

 立ったまま寝てたんじゃないのか……

 あれ、何してたんだっけ?

「そうだ! タロス! 迎撃しないと」

「もうあっちに埋まってる」

「ナナーナ!」

 雷落としてまとめて倒した?

「あっち見る」

「ん?」

 何もないぞ?

「ナーナ」

 ドラゴン? ああ、そうだ! あそこにはドラゴンが! ヘモジがブレードを眉間に突き刺した……

「そうだ! 実験はどうなった?」

「ナーナ」

「成功した?」

「ナナ」

「いつ?」

「さっき」

「さっき?」

「ナーナ!」

 転移させたときみたいに消えた?

「まさか……」

 ほんとに?

「物欲の勝利」

「なんだよ、人を強欲みたいに」

「出せる?」

「その前に薬……」

 やばっ、急に倦怠感が!

 膝を落とした。

「いて!」

「ナーナ!」

 ヘモジ! こら!

 口をこじ開けられ『万能薬』を強引に流し込まれた。

 魔力が全身を駆け巡る。

「ナイスだ、ヘモジ」

「ナーナ」

「顎はずれるかと思ったけどな」

「ヘモジやり過ぎ」

 顎をさすりながら地面にあぐらを掻いて、しばらくボーッと時に身を任せる。

 小瓶を二本追加で飲み干してようやく魔力が戻ってきた。

 魔力が完全に空っぽになるなんていつ以来だ。

「よし、フル充填完了!」

「で、出せる?」

「何を?」

「入れたら出さないと」

 ああ、ドラゴンか。

「ナーナ」

「そもそもどうやって?」

「ナーナ?」

 ヘモジは首を傾げた。

「ぱっと消えた。ぱっと」

 オリエッタは肉球を天に二度捧げた。

「出すのは今度な。なんか疲れた」

 ほんとにできたのか?

