婆ちゃんと狩りをする
コーヒーを飲んだのが悪かった。眠りたかったのに眠れなくなってしまった。
止むを得ず、僕は『ダイフク』のガーディアン格納庫に。
先日の指摘を受けて『ホルン』の改修を行なうことにした。
完璧だと思っていたのに、修正箇所は両手でも足りなかった。
部品を新たに調達する必要がある箇所は今回は保留するとして、修正できる箇所だけ手を入れることにした。これまで妥協していた部品も『ロメオ工房』から直で買えば、ピカピカの最新式が、運送コストなしで手に入る。
鼻歌を歌いながら快調に処理していく。
そして気付いたときには操縦席で眠っていた。
「寒ッ」
な、何時だ?
僕は身をよじって、身体を起こす。
作業は終っていた。
僕は自室に戻ることにした。
入り江の転移ゲートの先が気になったが、寒さに負けて室内に逃げ込むことを優先させた。
居間は何事もなかったかのように綺麗に片付いていた。
子供たちは自室で静かに寝息を立てている。
僕はしみじみ吹き抜けを見上げた。
翌朝、婆ちゃんに叩き起こされた。
「行くのです!」
「肉はもういいだろう?」
「肉じゃないのです。魔石がいるのです」
ああ、そういうことか。昨日、大量に消費したから。
「爺ちゃんが捨てるほど持ってるだろう?」
「とっくに軍資金に替えたです! 『闇の魔石』の吸収時間がこんなに遅いと思ってなかったのです」
「ああ、そっか。そっちの世界とは魔力の充填時間に違いがあったのか」
こちらの世界の燃費の悪さがそんな所にまで波及していようとは。思い至らず。
「向こうの世界なら一日あれば回復したのです」
大きさにもよるだろう。
昨日、空にした魔石が朝になってもまだ溜まっていないことに、婆ちゃんは危機感を覚えていた。
こちらの世界では『闇の魔石』の回復に、他の魔石の屑石まで使っているぐらいだからな。
子供たちが寝る前に強制的に魔力を注ぎ込んでいる石も、屑石を敷いた上に鎮座している。
それでも大きいサイズを満タンにするには数日掛かっていた。
「一気に補充するにはコツがいるんだ」
なんて言うか、子供たちが言うところの『気付かれないように一気にバン!』である。
ゆっくり圧を掛ける手もあるが、微量の魔力を延々注がなければならないのは非効率この上ない。そこまで緻密な魔力調整を延々できる優秀な魔法使いは希少だし、その手の人材をこのような作業に従事させるのは正直、時間の無駄と言わざるを得ない。
故に『一気にバン!』するわけだが、それが中々に難しいのだ。
躊躇すれば、弾かれるし、過多だと割れる。
慣れるまで子供たちも苦労した。
それでも一度に補充できる量は日に数分の一がやっとであった。報告によるとその量は日々改善しているらしいのだが。
子供たち曰く、最大のコツは同じ石を使い続けることらしい。日々接触を繰り返すうちに石の性質が見えてくるらしい。
その結果、眠気で朦朧としていても手を触れるだけで、それが容易く可能になるようだ。
だから子供たちは最低でも三つのマイストーンを所持し、ローテで使用していた。
「合成した石は味気ないよね」
「そうそう。なんて言うかさ、対話できない感じ?」
「棘がなくなっちゃうんだよね」
「均一になれば、それはそれで使い易くなるよ。たぶん」
「もうちょっと気持ちを込めて欲しいわけよ」
「むらっけがあるんだよね」
「師匠って結構、適当だよねー」
師匠にダメ出しかよ。
子供たちの『魔法物質精製』のスキル取得も存外、早いやもしれないと思った次第なわけで……
婆ちゃんはそんなこととは露知らず、ドラゴン狩って、応急処置を施したいと。
登校する子供たちですらまだ寝ているというのに……
「行くのです!」
「朝食は?」
「移動しながら食べるのです!」
そう言って数人分のサンドイッチを僕に押し付けた。
「婆ちゃんもまだ?」
「もう食べたのです」
「おはよう」
下に降りたら、武装したチッタさんとチコさん、それとパトリツィアさんが待ち構えていた。
「えーと…… みんな朝食は?」
「食べたわよ」
「食べました」
「食べた。けど、もう少し入る」
じゃあ、チコさんに少し分けて上げよう。
男たちは全員、まだ寝ていた。結局、完徹したらしい。
僕も似たようなものなんだから、寝かせておいて欲しかった。
「暇なのは、リオしかいないのです」
「寝不足状態の暇人がどこにいるんだよ」
「狩りはみんなに任せればいいのです。案内だけすればいいのです」
「どうせ疲れたとか、途中で言い出すだろうに」
「言わないのです」
「『転移して』とは言うと思うわ」
チッタさんが言う。
「なんか、懐かしい」
チコさんが笑う。
そう言えば、幼少期の僕とラーラの日常はいつもこんな感じだった。
「つい昨日のようね」と、チッタさん。
僕たちの幼少期の散歩コースといえば、エルーダ迷宮の探索コースだった。
そんな僕たちの日常に付き合ってくれていたふたりは今回、余裕綽々だが、パトリツィアさんはドラゴンを相手するとあって若干緊張しているようであった。
彼女もドラゴンスレイヤーの称号持ちだから、一対一では引けを取らないだろうが。さすがに群れを相手するとなると。
自分以外、全員、近接だよな。
道中、女性陣の背中を眺める。
見た目は美女軍団。でも全員…… 隠居していい歳の……
