第?次クーストゥス・ラクーサ・アスファラ防衛戦2
外来種は強かった。
結界がはずれてからは、水を得た魚のようにしなる腕を駆使して周囲を蹂躙し始めた。
敵味方が入り乱れてしまったらもう『プライマー』は使えない。
『箱船』からガーディアン部隊が飛び立った。
また一体タイタンが倒された。
が、今度は敵の頭部と刺し違えての相打ちとなった。
残りは三体。
こちらのタイタンも見える範囲に三体いた。が、遠過ぎて参戦するには至らないと判断、それぞれの監督者は更なる増援を警戒し、その場の防衛に当たらせる選択肢を選んだ。
最も南に現れた敵には姉さんたちが当たった。
砦の防衛部隊はまず東側の跳ね橋の向こう、一番町に近い敵だ。
外壁の最も近くにいた一体は先程仕留めたので、僕たちが対する相手は三体の中間地点にいた一体に移行した。
「あ」
僕が気付いたときには手遅れだった。
ラーラが一か八か射程外から『無双』を放つが、届かなかった。
「魔法使いタイプだ!」
別種族は世界の不都合に付き合うことなく進化したであろう個体たちである。その一体が潤沢な魔力をみなぎらせ、巨大な杖をかざしていた。
これから被るであろう被害の程が見て取れた。
転移を行使したのも恐らくこの個体。通常個体に比べて、腕は短いが……
魔力を加味した強さで言ったら、こちらの世界のボス以上に強い相手なのでは?
例の光波が放たれた。
アレは魔力を吸収するドレインか何かなのか?
軒並み通常の魔石を使用していた諸々がダウンした。特に結界障壁は完全に無力化されてしまった。とっくに侵入されているので、今更ではあるが。
だが、最大の衝撃は次の瞬間訪れた。
吸収した魔力を爆発魔法に込めたのだ。
「自爆!」
そう思われる一撃だった。
自己を省みない最大火力にラーラのガーディアンも捕まった。
「ラーラッ!」
ラーラごと町を守るために全力で結界を展開させた。
が、ラーラの機体の翼は折れ、光弾すら弾く『ホルン』の盾もかばい方が悪かったせいで腕ごと持っていかれた。
ラーラは無事だ。ブレードを地面に突き刺し、堪えている。
吹き飛ばされた盾の先には――
「町が!」
振り向いた先には無数の結界魔法陣が!
「あいつら!」
物見遊山で内防壁に上がっていたのだろう。我が家の子供たちが衝撃を見事に逸らしてくれたのだった。
したり顔のなかに世界最強の魔女の顔もあった。
しかし、第二次拡張で緑地化された土地は根こそぎ持っていかれてしまった。
大地は大きく抉られ、アンドリューの残した予言が成就されたことを知った。
未来に起きることを口にすることがタブーだからと言って、姉さんの癇癪のせいにしたのは誰だ? アンドリューに嘘を面白おかしく吹き込んだのは? それとも当人のセンスのなさか?
それにしても…… なぜ自爆した? 普通に戦っても充分強い相手だったのに。
多勢に無勢、早々に諦めたのか?
それとも自分たちがいた世界が『メインガーデン』の一件で壊滅したことをどこかで知って、自暴自棄になったとか?
だとしたら、尚更なんのために仕掛けてきたのか? 復讐か?
