死の都
「どこか歪んだんじゃないか?」
「毎日ドラゴンと殴り合ってたら壊れる。当たり前」
「銃があるのに殴りに行くもんな」
「ナーナンナ!」
「わかってるよ。好きにやれ。怪我されるよりましだ」
「ナァア……」
気持ち悪いからデレるな。
「明日、オーバーホールするか。水道橋は一日延期だな」
オリエッタが大きく頷いた。
暗闇を北に飛び続けること数時間。やはりガタ付きが気に掛かる。一度着地して調べてみることに。
安全な高台を探して着地するとすぐさま周囲を壁で覆った。
「ナーナ」
「いいぞ」
明かりが付いた。
音が鳴るのは背中の収納ボックスの方だ。
フライトシステムの不具合だと問題だ。
ボックスを開けるとむわっと甘い香りが放たれた。
「こ、これは……」
ちょっと…… どっちの仕業だ?
聞くまでもないか。
「オリエッタ!」
「見張りしてた。お腹空いたけど動けない。そしたら目の前にクッキー缶が!」
「ちゃんと固定しないから。あーあ」
ボックスのなかで缶が暴れて、蓋が開いてしまっていた。
「粉まみれ……」
「ナー……」
非常用の寝袋も装備一式も甘い香りが染み込んでしまっていた。
「ナーナ」
魔石もクッキーの匂いがする?
中身を全部出して、浄化して収め直していく。その間ふたりはクッキー缶を貪った。
「湿気てなくてよかった」
「ナーナ」
収納ボックス自体に保管機能を持たせてあるからな。
今は猫の手も小人の手もあるだけ邪魔だからいいけど。
不具合はクッキー缶のせいではなかったが、音はやんだ。
これでもう耳のいい奴に察知されることもない。
明かりを消し、壁を崩して周囲を見渡す。
風に若干の湿気が感じられた。
「あ!」
生物発見!
「番犬だ!」
クッキーの甘い香りに釣られたか?
おかげで一つ向こうの丘に潜んでいたタロスの一団を発見できた。
操縦席に乗り込み、連射ライフルの銃口を番犬に向ける。
「……」
曲がってるし!
腕のフレームが若干外を向いていた。
軸線を揃えて…… バシュと一発。
外れた!
目標との誤差を確認して、的をずらして二発目を連射する。
が、それも外れた。三発目!
でかい頭が吹き飛んだ。
くそ、当たらん!
命中はしたが、それは相手の顔がでかかったからだ。しかも二発目を外した段階で吠えられた。
これで飼い主たちにこちらの位置がばれた。番犬が向かった先に敵はいる。
飼い主たちの反応が動き出した!
こちらは現在地を速やかに放棄し、高台を盾に斜面を滑り降りると大きく側面に回り込んだ。
「ヘモジ、操縦代われ!」
僕はガーディアンの強襲用連射ライフルを諦め、自分のライフル銃を引っ張り出すと『魔弾』を装填した。
忙しさにかまけて整備を怠るなどマイスターにあるまじき失態だ!
「ナーナ!」
丘の影から出て先手を。
「!」
でかい斧が飛んできた!
ヘモジは急旋回して身をよじりかわした。
「くぅ!」
遠心力で弾かれそうだ!
オリエッタも僕の肩に爪を立て必死にこらえる。
「戦い慣れてる!」
雑魚じゃないぞ!
「精鋭だ!」
「ナーァアアアアアア!」
僕の言葉に俄然、ヘモジはやる気を出した!
「ナーナンナァアア!」
いきなりスーパーモードか!
僕は銃を収めて、操縦席に身を固定するとふたりを抱き抱えた。
闇に閃光が駆け抜けた。
精鋭一、雑兵二体をブレードで瞬殺した。
右腕が更に外側に歪んだ。
「フレーム強化しないと駄目だな、こりゃ」
飛行型のガーディアンは俊敏さが売りであり、殴り合いには向いていない。それでもここまで保ったのはひとえに最上位モデルとしての矜持だ。最高の素材を使っていたからに過ぎない。が、こうなると設計思想を変えないといけない。
「ナァアア」
ヘモジが奇声を上げた。
ドスンと何かが地に落ちた。
「ブレード折れた……」
オリエッタが足元を見下ろした。
「折れたぁ?」
「折れた」
「ナーナ」
「ミスリル鋼だぞ?」
「ナーナ……」
何が「あーあ」だ。
歪んだ腕のせいで刃の当たりがまずかったらしい。
「もうアダマンタイトしかないね」
オリエッタが呟いた。
「あんな重い物でブレード、作れるわけないだろ!」
魔法強化しかない。スパッと衝撃なく。今までだって切れ味は最高だったはずだが。ヘモジの攻撃の辛辣さがダメージとして一気に跳ね返ってきたようだ。
「ヘモジはもう少し上品な戦い方を覚えないといけないな」
「ナーァ?」
「ちょうどいい加減で息の根を止める練習」
「ゼンキチ道場通う?」
「スプレコーンに帰れたら、それもいいかもな」
「ナーナンナ」
これでガーディアンによる近接攻撃もなくなった。残ったのは照準のずれたライフルのみ。
「ガーディアンから降りて白兵戦だな」
「ナーナ!」
よくないから。
ただの飛行ユニットと化した我が愛機に乗って更に北進を続けること六時間。
朝日が差して一帯が一気に明るくなると、恐れていた景色が目に飛び込んでくる。
ミズガルズにあるまじき近代的な城下町が座りの悪い崩れた地盤の上でへし折れ、傾き、燃えカスになっていた。
タロスの一団が何かを探すかのように町のなかを我が物顔で闊歩している。
住人はどうなった?
