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身内です

 座礁位置はふたりがすぐ帰ってきたことからそう遠くないと推察できる。守備隊が奴等の逃走経路を辿ることができれば、座礁した船を見付けることはそう難しくはないだろう。正しい調査が行なわれれば、犯人たちは芋蔓式だ。仲間の船が他にあれば話は別だが。

 残る問題は門の外に置き去りにされたランディングシップの跡始末だ。航行システムが生きていればいいけれど…… 無理だろうな。ここまでしておいて何もしないわけがない。

「取り敢えずよくやった」

「ナーナ」

「ササミ、ササミ」

 オリエッタの言うササミとは鶏の胸肉のことではなく、のように軟らかい肉という意味である。

「いつものしかないけど」

 オリエッタがコクコクと頷いた。

 我が家の猫又フードである。挽き肉に他の食材を加え、焼き団子にしたミートボールである。

 ヘモジは兄ヘモジと同様、野菜オタクであるが、さすがに砂漠で新鮮な野菜を調達するのは難しい。なので野菜専用の保管箱にスティック状にした物がぎっしり詰まっている。お気に入りのドレッシングで召し上がれ。

 もしゃもしゃ、コリコリしてる横でマリーも食べたそうな顔をしていた。

「クッキーでよければ」

『オクタヴィアのクッキー缶』というクッキーの詰め合わせセットである。『パフラ』のお土産コーナーの定番商品だ。元々、爺ちゃんたちが非常食として持ち歩いていた物だそうだ。

「可愛い。猫の手形マークが入ってる」

 マリーが嬉しそうに頬張った。

 爺ちゃんたちはスキルのおかげで荷物の運搬には困らなかったが、僕たちが運べる量には限界があった。リュックと『ワルキューレ』の背中の収納ボックス、それと手荷物だけが僕たちの全財産だ。

 本来、嗜好品の入り込む余地などないのだが、非常食という名で貴重な収納スペースを圧迫しているのである。でも仕方ないのだ。だって他の我が家の非常食といったらケーキとかドラゴンの肉の盛り合せ焼き肉セットだったりするのだから。とてもじゃないけど運べない。

 収納ボックスは本来『ワルキューレ』の武装を収納するための物なのだが、工具と予備の魔石と食料でいっぱいだ。『ワルキューレ』の武装は腕に仕込んだライフルとブレードだけ。必要な物はこっちで揃えようと思っていたのだが、暗雲が立ち込めている。



 目の前に見えるゴールに辿り着くのにそれから半日を要した。

 検問が強固になり、僕のガーディアンが足を引っ張る羽目になった。テロを疑われて、却ってみんなに迷惑を掛けてしまった。

 身元確認が行なわれると、ギルドスタッフの態度は一変し、町のオアシスの湖畔にある姉さんの邸宅というか、豪邸に案内してくれることになった。

 みんなとは互いにやるべき仕事を終えてから再会する約束を交わして、一旦別れることにした。


「これはリオネッロ様。連絡を受けてお待ち申し上げておりました」

 屋敷を預かる執事のセバスティアーニさんが出てきた。初老ではあるが長身の二枚目、浮気相手が何人いてもおかしくないような捕縛術のプロである。何を捕縛するんだか。

「姉さんは、もう帰ってるの?」

「それがまだなんでございます。もうあと三日しかないというのに」

 屋敷の連中も予定を過ぎても帰らない女主人にやきもきしているようだった。

 部屋に案内するメイドの揺れるお尻を見ながら階段を上っていると、窓の外で大きな爆発が起きた。

「ナーナ!」

 ヘモジが窓に張り付いた。

 例の西門の方角だった。

「まさか、襲撃か!」

 身構えたが、二発目の爆発は起こらない。

 なんだ?

「トラップ」

 オリエッタが呟いた。

 なるほどそういうことかと腑に落ちた。

 恐らく調査されることを見越しての犯行だろう。これで調査班も二の足を踏むことになり、逃走のための時間稼ぎができるわけだ。ただ破壊して逃げるより、賢いプロのやり口だ。が、既にヘモジたちに足止めされている。罪が重くなっただけかもしれない。

