いよいよ、英雄ご一行様
「あっちはどうなっているのかねぇ……」
僕は駐屯地に鎮座するもう一隻に思いを馳せた。
「デメトリオ・カヴァリーニか…… 来なくていいのに」
「ほんと、戦馬鹿よね」
いきなり背後を取られて絶句した。
「い、いらしてたんですか?」
「次男同士で気が合うらしくてね」
ヴィオネッティー本家領主の次弟、エルマン爺ちゃんの妻。名前なんだっけ? そうだ、パトリツィア!
エルネスト爺ちゃんのもう一人の兄にして災害認定者のエルマン爺ちゃんの同僚で元上司。
「パトリツィアさんも、騎士団で参加ですか?」
「出番があるとは思えないんだけどね」
彼女も一門の魔女のひとりである。剣士であるが。
「日用品が欲しいんだけど。案内して貰えないかしら? 支給品だけじゃ、心許なくてね」
一般兵じゃなく、貴族枠なのに何が足りないというのか。
大体、なんの要件でこんな入り江まで。
「タロスを一刀両断できる剣なんてないかしらね」
「ガーディアンのブレードでよければ、いくらでも」
「言うようになったじゃないの。リオ坊」
そう言って後ろから羽交い締めされる。
「いい顔になったわね」
耳元で囁かれた。
そしていつもの頭グリグリ。夫婦揃って人を芋か何かと…… ガントレットを装備してないだけ今はマシだけど。その握力は武人のそれであるわけで。
痛いよ。おばちゃん。
「今のあんたになら命を預けてもよさそうね」
「そりゃどうも」
「わたし、旦那のお目付…… 付き添いできたんだけど、暇なのよね。君の船、人が足りてないんでしょう。乗せてくれない?」
お目付役って言い掛けたね。
「…… 条件によります」
「身内でもあるし、報告は控え目にしておいて上げます」
要するに王家の横槍である。
ラーラが乗る船なので、出張ることはないだろうけど。
否、むしろラーラのためか。
「殿下も新し物好きですからね。面倒ごとは控えて欲しいんですけど」
この船の先進技術は黙っていてねと僕は言う。
「それは近衛も同感よ。なるべくその手の情報は小出しにしましょう」
よかった。
「合流はいつ?」
「あっちの船は情報を共有次第、要塞に今夜中に戻るわ。でないと合流できなくなっちゃうから。わたしは夕飯時にでも」
「じゃあ、泊まりはエルネスト爺ちゃんたちと一緒でいいですかね?」
「ありがとう、助かるわ。『飛空艇』はむさ苦しくて、どうにも苦手なのよね」
では勝手に手を加えられた『ダイフク』の豪華客室をご堪能下さいませ。
食堂だけでは手狭だったので一階の居間で夕食会になった。
皆、勝手にテーブルやらイスを拵える。
そして昼食に負けない量の肉料理が並ぶ。
そこにはパトリツィアさんの姿もあった。
「何しに来た?」
アイシャさんが警戒する。
「監視よ。あなたたちの」
「いらぬ世話だ」
「ほっとくと何するかわからないでしょ?」
「何もせん」
「既に始めてるみたいですけど?」
ん?
アイシャさんの視線は爺ちゃんたちに。
「おい、ロメオ」
爺ちゃんではなく、ロメオ爺ちゃんを呼んだ。
「何を企んでおる?」
「ああ、船の改造だよ。彼らの船が想像以上の優れ物でさ。僕たちの船が付いて行くには大幅に改修が必要だと判断したんだ。やっぱりこっちの世界では飛空艇は難しいね。それでちょっと」
「壊れた船を買ったと」
「『浮遊魔法陣』をゼロから造る時間はないからね。廃材も素材にできるし」
「問題ないじゃないの?」
「買い取った船の大きさが問題なのよ」
「廃棄する予定の船だといっても『飛空艇』とは比較できない大きさの船よ」
「ちょうどいいのがあってよかったよ」
そのちょうどよさが異常だと言ってるんじゃないの?
地下のドックに収まるサイズでないとすると、既に解体されて爺ちゃんの腹の中だ。
大伯母は知らんぷり。
諦めてるんだろうか。
「食ってるか、リオネッロ」
ピノさんが無駄に元気だった。
「お前は小食だからな」
「人族としては普通だよ」
「お前らも食ってるか」
「ピノおじさん、うるさい」
子供たちは容赦なかった。
「ほら、言われてるよ、ピノ」
「なんだよ。お前らを思って言ってるんだぞ」
「君だって昔はこんなサイズだったろう」
「俺はもっと骨太だった」
「ナナーナ」
ヘモジが野菜を彼の皿に盛る。
「あ、こら、ヘモジ!」
「野菜食え、野菜」
全員にからかわれた。
婆ちゃんと目が合った。
「……」
「食い過ぎ」
「はうっ」
食後、本格的に爺ちゃんたちの飛空艇の改装が始まった。
『闇の魔石』の登場で魔石のリサイクルが可能になったことにより、補充は充分だと判断した爺ちゃんたちは魔素の薄いこの空でも自由になるべく大鉈を振るう判断をした。
魔力に関しては僕たちより遙かに潤沢だからな。ほとんど永久機関だ。
まず『補助推進装置』を設置する。スピードアップの必需品。だが飛空艇には重過ぎる。なので『浮遊魔法陣』である。システムを保持するためだけに大型船の魔法陣を丸々一個消費する。
その魔法陣のコアだけでも飛空艇には充分重かったりするから、さらにもう一基。
船の側面には武装があるわけで、どうするのかなと思ったら。
「新規作成かよ」
こちらの世界の飛空艇には余り執着がないようで、爺ちゃんたちは容赦なく解体した。
あくまで兵器と割り切っている模様。
推進装置を小型化した物をガス嚢とゴンドラの間に追加すると共に重量を相殺するための魔法陣を一枚噛ませる。その丸い円盤に沿ってレールを引きクルクル回る自動回転砲塔を左右に取り付けた。
椅子がクルクル回るアトラクションみたいでピノさんと婆ちゃんは大喜び。
これでひとりでカバーできる領域が格段に広くなった。今までは砲身は自由だったが、座している位置は固定だった。
照準器が間に合っていれば、ソファーに転がりながらでも操れただろう。
その下にゴンドラがぶら下がるかっこうになったが、さてもう一枚の『浮遊魔法陣』はどこに設置するのか?