 骸が転がっていた場所と手のひらを交互に見詰めた。

 覚えていないというのはいい傾向じゃない。

 魔素の希薄なこっちの世界でやったのが間違いだったかも。

 もう一度爺ちゃんの『楽園』という名の『牢獄』に放り込まれたら、もう少しはっきり要領が掴める気がする、と思うのだけれど。

 あの充足感は…… 麻薬だ。

「ああ、そうだ」

 今はドラゴンより第二形態の生態サンプルをなんとかしないと。

「頭、吹き飛ばさない方がよかったな」

「今更遅い」

「ナーナ」

 でか過ぎて城の保管庫にも入らないので、瓦礫を掻き集めて周囲を覆った。

『浄化』魔法を掛けながら最後の隙間を塞いだ。

 運がよければ腐る前に回収班が到着することだろう。

「それにしても…… どこに行っちゃったんだろうな? あのドラゴン」

「リオネッロが知らないんじゃ、わからない」

「ナーナ」

 うまくいっていればいいけれど……


 女たちが戻って来た。目が赤い。泣きはらした目だ。

 身内がいたか…… 

 すっかり着替えを済ませて、旅装束に身を包んでいた。それに錆び付いたガーディアンを一機どこからか調達してきていた。

「お待たせしました」

「お帰りなさい」

「あれは?」

「城の宝物を。こっちは敵のボス」

「即席であのような物を?」

「持ち運ぶ手段がないので今は置いていきます」

「これからどちらに」

「僕たちの家に。距離はありますが、なんとかなるでしょう」

「なんとかとは?」

「転移しながら移動しますので」

「姫様はまだ幼いんですよ! 危険です」

「あなた方の魔導士はやってのけたのでしょう?」

「それは……」

「もう自我を持たれている証拠です。それに機械で転移するわけではないので」


 最初の転移はバタバタしたが、問題なく行なわれた。

「おー、定員増えたのに跳躍距離伸びてる!」

 オリエッタが首を長くして振り返った。

「一度行った場所はイメージし易いからな。魔力さえあれば砦までだって一っ飛びだ」

 さすがにそんな魔力はないのだが、なんだろう? 妙にしっくりくる。レベルが上がっているかも知れないな。

 これなら二、三回、いや、四、五回あればなんとか……

 ガーディアン二機分とそこに積み込んだ彼女たちの私物やら回収品の量はさすがに多過ぎた。

 日はますます傾いて、ちょうど番犬が彷徨いていたポイントで完全に日が暮れた。

「次の転移で僕たちの砦に着きます」

「本当にわたしたちは拘束されないんですか?」

「あなた方が王族や国の要人であったのなら、その可能性もありますが、ただの生き残りとしてなら問題ないでしょう。姫様も責任をどうこう言う歳でもないですし」

「大丈夫。これから行くところは『銀花の紋章団』の拠点ですから。と言っても造りかけで人もあまりいませんけど」

 彼女たちに覚悟を決めて貰って最後の跳躍を行なった。

 外部からいきなり砦のなかに転移することはできないので、対岸のそれも少し離れた場所に転移した。


「何も見えませんが?」

「そういう結界が張ってあるので僕たちから離れないように」

 初めて訪れる者が砦を見ることはない。そこにあると確信している者でなければ永遠と彷徨うのみである。

 歩くこと十分。僕たちは滝口に近い絶壁にいた。後方に建設途中の防壁が見える。

「着いたな」

「ヘモジ、知らせてきてくれ」

「ナーナ」

 ヘモジが崖から飛び立った。

 来訪者たちは突然、暗闇のなかに浮き上がった砦の姿に驚いた。

 これが昼間だったらもっと感動的なシーンになったと思うのだが。今は砦の明かりを反射して揺れる湖面と闇に鳴り響く水音が彼女たちを萎縮させるのみであった。

「濠を迂回しますからこちらへ」

 彼女たちの水上戦に特化したガーディアンではこの断崖は降下できないので、僕は操縦席に飛び乗って行き先を指示した。

 感動は明日の朝まで取っておいて貰いましょう。

「お、来た来た」

 子供たちが乗ったガーディアンがやって来た。

「師匠、お迎えに来ましたー」

「ミケーレ! ニコロ! 珍しいな」

 理由があって余り顔を合わさないふたりが出迎えた。

「存在忘れられちゃいそうなので」

「ナーナ」

「ヘモジひどい!」

 なんだヘモジも戻って来たのか。

「もういいのか?」

「おかげさまでもう大丈夫です」

 ふたりはずっと魔力過敏症に悩まされていたのである。

 魔力過敏症とはわかり易く言うと魔力の流れが見えちゃう病である。

 ふたりは『魔力探知』を使わずとも当たり前のように魔力の流れが見えるのだ。僕だって意識しないと見れないものを彼らは意識することなく常時見続けていたのである。それも幼い頃から。

 僕たちと知り合う前はそれでもよかった。それが当たり前だと彼らは思っていたから。光るものがたまに見えるだけだったから。「この人、体調が悪いのかな」ぐらいなものであったらしい。が、僕たちと知り合ってそうではないと悟ったのだ。

 常に煌々と明かりを灯されている状況は普通ではないと気付いたのである。

 当人たちの悩み相談を養護院の職員が受けて発覚。以後、養護院では治療はできぬというのでラーラの計らいで僕たちの船へ。生来のものなので『万能薬』の出番もなく、魔法から一番遠いところにいるモナさんの所で引きこもり生活を続けながら体質改善を図っていたのである。当人たちもガーディアンに興味を持っていたので悪くない日々を送っていたはずだ。

 治療法はなんと『隠遁』スキルを習得することである。僕やラーラはいうなれば魔素を乱すお邪魔キャラだったが、スキル上げには最適の相手だった。おかげでこっそり覗かれていることも多かったが、こうして外で会うのは久しぶりだ。

 下位の『隠密』スキルから上位の『隠遁』までマスターする過程で魔力に干渉する術を学ぶことになるので、必然的に光の加減もできるようになるらしい。

 ただ、この手のスキルをマスターするには如何せん周りに気付かれてはならない。ひたすら隠れていなければ。普通は獣狩りなどで徐々に身に付けていくものだが、船の上では苦労したことだろう。

 迷宮に入れるようになったことは彼らにも僥倖だったに違いない。ミントの仲間たちののんびりさ加減は格好の的だったに違いない。

 特務の一部には過敏症が発端でスペシャリストになったケースも多いと聞くが…… まさかこの場で登場とは――

 姉さんは来訪者を相当警戒していると見ていいだろう。

 イルマとルチャーナ、恐らくはジュディッタも姫様付きのメイドとして、自分の身を隠すためではなく、侵入者を探知するために『隠遁』スキルを身に付けている。隠れられたら素人には見付けられないかも知れない。

「他の連中は?」

「もう寝てる時間ですよ」

「お前たちはいいのか?」

「僕たちにはちょうどいい時間なので」

「なるほど」

「一緒には迷宮に潜らないのか?」

「あいつらが蟹を卒業して、装備が届いたら合流しようかと」

「パーティーには斥候が必要だからね」

「寂しくないか?」

「もう少しの辛抱だし」

「リリアーナ様がこれも才能だって、褒めてくれたから」

「たまに一緒に食事もしてるしね」

「みんなにも言ってることだけど…… 自重しろよ」

 オリエッタが笑い出した。

「笑うなよ」

 女性陣は迷宮と聞いてざわめき、姉さんの名前で更にざわついた。

 港に到着すると上の住居ではなく、普段使っている港の休憩所に通された。

 ミケーレとニコロはガーディアンを船の格納庫に収めるため、その場を離れた。



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