「あの船もスクラップの仲間入りか」

 どういう意図かは知らないが、敵が計画的に動いてることはわかる。

 僕たちはメイドに断わって、西門に向かうことにした。

 町中でガーディアンを飛ばすのは物騒だし、また誤解されそうだったので自分の足で行くことにした。

 リオナ婆ちゃん譲りの身体能力は伊達じゃない。が、間者に間違われるのと、靴の痛みが早くなるのが難点だ。屋根伝いはやめて、地面を行こう。


 迷いながら城門に行き着くと、既に人だかりができていて、城門前広場は厳戒態勢、広場には負傷した守備隊員が並べられ、治療が行なわれていた。

 オリエッタが耳をすませる。

「六人死んだって」

 負傷者が続々と閉じられた重厚な大扉に付いた小口から担ぎ込まれてくる。

「あそこにいる連中は助かりそうか?」

「二人重傷。危ない。上級薬が足りないって」

「教会の連中は?」

「今向かってる。けど間に合わないかもだって。使える薬は全部使ったって。助ける?」

「ナーナ……」

 鞄のなかから取りだした『完全回復薬』を強く握り締め、ヘモジが訴えるような視線で僕を見上げる。

 僕は黙って頷いた。

 ヘモジは駆け出し、野次馬の足元をくぐり抜けると警戒ラインを突破した。

「おい、こら! 待て! この先は立ち入り禁止だ!」

 治療に当たっているスタッフの服の裾を引っ張ると小瓶を差し出した。

「ナナーナ! ナナナナーナ!」

 他の者には念話は通じないが、話し掛けられたスタッフには言葉は届いている。

 スタッフが捕まえようとする警護を止めた。

「いいのかい?」

「ナーナ」

 ヘモジが僕を指差した。

 僕は黙って頷いた。


 ヘモジの慈愛のおかげもあって重傷者は持ちこたえたようだった。教会の救護班も遅まきながら駆けつけ、治療を引き継ぎ犠牲を最小限に食い止めることができた。が、爆発に直接巻き込まれた六人は帰らぬ人となり、閉じられた門扉が見下ろすなか、意気消沈した群衆の姿だけが残った。

「これから祭りだっていうのによ……」

 今年の祭りに飲む酒は不味くなりそうだと皆、唾を吐いた。置かれた六つの兜に銭が投げ込まれる度に、チャリンチャリンと冷たい音を奏でた。遺族への見舞金である。

 僕も金貨をそれぞれの兜に一枚ずつ投じた。

「君のおかげで犠牲者が増えずにすんだ」

 守備隊の責任者が話を聞いたのだろう、やって来て言った。手には薬代を記入した小切手が握られていた。

 善意でやったことなので断わろうとも思ったが、代金を受け取る代わりに小瓶を一本、進呈することにした。苦笑いされたが、今また同じような事態が起これば、必要になる代物だ。いずれ補充する物なら僕から調達しても問題ないはずだ。しかも今なら事実上半額だ。受け取らない選択肢はないだろう。

『完全回復薬』は買えば高価な物だが、我が家の秘伝の調合法を使えば二束三文の素材で作ることができる。要するに半値で売っても損はないのだ。


 そんなとき、城壁塔の見張りが鐘を鳴らした。

「大型シップだ! 『箱船』…… 白!」

 その報告を受けた途端、沈んでいた群衆がざわつき始めた。

「リリアーナだ!」

 え? 姉さん?

「リリアーナの船が帰ってきやがった!」

「こんな時に!」

「一番物騒な奴が戻って来やがったぜ!」

「早く、城門より野次馬を遠ざけろ! あの座礁船も急いでなんとかしろ!」

「城門を開けろ! 早くしないと城門ごと吹き飛ばされるぞ!」

 警戒のために封鎖していた大扉を急いで開け始めた。

 姉さん…… ここで何かしたのか?

「リリアーナってトップランカーだろ?」

「だからおっかねえんじゃねーか。期日までに入港するためなら町の城門でもなんでもあの女は破壊するぜ」

「兎に角、伝令だ! 先方に伝令を出せ!」

「あの……」

「あんたも急いで退避した方がいい」

「なぜこんな大騒ぎに? 相手は普通の冒険者でしょ?」

「あの女はトップランカーだ。この時期、連んで帰ってくる船の数が尋常じゃないんだ。中には今にも壊れそうな船が庇護を求めて同行しているケースもあるからな。入港が遅れると間に合わなくなる船も出てくる可能性があるんだ。例年なら余裕を持って帰ってきてくれるんだが、今年はどういうわけか遅れてご帰還だ。速やかに入港させないと尻を叩かれる代わりに城門を吹き飛ばされちまう! ああッ、そうだった。外の船をなんとかせにゃ。調査も済んでないのにどうすれば……」

「僕がなんとかしましょうか?」

「はあ?」

「僕、身内なんで」

「身内? 誰の?」

「あれの」

 僕は正面の白い船を指差した。

「はい?」

「僕、弟なんです」

「あの女はハイエルフだぞ!」

「人族とのハーフですよ。正確には姉ではなく、おばなんですけどね。おばと呼ぶと鉄拳が飛んでくるので」

「身内? ほんとに身内なのか!」

「身内です」

「ほんとに、ほんとか?」

 身分証代わりに冒険者の証を提示した。ほとんど商業ギルドとのやり取りにしか使っていないのでランクは最低だけど、れっきとした本物だ。



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