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勝利と敗北

 僕は爺ちゃんの『楽園』に暇あるごとにアクセスしては脱出するプロセスを繰り返した。

 爺ちゃんは段々高度なブロックを仕掛けてきて侵入を拒んできたが、僕はなんとかしてそれを突破しようと試みた。

「念を込めても意味はないぞ。同調する。それだけだ」

 この先の作戦が不安になるほど、阻まれ続けた。

「これって不味いんじゃ……」

「いや、いい線いっている」

 爺ちゃんは笑った。

 そしてある時、爺ちゃんが笑った意味を悟った。

 目の前が突然、拓けたのだ。

 なんだ、これ?

 僕は容易に『楽園』に踏み込んでいた。

 爺ちゃんが目の前で拍手していた。

「何をしたの?」

「僕の方からそっちの世界に侵入を試みただけだ」

「ええと…… 意味がわかんない」

「相手側と同調しようとすることは一見能動的な動きに思えるだろうが、実は無意識に受動的な方向にも舵を切っているものなんだ。同調するために相手に合わせようとするベクトルが自然と発生してるんものなんだよ。すんなり入れただろう?」

「びっくりするぐらい」

「お互いが同調したいと思ったら、こんなものさ」

「ブロックを突破するための練習じゃ……」

「転移するという行為もまた世界と同調を図る行為に他ならない。お前が同調すべきは奴が同調を望むこの世界そのものだ」

「それって…… 普段からやってる転移の行使プロセスと変わらない?」

「身構えている相手に正面から挑んでも疲れるだけだ」

 爺ちゃん曰く、この現象を利用すれば、どんな強固なブロックも突破は容易とのこと。その一瞬さえ逃さなければ。

 まさにその一瞬に世界の命運が掛かっているわけだが。

「現状、奴には多大な負荷が掛かっている」

「魔素不足」

「そうだ。奴自身の魔力もそうだが、付いていった者たちの限界もある。むしろそちらの方が早いだろう。息ができなくなった者は猛烈に空気を求めてくる」

「向こうの立場にはなりたくないね」

 ブレスが待ち受けている海面に息継ぎのために顔を出すようなものだ。

「生まれつき本能に根ざしたエンシェント・ドラゴンのそれでさえ、そうだったんだ。今のお前なら容易くタイミングを見付けられるだろう」


 だが、予想ははずれるためにあったらしい。

 敵も然る者。

 突然の魔力反応に今かと勇んだら、それは単なる陽動でしかなかった。

 僕も爺ちゃんもアイシャさんもラーラもロメオ爺ちゃんも大きく息を吐いた。

「こちらの出方を窺っているみたいね」

 ラーラが言った。

 敵にも『遠見』のスキルがあるなら、こちらの状況もばれそうだけど、こちらも策を講じていないわけではない。

 侵入を妨害する方法はわかっているのだ。

 転移を妨害する結界を最下層の中央部を起点に展開している。覗けてもそれは結界の向こう側からで、世界と同調できない以上、僕たちの姿を捉えることはできない。

 結界に使っているのは通常の魔石だが、転移を阻む結界用なのだから、突破されて使い物にならなくなった段階で、そもそもお役御免である。

 だが、敵は何度も転移を試みた。

 こちらの魔力不足を承知しているようでもあり、嫌な感じだ。

 それにこちらの穴を探っているようでもあった。

 こちらとしては過去の経験を無駄にしない方向でやっているので、隙を一箇所だけ開けて、殴り込んでくるのを手ぐすね引いて待っている。勿論わざとらしくならないように障壁には厚い部分と薄い部分を設けている。一律の美しい結界を作れる者には却って難しい課題であった。

 あちらはあちらでただ記憶している座標の周辺にランダムにゲートを開いているようで、反発を確認したら閉じるを繰り返していた。

 手探り状態であることは斥候が出てきたら落下死するような高所や即死するような岩の中をポイントに定めたりしているのを見るにつけ予想は付いた。

 そのせいでこちらは同調できずに振り回されているわけだが。

「こんなんで大丈夫なのか?」

 あちらがこちらと同じことを考えていても不思議はない。

 誘っている可能性も否定できない。

 でもこの手数の多さはやけになっているとしか思えない。

「こっちの魔力は無限ではないのです!」

 真っ先にしびれを切らしたのは婆ちゃんだったが、船の上からでは何もできない。

 因みに船はアイドリング状態でとどまっている。

 爺ちゃんの試算では通常の魔石が機能する間は数週間は余裕で浮いていられるらしい。

 敵の嫌がらせは夜の間も続いた。

 こちらを寝かせないための策略かとも思ったが、どうやら敵は僕たちが用意した抵抗の薄い場所を探っているようだった。

 転移座標が執拗に散らされるなか、たまに僕たちが開けたスポット近くにランダムを装って打込まれてくる。

「ねえ、さっきから気になってるんだけど」

 ラーラが言った。

「何?」

「魔素、増えてない?」

 未熟な転移魔法ほど余剰魔力を出現箇所に発生させる。それが容易く探知される要因であり、敵のすぐ側で使えない要因である。わけだが、目的は魔素を満たすため?

