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死の都2

 要救助者は果樹園の納屋のなかに身を潜めていた。壁越しに見る限り、生存者は四人。三人が一人の幼子を守っている様子だった。

「行くぞ」

「ナーナ」

 ふたりは大きく頷いた。

 閂を一刀両断し、納屋の扉を開けた。

 亡骸が五名程転がっていた。泥まみれの長靴や日除けの帽子、作業用の手袋。厚手のシャツ。農園の者だとすぐにわかった。ただ、全身が土間の土と同化していて泥人形のようであった。

 僕たちは目を背けた。

 生命反応がある部屋に迷うことなく足は進むが、心は揺れる。

 生存者の身体は大丈夫なのだろうかと。

 扉は内側から何かに抑え付けられていた。

 言葉が通じればいいが。

 共通語で「開けろ! 助けに来た!」と叫んだが、一向に動く気配がない。通じていないのか?

 止むを得ず隣りの壁を魔法で吹き飛ばした。

 そこにいたのは全員五体満足どころか、見目麗しい女たちだった。

 怯えた目でこちらを見詰めている。

 隠遁生活で埃をかぶっているが、どう見ても庶民には見えない。場違いな姿だった。高級な薄衣。胸元にはカメオ。裸足には高級革のサンダル。見るからに宮廷の女たちだった。

 同情より怒りが先に込み上げた。

 矛盾ではあるが、許せないのは身体のどこにも変異が見られないことだった。

 ということは側に次元に干渉しうる能力を持った者がいたということ! あるいはその本人!

 どちらにしてもこの者たちは憎き震源地にいた者たちだ!

 僕の目に怒りを見て取ったのか、女の一人が火の魔石を突き出して叫んだ!

「近づけば殺します!」

 壁を破壊した段階で既にこちらの射程内だとわかっていないのか?

「クーデター派の人たちですね? 手荒なまねをしないと誓うなら抵抗はしません」

「それはこっちの台詞だ。無駄な抵抗はするな。すれば女子供でも容赦なく殺す」

 できるかは兎も角、今はそんな気分だった。

 オリエッタは天井の梁を見上げ、ヘモジは横の壁を睨み付けている。

 常人は騙せても、僕たちにはその程度の『隠遁』は隠れているうちに入らない。布がはだけて太股を晒している姿も部屋に入ったときからよく見えている。

 逆に彼女たちにもこちらの動きは見えていたのだろう。咄嗟に隠れたようだが、小人と猫一匹、果たしてどう見えていたことか。

 目の前の女が観念して魔石を引っ込めると隠遁していた者たちも抵抗をやめ、彼女の後ろに付いた。藁にシーツを被せたベッドで幼子がスヤスヤと眠っている。魔法で眠らされていると言った方が正しいか。


 既に蓋の開いているクッキーときれいな水を進呈した。

「今はこれしかない」

 事件発生から何日経ったのか、当人たちの記憶もあやふやだった。

 彼女たちは体裁も忘れてクッキーを貪り食った。欠片をふくよかな乳房の上に落としながら、あれ程あったクッキー缶の中身はあっという間に空になった。

 農夫の家に忍び入ればよかったものを。母屋は少々離れていたが、彼女たちにはその距離さえも遠過ぎたようだ。

 ヘモジが真っ赤に熟れた木の実を抱えて戻ってきた。

 すぐ側に実のなる果樹が山程あったにもかかわらず、彼女たちはそれすらも手に取ることができなかった。果樹園が餌場としてタロス兵に目を付けられてしまったせいで、身動きが取れなくなってしまっていたのだ。

「お仲間はいないのですか? だったら後生です。見逃してくださいませ! わたくしはどうなろうとも構いません。この者たちに罪はありません! 何卒」

 手を握りしめて震えている。

 埃にまみれているが、さすが宮中勤め。美しい姿に甘言を受け入れたい気持ちにもなるが、弱みに付け込んでとなると、アマゾネス軍団の仕打ちが後で怖い。ここは自重である。

 オリエッタが囁いた。

「微香がする」

 香水じゃないのか?

