第?次クーストゥス・ラクーサ・アスファラ防衛戦
「味方をこの世界に戻しました」
「そうだね。実に狡猾だった。転移中の亜空に仲間を閉じ込め、この世界と繋がった瞬間、すべてを解放した。君と対峙した時には力など残っていなかっただろう?」
「それでも勝利を確信しているようでした」
「彼が味方を送り込んだ先はここだけじゃないからな」
「なんだって!」
ふたりは声を上げた。
「一体どこに!」
「奴が認識できる空間は限られているはず」
「時間軸だよ」
「え?」
「奴が干渉できる次元は空間だけではなかった。記憶する過去の世界にまでその影響は及んでいたよ。瞬間的とは言え、我らの想定よりさらに一段、能力が進化していたことになる」
「そ、そんな馬鹿な! そんなことをされたら、歴史が変わ――」
「らないよ」
爺ちゃんの言葉尻をヤマダ・タロウが取って言った。
「言っただろう。終った案件だと」
僕たちはぽかんとした。
「過去、ミズガルズ掃討戦でなぜ悉く人類が負け続けたのか?」
「まさか、未来から干渉していたのか?」
ヤマダ・タロウは頷いた。
「単に記憶を頼りに自分たちの劣勢にテコ入れした程度だが…… 送り込んだ勢力も現状から察するに高が知れていよう。が、結果は歴史が示すとおりだ」
それは増兵にはならなかったけど、過去を知っていたから戦略を優位に進められたと?
「遅れた理由って……」
「奴が解き放った残党の行った先を調べていた。奴が記憶している時間分だけだから、たいした量ではなかったが」
奴が何歳か知らないけど、アールヴヘイムがこちらに干渉し始めたのは五十年前。そのすべてに干渉して来たと考えてもおかしくない。
「となると、今回の掃討戦も事前にバレていた?」
「チェスと同じだ。少しずつ追い詰め、身動き取れないまでに追い込んで……」
「チェックメイト」
「そのための五十年だったと?」
「我らにとってはそれ以前から続く闘争の一部に過ぎないがね。こんな節目に立ち会えるとは喜ばしい限りだ」
彼らのスケール感に圧倒されつつ、ヤマダ・タロウと確認事項をいくつか交わし、その後、改めて会議が催された。
そこでボスが進化の果てに時間に干渉する力を発揮したことが伝えられた。
但し、一度切り。そして当人はもうこの世にいない。効果は至って限定的であると。
それこそが、多くの犠牲の上に築き上げた五十年の集大成だったのだと。
戦いは継続。包囲網を突破できたのは戻ってきた残党のなかに第二形態がまだ含まれていたからで、動揺する事態ではないことを確認した。我らの前線基地もかつてはタロスの拠点だった。彼らの記憶にもまだ新しいところである。妖精族の道標もないし、魔力残量からしても逃走半径は限定的だが、これも時間を掛け過ぎると網の目を抜けられてしまう危険がある。早急な包囲網再構築が今後の課題となった。
そして、子供たちだけの船は用なしとなり、故郷へと戻ることになったのである。
「まるで難民船だな」
装備を失い戦う術を失った冒険者たちを積んでの凱旋となった。
彼らの食事はほぼ毎日ドラゴンステーキである。最高の贅沢も毎日続けば不平の元だ。が、子供たちが我慢している手前、言葉に出せる大人たちはいなかった。
実際、子供たちはこっそり缶詰を開けていたりしたのだが。
すべてはパトリツィアさんの制御下にあった。
そのおかげで子供たちも絨毯の上で宿題をさせられているわけだが。こんな戦況下で手に付くわけもなく。
「入電。『敵の一団を発見せり。周辺の船は応援求む』」
目下、人員は余り過ぎ状態。子供たちが見張りをする必要もない。時間を持て余した臨時雇いが大勢いる。
パトリツィアさんは彼らをうまく運用しながら、戦闘に参加する。
格納庫では共食い修理が行なわれ『グリフォーネ』が五機ほど再生されていた。それに臨時雇いが乗り込んで、甲板を次々飛び立っていく。
子供たちも出たがったが、子供たちは砲手担当である。
「追い付く頃には終ってるよね」
不満タラタラである。
臨時雇いと言っても、この道のプロたちだ。いくら子供たちが優秀とはいえ、年期が違う。
それは発着の巧みさからも見て取れよう。
案の定、こちらが参加する前にガーディアンは戻ってきた。
戦果を上げた連中は意気揚々と操縦席から下りてきて、同胞と勝利を分かち合う。
それに引き換え、子供たちは再び対峙しなければならない宿題の束を嫌々、横目で見遣るのであった。
「普段は喜んで魔導書を読み漁っているのに、宿題になるとどうしてああも嫌がるのかしらね?」
ラーラも苦笑いだ。
「それが宿題の効能ですね」と、パトリツィアさんが大人の笑みを浮かべた。
その煩わしさを経験するのも経験なのだと。
そして、子供たちが爆発する一歩手前で、船は『クーストゥス・ラクーサ・アスファラ』に到着するのであった。
船は一旦、既存の港に入り、積まれた物資と人員をそこで下ろした。
子供たちも一足早く上陸し、ソルダーノ夫妻と感動の再会を果たすことに。
船は僕たちだけで入り江に戻す。
そして桟橋を渡り、裏木戸を入ると……
ヘモジの薬草畑に水やりをする大叔母がいた。
「お帰り」