船底に付けるのは感心しない。ホバーシップじゃないんだから、船の重心はよく考えないと。小回りに影響する。
アイシャさんが何かするようだ。
爺ちゃんも手伝って何する気だ。
ロメオ爺ちゃんがニタニタしながら僕の横に立つ。
「何するんです?」
「すぐわかるよ」
ふたりは膨大な魔力を魔法陣のコアブロックに注ぎ込んだ。
まずコアの外装が剥がされ、魔法陣が露出する。そして。
「曲げた……」
魔法陣を曲げたよ!
空前絶後の所業であった。
「立体魔法陣が構築された段階で既に考案されていたんだ」
「大伯母は知ってるの?」
「レジーナさん? 知ってるも何も彼女が考案者だよ」
「聞かされてないんだけど」
「アイシャさんが、君に立体魔法陣の理論をプレゼントしただろう。それに触発されてね」
「だったら」
「凱旋して帰ってきたら、褒美として用意してたのかもね」
「だったら、僕に見せないでくれたらよかったんじゃ……」
「どの道、見たらわかっちゃうだろう? 君は聡いんだから」
コアブロックを剥がされた基板は見る間に曲げられていった。
ケバブサンドかよ。
基板をU字型に湾曲させた所で、一旦作業停止。
「テト」
飛空艇を一旦宙に浮かせる作業を行なった。
大分、縦に長くなったな。といっても『ダイフク』と比べるべくもないが。
こう縦に長くちゃ、滑走路に停めるのは至難の業だな。それこそ船ごと横倒しにしなきゃ、無理だわ。
空いたスペースに曲げた基板を滑り込ませる。
魔法陣に傷が付かないように慎重に。
「あれで、操作はできるものなの?」
『浮遊魔法陣』の出力方向は陣に対して垂直方向と決まっている。しかも平面一律であるから、曲げてしまっては…… 安定はするんだろうけど…… 小回りがまったく利かなくなるんじゃ。
アイシャさんが手招きする。
「僕?」
ロメオ爺ちゃんが僕の背中を押した。
「遅いぞ」
「ごめん。で、なんの用?」
「レジーナが用意した新しい魔法陣だ。見て覚えろ」
ライバルなのに仲がいいことで。
プレゼントは曲げる技術じゃなかった。
アイシャさんは新しい魔法陣を平らな基板に用意した。その数五枚。全部並べても『浮遊魔法陣』の中に収まる大きさであった。
前後左右と中央、つまり船底部分に。
「重力魔法を使ったフィルターだ。これをオンオフすることで一律の出力に緩衝して局所的に歪みを発生させる仕組みだ」
僕は呆然とした。
重力魔法の情報を集めてきたのは他でもない、僕自身だ。同じ物を見ていたのに…… 僕の想像を完全に超えていた。さすがとしか言えないが、同じ魔法使いとして、少し悔しかった。
僕が思い付いてもおかしくない案件だったのに。魔法陣の基礎が完成しただけで満足していた自分は…… なんて。
「いいプレゼントになったようだな」
アイシャさんの笑顔が同情していた。
「さあ、やるぞ」
『浮遊魔法陣』にもう一層重ねるように、アイシャさんの指導の下、僕は魔法陣を曲げるという暴挙を初めて体験するのであった。
「これって陣が歪むのと同義ではないんですか?」
「同義だが、その歪みも考慮して引き延ばしているからな、これを普通に戻したら逆に使い物にならなくなる」
「立体投射?」
わかり易く言うと、歪んだものを平面に投射したとき丁度良く形が形成される仕組みのことだが、それを物理的にではなく、演算指定によって一々決めていくのであるから、作業は膨大だ。
当然奥の手があるのだろうが、そのからくりはまだ教えて貰えないようだ。
事ここに至っても、どうすればいいのか指針が示されないことを考えると、もしかすると僕や爺ちゃんが取得できていない例の『紋章学』の上位スキル『紋章記述式』に内包する技術なのかもしれない。
兎にも角にも、二組の基盤を重ねて、新たなユニットを創造した。
それを船の船底を包み込むように配置して、爺ちゃんたちは物理的な作業を、アイシャさんは魔法的な作業を担当した。
さすがにケバブサンドのままでは格好が付かないので、かっこよく装甲を配置していくのだが。今更、このフィルターの配置が『ダイフク』の応用であることを知る。
『ダイフク』の『浮遊魔法陣』のコアの配置そのままであった。




