戦評雑話
「解決おめでとう。無事で何より」
相変わらずヤマダ・タロウはとぼけていた。
「敵は未来に干渉できないはずではなかったのですか?」
姉さんの疑問もそうなるわな。
姉さんを初めとするギルド代表数名と、砦の重鎮たちが指令所に集まって、会議を始めた。
「勿論、干渉されたのは先日ではないよ。干渉があったのは『メインガーデン』での一件があったあの時だ」
「『メインガーデン』?」
「一年前……」
「!」
「あのどさくさにどうやって?」
「当然、こっちのボスが直接出向いてやったわけではないよ。送り込んだ残党が『メインガーデン』で接触していた程度の話だ」
「そんな馬鹿なッ!」
「当時はまだ敵の転移ポイントも健在でしたし、勢力も潤沢でした。あり得る話です」
側近のアマーティさんが言った。
「そう言えば、姉さんたちが帰ってきた時、戦闘に巻き込まれたよね」
「あの時の連中が使いか何かだったと?」
「ここも一度大掛かりな襲撃を受けてるし、ポイント、バレてるわよね」
ラーラが言った。
「渡った残党が少数だったとしても、当時の味方勢力と接触できれば何かしら策が生まれる可能性はある」
「こちらの包囲網も過去には手が出せないものね」
「妖精族を使ったシステムは世界の外側に向けての発信でもあったわけだし」
「もしかして敵を世界丸ごと一網打尽にできたのって……」
「情報が届いていたから?」
全員がヤマダ・タロウを見た。
「ちょうどあの時『メインガーデン』に大部隊が侵攻し掛けていたことは紛れもない事実ですが」
「それって、とんでもない緊急事態だったのではないですか?」
駐屯部隊の指揮を取るジュゼッペ氏が言った。
「彼があの時、あの場にいなかったら……」
「この世界は今頃……」
「そのときのやり取りで、こちらへの襲撃案が何かしら採択されたということですか?」
「でも、世界は閉じられたはずですよね?」
「奴らの作戦が我らの干渉前に施行されたものだとしたら、他のケースと同様、我らの認知外だ」
「それって未来に向けて転移したということにならないですか?」
「外来種であっても、ここでは未来に干渉することはできない。恐らく時限式に地の底で休眠でもさせられていたのだろう」
「側にいたって言うこと?」
「そうなるな」
「外来種が他に何かしでかす可能性は?」
「過去に干渉されたケースで外来種との連携は確認されていないし、目撃情報もない。今のところ、今回の襲撃が特異なケースである可能性が高いとしか……」
アンドリューには干渉できたのにわからない? アンドリューの件はヤマダさん界隈では超法規的措置だったのか? それともあの空間はこの世界の外のことでルールが当てはまらないことをいいことに、アンドリューが勝手したのか?
問題は未来から過去への情報伝達が許されるのかということだろう? 決定権が未来側にしかないのだとしたら、目の前にいるヤマダ・タロウに答えられないのは道理である。
「一度大規模な襲撃を受けたとき、乗り越えていますからね。干渉に勝利したということなのでしょう。橋頭堡の建設がこちらの反攻の決め手になったことは事実ですし。敵が助勢を得て、やり直しを願うなら狙い目ではあります」
アマーティさんが言った。
「敵にとって撃退に失敗した唯一のケースですから。いい機会だと判断したんでしょうな」
「でもこのタイミングはおかしい」
姉さんが、ちょうど置かれた紅茶カップを肘で転がし掛けて、周りが一瞬ヒヤッとした。
「…… 連携するなら、前回の大規模な襲撃に合わせるんじゃないですか? 勝敗の決した今になって干渉してきたって」
「それが狙いだったのでは?」
「は?」
「タロスも一枚岩ではないということです。どうせこの世界を手に入れるのなら、先乗りした連中ではなく、自分たちが、と考えてもおかしくないのではないでしょうか?」
「両軍潰し合いの果て、最も弱体化した瞬間を狙ったと?」
「そもそもこっちのボスは外来種が壊滅したことを知ってるはずですよね?」
「いいや。世界の外のことを知る手段は彼らにはなかったはずだよ。斥候が倒されたことは情報として知る機会はあったかもしれないけれど…… それだって君たちが悉く葬ってきたからね。恐らく、最期まで味方は健在だと思っていたはずだ」と、ヤマダ・タロウは言った。
「思惑が噛み合わなかったと見るべきですかね?」
「外来種にしてみれば、時がいつになるにしてもここにアールヴヘイムの最大戦力が集まることを知ったわけだから、取り敢えず、ここを潰せば原住民根絶に一歩繋がるとは考えただろうね」
ヤマダ・タロウはカップに口を付けた。
「自分たちの侵攻成功を直前まで疑ってもいなかったようだし、当然、情報提供者たる先駆者がこの段階で壊滅するとも思っていなかったでしょう。となれば、いい顔はしておくもの。当時の救援要請にしっかり応えたというアリバイ造りのために、いい訳が効く範囲で頃合いを合わせ、兵を派遣した…… そんなところでしょう」
タロスがそんな人間的な発想をするとはヤマダ・タロウも思っていないようだが。
単なる抜け駆けか、何かの間違い。或いはまだ明るみになってはいない何かの布石……
ともあれ、未来から何も行って来ないということは、その程度のことなのだろう。