 そう考えるとスキルを磨くために繰り返しているようにも思える?

 疑心暗鬼だ。

「そろそろやるぞ」

 爺ちゃんが立ち上がる。

 敵の攻撃がこちらの疲弊を誘うものなのか、何かの戦略なのか、当人に聞いてみなければわからない。

 ただ言えることは『後の先』を狙っているとしても、このままあちらのやりたいようにさせておくことは危険だということだ。

 爺ちゃんと婆ちゃんペアが動いた。

 魔力反応!

 三人が消えた。

 そして。

「『無双』一閃!」

 転移ゲートに斬り掛かった。

 世界が繋がる前に閉じるはずだった敵の陽動は爺ちゃんと婆ちゃんの空間断絶によってこじ開けられた。

 そしてアイシャさんが全力の一撃を叩き込んだ。

 世界が震えた。

 衝撃がこちら側にまで伝わってきた。

「やったの?」

 ラーラも驚いている。

 敵本体にも届いたのか?

 敵が展開し掛けていた転移ゲートが霧散した。

 僕じゃなくてもやれたんだ。と、複雑な感情が湧き上がる。

「リオネッロッ! 敵が来るぞ!」

 これは呼び水だ。

 敵に今の一撃がこちらの切り札だと思わせたのだ。そして、いつまでも閉じこもってはいられないぞという恫喝をかましたのだ。

 もう敵には何もない。

 僕たちが用意したスポットに転移ゲート開口の予兆が現われた。

 僕たちは既に配置に就いている。

 ラーラが『二股の水差し』を使って周囲のすべての魔素を取り込み誘爆を回避する。

 そして遂に地獄の釜が開いた。

 血飛沫がゲートから噴出してきた。

 力任せにこちらの結界を破りに来たのだ。

 ラーラは目の前で起きている残酷な景色に眉間に皺を寄せて対処した。

 ラーラはラーラで、剣と『無双』の師匠である婆ちゃんに何やらレクチャーを受けていた。

 動揺はない。

「『リオナ流無双連撃一式』! 一文字斬り!」

 あの時と同じ光景。

 ガーディアンがカウンターを当てるためにノズルの出力を最大にする。ノズルから青い光波が放たれる。

 振り下ろされたブレードからはさらに目映い閃光が。

 世界が繋がった瞬間、敵の最初のもくろみは潰えた。

 僕には見えた。

 こちらが仕掛けてくることを予見した奴は味方を軍団規模で盾にしたのだ。

 その肉の壁をラーラが容赦なく切り裂いた。

 あちら側の魔素が一気に消えたことで転移ゲートは維持できなくなった。

 閉じる世界。

 阿鼻叫喚のなか、どこかで絶叫を上げている者がいた。

 味方をただただ犠牲にしたことを嘆いている。

 そして湧き上がる憎しみ。

 なぜ自分たちがこんな目に遭わねばならないのか、と。

 かつてこの地に住んでいた者たちに同じことをした記憶はないのか?

 何もできない自分に対する怒り。不遇であることに対する怒り。

「いい加減、気付けよ」

 怒りと絶望で侵入されたこともわからないなんて。

 それとも侵入されるとは思わなかったか?


 奴と視線が合った。

 奴は間髪入れず光波を放ってきた。

 こちらを無力化するつもりだったのだろうが、こちらは何一つ失わなかった。

「『プライマー』全力全開! 一撃必殺!」

 終わりだ。

 長い苦渋の日々からの解放。

 誘爆する世界。

 確信が安堵に変わる。

 だが次の瞬間。

 何をした!

 なくなり掛けた魔素溜まりのなかで奴は歓喜に震えた。

 それは僕を道連れにできたからか?

 違う。

 気付けば、奴の同胞たちが跡形もなく消えていた。

 まさか逃がしたのか?

 どこに?

 どうやって?

 能力はないはずだ!

「進化して献身でも芽生えたか?」

 戦いに負けて勝負に勝つというやつか。

 行き先はもはや知る由もない。

 世界は僕を置いて静寂に包まれた。



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