試験飛行とコーヒーの味
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。m(_ _)m
次の操縦者はロメオ爺ちゃんである。
技術的な視点が操縦にどう影響するか。
まずは普通に飛ぶ。
「いい音だ」
一人、船の振動音に大きく頷く。
「じゃあ、行こうか」
いきなり全開。『補助推進装置』を無言で解禁した。
その場にいた全員がのけ反った。ロメオ爺ちゃん本人も。
ひたすらまっすぐただただ全力で加速した。
「オオオッ。これは」
魔石の減りを見詰めた。
そして予告なしの急ブレーキ。
「積荷、大丈夫か?」
テトさんとピノさんが扉を開けて飛び出した。
船体は軋みを上げるが、頑丈その物。
砦は遙か彼方の点となっていた。
「『補助推進装置』 もっと小さくてもよかったかな」
爺ちゃんが言った。
『ダイフク』と同じ物はさすがに使えないのでダウンサイジングしたのだが、それでも大きいと僕は思っていた。推力と船体重量のバランスを単純に比較すると『ダイフク』の二倍以上出てもおかしくないのだが、空力等の影響で頭打ちになることは想定できた。
『ダイフク』が伊達に丸みを帯びているわけではないことがわかって貰えただろうか。
早速、効率を重視して最大速度にリミッターを設けることにした。空ぶかしして無駄に魔石を消費してもしょうがないから。
取り敢えず僕は内心、推進装置の出来にドヤ顔したのであった。
ロメオ爺ちゃんの慎重なんだか、大雑把なんだかわからない試行錯誤はその後も続いた。
上昇しながら一回転ループ。二回転、三回転…… 捻りも入れての曲芸飛行。それが済んだら垂直上昇からの横スライド、ハンマーヘッド。
「飛空艇でやるかぁあ!」
「壊す気でやらないと意味がないだろう?」
「そりゃそうだけど」
ロメオ爺ちゃんも大概であった。
「うちのやんちゃなヘモジが可愛く思えるよ」
テトさんはただ楽しく飛んでいただけだったのだと今なら理解できた。
とんでも飛行の後は速度を落として地味な飛行をしながらの帰路となった。
その場で方向転換とか、水平を保ったままの上下運動。逆に限界まで傾けながらの水平飛行とか。ロメオ爺ちゃんは飛びながらメモを取っていた。
ここまで一時間も経っていなかったが、既に用意した魔石は枯渇しようとしていた。
これだけ動き回れば大抵の戦闘にはけりが付くであろうが。ちょっと心配。
まあ、単艦でここまで暴れ回るシチュエーションがあるなら、ガーディアン使えって話ではある。
取り敢えず地味なデータを取りつつ、爺ちゃんが腹の中にストックしていた魔石を足して、操縦者を取っ替え引っ替えしながら帰路に就いた。
そして今夜は『ビアンコ商会』を巻き込んでの内装外装の総仕上げである。
残りの最終調整はマッドサイエンティストがふたりいれば充分だし、機構とは関係ない見栄えを整える作業は餅屋に任せた方がいいので、僕は不参加。今夜はゆっくり。
が。別件で問題が発生した。
近衛騎士団一行様が残していった後遺症が少々。
ラーラも大伯母も苛立ちを隠せなかった。
いきなり近衛がしゃしゃり出てきて、でかい口を叩けばどうなるか。
「お前らがやらないからギルド主導になったのだろうに!」
ウーヴァジュースにアルコールは入っていなかったはずだが、ワインだと思ってやしないか? 食堂でラーラが珍しく怒っていた。
さすがに大伯母があちらに釘を刺したようだが、あちらには大伯母の兄弟もいるし、どこまで効果があることやら。
「どの道あっちの船は何もできないさ」とは、さっきまで自分たちの船をここまでやるかというほど痛めつけていた狂気の面々の台詞である。
「戦闘形態が変わってきているんだ。大人しくするしかないさ」
その辺の自覚はあるんだな。
だったらなんで今更手を加えるのかといえば、やっぱり趣味だからか。
「前線の風に当てられてるのよ」
パトリツィアさんが鎧を着たまま階段を上ってきた。
「あー。エレベーター、ありますよ」とは、今更である。
「大丈夫よ。こちらの指揮権に影響が出るようなことはさせないから。王命で来てるんだから、邪魔するようなら反逆罪をチラつかせたってかまわないわよ」
自分の旦那もいるのに、恐ろしいことを。
「もしものときは、わたしが止めますからご心配なく。不遜な件は己の矜持に押し潰されそうな軟弱者の戯言だと思って許して上げてください」