「!」

 クソ、媚薬か! 色香に惑わされた。いや、媚薬のせいで惑わされた。言われてみればこれは魔物を幻惑させるときに使う匂い香に似ている。

 彼女の後ろで怯えた振りをしている二人の手に光る物が握られていた。

「とても魅力的なお申し出なのですが、僕には心に決めた人がおりまして」

 香が利かないと判断した官女たちは尻をもたげた。

「ここはあなた方のいた世界ではありませんよ。ミズガルズの最前線、北東のただの廃墟です」

 ヘモジが窓を開け放ち、香を散らした。

「ご覧なさい。あなたたちに帰る場所など初めからどこにもないのですよ」

 彼女たちは立ち上がると窓辺に寄った。

 光に映える女の美しさよ。

 彼女たちは変わり果てた窓の外の世界を見て狼狽し、立ち尽くした。

「ミズガルズ……」

「でも…… そんな!」

 町の外には海の民である彼女たちが見たこともない砂漠が果てしなく広がっていた。しかも横手には見慣れた自分たちの故郷が幾つもの断層に引き裂かれ、崩壊した姿でそこにあった。

「潮の香りがない……」

 別世界に自分たちだけが跳ばされたのだと思っていたのだろう。でも、跳んだ先は引き摺り込まれた故郷の郊外。そして故郷は……


「こんなはずではなかったのです」

 年長の女が顔を歪めた。

「陛下たちは運命を受け入れる御覚悟をなさっておいでだったのです。ただお后様と御子だけは…… だからわたしたちを集めて…… なのに、あんなことになってしまって!」

 後ろの女性が浮かされたように呟いた。僕に話しているのか、犠牲になった町の者たちに弁明しているのか。

 惨憺たる有様を見て声を震わせた。

「送り出した者はどうなりました?」

「導士様は真っ先にあの化け物に……」

 その術者はクーデター派からお后と彼女たちを、追っ手の掛からないミズガルズに逃がすために『太陽石』を使った儀式を行なったらしい。

 だが次元を操る偉大な宮廷魔導士はその膨大な魔力故か、真っ先に突如現われた第二形態に飲み込まれたそうだ。

 僕はほっと胸を撫下ろした。犯人を手に掛けずに済んだと束の間、安堵した。

 続けてお后や荷物持ち、護衛たちが次々飲み込まれたと聞かされたが、不思議と同情する気にはならなかった。町の住人の死に様に比べれば、むしろ幸せな死に様に思えた。

 女たちは王宮のあった方角を万感の思いで見詰めるが、歪んだ大地が視線を塞いだ。

 第二形態が踏ん反り返っていた場所こそが震源地、かつて王の間があった場所だったらしい。

 第二形態にとっても不測の事態だったのだろう。回廊を開くだけの余力がなかったために引き戻されたのだ。が、ただでは帰らなかった。


「街のなかには入らない方がいい」

 彼女たちは頭を振った。

「わたくしたちの責任です」

 ただの使用人だろうに。

 僕に身を委ねると言った女性の名はジュディッタ。幼女を抱いている少女がイルマ。短剣を握りしめて未だ離せずにいるのがルチャーナである。

 そして幼女の名はカテリーナ・ルカーノ。

「もう少し寝ておいで。こんな世界は見るものではないよ」

 ヘモジとオリエッタが心配そうに見上げた。


 女性陣のたっての願いで、自宅の様子を確かめに帰ることを許した。

 彼女たちは僕が転移魔法を使う姿を見て目を丸くした。

 僕でも宮廷魔導士になれたかな?

