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冴えない帰還

 船が地上まで出たところで、投下式特殊弾頭は落とされた。

 敵の巨大な要塞はさらに大きな爆発に飲み込まれて、残党諸共、跡形なく消え失せた。

 かつてあの先まで陸地があったなどと、もう誰も思うまい。

 分厚かった大地は見る影もなくかさぶたと成り果て、膿のように溢れてくる溶岩溜まりに飲み込まれ始めた。

「うわっ」

 やり過ぎもいいところだ。が、これだけやれば二度とここにタロスが沸くことはないだろう。

 二人のヘモジとピクルスもその光景を食い入るように見詰めた。

 その顔は照り返しに赤く染まっていた。

「終ったな」

 爺ちゃんがほっと呟いた。

「まだなのです! 敵は周囲に散らばってしまったのです。急いで残党狩りなのです!」

「一服させてくれよ」

 周囲がやれやれと溜め息をつく。

「移動中にするのです」

 婆ちゃんの鼻息は荒い。

 助っ人の話をしたかったんだが……

「今は何も言うまい」

「ヘモジたちのガーディアンは預かってるからな」

 僕が消えたとき、爺ちゃんが回収してくれたらしい。

「ナナ?」

「なんか来る」

「赤い『ワルキューレ』だ」

 頭の上のデッキに幅寄せするラーラ。

 飛び移ると同時に機体は確保した。

「魔石が保たないと思って、戻って来ちゃった」

「お帰り」

「そっちこそ。お帰りなさい。色々釈明も聞きたいところなんだけど」

 そう言いながら僕の腕の中に飛び込んできた。

「ちゃんと戻ってきただけで、よしとするか……」

 僕がしくじったと思っているらしい。

 みんなに冷やかされながら、僕たちは船内に戻った。

 ラウンジは既に部屋ごと紅茶に浸かっているかのように甘い香りに包まれていた。

 アイシャさん、それ何杯目?

 僕たちは勝ったんだ。

 タロス残党が転移した先は撤収した味方の包囲網を突破するものではないはずだ。魔素のない環境で第二形態等が自力で転移できる距離は限られている。

「それで、敵が出て来れた理由、わかります?」

 この中で一番魔法に長けているのは、アイシャさんだ。

「奴が無作為に転移ゲートをやたらと開いておっただろう? 我らはそれを単なる陽動、ポイント探しだと受け取っていたが、違っていたようだ」

「嘘でしょう……」

「嘘じゃない。敵のボスは端から味方を逃がす算段をしていたんだ。適当にゲートを開いては閉じてを繰り返していたのは、転移できる連中をこちらの世界と改めて紐付けするためだったんだよ」

「なんでもありだな」

「実際、紐付けされた連中は結界消失後、転移が可能になったわけだしな」

「器用なもんだ」

「恐れ入るよ。お前の侵入と同時に、味方の尻を叩いてこちら側に追いだしたんだ」

「そして当人は味方を追わせないために僕と心中を試みたと」

「こちらが有する魔力の大半を失ったことで、こちらも弱体化していると思い込んだんだろう。同胞が生き残るチャンスをそこに見い出したとしてもあながち間違いではなかろう」

「あのとき『箱船』を初めとする地上部隊をあと半分でも飲み込めていたら……」

「チャンスはありましたかね?」

「もしかするとこの世界の片隅で、ひっそりと生き残る者もいたかもしれないな」

 敵に親心があったのか…… それが進化の先で手に入れたものなのか、単なる本能の延長に過ぎないのか。

 前者だったとして、タロスの世界でそれは評価される案件なのだろうか。

「兎に角、こっちの無事を早く知らせないと。味方に作戦が失敗したと勘違いされるかもしれませんよ」と、ピオトさんがラーラを見ながら言った。

「え?」

 苦笑いするしかないね。

「士気に関わるな……」

 ラーラに全員の視線が集まる。

「は、早く言ってよ!」

「そう言われてもな」

「これからどうします?」

 テトさんが爺ちゃんに尋ねた。

 テトさんがいるってことは、操縦してるのはロメオ爺ちゃんか。

「魔素がここまで薄い状態だと、こっちも浮いてるのがやっとだからな」

「魔石は?」

「お前と入れ替わりに閃光を浴びて、結界諸共」

 パーになったという仕草を、ピノさんがしてみせた。

「今は『闇の魔石』と魔法使いの地力だけでなんとか動いてるってわけだ」

 地力だけで充分行けそうだけど。そうか、だからロメオ爺ちゃんが。

「まだストックあるんじゃないの?」

「あるにはあるけど、精錬はこれからだ。茶を飲んでからな」

 僕のことが心配でそれどころではなかったと、婆ちゃんにばらされて、爺ちゃんは赤くなった。

「ここはガーディアンに頑張って貰うしかないわね」

 ラーラが僕の肩を叩く。

「方角はわかってる?」

「え、僕?」

「他に誰がいるのよ?」

「あの機体なら最適だろう」と、爺ちゃん。

 そもそも敵地侵入のため、そして帰還のために拵えたものだが、悉く意図しない結果になってしまったために活躍の場がなかった。

 ここに来てようやく日の目を見るか。

「ナナーナ!」

「一緒に行く!」

 そりゃあ、僕の召喚獣だから置いてはいかないよ。

 僕に紐付けれらていたから、一緒に世界線を跨いだことになるんだろうけど、影響はでなかったのか?

