出立
いくら婆ちゃんたちでも隠遁が見破られるようになると、苦戦は必至となる。既に火山ルート終盤であったが。
「手を貸してもいいのです」
「我が儘なんだから」
ようやく僕たちも加勢することになった。ただ、僕の直接の攻撃魔法は封印されていた。
「寝坊助は結界だけなのです」
安全地帯設置はお任せを。
「ふぁああ」
まだ欠伸が出るな。
「じゃあ、お先に」
意気揚々と前に出るパトリツィアさん。どうせ隠遁がばれるのなら、我慢する理由はない。
むしろ標的になりに行って、少しでも婆ちゃんたちから目を逸らさせようという戦略らしい。
『ファイアドラゴン』が三体、こちらをじっと見ている。
「あれはもう古参だよな」
身体が一回りも二回りも大きい。普通の冒険者なら、三体見たら逃げ出すところだが。
全然、動じてないよ。
一斉に羽ばたいた。
見付かってやんの。
「ちょっと落として欲しいのです!」
魔法使うなって…… 舌も乾かぬうちに!
「我が儘かよ」
雷魔法で僕は三体を地上に落とした。
倒してしまってもよかったのだが、婆ちゃんがすねるので麻痺する程度に手を抜いた。
すぐ回復するだろうが、一時、高度が落ちてくれればそれでいい。
「時間短縮なのです」
僕的には時間超過だよ。
午前中に『カースドラゴン』を倒して、午後は『ブルードラゴン』の予定を組んでいる。
「どんだけ体力余ってるんだ」
最下層のドラゴン全部を直接相手するって、もう馬鹿だろう。ヘモジでさえ、飽きるのに。あれはあれで飽きっぽ過ぎるけどな。
危なくなったら結界に。僕がカバーしなくても自主的に戻ってくる。むしろ動かしたら怒鳴られる。
パトリツィアさんは…… 地味にやってるな。ほとんど盾でカバーしながら距離を取っているだけ。
攻撃しないんだ。
と思ったら、突然、ドラゴンの太い幹のような首が落ちた。
「え? ちょっと、今のは!」
見たことあるんですけどぉ!
「ええ? そうなの?」
パトリツィアさんが僕を見て笑っている。
血筋だったの?
それって……
「『無双』持ち…… そういうことなのか」
先代の王様は女好きだったっていうけど…… 婆ちゃんやヴァレンティーナ様の異母兄弟? いや、もっと古い血筋かも。
どうなってるのうちの家系は。
そうかぁ。あの余裕はこれだったのかぁ。
「エルマン爺ちゃんが尻に敷かれるわけだ」
ラーラのように仰々しく必殺技のように使う様子はない。むしろ遠距離攻撃の一手段に過ぎないというような手軽さで。
匠の技ほど、容易に見えるっていうけど。まさに磨かれた技だ。身構える隙もない。
やばいな。
とんだ所に魔女がいたものだ。
婆ちゃんに魔力があったら、ああいう戦闘スタイルになったのかも知れないな。
「まいった」
全員がドラゴン相手に手を抜いてるなんて。
「超楽勝だった!」
チコソルジャーも楽しそうで何よりです。
最下層の難易度どうなってんだと言いたくなるくらい抵抗なく婆ちゃんたちは進んだ。僕は相変わらず蠅叩き要員だったが。
そしていよいよやって来ました、火口まで。
「いるよ」
暢気に『カースドラゴン』が寝てる。
ここで倒し方を協議する四人。
『万能薬』は持ってるから呪われてもかまわないけど。食らったらきついぞ。
誰が行くかの相談をしている。
この場面でする話題ではない。普通はいかに共闘するかを話し合う場面だ。
婆ちゃんかパトリツィアさんに無双して貰えばすぐ済みそうだけど。
全員が振り向いた。
「え? 僕?」
「ご褒美なのです」
「譲るって」
パトリツィアさんが苦笑い。
「呪われるのはちょっとね」と、チッタさん。
いや、耐性付与してるでしょうに。
「雪原方面の方が強いらしい」
チコさんはそう言うけど『カースドラゴン』の方が雪原のドラゴンよりは強いに決まってる。『ブルードラゴン』以外は。
そういうことか。見たいわけね。孫の雄姿が。
そう簡単には見せてやらないけどね。
僕は一人踏み出した。相変わらず歩きづらい。
ここから『魔弾』で狙撃してもいいんだけど。
ここは以前、大伯母が一撃で仕留めたあれを再現する。弟子はちゃんと学んでいますよっと。
まずは『領域支配』
空が晴れ渡り、静寂が訪れる。
からの『雷撃』ッ!
