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土木作業はお手のもの

 問題は多々あれど、いよいよこの時がきた。

「迷宮を設置する!」

 場所は港湾地区より下層、岩盤のなかに設けることにした。

「ギルドメンバー以外には所在を秘密にしなければならないので、当然、入口も隠しておかなければならない。しかし同時に回収品を港まで上げなければならない。そこでこの港をギルドの占有とし、なおかつ、この下にフロアを造って、そこに迷宮への入口を造ろうかと思う」

「転移ゲートを使うようになれば認証登録できるようになるから、それまでの暫定処置よ」

「地下への入口は――」

 僕は大袈裟に腰を折り、小声で囁いた。

「えええーッ?」

 子供たちはざわめいた。

「それはいい案ね」

「面白い!」

「なるほど考えたわね」

 大人たちも大きく頷いた。

 その日から、抉られてできた巨大な庇の下、港湾地区の両端にタイタンが二体、港を守護するように並んで鎮座した。

「まさか巨人の足元に地下への入口を造るとは…… 考えましたね」

「縁もゆかりもない人たちが来るとも思えませんけど。念のため」

 タイタンが踏んでもびくともしない床を造る方が大変だったが、そうなればなおさら地下があるとは思うまい。


 僕はひたすら穴を掘る。スパイラルを描きながら深く深く掘り進める。ガーディアンが普通にすれ違える程の幅を広めに設けて。

 子供たちも練習を兼ねて、床や壁の水平や垂直出しの細かい作業に従事している。

「師匠。段々雑になってるよ」

 トーニオに注意された。

「その分お前たちの腕が上がるだろ?」

「『万能薬』舐めるからね」

「もうすぐ休憩だから我慢しろ」

 地下水で浸水などしないように壁は徹底的に固めた。岩盤に入ってからはその必要もあまりなくなったけれど、その分掘るのが難儀になった。

 回収品を港まで上げるためには勾配はあくまで緩やかに。荷車を馬が引いて上がれる程度の勾配で。おかげで大回りを余儀なくされた。

「これだけやってもゲートが設置されたらお払い箱になるのよね」

 ゲートができれば港湾広場まで一っ飛びだからな。

 ニコレッタが目で僕に何か回答を求めていた。

 僕は師匠に恥じないように回答を急いで捻り出す。

「非常時の備蓄倉庫や避難所にもこの広さがあれば充分だろう?」

「生き埋めになるわけね」

 言葉とは裏腹に納得してくれたようだ。

 自分の努力が無駄になるか、ならないかは汗だくで働く者には重要なことだ。

 空気の換気用に吸収型の風の魔石を用意したが、手持ちの在庫はもうない。

 普通の風の魔石を一つ犠牲にすることにした。

 籠もった空気が流れ始めて、浄化が始まった。

 子供たちが深く息をする。

 岩盤に入ってからもう大分なるか? 地下にいると時間を忘れるな。


「ようし。そろそろ方角を揃えて部屋を造るぞ」

「うーい」

「りょうかーい」

「やっとだーッ」

「大きさは?」

「広めに造っておくか」

「えーっ。もう全部広過ぎだよ」

「巨人でも通れそう」

「わかったよ。通路と同じ幅にする。でも天井だけは高くするからな。迷宮の扉は結構大きいんだから」

 子供たちも汗だくだ。不満も出るだろう。

 子供たちが腰を下ろして休んでいる間に僕は部屋を造る。

 螺旋は終わりにして、まっすぐストレートに伸ばして行く。

 急に水平をとるのは難しい。

 水を張ったバケツの傾きを見ながら大まかに調整して行く。

 いくら魔法でも壁を圧縮して場所を造る以外に体積は省けない。元々固い岩盤、大き過ぎる空間ともなれば、なおのこと難しい。当然、圧縮しきれなかった石岩はどこかに捨てに行かなければならない。捨てると言っても再利用するのだが。

