真実は作られる
「師匠ーっ」
「師匠が戻ったって」
「ちょっと待って」
「持ち場、離れるなよ。戦闘中だぞ」
懐かしのメインフロアは大騒ぎになった。
「敵ボス、倒した?」
「ボスはな。でも、後は見ての通りだ」
「敵の規模は?」
パトリツィアさんが下りてきた。
「あちら側に逃げ込んだ勢力のほとんどかと。要塞の方は壊滅させてきましたけど、敵が上手でした」
「では問題ないのですね?」
「魔石が潤沢なら」
既に前線基地からの救援は始まっていたが、それは戦闘継続のためというより、後方に下がるための補給でしかなかった。
それでも戦力は充分足り得た。
『敵発見。右舷三時方向。数八』
『他のチームが向かいます』
「後退して本隊と合流します」
『左舷、交戦に入りました』
窓の外で飛び交う弾幕。
「意外に多いな」
手持ち無沙汰だったからか、味方の船が過剰だった。
『右舷、一隻大破』
簡単に避けられるものを。密集し過ぎるから。
「何やってんだ」
「特異個体だ!」
そういや、そんな奴がいたな。
『増援が向かいました』
その数、ガーディアンが十機。
ガーディアンと入れ替わりに、波が引くように味方の船団が距離を取り始めた。
おかげで見晴らしはよくなったが。
敵が想定外に強かった。
鎧からして精鋭部隊であることは一目瞭然だった。
いつもノソノソ歩いている雑兵とは格が違う。いわゆるエリート軍人って奴だ。
奴らには若干の魔法耐性がある。
「嗚呼、また一隻ッ!」
どちらも小さな船ではなかったが、竜骨を真っ二つである。
共にいたタロス兵はガーディアンの遠距離攻撃によって壊滅寸前。
船団の間に紛れた精鋭かつ特異個体の一体だけは、手をこまねいている間にさらに三隻目を沈め、猛威を振るった。
「さすがにあれに接近戦を挑む奴はいないか」
「ナナナーナ!」
「自分が行く」と、ヘモジ。
「あれは僕たちの獲物じゃないだろう。救難信号来るまでは出るんじゃないぞ」
ヘモジはブー垂れた。
「あ、お前の機体、爺ちゃんに預けっぱなしだった」
ヘモジが爆発した。
頭を掻きむしり、地団駄を踏んだ。
局地戦は兎も角、全体の勝利は確定していると思われた。
だが、蓋を開けてみると意外なほど戦いは長引いてしまっていた。
その最たる理由は敵が最後まで残した戦力が強かったせいである。
「戦いは数ではないとはよく言ったものだな」
姉さんの『箱船』にギルドの代表者たちが緊急に集まり、会議が行なわれた。
もはや男子禁制などとは言っていられなかった。
「初戦でガーディアンを大量に失ったのはでかいな」
そのせいで前時代的な戦いを強いられているギルドもあるようだ。
「ふっ。手柄を焦るからだ」
「なんだとッ。貴様こそ、残り物を漁るハイエナだろうが!」
「およしなさい!」
「今は言い合いをしている場合ではないぞ」
「敵は残党だけではなかったのか!」
「北では新たなタロスが現われたと言うではないか。どうなんだ、ブリッドマン?」
「中身は変わりませんよ。着ている鎧が上等なだけで。これが平時ならいい稼ぎになるんですがね」
「どういうことなんだ。俺たちは奴らを殲滅してきたはずだ。討ち漏らしなど……」
「もう魔石の備蓄が底を突くぞ」
「戦えなくなった者は迷宮探索に回しています」
「それで、何か進展があったのか?」
「それが……」
姉さんが言い淀んだ。
「今更、隠し事か?」
いつもの高ランクギルドのマスターたちだ。親兄弟より長い付き合いになる。
「討伐数を再確認したところ、敵総数が予測を超えていることを確認した」
「なんだと!」
「想定が狂っていたと?」
最初の崩落の段階で、術中に嵌っていた可能性はあるよな。
「包囲網の外にも現われたという報告があるが」
「ポイント潰しは念入りにしたはずだ」
「どうやって包囲を突破した?」
「本拠地を潰したというのに……」
「言いたいこともあるでしょうが」
「我々はこのままでいいのか?」
「半数を後方に下げますか?」
「今でも一杯一杯なのにか?」
「あの強個体も問題だ。皆、二の足を踏みつつある」
「本当に敵のボスを倒したんだろうな」
「おいッ! ルッソ」