その瞳は未だかつてないほど慈愛に満ちていた。
「ただいま戻りました」
ラーラは珍しく外聞も忘れて大伯母に子供のように抱き付いた。
大伯母はじょうろを持ったままラーラを受け止め、泣き出すラーラの頭をローブの袖で覆った。
「やっと終ったな」
大伯母がラーラの頭を静かに撫でる。
その一言をきっかけに、僕の目からも堰を切ったように涙が溢れた。
長かった。
本当に……
本当に……
無邪気だった幼いあの頃に戻ったかのように、僕もラーラも泣いた。家人に聞こえぬように声を殺しながら。
「終った。終ったんだ」
ルカ…… ルカ…… 終ったよ。
僕たちはやり遂げたんだ。
ラーラとふたり、赤く染めた鼻面を付き合わせながら、大伯母の入れてくれた紅茶を啜り、心を静めた。
冷静になるほど、自分たちの醜態がおかしくて。笑ったら「もう大丈夫だな」と、大伯母に部屋から追い出された。
互いに顔を見合わせ、子供たちに見せられる風体であるか確認し、ふたり揃って階段を上る。
上ると、浴室から子供たちが騒ぐ声が聞こえてきて、自分たちの努力が無駄になったと知った。
船の上では入る余裕がなかったからな。
食堂を上がると、店を抜け出してきたソルダーノさんと夫人が待ち構えていた。
ふたりは以前と変わらぬ笑顔で僕たちを出迎えてくれた。
あと、我が家に足りないものは……
「バンドゥーニさんはいつお戻りになるんでしょうね」
バンドゥーニさんの船は小型だが斥候として優秀だから、今も重宝され、飛び回っていることだろう。
それから程なくして『メインガーデン』で終戦宣言が行なわれる運びとなり、僕たちもまた『メインガーデン』に向かうことになった。
そしてめでたきかな、念願の転移ポータルシステムが、この世界にも導入されるという情報が飛び込んできた。そしてその候補地としてこの『クーストゥス・ラクーサ・アスファラ』も選ばれたらしい。
迷宮の最下層に到達した僕たちには『アールヴヘイム』ですらもはやご近所であるから、今更感は拭えないが。それでも感動この上ない。
タロスの危険が去ったことで、ゲートキーパーの様々な制限も徐々に撤廃に向かうことだろう。
『ミズガルズ』はより住み易い場所へと変化していくのである。
当然、人種同士の利権争いも始まるだろうが、これまで出資してきた連中に分があることは言うまでもない。親玉にゲートキーパーも控えているし、今更無茶なことにはならないだろうと僕は安易に構えている。
定住先にこの町を選ぶ者たちも今後、増えてくるだろう。第二次拡張工事が進むなか、次なる計画が必要になるかもしれない……
そう言えば湖がもう一つできるとアンドリューは言っていたが……
僕の件で姉さんが騙されていたと知って噴火したせいだと彼は言っていたが、姉さんは今現在、既にその理由を知っている。
「湖は別の理由で増えるんだよな?」
矛盾はあったが、僕はその件をよくよく考えず軽く流していた。
それほど世界は順風満帆。希望に溢れていたのだ。
そして式典参加のため、姉さんの『箱船』一行もこの街に戻ってきた。姉さんはちょくちょく帰ってきていたから珍しくはないが『箱船』の帰港は砦建設以来、初めてとなる。
町中が沸き返り、大騒ぎになった。出立が危ぶまれるほど、毎日どんちゃん騒ぎが続いた。
そして我が家にも居候、バンドゥーニさんが戻ってきた。着ている物も装備もボロボロだったが、本人は至って元気だった。
僕はそれだけで十分幸せだった。
手の届く範囲の人たちの笑顔が見られるだけで。
だが、不測の事態が起こった。
湖とは逆方向、町の東側で。
タロスの残党とおぼしき連中が、警戒網を突破して突如、外壁内に現われたのである。
「未来に送り込めるなんて、聞いてないぞ!」
恐怖がよぎるが、すぐに状況を理解するに至った。
「嘘でしょう」
ラーラも理解した。
あの姿は…… かつて『メインガーデン』で遭遇したタロスの別種族であった。
僕とラーラが世界諸共、壊滅させたはずの奴らだったのだ。
ゲートキーパーが事後処理して管理下に置いたはずではなかったのか?
敵は相変わらず転移障害が施された結界により出現を拒まれていた。
「結界の向こう側に出現すればいいだろうに」
「それだけこっちの障壁が優秀だってことじゃない?」
「それを知るチャンスは奴らにはなかったはずだけど」
やることは同じだ。
準備が整い次第、障壁をカット。完全に転移空間が繋がったところにプライマーである。
僕たちは大急ぎでガーディアンを出した。
が、到着を待たずして結界は脆くも崩れ去った。
敵は『メインガーデン』のときの四倍。四体いた。
それが挙って押し通ったのである。
築き上げてきた緑地帯がでかい足に踏みにじられる。
外壁工事に従事していたタイタンが最初に接触。侵入を拒むが、無手では勝てず、振り下ろされた金属メイスによって土塊に戻されてしまった。
増援のタイタンが次々、現地に向かうが足が遅い。
敵は水が苦手だというが、種族が違っても特性は変わらないのか?
外界と砦を繋ぐ跳ね橋が上げられていく。
港に停泊していた船も次々湖上に移動し、応戦を始めた。