「じゃあ、これ飲んだら行くか」

 最高級茶葉で入れた一杯を飲み干した。


 地上に降りて『ギャラルホルン』を『追憶』から出し、乗り込んだ。

「魔力残量チェック」

「ナーナ」

「方角は?」

「あっち」

 じゃあ、行くぞ。

「ナナーナ!」

「自分が操縦したい?」

「どうぞ、ご自由に」

「ナナーナ!」

「こっちも残党を掃討しながら戻るから。そう伝えておいてくれ」

「了解」

 爺ちゃんたちと分かれ、僕たちは味方の本隊が向かった前線基地に向かって飛んだ。

「オリエッタがいないからな。敵を見逃すなよ」

「ナーナ」

 万能薬、飲めってか。


 変形後の飛行はすこぶる順調だった。ロメオ爺ちゃんの指摘を昇華してきた成果だ。

 味方の乗り捨てた残骸もチラホラ。

 敵は……

「敵、いた」

 ピクルスが身を乗り出す。

「落ちるぞ!」

「落ちない」

 矢筒から矢を引き抜いた。

 減速して、ピクルスが狙いやすくなるように、ヘモジがやさしく機体を傾ける。

「ナナナ」

「敵は三体だ」

 仕留める間、敵上空を旋回する。

 味方の獲物だったら申し訳ないので周囲もしっかり確認。

「味方、なし」

 ピクルスは遠慮なく三体を仕留めた。

 あの…… ライフル撃つぐらいの余裕はあるからね。

「ナナーナ」

 妹分に甘い兄貴であった。

 僕たちは討伐証明の部位回収はせず、そのままその場を通過した。



 味方の船団の尻尾が見えた。

「ナナーナ」

「やってる、やってる」

 いつもの余裕あるふたりに戻っていた。

 あの中に『ダイフク』がいる。

 どうやら船団は作戦が成功したのか、失敗したのか、混乱している様子だった。

 このまま勝利を前提に掃討戦に入っていいのか、失敗したと仮定して、包囲網を再び構築すべきなのか。

「こりゃ、急がないとまずいな。ひっちゃかだ」

 敵を無視して『補助推進装置』に火を入れた。

 機体は一気に加速して味方上空に、そして船団の後方中央のいた姉さんの『箱船』を見付けた。

「ヘモジ、光通信の準備。パターンは勝利と掃討戦継続だ」

「ナナナ。虎の巻を見ながら信号パターンを頭に叩き込む」

「ナナナナ、ナーナ。ナーナンナ」

 口先のリズムは全然違うが、手元は正確に拍を刻んでいた。


 その後の艦隊の動きは壮観だった。

 小型の船舶は元より、大型船まで踵を次々返していくのだ。

 信号弾が次々両翼に伝播していく様も圧巻だった。

「一応、顔を見せておこうか」

 僕の顔を見れば、作戦の成功を確信できるだろう。


『箱船』のブリッジの前で手を振りながら身をさらすと、僕たちは『ダイフク』を探しに向かった。

「どこにいるんだ?」

「ナナナナ!」

「オリエッタ!」

 どうやら向こうが先に見付けて、念話してきたようだ。

『ダイフク』は地形の凹凸が邪魔で遠距離で仕留めきれないポイントに向かっていた。

 甲板からガーディアンが二機、飛び立った。

「空中戦はしなくていいと言ったのに」

 船の先端が光った。

 次の瞬間、敵がトーチカ代わりにしていた地形が丸ごと吹き飛んだ。

 ガーディアンに向かって数回矢が放たれた。が、逆に撃ち返されて沈黙した。

 その二機が船に戻らず、こちらに向かってくる。

「ニコレッタ!」

「ナナーナ!」

 それとジョバンニか。

 ふたりが『ホルン』と交差すると、互いにクロスするように旋回して僕の横に張り付いた。

 いつも地を出さないニコレッタが、満面の笑みを浮かべていた。

「師匠、お帰りなさい。うまく行ったんですか?」

「ああ、成功だ。でも残党に逃げられてしまって、この有様だよ」

「みんな心配してます。急いで戻りましょう」

 小型の強襲船が突撃していくのを横目に、僕たちは『ダイフク』の甲板に向かうのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] かつてアールヴヘイムの方で、侵攻とともに侵入していたあっちの世界の生き物が長い年月で変質して魔物と呼ばれるものになっていたように、今回討ち漏らした個体が居たとして、そういう魔物になっていくの…
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