救援
恐怖が全身を駆け巡る。
覚悟していただろうに。
この何もない世界で…… このまま朽ちるのかと思うと震えが全身を覆った。
「成功したのか?」
成功したと言っていいのか?
完全に奴の術中に嵌ったわけだが。
敵の進化個体は倒せた。が、全滅させるはずだった残党のほとんどを逃がしてしまった。
どこへ?
敵の残存兵力が仮にすべて元に戻ったとしても、こちらの戦力が圧倒するはず……
「どうしたものか……」
悩んでいる時間はない。
やるべきことはやった。後は、戻って報酬を得るだけだと思っていたのに……
焦るばかりで思考がまとまらない。
あんなに偉そうに「必ず帰る」と言ったのに。
これは思った以上に厄介だ。
外に跳ぼうにも、どこにもアクセスできない。
閉じ込められることがこんなにも恐ろしいことだったなんて……
『お仕置き部屋』も、こんな感じだったのだろうか。
突然、暢気なひらめきが脳裏に浮かんだ。
爺ちゃんたち三兄弟は悪戯が過ぎると、よく閉じ込められたと言う。それが爺ちゃんの『楽園』に繋がり、今は僕の『追憶』に受け継がれている。
「そうか、原理は同じなんだな」
本能が悟る。
「でもどうやって出口を探ればいいんだ……」
『どうもこうもないよ』
突然、声が脳裏に響き渡った。
それは念話による不意打ちだった。
心臓が止まるかと思った。
静寂の中、誰もいないと思っていたから、突然の来訪者に言葉がなかった。
でも、この声はどこかで聞いたことがある。
どこで、誰だったか……
「この世界には似た顔が三人いるっていうけど」
爺ちゃんによく似た青年が笑っていた。
「…… わからない? 僕だよ、僕」
同世代のヴィオネッティー家にいたか、こんな奴?
「まだわかんない? 意外にひどいな」
この緊急事態に笑う彼の余裕に、僕は安堵を覚えた。
「ヒント。本家」
「! 嘘だろう!」
僕によく似たもう一人は大きく頷いた。
「ア、アンドリューなのか! サブリナの兄ちゃんの?」
「なんでセットで覚えてんのさ。やんなっちゃうな。でも正解。アンドリューだよ。アンドリュー・ヴィオネッティー。おじさんがあっちの世界に行って以来だね。たまに会ってるから懐かしくはないんだけど」
「なんで歳取ってる? なんでここにいる!」
「なんでって、フラグ回収? 予定調和だから」
「は?」
「この再会は、初めから仕組まれてたんだよ」
「誰に?」
「全員にだよ。僕が聞かされたのは、ついこの間だけど。言っておくけど、そのなかにおじさんも含まれてるんだからね」
僕も騙す側なのか?
「詳しく説明する前に、まずは討伐おめでとう。おじさんのおかげで世界は救われ、未曾有の発展を遂げたよ」
「意味がわからない」
担がれたって言うのか? 僕もラーラも。
「僕の時間軸ではあれから十年経ってるんだよね」
「十年!」
「最後の『タロス殲滅作戦』の概要が修正されたのは、実はおじさんが旅立った日より随分前のことだったらしいよ。おじさんたちは選ばれた子供が自分たちだけだと思ってたみたいだけど、実は水面下でずっと候補者探しは続いてたんだよ。目的は一点。この現状、今おじさんが置かれている現状を打破すること」
「自力では無理だと?」
「いやいや。普通の転移とはわけが違うよ。世界線を越えるというのはさ、元の世界とお別れしちゃうってことなんだから」
「それって『異世界転生』……」
「死んでないでしょうに」
「そうだった」
「タロスは元々そういう素養のある種族だったから簡単にできたけど。悲しいかな、ただの人種にそんな神掛かったことはできないのさ」
「で、迎えに来たと?」
「作戦概要が変更されたのは僕が生まれて、僕のスキルが発覚した時だったらしいよ」
アンドリューと最後に出会ったときの年齢は……
「なんで隠す必要があった?」
「おじさん、王様殴ったことあるんだって?」
「なんの話だ」
「大人たちは僕までぐれるのを心配したんだよ」
「はぁあ?」
「つまりおじさんのせいってわけ」
「嘘だろう」
「ほんとうの事はわからないけど。多分、おじさんに安心して欲しくなかったんじゃない? リオナ様の話だと、おじさんは基本暢気な人だって言ってたから」
「そんな理由で?」
「王様殴ったから意趣返しかもね」
「お前のいる未来でもその話題、廃れてないの?」
「廃れるどころか英雄譚として詩人が世界中に吹聴しているよ。いい時代になったもんだよね」
「嘘だろう……」
英雄譚ってなんだ?