こんなことで過去が変わるものならゲートキーパーがとっくに動いている。
そうしないのは今起きている案件が些末な出来事に過ぎないからだ。
そうだ。この砦がどうなろうとも大勢にはもはや影響しないのだ。
ヤマダ・タロウの釈明が聞きたいところではあるが。
「そうそう神がかった連中に頼っていては、怠け癖が付くわな」
まだ二体が健在であった。
一体は爆風を背中に浴びて転がっていたが、起き上がると理不尽にも防衛部隊に向かって吠えた。
悪いがガーディアンに『ハウリング』は効かないんだ。
長い腕が振られて、物理的にガーディアンがまとめて吹き飛ばされた。
あれも中々強い。
姉さんたちと違って、守備隊は外来種の相手が初めてなので、間合いが掴めていないようだが。
ラーラは無事なようなので、僕はこちらを援護することにした。
まずは接近。そして、その長い腕を。
鞭のようにしなる大質量が飛んできた。
ギリギリ回避成功。
だが守備隊の機体は結界ごと弾かれた。
「大丈夫か!」
かすっただけで、これか。
姿勢は回復したが、返事がない。
それどころじゃないらしい。操縦士が頭を振っているのが見えた。
「こういう敵には懐に入るのが鉄則なんだよな」
『補助推進装置』全開で僕は突っ込んだ。
しなるもう一本の腕がこちらを狙ってくる。
が、敵は半身分、身体を捻るのが遅かった。
「食らえ!」
でかい眼球が目の前にあった。
それ目掛けて僕は全力で『魔弾』を放った。
大きな木偶が大地に沈む。
「残るは一体」
ラーラは味方に回収され、その機体は砦へと帰還した。
僕は最後の一体に向かった。
湖面はひっちゃかになっていた。逃げ惑う商船の上空に戦闘船が蓋をしている。
姉さんたちは長い触手のような腕に苦戦していた。
「さっさと下がれ!」
商船を必死に庇いながら、戦っていた。
結界を張った戦闘船が味方を庇うが、衝撃に押し流されて二次接触で当てられた側が大破する。
既にバリスタの矢が表皮に無数に突き刺さっていた。
ガーディアンの攻撃が豆鉄砲のようであった。
まったく潤沢な世界で育ったタロスのなんと大きく頑強なことか。
この世界にかつて栄えていた人種の祖先が壊滅させられたのがよくわかる。たった数体相手にこの様である。
そしてこいつが恐らく今回の襲撃班のリーダーだ。
名誉挽回のために飛び込んだ姉さんのところの精鋭部隊が、厄介な腕の一本を切り落とした。
落下した腕は湖面に沈み、浮かんでいた船が余波に呑まれた。
そして更なる惨事が。
魔法使いタイプに空けられた大穴に湖面の水が流れ込み始めたのだ。
さっさと仕留めないと、湖面に浮いている船団が大変なことになるぞ。
周囲を破壊しないように攻撃をためらっていた『箱船』を初めとする船団は一斉に攻撃を開始した。
「一番大きな獲物を狙うか」
あの世への手土産に自慢できる大物を狙いたいというのはわかるが、いくらなんでも拙速だ。
何重にも重なる壁の奥に控える姉さんの『箱船』が目を付けられた。
余程頑強さに自信があるのか、奴はボロボロになりながらも湖面に足を沈めた。
そして残された触手を投網でもするかのように投げ出した。
腕は結界に弾かれ、艦砲射撃の的にされた。
恐ろしいまでの強靱度。だが、限界だ。
姉さんのお出ましである。
銀色に輝く機体から閃光が放たれた。
「初めて見たな」
姉さんもヴィオネッティーだった。
『魔弾』が多重結界を貫通し、でかい頭を露呈させた。
そこに待ってましたとばかりに取り巻きが一斉射撃。あっという間に頭部を消し去った。
早鐘のように鳴る鼓動とは裏腹に、景色に静寂がもたらされた。
ソケットに嵌っている魔石が、いつの間にか空になっていた。
いつの間にか自力で飛んでいたようだ。
急いで石を取り替える。
振り返れば湖面には瓦礫の山が大量に浮いていた。
そしてその瓦礫は急速な流れに押し流されていく。
外壁の魔法結界が再稼働して外部から吹き込む熱波が遮断された。
丹精込めて造り上げた緑地帯も踏み荒らされてすっかりボロボロだ。
タロスの肉なんて食えたもんじゃないしな。
回収のお鉢が僕に回ってきた。爺ちゃんがいない以上、適任者は大伯母か僕しかいなかったわけだが。
多分、姉さんもできるよね?
「命令とあらば、やりましょう」
使えそうな装備類は剥がして、三体の骸その他は灰にして海に捨てた。魔法使いの骸は既に四散して僕の預かるところではなくなっていた。
そして今回の事件の考察も行なわなければならなくなった一行は砦の詰め所に嫌々集合するのであった。
終ったと宣言する直前での騒ぎである。ミズガルズ全体が恐怖することだろう。
新たな敵の出現か?
「誰か説明できる者はいないのか?」
いるわけがない。
アールヴヘイムでもこちらの世界の住人ではない者が襲ってきたのだ。
説明できる者がいるとすれば……