大きな反応に小さな反応が掻き消されているだけか?
エルフ張りに結界を張って息を潜めているだけか?
炎はとうの昔に鎮火して燻っている様子もない。
「資材は貴重だ。町ごと破壊するのはなしだ」
「わかった」
「ナーナ」
検分しないといけないしな。面倒だけど各個撃破だ。
戦力は残っていないのか?
嫌な臭いしかしない。
ギルドの情報伝達がいくら早いと言っても日は経っているはずだ。
「抗えなかったか……」
でかいのが一体高い場所で踏ん反り返っている。
「あいつか……」
魔力を使い切って疲れているのか、第二形態が岩のように寝ている。
「跳ぶか」
転移してまずあいつを片付ける…… 今のあいつに次元に干渉する力は残っていまい。
周囲の敵は散開していて一度に相手はできない。地道に殲滅していくしかないな。
せめてブレードが使えれば、ヘモジと二手に別れられるんだが。
ヘモジにでかくなって貰っても移動距離がな…… 街もあまり壊して貰いたくないし。
「よし、ヘモジは操縦に専念しろ」
「ナァア」
「壊したのお前だろ」
「…… ナー」
「オリエッタ、索敵よろしく。まずはあいつからだ」
転移するのは気付かれてからということで、アサシンモードにて接近する。ガードが緩いな。弱った第二形態は使い捨てか? リーダー格ということではないのか?
いや、そんなことはない。周りの連中はアールヴヘイムの魔力を豊富に含んだ樹木から幹ごとしごいて集めた葉や果実を集めてきて第二形態の前に供えている。
世界が砂漠になるわけだ。とんだ大食漢である。
ヘモジの怒りがこちらまで伝わってくる。
「ヘモジ、今は隠密行動中だ。気配を消せ」
「ナーナ……」
狙撃ポイントまで来ると僕は銃口を向けた。
「『魔弾』! エテルノ式発動術式! 『一撃必殺』ッ!」
「バースト!」
プライマーじゃないから!
うなだれていた頭が吹き飛んだ。血飛沫が供え物の上に飛び散り、餌を供えていた部下が腰を抜かした。
逃げようとするそいつの頭も吹き飛ばした。
周囲にいた兵隊たちが辺りを必死に窺う。
「そういうときはまず身を隠すんだよ!」
「ナーナァアア!」
飛び出した『ワルキューレ』が集団のほぼ中央に姿を現わした。
「『無双一閃』! 横一文字斬り!」
「ナーナァ!」
視界に入ったタロス兵をぐるりと一周、一体残らず瓦礫に沈めた。
城壁も堅固な官庁施設も高い教会の塔も一律同じ高さになった。
『万能薬』を一気に飲み干した。
「隠れても無駄」
オリエッタが目を光らせる。
「もう少し射程が欲しいな」
ラーラに比べて血が薄い分だけ何もかも足りない。
町の外縁部の敵は軒並み健在。怒り狂って接近中。
距離が足りないところは『魔弾』で補完!
接近をやめないタロス兵に、二発目の『無双』を叩き込んでようやく敗走に転じさせた。
側で瓦礫をぶちまける音がした。
窪地にたまたまいて、隠れていたタロス兵が駆け出した。
「ナーナ!」
「いや、このまま逃がす!」
逃亡した先に奴らの野営地がある。あるいは前線基地が。
「オリエッタ」
オリエッタがコンパスを見ながら方角を計る。
「東北東」
僕は地図代わりのメモに目印になる景色と方角を記入すると、他に隠れている者はいないかヘモジたちを飛ばして上空から確かめさせた。
「ナーナ」
暢気に餌集めをしていた連中も異変に気付いて少しずつ散り始めた。
「生存者なし……」
ゲートを開いたのはルカ・ビレ側だったとしても、引き摺り込んだのは間違いなく第二形態だ。
予期せぬ転移に巻き込まれた住人たちに備える時間などなかったようだ。安全対策のない転送がどういう結果をもたらすか。
僕は今、目の当たりにしている。
レリーフのように壁にめり込んだ人々。胸像のように半分地面に埋まった人々。つぶれた卵のように溶けて最期を遂げた人々。なかには失敗したキメラのように人と人とが混ざり合い、背骨が竜の如くうねり、ねじ曲がった見るに堪えない姿もあった。
無数の屍が、なぜタロスを苦しませもせず、一刀の下に斬り伏せたのかと恨みがましく、ドス黒い眼窩をこちらに向けた。
ヘモジとオリエッタに街の隅にある果樹園が無事か確認させ、持ち帰れる苗木があれば梱包してガーディアンに積み込むよう指示を出した。
個人的には巨大な墓標として町ごと砂のなかに埋めてしまいたかったが、使える生活物資が山ほどあることも事実なのでお伺いを立てることにした。
見える範囲の人だけでもと思ったが、街のあまりの大きさに墓穴を掘る手も止まる。
怒りが去来する。
「事態を起こした張本人たちはどこにいる!」
この国の王は? 次元を操れる魔法使いは? スキル持ちは?
「どこにいるッ! 出てこい! バカヤローッ!」
こらえていた涙が乾いた大地にしたたり落ちる。
「ふざけやがって! ふざけやがって! ふざけ」
パァーン。
青空に照明弾が上がった。
ヘモジたちのいる方向だ!
『生存者あり』!
僕は一目散に転移した!




