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ラストティータイム

「ヤマダさん?」

「まあそんなところだ」

「どのようなご用件です?」

「まずは、よくぞ、この世界からきゃつらを追い払ってくれたと感謝しよう。危惧していたのは進化と同時にこちらの世界に影響が出ることだったが、最小限に食い止められた。取り敢えずは僥倖だったと褒めておこう」

 いつものヤマダさんより興奮している様子だった。別個体か?

「いよいよ、きゃつらと縁が切れる日も近いな」

「取り敢えず…… 問題は逃げた連中ですね?」

「厳密に言うなら、そのうちの一体だけだ。ミズガルズを記憶しているその一体だけはこの世界とつながり続けている。他はどう足掻いてもリソース的にもはや世界線は越えられぬ」

「それは確定ですか?」

「予測を超える事態が起こらなければな。だから、なんとしてでもその前に葬り去らねばならない。でなければ」

「でなければ?」

「再会と同時に今度こそ君たちは全滅するだろう」

「いつ?」

「以前も言ったが、現在、我らはこの世界と他の世界を隔離している。例外はアールヴヘイムだけだが、我らが管轄している以上、今の奴らに干渉する能力はない。故に」

「行き場がない?」

「そういうことだ。だから、すぐ戻ってくる」

「!」

「腹を満たしておきたまえ。そして、兆候を見逃さないように。君の土俵だ」

「土俵と言われましても……」

「なんにしても運がよかった。あのまま居座られていたら君たちに為す術はなかっただろう。君は残酷な決定を下すしかなかった」

 そりゃ、頼みの綱の魔石と『万能薬』を一瞬で封じられたら……

 考えただけでゾッとする。

「敵はかつて味方に大打撃を与えた君の力を警戒している。来るとなったら、あちらも全力で来るだろう」

 光波が『箱船』まで届かなかったのは、僕がいたからか? 僕との接触を恐れたから。

「取り敢えず、急いで味方を逃がし給え。こちらも努力はするが、再出現されてしまったら、こちらの世界がどうなるか」

「そうなる前に片付けろと」

「一度経験しているだろう?」

「『メインガーデン』……」

「今度の敵は身構えているぞ」

 ヤマダさんは消えた。

 そして爺ちゃんと目が合った。

 どうやら爺ちゃんも誰かと話をしていたようだ。お互い苦笑する。

「さっさと食ってしまおう」

 そしてもう一度、穴の底に向かうのだ。

 振り返るとそこにはふたりのヘモジとピクルスがいた。

「一緒に食うか?」

「ナナーナ」

 三人は頷いた。



 船団が包囲を解いて、浮遊要塞が控える前線基地まで後退を始めた。

 姉さんは高らかに宣言する。

「目的は達した」と。

 ここからは僕とラーラの仕事になる。

 反対する者もいたが、もはや狩るべき敵がいないのだ。冒険者たる者、獲物がいなければただの大食らいである。

「師匠!」

「お姉ちゃん!」

 僕とラーラは決戦に向かう準備を整えた。

「ちゃんと帰ってきてね」

「心配するな。すぐ帰るよ」

「絶対だよ!」

「うん」

 仰々しい別れになると思っていたが、互いに言葉に詰まってしまって浅い会話にしかならなかった。最後の別れのような言い回しになることをお互い嫌ったせいだが、表情から心情は十二分に察せられた。

 いつもの適当な「行ってらっしゃい」で充分だ。

 爺ちゃんを初めとする周囲の緊張感から子供たちもしっかり察している。

 ラーラの方が感極まって子供たちの頭を抱え込んだ。

「大丈夫。すぐ帰ってくるからね」

 爺ちゃんたちとは目配せだけで済んだ。すべては既定路線、今更だ。

 姉さんとも無言の別れを済ませた。

 この事態を一番認めたくないのは姉さんだったが、すべてが決着したとき一番の功労者と讃えられるのは彼女だ。不本意だろうが、しょうがない。

 言葉なんて上っ面だ。僕たちが成功すればそれでいい。沈黙だけが、僕たちの深淵を語っていた。

「ピクルスちゃんの取得方法、教えて行きなさいよ」

「帰ったら教えるよ」

 唯一、一言だけ軽口を交わして僕たちは別れた。

「オリエッタ……」

「不本意」

「わかってる」

 さすがにあちら側にオリエッタは連れてはいけない。

「ナナナナーナ!」

 ヘモジがオリエッタと言葉を交わす。

「自分に任せておけ」とでも、言っているのだろう。胸を小さな拳で叩いた。

「さあ、行こうか」

 僕はピクルスを抱き上げ肩に置いた。


 三機のガーディアンが晴天の中、甲板で待ち構えている。

 僕の『ギャラルホルン』 そしてラーラとヘモジの『ワルキューレ』が搭乗姿勢のまま待機していた。

「魔素が薄いから。出力に気を付けろよ」

「ナナーナ」

「わかった」

 同じ顔が三人。誰が操作するんだ。兄ヘモジはいじったことあるのか?