近衛の新しい世代はタロスと戦った経験がない。しかも剣ではなく、船で戦うとなれば。
ここはお願いして大丈夫だろう。
実際、あちらの船の武装では活躍は有り得ない。まあ、浮遊要塞の盾ぐらいにはなるだろうけど。
折角、上がってきて貰ったが、一階にて夕食の準備が整ったので、屯していた食堂から全員移動して貰った。
「まさか、エレベーターとは。ここは『魔法の塔』か?」
それより、もっと目立つ案件が目の前に生えているのですが。
本日の夕飯はドラゴンシチュー。お肉はいつもよりでかい角切りサイズ。トロトロに煮込んではいるが、顎に来るサイズだ。このサイズを噛みちぎるところにエクスタシーを感じるのは、何も獣人だけではない。人族の子供とて同様だ。
「おいしいね」
「お肉柔らかい」
口の周りはソースでべったりだけれども。
野菜サラダは相変わらず獣人たちには人気がなかった。折角ヘモジ兄弟が用意したのに。
「うん、うまい」
いつもの味だ。
そこになんとも香ばしい匂いが漂い始めた。
なんとチキンの丸焼きが出てきた。ココ様のあれではないので怯えることはないが、シチューの後に食うかよ。
「香草焼きなのです」
「ナーナ」
香草は兄ヘモジが持参した物らしい。ということは、今夜のレシピは決まっていたということだ。
料理がバッティングしたということかな?
食後はこちらでは余り飲まれないコーヒーが用意された。
砂糖を入れても子供たちは苦い顔をしていた。
元々、異世界料理を文献を元に復元したものだが、一握りの種子から大量生産まで漕ぎ着けたのは本家のなせる技だった。当然、過去において人類が飲んでいたそれと同じ味だったかは今更検証のしようがない。逆も然り。今は亡き者たちにこちらの豆の味をどうこう言われる筋もない。
コーヒーは異世界においてはスタンダードな飲み物であったにもかかわらず、再生された物はそこまでおいしいものだとは感じられず、作った側からも長く疑問符が残る商品であった。苦いとか健康にいいとか、悪いとか、中毒性があるとか、文献と伝承のみが頼りであったが、先頃、呆気なく問題が解決した。
それはヤマダ・タロウという名の過去人の現し身のおかげであった。
「ちょっと酸味が強いけど…… おいしい豆だ。間違いなくコーヒーだよ」と評価された結果、以後この世界において、その味がスタンダードになったのである。
もっと早く相談していればよかったのに、誰も気付かなかったのか?
爺ちゃんが生まれた時には似て非なる物はあったというから、随分、遠回りしたものだ。
量産できたとはいえ、世界を満たすほどの量はまだ供給できておらず、我が家の周囲がたしなむ程度の嗜好品扱いが続いていた。
兎に角、子供たちにも馴染みのない味は敬遠されたのだった。
「マイルドな味のものを厳選したんだけどな」
「子供にはまだ早かったわね」
「大人の味なのです」
「いずれ病み付きになるわよ。このうちの何人かは必ずね」
ナガレが嫌な予言をする。
「紅茶よりこっちの方がいい」
「俺も紅茶よりこっちの渋いのが好みだな」
チコさんとピノさんもか。
「お店に置けるぐらい生産できればいいんだけど。ローストの仕方で味が全然変わってきちゃうから、売り方も慎重なのよ」
「眠気覚ましには最高だよね。うちの工房でも常用してるよ」
斯く言う僕も、丁稚時代からよく飲まされていた。酸化して渋くなった不味さのおかげで、目はいつも冴えていた気がする。
「ここまでマイルドだとコーヒーを飲んでる気がしないよね」と、僕が同意したら、工房の粗雑さに、みんな同情した視線を寄せた。
なんだかんだ言って、美食家たちである。
「興味のないことには無頓着なのは悪い癖だな。少し考えた方がいい」
暗に、ロメオ爺ちゃんが非難された。
ただ、恐らく工房の人間の多くがコーヒーの味はあれだと勘違いしていると、僕は確信する。
「今度、ちゃんとしたコーヒーを振る舞いに行った方がいいかもしれないな」
スタンダードが確立してまだ日が浅い。ロメオ爺ちゃん的にはもっと早く指摘してくれたらよかったのにという所だろう。
僕たちふたり、カップを両手で包み込み、小さくなってしみじみ本物の味を堪能するのであった。
「これじゃ、眠気覚めないよな」
ロメオ爺ちゃんは小さく囁いた。




