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デッド・ラインズ・プライマー  作者: ポモドーロ


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初陣、巨大石蟹を狩る。

 目指していた森に大勢の『ペルトラ・デル・ソーレ』が生息していた。

『滝壺に生えた紅葉した一本の楓の根元で飛沫を浴びて生まれし、水と木に連なる妖精にして、太陽に照らされし(以下省略)』は長い間話し込むことになった。

 切り株の上で車座になり、普段見せない真剣な顔で語り合っている。が、念話同士の会話なので僕やヘモジ、オリエッタ以外にはお通夜のようにしか見えない。

 僕たちは周囲を探索して時間を潰すことにした。


 幸い、住人たちは一階フロアのマップを既に完成させていた。

 おいしい実のなる果樹がどこにあるのか、天敵がどこをねぐらにしているのか。餌場やその巡回ルートまで。ここを住処と定めたからには徹底的に調べ上げたようだ。

「そこのでかい人。よかったらその肉分けてくれんか?」

「ナーナ?」

 図鑑との照合も終ったので特に入り用ではなかったが、駐屯している人たちのために心の臓を抜いて持ち帰る気でいた。


 心臓を抜くのはそうしないと魔石にすべて変わってしまうからだ。回収したい部位があるときは、コア、多くの場合心臓だが、そこから分離しなければならない。コボルトやスケルトンの装備などはそもそも分離しているのでその限りでないことは言うまでもない。

 より大きな魔石が欲しければ、その分、養分となる他の部位も残さなければならない。どちらを取るかは冒険者のさじ加減である。

 唯一、ゴーレムだけはコアを破壊すると体組織が維持できなくなるため、魔石になることはないが、その分、鉱石を落とす。残った組織や魔力量によって報酬のグレードが変わってくるのは魔石と同じだ。

『ペルトラ・デル・ソーレ』もその点はレクチャーを受けているようだった。

 対価に肉や皮を剥いだ残りの屑石を提供しようと言う。

 他の者は兎も角、ヘモジは大いに喜んだ。土属性の屑石数個とあっさり交換していた。


 住人たちは見るからにお伽話に出てくる妖精のようだった。おしゃべりは『ペルトラ・デル・ソーレ』の特徴かと思ったが、半分はミント個人の性質のようであった。

「おいしい果実ね」

 ギミックでも空腹を紛らすことはできるが、外の世界にお持ち帰りできないのは世の常だ。

 回収できる物はあくまで狩りをして得た物だけ。例外は冒険者を迷宮の深層に誘うための餌となる希少な鉱物やレアなアイテムだけだ。

「甘い」

「ナーナ」

 ヘモジがおもてなしで貰った果実の房を僕に差し出した。

「うまいのか?」

 一つもいで口のなかに放り込む。

「すっぱッ!」

 オリエッタとふたり、腹を抱えてケタケタと笑った。

「お前らなぁ」

「騙された」

「ナーナ」


 ミントが話し込んでいる間、彼らの地図に載っていた手出し無用の魔物を子供たちと狩ってくることにした。なんでも巨大な蟹が出るらしい。

「そんなに蟹が好きか!」

 ゲートキーパーの趣味なのか?