まさに電光石火。
チコさんとチッタさん、婆ちゃんの毛が逆立つ。
『カースドラゴン』は何一つすることなく沈黙した。
絶句する四人。
よし。うまく行った。
大伯母のときは威力過多だったからな。加減もいい感じだった。
灰混じりの風が再び戻ってきた。
「……」
魔法に疎い三人は何が起きたか、わからない様子だった。
空が急に晴れて、辺りが静まって、見えない雷が奴の頭部を貫いただけのこと。
獣人としては頼りの音も匂いも消えたことにびっくりしただろうが、その辺のトリックは爺ちゃんと一緒なら体験済みだろう。
要はなんのためにしたのか、その理由だ。実際、自分たちで戦えば、その必然性を理解してくれるだろうが、今となっては後の祭りだ。機会があれば自分たちの手でここの『カースドラゴン』を倒して欲しい。この環境下で、いかに面倒臭い相手か、理解してくれるだろう。
ひとり事態を反芻するパトリツィアさんだけは、逆説的に敵の手札を見い出そうとしていた。なぜ僕がこの手順を踏んだのか。踏まざるを得なかったのか。
「なんで殴りに行かないですか!」
単細胞の婆ちゃんは怒った。
「面倒臭いだろ」
「どうやって戦うか見たかったのに」とは、チッタさん。
「一対一ならいつもと同じだよ」
「『魔弾』使うと思った」と、チコさん。
それが確かに一番楽な方法ではあったんだけど、それじゃ、あれだと思って次点にしたんだが…… 婆ちゃんは不服なようだ。
そりゃあ、僕のなかにも婆ちゃんの血が流れてはいるけれどもだ。決まって獣人らしい戦い方をする道理はないわけで。そもそもドラゴン相手に殴りかかる方がおかしいわけで。
実際、接近戦をするとなると僕の場合、転移からの不意打ちができるわけで、尚更、見所がなくなってしまうと思うのだが。
「譲った甲斐がなかったのです」
泥臭いだけが戦闘じゃないぞ。むしろ泥が付かないように戦うのが魔法使いというものだ。
婆ちゃんは昼飯に有り付くまで、ブチブチ文句を言っていた。
どうなる後半戦。
「もうやらせてあげないのです」と言って『アイスドラゴン』に突っ込んでいくリオナ婆ちゃん。ちゃんとお昼休みに寒冷地仕様の装備に切り替えていた。すべてはポーズ。頭の中は冷静である。
雪原も凍った大地もお構いなしだ。
序盤は敵もルーキーばかりなので問題なく進んだ。
後半戦、最奥の部屋では全員参加となったが、それもなんとか蹴散らした。
午前と違って、さすがに疲れが見えてきていた。
上層に上がる前にちょっと休憩。
魔法でかまくらを造り、暖を取った。
「このまま眠りたいです」
チコソルジャーも大きな欠伸をする。
僕も眠気がピークに。
「行くのです」
全員が立ち上がる音で目が覚めた。
寝てたのか。
「もう少しなのです」
これから『ブルードラゴン』かぁ。気が重い。
やる気満々の婆ちゃんたちに置いて行かれそうになったので、止むを得ず『万能薬』のお世話になった。
疲れがなくなっただけでも気が楽になった。
と思ったら、全員足を止めた。
「来たのです」
遠い空の彼方を睨み付ける面々。
「見付かってるです」
「困ったわね」
「そううまくは行かないか。取り敢えず、降りてきて貰おうか」
パトリツィアさんは剣を構えた。
「やっぱり抗えなかったか」
爺ちゃんが苦笑いする。
「俺たちの勝ちだな」
ピノさんがロメオ爺ちゃんから金を受け取った。
どうやら婆ちゃんが『ブルードラゴン』をちゃんと魔石に換えてくるか賭けたらしい。
信じたロメオ爺ちゃんの一人負けだったようだ。
「肉にした方がみんな喜ぶのです」
「そんなに乱獲してたら相場が下がっちゃうよ」
「在庫もだぶついてるし」
「解体屋も今日ぐらいは楽したかったはずだよ」
「昨日、送ったドラゴンだって解体終ってないと思う」
「そろそろ前線に行かないといけないのに、積み込み間に合わなくなっちゃうよ」
子供たちにも散々突っ込まれた。
既に『ダイフク』の空きスペースはドラゴンの肉に占領されていた。
前線で肉祭りを一週間続けても消費しきれない量だが、まあ、爺ちゃんや僕の空間収納には余裕があるから、戦後の勝利の宴にでも回せばいいさ。
いよいよ港の灯りも消えつつあった。
「ただの砂漠だったのになぁ」
前線に向かう船は既になく、残る住人は成果を待つのみ。
学校はギリギリまでやるらしく、子供たちはまたしばらく休学だ。
課外授業扱いになったので、落第の可能性がなくなって、自他共にほっとしてはいるが。
子供たちは自分たちの世界での別れを僕の知らない所で済ませた。
明日は最後の確認をして、翌早朝、出発する。
そしてソルダーノ夫妻の神妙な顔に見送られながら、僕たちは予定通り、最後の戦いに向かうのであった。