 子供たちは既に肩で息をしている。体力も魔力もエンプティーだ。

「どこに移動させるか…… やっぱり対岸しかないよな」

 既に港区は岩ブロックで手狭になっていた。砦の中庭建設予定地も村の広場ももう置き場がない。

「ようし! 瓦礫を出さなきゃいけないし、仕上げは後にして、お昼にしようか」

 僕が『万能薬』を舐めると、それが合図とばかりに子供たちが側に寄ってくる。

「行くぞ」

「了解!」

「やっとお昼だ」

「ふへー」


「移動完了!」

 移動したはずだが、風景は変わらない。

「移動した?」

 子供たちが首を捻った。

「してるよ」

 涼しい風が背中の方から吹き込んできた。

 振り返ると螺旋状の勾配があった場所に、外の景色があった。

 僕が『無刃剣』で天地の岩をぐるりと切裂くと(カスターニャ)のいがのようにパカッと天井と壁が割れた。

 強烈な日の光が差し込んできた。

「おーッ」

「眩しい!」

「溶けるーっ」

「溶けない!」

 決して涼しい風であるはずがないのに、ただ吹いているというだけで心地よかった。

 子供たちが安堵の表情を浮かべた。

「きれいな景色ね」

 フィオリーナが言った。

 普段何気なく見ている景色が新鮮に映る。それもそのはず、ここはまだ子供たちが足を運んだことがない対岸である。

「もう一回飛ぶぞ」

 ぱっかり二つに割れた球状の、中身が空洞になった岩の塊を残して、僕たちは対岸に飛んだ。

「うわ、ごっそりだ」

「師匠すげー、周りの岩ごと俺たちを運んだのか」

 トーニオとジョバンニが今いた場所を振り返って言った。

 最近覚えた芸当だ。

 水平か垂直方向かは別にして本来、平面上に展開するゲートを球状に術者を覆うように一定範囲の広さを持たせて展開すると『鉱物精製』スキルの切断を使わずとも『無双』のように境目からごっそり抉り取れるのだ。後はそのまま転移してしまえば、中身ごとすべて移動することができる。というミラクルな現象が起きるのである。

『無双』が使えるが故の芸当なのかはまだわからないが、最近のスキルアップが要因になっていることは確かだ。

 大規模な土木作業の連続で僕の魔法は異常な程、高い効率性を発揮していた。

 すべて込みでもこれまでの『転移』での消耗具合と変わらないのだから自分でも驚きだ。

 もしかすると伝家の宝刀『無双』様もお手軽な魔法に格下げになってるかもしれない。


 僕たちは岩ブロックが山積みになっている港を抜け、涼しいはずの休憩室にどっと雪崩れ込んだ。

「お帰りなさい。変なところから帰ってきたわね」

 婦人が出迎えた。

「ただいまー」

「周りの岩ごと転移してきたのよ」

「アルベルティーナさん『魔力探知』の範囲、また広がった?」

 フィオリーナが言った。

 アルベルティーナ? ああ、婦人の名前か。

「こっちも日々精進してるのよ」

 婦人とフィオリーナが浄化魔法を全員に掛けていく。

 そういえば『目隠し鬼ごっこ』をこの間やってたな。

 ラーラが珍しく講師をしていたから、何かと思っていたけれど『魔力探知』の授業だったのか。

 そのラーラたちは既に昼食を済ませて自分たちの作業に戻っていた。

 昼時をとうに過ぎていたようだ。


 迷宮にいたる螺旋回廊と平行して、僕たちは自分たちの居住スペースも造り始めていた。

 ドワーフのように長く地下に潜ってはいられない、と言いながら地下は地下なのだが。

 爺ちゃんの別荘を参考に、山の内側をくり抜く形でてっぺんの方に建設していた。

 これも所有者の特権である。

 取り敢えず四階建て、円錐台の建物の外周にそれぞれ個部屋を配し、中央には螺旋階段に囲まれた広々としたラウンジを設けた。

 地下とは思えない、半分吹き抜けの開放感のある空間である。

 最上階は偉ーい人が来たときや会議用に空けておき、取り敢えず下の二階から造り始める。 一般住宅のように土台を一階にして、下から二、三、四階でもいいのだが、別荘と同じく上から一、二、三階と呼ぶことにする。理由はその内、下にフロアーを増設していくことになるかもしれないからだ。下のフロアを増やす度に呼び方をずらしていくのは面倒なので、伝統的にと言うか、無意識にそう割り振っていた。

 二階は僕とラーラ、イザベルとモナさん、おまけにヘモジとオリエッタ、ミントの生活空間である。後者三名は僕と同室だが、小部屋にまとめて押し込んでも余りある。もっとも三人揃ってその辺に勝手に転がっているのでプライベート空間など必要なさそうだが。

 中央のエントランス部分にはいずれ全員分のソファーを用意して、共有スペースを置くつもりだ。

 三階は子供たちとソルダーノさん一家が占有する。螺旋階段を下って左回りにソルダーノさん一家、フィオリーナ、ニコレッタ。男共が続いて、ちょうど一周だ。

 厨房と食堂は三階中央に造り、四階部分には倉庫を配した。食料など必要な物を随時運び込む予定である。

 今は全階、土をくり抜いただけの土壁だけど、その内、漆喰や化粧柱で飾られることになるだろう。

 窓には光を外部に逃がさない特殊な雲母ガラス。補給リストに入れておいた物をあるだけ使った。共有スペースに明かり取りを何カ所か設けただけで、建物のなかは随分明るくなった。

 でも個室に付き雲母ガラスを一枚に制限しても、フィオリーナの部屋までしか数が回らなかった。次回発注分の補給リストに加えておいた。


 一階に設けた扉を開け、斜面伝いに延びる石段を登ると、そこは禿げ山のてっぺん、見張り台になっている。

 平らに整地されたそこにはヘモジの作った額程の実験畑がある。いつの間にか見張りの合間に土やら草を集めてきて、藁を敷いた土壌を完成させていた。土の魔石(大)を僕にわざわざ屑石程度の大きさに細かくさせたのは、それを土に混ぜ込むためだったようだ。

 余程見張りが退屈だったのだろう。


「ナーナンナーナ」

 砂交じりの黄色い太陽が一日の役目を終えて地平に沈まんとする景色を背景に、ジョウロを持ったヘモジがウロチョロしていた。



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