 王の間で転がったままになっている第二形態を見て彼女たちは二度驚いた。

「あなたがこれを?」

「こいつだけは見逃すわけにはいかないもので」

 剪定された生け垣のように高さが揃った周囲の景色と倒れている無数のタロス兵を見て言葉を失っていた。

「では、一旦解散。日が沈むまでに戻るように! 遅れた者は置いていく」

 ヘモジとオリエッタに周囲の警戒を続行させながら僕は火事場泥棒を始めた。いや、これは財産保護だ。

 城の宝物庫は主塔と共に崩れ落ちていたが、急ぎ地上に再建して中身を放り込んでいった。城内の壁に掛かった壁画や壊れていない壺や陶器、装飾品の数々。

「ミズガルズに横槍を入れられる程、余裕のある暮らしをしていたとは思えないな。侵攻を支持したのは王家というより周囲の取り巻きだったのかな?」

 一見、形にはなっていたけれど、どれもこれも一流と呼ぶにはほど遠い品ばかりだった。

 粗方片づいたので、第二形態からアイテムの回収を試みる。

「第二形態を漁るのは初めてだな」

「蛇みたい」

 転がっている長い腕はまさに鎧を着込んだ大蛇が眠っているかのようだった。

「誰か戻ってきたか?」

 オリエッタが急に僕の肩に飛び乗った。

「戻ってきたのはタロス。ドラゴン連れてきた」

「懲りない連中だな」

「ナーナ」

 まだ距離がある。

「しょうがないな」

『ワルキューレ』の腕を魔法で強引に修復していく。他の部位に歪みが出て被害が拡大する恐れもあるが仕方がない。ドラゴン相手にライフルもブレードも使えないようでは。

 どの道、ドラゴンと地上部隊を相手にするには二手に分かれなければいけない。しかも一方は空の上だ。

 折れたブレードもくっつけた。

「強度は七割、くっついてるだけだからな。無茶するなよ」

「ナーナ」

 ヘモジは魔石を入れ換えると敵の接近を待って、飛び立った。

「地上の連中も散開される前に一網打尽にしないとな」

 ギリギリまで引き寄せたかったが、散開されると面倒なことになる。

 迎えに行って、集団の足元に落とし穴を掘った。そして動きを封じた後、無数の雷を落としてやった。

『万能薬』を舐めた。

「回収部位、持ち帰れないね」

 部位と言っても巨人の部位だからな。運ぶには船がいる。

「ランキングポイントだけでも稼ぎたかったけどな」

 ドーンと砂柱が上がった。

「あっちも終わったか」


「一回りでかいな」

「ナーナ」

 手強かった? それで眉間に折れたブレードが刺さってるわけか?

「接近しなきゃいけない必然があったのか?」

「ナーナ」

 何が格好いいからだよ。

「折るなって言ったろ! まあ、勝てたからいいようなものだけど」

「どうせ持ち帰れない。頭吹き飛ばせば簡単だった」

「ナーナ!」

 オリエッタの言う通りだ。

「皮を剥いでる時間はない。今は無理だ」

「ナーナ」

 そりゃあ、勿体ないけど。

「しょうがないだろ? 僕たちだけじゃ、これは運べないんだから。あーあ、爺ちゃんのスキルが欲しいよ」

「試しにやってみる!」

「ナーナ」

「そう簡単にできたら苦労しないよ」

「何ごとにも最初はある!」

「ナーナ!」

 どうせ捨てるんだから?

「うーむ。彼女たちが戻ってくるまでまだ時間ありそうだし。どうせ捨てると思えば……」

「がんばる!」

「ナーナ!」

 確かにドラゴンを丸々実験台にできるチャンスはそうそう訪れるものではない。ふたりに背中を押され、ついその気になってしまった。

『万能薬』もまだ余裕がある。何本かは犠牲にできる。

 何ごとにも最初はある。確かに言う通りだ。どうせ始めるなら……

 兎から始めるべきだということにも気付かない辺り、どうかしていたのだろう。とは言え、兎なら今やる必要性がないわけだが。



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