 なぜか甲羅の硬い蟹の魔物が、中上級者向け迷宮の一階フロアに必ず出没する。エルーダでは『地下蟹(アンダーグラウンドクラブ)』だった。

 恐らく指標なのだろう。この程度の魔物を倒せぬ者に迷宮内に入る資格なしという。


「『巨大石蟹(ストーンクラブ)』 レベル二十!」


 オリエッタの『認識』能力が相手のレベルを察知した。

「ナーナ」

「エルーダと同じだな。引っ掛かってる」

 渓谷沿いに崩れて天井が抜け落ちた廃墟があった。四方を崩れた壁や瓦礫に囲まれた部屋のなかにでかい蟹が閉じ込められていた。

『巨大石蟹』は全長が六メルテもある大物だった。

 最大の特徴は何といってもその甲羅の硬さである。物理攻撃にはめっぽう強く、熟練冒険者でも魔法や魔法武器、スキルがないと長期戦を余儀なくされる相手だった。

 攻撃手段は大きな鋏と体当たりのみ。だが…… シンプルな強さが冒険者を悩ませる。

「当たり所が悪いと死ぬぞ!」

「りょうかーい」

 狩りをさせる気はなかった。ただどう戦うか、見せるだけのつもりでいた。が、自分たちの力量を知りたいと子供たちが懇願するので、接近しないことを条件に戦わせてみることにした。

「足場を造れ! 上からやるぞ!」

 日頃の整地技術を応用して、壁の外、蟹の鋏が届かぬ高さにそれぞれが足場を設けた。

「急所は?」

「待って、今調べてるから」

「なんで今頃、調べてんのよ!」

「調べる前にジョバンニが近付き過ぎたんだ」

「見付かったらやるしかないだろ!」

「いきなり攻撃する馬鹿いないわよ!」

「取り敢えずあの鋏を切り落としましょう」

 ズーンと重い一撃が元々あった壁を打ち付ける。

「うわぁあ!」

「油断するな。相手も命懸けだぞ!」

「動き回らないでよ!」

「二発目、左!」

 ドーンと衝撃と共に壁の一部が崩れた。

 ヴィートがすぐさま補修する。

「急所、頭でいいみたい!」

「頭でいいって言われても」

「どこからどこまでが頭なのよ!」

 石蟹は全身一つの甲羅で覆われていた。

 おまけに巨大な鋏を振り回されてそれどころではない。

「『無刃剣』が当たらないッ!」

 制御が難しい魔法を動き回る相手に当てるのは至難の業だ。

 互いの攻撃の軸線は入り乱れ、右往左往している。

 今頃、彼らの頭のなかもぐちゃぐちゃだろう。

 現実を目で追いながら、頭のなかで術式を編んでいく作業は慣れを要する。

 状況が流れれば術をほどき、また編み直す。それを延々と繰り返すのだ。現実をおろそかにせず、深く深く熟考するなんて真似は人生を達観した賢者でも難しい。

 だからこそ単純な魔法で攻撃するメリットがそこにある。

 熟考せずに放てることが、最大の保身に繋がるのだ。が……

『無刃剣』は剣を捌くに似て、瞬時の展開が必要になる。動かない的なら兎も角、処理が追い付かないと的はあっという間に逃げ仰せてしまう。

「意外にいい訓練になるな」

「師匠! 見本見せて」

「教えただろ。イメージするんだよ。考えているから状況に追い付けないんだ。複雑な魔法を使おうとするな! なんのために仲間がいるかよく考えろ!」

「役割分担!」

「俺たちが動きを止める! ニコレッタが鋏を切り落とせ! 残りはニコレッタの援護!」

「了解ッ!」

 ジョバンニとトーニオはひたすら凍らせに掛かった。全身を凍らせるなどという無茶は最初の一回だけ、懲りて腕の一本、やがては関節部だけに集中するようになった。

 そうでもしなけりゃ拘束できない。

 蟹のレベルがほとんどそのまま子供たちとのレベル差だ。当たったときの一瞬だけが狙い目である。

「やった!」

 何度目かのチャレンジだった。ようやく鋏の生えた前脚一本を切り落とした。

 フィオリーナとヴィートが壁をひたすら補強しながら、なおかつ新しい壁を設けて、鋏を大振りさせないように行動範囲を制限していく。態勢を崩していけば、敵の攻撃も弱くなることに気付いたようだ。