 大きな窓の向こうに子供たちが勢揃いしている。

 子供たちをしっかり見据えるのはいつ以来か。

 みんな大きくなったなぁ。

「じゃあ、行ってくる」

 僕たちは順次空に舞い上がった。

 もう思い残すことは…… いや、何でもない。


『ダイフク』が遠ざかっていく。

 この地に残るのはもはや爺ちゃんたちの飛空艇と三機のガーディアンのみである。

 魔石が勿体ないので、四分の三ほど一気に下りて、そこで待機した。

 相変わらず、どこでもティータイムだ。

「『闇の魔石』取っておいてよかったのです」

『カースドラゴン』の肉が不味かったおかげだな。

 偶然とはいえ、婆ちゃんのおかげで『ダイフク』は逃げられる。

「飛空艇の方が心配だよ。『闇の魔石』あまり積んでないんだろう?」

「お前が失敗しなければいいだけだ」

 アイシャさんもお茶を一杯。優雅なものだ。

 彼女の顔からは安堵の表情が見て取れた。娘を逃がせて安心したのかな。

 僕の母はまだ苦悩の中にいる…… 早く安堵させてやりたいが……

 いつ終るかはあちらさん次第だ。

 ヤマダ・タロウは長くは掛からないと言っていたが、それは恐らく転移したまま亜空に閉じこもっていられる間だけということだ。

 敵はまだまだ大所帯である。そうそう長く潜ってはいられまい。

 あちらも亜空のなかで魔力を使い果たすか、戻って来るかの二択しかない。

 が、前者を選ぶぐらいなら後者を選ぶだろう。

「事実上、一択だ……」

 問題は決断が早いか遅いか。それによって魔力残量も変わってくる。

「一体どれだけの軍勢を連れて行ったのか」

「予測は?」

「単純に考えるなら、今まで倒した数とほぼ同等か、それ以上」

 進化個体の能力、どんだけだよ。

「崩落で犠牲が出ていないとしてだろう?」

「それでも半分の半分は連れて行ってるだろう」

 ピノさんとテトさんとピオトさんは憶測を楽しんでいるように見えた。

「どうやってこちらの警戒を避けながら出てくるかだな」

「敵の指揮官は優秀だからな。予想外のことをしてくるかもしれないぞ」

「いつも手札が少ない状態で助かってるよな、人類は」

 魔素の少ないこの世界ではお互い様だ。が、獣人の彼らにはあまり関係ないか。

「取り敢えず、このまま影響のない所で待機ね」

 ナガレもいたんだ。

 また光を浴びたら魔力を食われる。そうなったら魔力の少ない婆ちゃんの召喚獣である彼女は退場することになるが。

「ナガレ用の『闇の魔石』は余るほどあるのです」

 あ……

 どうやら僕たちがアールヴヘイムで売りさばいた石の買い手の一人は婆ちゃんだったようだ。

「言えば、あげたのに」

「冒険者たる者、見返りを得るのは当然の権利なのです。正当な対価を払ったまでなのです」

 格好いいこと言って、どうせ爺ちゃんの財布だろう。現金が手に入って、タイミング的にいろいろ助かったけどさ。

 魔力の補充はロメオ爺ちゃんとアイシャさんにやって貰っているようだった。

「普通に補充してるけど……」

「『ゴーレムコア』より扱い易い。問題ないよ」

「何か問題があるのか?」

 そういう人たちだった。子供たちの日頃の研鑽の遙か先にいた。



 縦穴は深く、深部は光よりも赤く燃える溶岩の光が支配していた。

「ちょっと、これ。結界やばいわね」

 事前確認を兼ねて、散歩がてら最下層に下りてみた。

 なるほど敵の反応がまったくない。

「ナーナ」

「外は相当熱いみたいだな」

「て言うより、魔素が薄いからじゃない? わたし、もしかしていらない子だった?」

「転移ゲートが現われたら事態は変わるだろう」

「手持ちの魔力だけだと不安なんですけど」

 それならそれで悪いことではない。備えは備えのままで済めばそれに越したことはない。

「敵も一緒」

 条件は敵も一緒だとピクルスは言った。

「あっちは巨人よ」

 身体能力だけなら勝ち目はない。魔力あっての対等だ。その魔力が薄いとなればこちらが劣勢であることは言うまでもない。

 それこそ魔石が頼りなんだけど……

「そうなる前になんとかしないとな」

 方法は一つだけだ。

 奴をこちらの世界に出さないこと。つまり向こう側で決着を付けるということだ。

 前代未聞だよ。他人が展開している亜空にお邪魔するなんて。

 爺ちゃんは可能だと言うが……

 実際、爺ちゃんは亜空を操るエンシェント・ドラゴン相手に戦って帰ってきている。

 いかに敵陣に踏み込むか。それが決め手だ。

 敵ボスがこちらの世界に出現したら、今度こそ、躊躇なく、あの光波に襲われる。

 ただでさえ魔素の薄い世界で……

『闇の魔石』だけで戦えるのか?

 僕は爺ちゃんに亜空に同調するコツを今になってレクチャーされている。

「だから早く覚えろと言ったんだ」

「だったらもっと強く言ってよ。なんで必要なのか説明してくれたら、こっちだって」

 僕の『追憶』が間に合ったのは奇跡だ。

「言うべきか迷ってた。お前の最期に直結する話だからな」

「…… 最期」

 もっとも同調は当人のあずかり知らないところで何度も体験していたらしい。

 それは夢の中で爺ちゃんの『楽園』に度々、訪れていたことであった。

「夢の中で戦えと?」

「まあ、そういうことだな」

 まさにヴィオネッティーにしかできない戦い方だ。

 あ、今のは皮肉じゃないから。



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― 新着の感想 ―
[一言] 最後は、オリエッタ留守番ですか・・・リオネッロがエルネストに比して欠けている「認識」スキルと索敵要員の不足がどう出るか? 大軍勢が予想されている敵、今頃蟲毒的な感じで共食いしていて、少数の…
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