次点繰り上げで参加することになった新参が口を滑らせた。
「私の甥が嘘を言っているとでも」
姉さんが静かに威圧する。
新参は青ざめた。
「敵本拠地が今どうなっているか見てくるといい。何が起きたか、目の当たりにすることができるだろう」
四位の『アレンツァ・ヴェルデ』の代表、カー・ニェッキ氏が擁護してくれた。
「で、もう一人の当事者はどう考えている?」
「恐らく、部下たちをこの世界に戻す際に何かしたんだろうね」と、爺ちゃんは軽く言った。
「我々に考える時間があったように、敵にも時間はあったわけだし」
何もかも手のひらの上というわけにはいかない。
歴史的に見れば、常にこちらの上を行かれていたわけだし。
「問題は何をしたかだ!」
堂々巡りで、この日の会議は終了した。
僕と爺ちゃんは姉さんと最後まで会議室に残った。
姉さんも言い掛けて口をつぐんだ。本当に倒したのか、と。
「アンドリューがいてくれたらなぁ」
「アンドリュー? なんでアンドリューが出てくる?」
「アンドリューというのは、アントニーの息子のことか?」
「え?」
「……」
僕たちは顔を見合わせた。
「…… えーと。爺ちゃんたちは知ってたんだよね、アンドリューが僕を助けにくることを」
「何言ってるの?」
「知ってるって何をだい? まさかアンドリューがこっちに来てるのかい?」
話が噛み合っていなかった。
暗黙の了解だと僕は理解し、事後報告書にも記載していなかった。誰の目に触れるかわかったものではないし、当人の望みでもあるから会話のなかでもアンドリューの名を極力避けてきた。
僕は一から説明すると、ふたりとも驚いていた。
「知らなかったの?」
「知ってるはずないだろ!」
「知ってたら、こんな苦労してない!」
ふたりは心底驚いていた。
「いや、だってアンドリューが」
「いやー、それは誤解だよ」
いないはずの四人目が口を挟んだ。
「ヤマダ・タロウ……」
いつもの調子で立っていた。
「いやー、検証作業に追われてね、来るのが遅くなってしまったよ」と、汚れてもいない服の埃を払った。
「どういうことだ?」
「どういうことです?」
「それを含めて説明しに来たんだが」
ゲートキーパーによると今回の混乱は想定済みの案件であるらしかった。彼ら的にはもう済んだ案件で、今更タロスの台頭はないとのこと。
「アンドリューの件を先に聞きたいのですが?」
ヤマダ・タロウはわざとじらしていた。
一仕事終えた開放感からか、どうやらご機嫌な様子だった。
「少年は自分の役目が、皆に了承された案件だと思っていたようだが、考えても見給え。彼が知らされたとき、未来の君たちにとってこの案件はどういう案件だね?」
「それは……」
「終った案件?」
「そういうことだ」
「既に起きてしまった、手の施しようがない案件だ。余計なことをすれば歴史が変わる危険性もある。それらしく口裏を合わせるしかないだろう?」
「じゃあ、事前に計画された秘め事だったというのは」
「そんな話はないッ!」
爺ちゃんと姉さんがハモった。
「アンドリューにそんな大役があったなんて」
姉さんも動揺を隠せない。
「口裏を合わせる時間はこれから充分ある」
ヤマダ・タロウはしれっとした顔で言った。
ふたりはやれやれという顔をした。
事後処理がどうやってもあと十年掛かると知ったのだから、そういう反応になるのも致し方ない。
「でも、そうなると…… 彼に大役を与えたのは誰なんです?」
「それをしていたのは我々だよ。君を見殺しにする案も一部にはあったんだけどね。君はよく働いてくれたし、迷宮の所有者である君を失うことは迷宮一個分の消失と同義だと説得するまでもなく、大勢は君の味方だったんだよ」
「僕を迷宮の所有者に仕立てたのももしかして……」
「保険だった」
自分の胸に手を当て、現し身のモデルになった人物を想起させた。
「こうして君たちも知ってしまったわけだけれどね」
「陛下とも相談しないと」
「それでは話を戻そう」
そうだ。問題は現状だ。
「これも色々こんがらがっているから、よく理解してくれ給えよ」
僕たちは頷いた。
「最大の謎は奴が何をしたかだ」