 が、こちらも殴られたら一、二発で瓦解してしまうのだが。

 ただでさえレベル差がある上に、集中できていない。本気を出せばいい線行けるはずなのだが、威力は駄々下がりだ。

 それでも彼らの成長は目覚ましい。

 必死に考え、戦いのコツを掴んでいく。

 魔法で戦ったことなどなかった子供たちが、そもそも魔物から逃げ回ることしかできなかった子供たちが果敢に挑んでいる。

「もう駄目。魔力切れ」

 ヴィートが後ろに下がって尻餅をついた。

「やっとか」

 迷宮内は魔力が満ちている。外の世界以上に魔法が効果的に働くが、あれだけ制限なしに乱発しまくれば魔力切れを起こすのは必然だ。

 攻撃手段として魔法を教えてきたわけではないから、ここまでできれば充分だ。

 一人、また一人と脱落していく。

 結果的に一番攻撃を控えていたニコレッタが残ったが、もう一方の鋏を落としたところで手詰まりになった。蟹を壁の隙間に追い込んだままただ睨み合うだけになった。

「早くしないと部位が消滅する!」

 オリエッタが発破を掛けるが、魔力の欠乏が起こす気怠さは意思をも砕く。意識を失う前に決断すべきだ。

「師匠…… ギブアップ」

 トーニオが英断した。

「いい判断だ。下がって『万能薬』飲んでいいぞ」

 全員小瓶を口に含みながら後ろに下がり、僕が代わりに足場に上がった。

「惜しかったな」

 僕は蟹の頭に雷を落とした。

 子供たちはビクリと肩をすくめたが、ギシギシいっていた蟹はそれで動きが止まった。

 僕の足元を抜けて、ヘモジが蟹にダイブした。

「ナーァアア…… ナァア!」

 既に絶命している蟹の頭をボコリと陥没させた。

 小人ハンマー恐るべし。

「真似すんなよ」

「できないよ!」

 全員に脚を落とさせ、ガーディアンの荷台に積み込んだ。

 やがて胴だけになった蟹の身体は土の魔石(小)に変化した。

 余計なダメージと時間を与え過ぎたようだ。普通は中サイズが手に入る。

「水属性じゃないのか。土の魔石はヘモジ行きだな」

「ナーナ」

 全員が巨大な蟹の甲羅が目の前で小さな小石に変わるのを見て、たじろいだ。

「みんなが日々使っている魔石は、こうしていつかどこかの迷宮で冒険者たちに回収されたものだ」

「あの蟹でこのサイズ……」

 みんなうつむいてしまった。

 もっとうまくやれたと思っているのだろう。

 まったく、自分たちが幾つなのかわかっているのか?

 ここはスタートはスタートでも初級ではなく中級だぞ。一生初級で終わる奴もいる世界でお前たちは初陣でここまでやったんだ。

 そんな顔するなよ。

「脚があってもなくてもこいつからは普段、中サイズの魔石が取れる。今回は余計な時間もダメージも与え過ぎた。だからこのサイズになったわけだ」

「今回はノーカンだから!」

 子供たちは悔しさに目に涙を浮かべた。

 

 それからの彼らは貪欲だった。如何に効率よく立ち回るか。リベンジに向けて議論は尽きなかった。

 リベンジにズルズル付き合わされ、荷台にもう蟹脚が積めなくなったそのとき、彼らはようやく目標を達成した。

 ヴィートの手のひらには前より大きな土の魔石が握られていた。

「みんな冒険者になるのか?」

『ペルトラ・デル・ソーレ』のいる森に戻る道すがら僕は尋ねた。

「そんな先のことはわかんないよ」とトーニオは言う。

「わたしは考えちゃうかな」

「嘘でしょ!」

「嘘じゃないわよ、ニコレッタ。自分の足元の迷宮ぐらい走破したくならない? なんか燃えてきたーっ!」

 フィオリーナは両拳を空に掲げた。

 それをニコレッタが唖然と見詰める。

「でもある程度の強さは必要だろ? この砦にいる限りはさ」

 ジョバンニも何か腹積もりがあるようだ。

「僕はなるけどね」

 一番幼いヴィートは肩で風を切って先頭を歩いた。

 己の輝かしい最初の一歩を誇るかのように。



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