「要するに僕のユニークスキル『紡ぐ糸』が、おじさん救出の鍵になると大人たちが判断したから、おじさんの特攻は了承されたわけ。必ず自力で戻ってくるとみんな信じてはいたけど、保険は掛けておくに越したことはないからね」
「婆ちゃんたちに悔恨の情がなかったのはそのせいだったのか」
「騙されたのはおじさんだけじゃないよ。ラーラおばさんだって、リリアーナ様だって」
「姉さんまで?」
「あっちも伝説になってるよ。おじさんも家に帰ればわかると思うけど、ええと…… ミズガルズの方のね。湖がもう一つできてると思うから」
思わず吹き出した。
アンドリューの人なつっこさも相俟ってか、すっかり肩の力が抜けてしまった。
「さて、ここで長話してもいいんだけど。僕の知っている歴史ではおじさんはこれからエルネスト様たちの所に戻って、弟子たちの救援に向かうことになってるんだ」
「救援?」
「歴史では、おじさんと入れ替わりに戻ってきた第二形態やらが各地に転移して、最後の抵抗を試みたって」
「君には過去の話なのか?」
「おじさんは僕が十歳の時にちゃんと帰ってきてくれたからね。お土産はおじさんが今、乗ってるガーディアンだから、忘れないでよ」
「ほんとに?」
「世界線を越えた伝説の機体だよ。これはもう我が家の家宝にするしかないでしょう」
「あのさ。母さ……」
「それ駄目! 自分の未来は自分で見なきゃ。人に聞いちゃ駄目だって」
「そ、そうか……」
「そうだ! 大事なことを言い忘れてた。僕とここで会ったことは、僕に言っちゃ駄目だからね。つい最近まで僕は何も知らないんだからさ」
「今度はこっちが騙す側になるのか?」
「お互いのためだから。今はちゃんとこうして感謝してる」
「わかった。知らぬ存ぜぬを通すことにするよ」
「じゃあ、みんなの所に帰すけど、僕は元の時間軸に戻るからね。みんなによろしく」
「ああ、わかった」
何もない空間に光が漏れ出した。
どうやらあちらが出口らしい。
「じゃあね、おじさん。お土産期待してるから」
僕は彼に手を振りながら光に向かって歩き始めた。
出た先では戦闘が行なわれていた。
転移障害の結界がないな……
こちらと繋がった一瞬の間隙を、破壊に費やしたのか……
だからあいつは碌な抵抗もできずに……
本能に根ざした行動だと言うが…… それを心とは言わないのだろうか。
「オラオラオラオラァアア」
ピノさんが盾を押し出しながら生身で巨人と対峙していた。
「ひっちゃかだな」
魔素がすっかりなくなった穴の底でみんなと戦っているタロス兵はざっと三十体。
「どういう仕掛けだ?」
どうやってあいつらはこっちの世界に戻ったんだ。
第二形態や新種には敵の本陣以外にも記憶している転移スポットがある。世界線さえ越えてしまえば、移動できなくはない。
ここにあの程度しかいないということは、他はここではない場所に散っていったということ。
「最後のあがきか……」
タロスにとっては最後の希望だろう。なんとしても生き延びて再起を図れと……
振り出しに戻るのは、絶対にご免だ。
「なんだ、もう帰ってきたのか?」
ピノさんが僕を見付けた。
「おかげさまで」
「なんか、いっぱい出てきちまってるけど、作戦は成功したんだよな?」
「多分ね」
「じゃあ、さっさとこんな所とはおさらばだ」
そういうとピノさんは空に信号弾を打ち上げた。
「それ、船の備品なんじゃ」
「狼煙を上げるより簡単だろう?」
「そりゃ、そうだけど」
しばらくして飛空艇が頭上に現われた。
戦っていた敵もちょうどすべて片付いた。
「大丈夫なの?」
光を浴びてしまったなら、通常の魔石はもう。
「ああ、問題ない。一番重い物をこれから落とすからな」
「それって、まさか」
投下式特殊弾頭『眩しい未来を貴方に! (仮)』だっけ? 『(仮)』は取れたんだっけ?
そういや、積んでたな。腐れベヒモスを殲滅した伝説の……
僕たちは急いで撤収した。
そして僕は『ホルン』で残りの仲間の回収作業を行なうのだった。
「ヘモジたちがいない……」
爺ちゃんの兄ヘモジは健在だが。
「リオネッロが消えたと同時にいなくなったです」
まあ、そうだろうな。
「心配してると思うぞ。早く呼んでやれ」
ピノさんが僕の肩を叩く。
じゃあ、遠慮なく。
さすがに『ホルン』を飛空艇に係留することはできなかったので『追憶』に放り込んだ。
お土産にすると約束した以上、置いていくわけにも行かないし、やってみたらあっさりできた。
『万能薬』を舐めることにはなったが。
呼び出した途端。ふたりは僕に抱き付いた。
受け止めた僕は勢い余って壁に頭をぶつけた。
「ナナーナ!」
「んんッ……」
ふたりは顔を押し付けたまま離れなかった。
「おやおや」
「とんだ甘えん坊だね」
アイシャさんとナガレも戻ってきた。
「ラーラは?」
ラーラは敵の出現と同時に『ダイフク』に向かったそうだ。
「全員、搭乗完了」
『了解』
伝声管の先からテトさんの声が聞こえた。