「多少のズレは誤差の範囲と?」
「…… 少数での参加も頷けるわね」
僕は一足先に思考を放棄した。
代わりにこれまで黙って聞いていた下位の指揮官連中が、口を開く機会を得た。上層部が一定の結論に達したと感じ取ったからだ。
「味方勢力がどこにもいないと知ったとき、あいつらはどう思ったんだろうな」
「気の毒になってきたな」
「俺はもう頭がパンクしそうだ」
「今回限りならいいんですけどね」
「当時の接触で玉突き的に何か起こったとしても、どちらの勢力ももはや存在しません。放たれた矢が何本だろうと、番える者がいない以上、尻つぼみです」
ヤマダ・タロウは彼らを安心させるために言葉を添えた。
皆、知恵熱が出そうだった。
もうこれ以上、複雑な話になるなら全員が匙を投げたことだろう。
時間も時間なので、会議は打ち切られた。
結論を言うならば「似たような案件が起こったとしても、数件止まりだろう」とのこと。場当たり的に対応するしかないとのことであった。
歴史的に見てもタロスの襲来は天災のようなものだったというし、慣例に則るのがよろしかろう。
趨勢が決まったからこそ言えることだが。
家に戻ると、子供たちはヘモジとピクルスと一緒に双六に興じていた。
同じ盤面が二組……
「アイシャ様から貰ったんだ。まだどこにも出てない新作なんだって」
嬉しそうに語るヴィートたち。
「嗚呼ぁあ。振り出しに戻された……」
大袈裟にへたるニコロ。
あの人はほんとに子供に対して不器用だな。姉さんと接触するのが、先でしょうに。もう爺ちゃんたちと帰ってしまったから手遅れだけど。二人の間に割って入る懸案はもうないんだから…… ハイエルフ感覚で悠長なことを言っていると……
姉さんたちは『メインガーデン』に送るための書類作りのために、もう少し掛かるだろうか。姉さんもこの砦にいる時間は限られている。これから多くを率いて『メインガーデン』に向かわなければならない。
アールヴヘイムに立ち寄るなら、今しかないんだけどな。
「そろそろ寝ないと、怒られるんじゃないか?」
「大丈夫だよ。明日、休みだし」
「おまえら、いつまで休暇取ったんだ?」
「師匠まだ外見てないの?」
「学校も校庭も健在だぞ。問題ないはずだ」
「僕たち、駆り出されますよね」と、ミケーレが遠慮がちに言った。
「午前中に再建計画立案の話し合い。施工は早くても明日以降だ」
「でも瓦礫の撤去作業はあるよね」
「僕たち駆り出されると思うんですけど」
「次、ヴィートの番」
「うおッ。マリー、何マス進んだ!」
「抜かれてんじゃん」
「うぬぬぬ。抜き返してやる」
「そういうゲームじゃないって」
「上流から流れ込んでくる水量との兼ね合いを考えたら、二つ目の湖の半分は埋め戻さないと駄目だってレジーナ様が言ってましたけど」と、フィオリーナ。
「わたしたちも『メインガーデン』に行くから、休暇は延長ってことで」
ニコレッタが言った。
「さすがに不味いだろう?」
「襲撃受けちゃったし、この際、強引に処理してかまわないだろうって言ってました」
「適当だな…… いいんですか?」
「故郷に帰るのも一年ぶりですしね」
夫人は笑顔で答えた。
え、ソルダーノさんたちも同行するの?
「イザベル姉ちゃんとモナ姉ちゃんは残るよ。あとバンドゥーニさんも。これからは砦にいるんだって。勤務時間以外は迷宮に潜るんだってさ」
「それはよかった」
「モナさんのお店も軌道に乗ってきましたからね」
「そう言えば、ハンガー広げたいって言ってました」
ミケーレが言った。
「え? 今?」
「師匠の新型機がいい宣伝になったんだって」
「『ロメオ工房』の支店資格免許も頂けるそうですよ」と、夫人。
それ、もっと早く言ってよ。
僕が色々、持ち込んできたせいで、自然と工房の規格をクリアーしていたようだ。
今後、直接アールヴヘイムの工房と取引できることを考えると、その効果は大きい。
けど、この世界でガーディアンは斜陽になるのではないだろうか。戦う相手がいなくなったのだから。
「モナさんの機体を見た人が『ニース』を欲しいって、復刻版を期待する声もあるらしいですよ」
「あれは原型とどめてないだろうに」
「これからは建設ラッシュだから、ああいうのがいいのかも」と、ジョバンニがサイコロを振った。
「一だ」
「一」
「うるさいな」
「これからは力の時代だよな。パワーだよ、パワー」
「じゃあ、あんたの『ワルキューレ』いらないわね。中古に出しちゃいましょう」
「それは駄目ーッ」
笑いがこぼれる。
「壊れたタイタンも補充しないといけませんね」と、トーニオが言った。
「忘れてた」
「大師匠に丸投げしちゃえばー」
「お前、そりゃ怒られるって」
『メインガーデン』に向かう前に、やっておかなければいけないことが増えた。
「差し入れでーす」
「お姉ちゃんだ」
こんな時間にカテリーナのお姉さんズがやって来た。
どうやら、妹の迎えではなく、ご相伴に与りに来たらしい。屋台の諸々を手土産に持ってきた。
「相変わらず賑やかね、ここは」
姉さんだ。
ヘモジとピクルスが子供たちの影に隠れた。
天井の梁の上から覗き込むオリエッタと目が合った。
そこにいたのか。
「じゃあ、大人たちは上で」
夫人が手を叩いた。