とてもこれからドラゴンを虐殺に向かう面子には見えないよ。
装備は多少の差こそあるけれど、等しくドラゴン装備を着ている。獣人三人の戦い方はよく知っているけど、パトリツィアさんはスタンダードな剣士とお見受けする。
「わたしの基本は『一刀両断』と『瞬歩』よ。あとは『身体強化』ね」
エルマン爺ちゃんは『身体強化』の達人だったけど。あの人を押さえつけるのだから、パトリツィアさんも相当な腕のはず。元々良家のお嬢なので、その手のユニークスキル持ちである可能性は捨てきれないが、その辺は詮索無用であろう。
婆ちゃんとチコさんは一応、双剣銃という中距離攻撃もこなせる珍品を装備している。
チッタさんは長めの直剣。鈍器もたまに使っているが、ちょこまか動くふたりのおかげであまり戦っているのを見た記憶がない。
「この構成で大丈夫なのか?」
盾持ちはパトリツィアさんだけ。その盾も中盾だから、パーティーを守るためのものじゃない。
一応、結界は僕が張ることになるのかな……
ヘモジもオリエッタも相方と遊ぶのが忙しいので、今日は付いてきていない。
どんな戦いになるのか、想像できなくはないのだが……
言われたとおり、道案内だけするとしよう。
いきなり入場と共に、ドラゴンとの集団戦。となると思われたが、そうはならなかった。
「相変わらず凄いものね」と、チッタさんは呆れた。
獣人二人組は隠遁かまして敵陣に躊躇なく特攻。なんであんな短い刃渡りでドラゴンの厚い表皮を切り裂けるのか。色々とんでもない付与が施されているせいだとは知ってはいるが……
騒がれることもなく眉間に一撃かよ。
今すぐ暗部のエースになれるぞ。
なんの騒動にもならずに、すべてが静かに終ってしまった。
言葉より、欠伸が出てくる。
「退屈にも程がある」
子供たちとのどんちゃん騒ぎが懐かしい。ここ数日、まだ一緒にやれてない。
エルーダの低層じゃ、ピクニックみたいなもんだろうけど「気を抜くなよ」と、今の自分が言ってみる。
チッタさんとパトリツィアさんと一緒に、魔石を回収しながら、探知されないように遠巻きに付いていく。
やってる本人たちは最高に楽しいんだろうな。ドラゴンの乱獲なんて、普通できないからな。
若いドラゴン相手なら僕だって後れを取る気はないけど、眠いからやめておく。
さすがに疲れて一服。
あんなでかい顔を間近に見ていたら神経がすり減ってしょうがないだろうに、よくやるよ。
アイランをグイグイと飲み干すふたり。
大きな魔石が山ほど取れて、効率の良さにパトリツィアさんは目を丸くしていた。
「これがヴィオネッティー家の秘密なわけね」
辺境伯の資金源が異世界食材と観光資源だけでないことは、今更言うべくもない。
爺ちゃんたちにはダンジョンを所有するお貴族様たちから探索依頼が、山のようにやってくる。
出土品の売買で得た利益が冒険者ギルドの手数料となるわけだが、そのなかには当然、地元領主の取り分も含まれている。
優秀なパーティーがミスリルや金塊を当てれば、必然的にその儲けの一部は何もしていない領主にも入ってくる。
実際は、ギルドと折半になるので、旨みはそこそこなのだが。
重要なのはそこから派生する二次的な収益の方である。冒険者が集まれば、それを見込んだ産業も生まれ、足元の街は潤う。そして何より、そこから得られる税収は独り占めだ。
そういう意味では『エルーダ迷宮』を所有するアルガス領主は恵まれていたし、ヴィオネッティー家は恵まれていなかった。
だからというわけではないが、ヴィオネッティー家は冒険者を輩出することで、帳尻を合わせることにしたのである。ダンジョンの恩恵を直接、押さえてしまえば何よりだと。
すべては爺ちゃんという成功例があったからだと言えなくもないが。
元々辺境を任されるくらい強固な組織を持っていたヴィオネッティー家ならではの生き残り戦略というわけだ。隣国との関係も良好だし、兵士を遊ばせておくより余程建設的だ。腕も錆びないし。
それがうまく嵌って現在に至るわけだが、爺ちゃんに至ってはリアルダンジョンと言われる辺境を開拓するための橋頭堡まで造ってしまうのだから大概だ。
おまけに冒険者としても一流ときているのだから、その資産たるや…… と、思うだろう?
でも実際はその大部分をこちらの年一回の馬鹿騒ぎに使っている。冒険者ランキングシステム。その維持に充てているのである。そもそもタロスを倒しても得る物はない。ドラゴンタイプから取れる素材が金になる程度で雑魚をいくら倒しても獲られるのは微々たるもの。だが、それでも冒険者を働かせるには見合った報酬を渡す以外にない。その原資はなんなのか? ポイント還元の大元は?
故に五十年、この世界を支えてきたのは王国連盟のなけなしの蓄財と爺ちゃんということになる。
婆ちゃんたちはそれをずっと文句一つ言わず、笑いながら付いてきたのだ。
タロス殲滅は人類の悲願であると同時に、爺ちゃんたちを重い足枷から解放するための戦いなんだ。
僕自身にとっても……
「次は僕がやるよ」
「何言ってるですか! 全部婆ちゃんたちの獲物なのです。手を出したらおやつ抜きなのです!」
「子供かよ」
あ、いや…… そういうことではなくて……
「これから楽しくなるのです」
パトリツィアさんが、僕の内心を察したのか、大笑いされてしまった。
「もう少し見てましょうか」




