はらはら、英雄ご一行様
「デジャビュ……」
防壁そばのわずかな空き地で僕たちは空を見上げる。
飛んでいるのは僕のガーディアンが二機。
あちらの世界では魔法が充実しているので活躍の場があまりないガーディアン。災害級の爺ちゃんたちにも当然無用の長物であるわけで。
「下手くそだ」
ミケーレとニコロの感想は容赦なかった。
「乗るのと造るのとは違うってことだな」
問題はそれでも趣味人だということだ。
「自分たちの船の改修を忘れてなければいいけど」
戻ってきたふたりは思い思いのことをまくし立てた。
爺ちゃんが最後にガーディアンに触れたのは『グリフォーネ』の初期の頃だったらしく、軽快に空を飛び回るのが面白かったらしい。今更、欲しいとロメオ爺ちゃんに詰め寄っていた。
ロメオ爺ちゃんは『ホルン』の方に乗っていて、僕に機体の改善点を矢継早に指摘し始めた。
「ここの軸はもう少し太く、少し倒した方がいい」とか「ここのトルクは絞り気味で、あっちを緩めた方がいい」とか、操縦は下手くそなくせに、指摘は的確だった。
僕は必死にメモを取った。
この分じゃ、僕も今夜は機械いじり決定だな。
「さて次は」
え? まだ何かあるの?
僕たちにはもう付いてこなくていいと言い、子供たちが移動用に使った運搬用のガーディアンに乗って港の修理ドックの方に消えていった。
「こっちの船、買いたいとか言うなよ」
シートサイズの関係でトーニオに『零式』を任せた。
ニコロとミケーレはそれぞれのシート裏に適当に。どちらに乗るか、じゃんけんする姿は真剣だった。
「やった」
勝者のニコロが、僕の方に飛び乗った。
僕たちはモナさんの工房ではなく、入り江に向かった。
工房は現在、満杯。駆け込み需要で、うはうは状態であった。
『ダイフク』の格納庫に機体を収めると、お昼である。
全員揃って戸口に向かった。
地下階段を上った段階で上階が既に騒がしかった。
トーニオたちは誘われるように階段を跳ねるように上っていく。
若いねぇ。
親戚の集まりみたいで、皆、興奮している。
食卓はいつもと違っていた。
テーブルには大皿に載った料理が山のよう。
肉、肉、肉であった。
「胸焼けしそう……」
でも子供たちは大喜びしていた。
ステーキにハンバーグ、ドラゴンシチュー。
クルーのほとんどが獣人だからといっても、これはやり過ぎだ。
「ココ様のターキーと変わんないだろう」
「全然違うのです!」
猛烈に否定したのは最も被害を受けているであろう婆ちゃんだった。
「あっちは拷問なのです。食べたい気持ちと食べてはいけない気持ちのせめぎ合いなのです」
別に力入れて言わなくてもわかってるんで。
「こっちはパラダイスなのです」
ノルマはないし、いざとなれば押し付ける相手も大勢いるからな。
子供たちは突然の立食パーティーが楽しそうだった。それに――
爺ちゃんのクルーは皆、年上の中年だが、見た目は親戚のお兄さん、お姉さんだった。あっという間に打ち解け合って、子供たちの警戒心は薄衣の羽衣のようであった。
「食ってるか。食わなきゃでかくなれんぞ」
「食ってるって」
「そっちこそ野菜食べなよ」
「ナナーナ」
「もうお腹いっぱい」
「食べてないじゃないの」
「もう充分です」
胃袋のでかさは完敗のようだ。と思ったら、デザートが出てきた途端、形勢は逆転したのであった。
そして、客人たちはいよいよ本格的に始動し始める。
姿を消したふたりが戻ってきたときには、皆、それぞれの仕事に向かっていた。
アイシャさんは大伯母の元へ。
そのお供はオリエッタと一緒に街の探索に。
婆ちゃんたち獣人グループは夫人と連れだってソルダーノさんのお店に買い出しだ。一部は諜報活動だと言っていたが。ほんとじゃないだろうな。
「どさくさに紛れて悪さする輩は必ずいる。糞虫は人間とは相容れない存在。タロスと一緒に間引かなければなりません」と、チコソルジャーは短剣を握り締めて言った。
「街中で暴れないでよね」
一般開放した以上、その手の輩は一定数入り込むのは想定内だけど。
実質、魔女が管理するこの砦で何ができるというのか。
外の世界などどこ吹く風、迷宮妖精のルキララとそのお友達が目の前の通りをキャピキャピしながら通り過ぎていった。ケーキ屋のロゴの入った包みを抱えていた。
マカロンサイズに心血を注がなければならないケーキ屋も気の毒なことだ。
「何、今の!」
チコさんの大きな目がさらに見開かれた。
「知らなかった? ここの迷宮には『ペルトラ・デル・ソーレ』ていう妖精族が住んでるんだよ。ちゃんとした権利を持った種族だからね。くれぐれも糞虫と一緒にしないように。むしろ糞虫が誘拐しやしないか心配だけどな」
したところで、この町からは逃げられない。
『ペルトラ・デル・ソーレ』の互いへの感応力は人外なので、仲間に異常があると瞬く間に広がる。それも想像を絶する距離で。
彼らの生産する蜂蜜などの森の恵みはこの町の特産でもあるので、冒険者たちも救助の手を差し伸べるのにやぶさかではない。単体でも滅多なことでは死なないしな。
「どんなに小さくても人権を有する者に何かすれば当然の報いを受けることになる」
のだが……
「どこにいるの!」
「迷宮の第一層に彼らの森がある」
「諜報活動に行ってくる!」
「ちょっと、チコ!」
お姉さんのチッタさんが妹を追い掛けた。
「興味本位なだけか、蜂蜜か……」
一時間後、誘拐未遂犯を投獄することになるのだが…… このときの僕はまだ知らない。
犯人はどこぞの国の貧乏貴族から依頼された貧乏冒険者。
この町に手を出すなんて。
「国ごと滅びても知らないからな」
世界の存亡を決める天王山を控えるこの忙しい時期に馬鹿をやらかす輩は他国からどう思われるか。周辺諸国から総スカン食らって、静かに滅亡するのが関の山だ。
当然そうなる前に貧乏貴族の首が切られるわけだが。本当に切られたら割にあわんだろう?
「大いに反省して貰って、精々『ペルトラ・デル・ソーレ』にも立派な人権があるということを吹聴する道標となって貰いましょう」
「鍵、貸して欲しいのです」
地下ドックに行きたいと『ダイフク』の甲板の上で『ホルン』をいじっていたら、婆ちゃんと獣人様ご一行が大量の肉を抱えて戻ってきた。
「補給物資は積んで来てるんだよね?」
「あるに越したことはないのです」
「どうせ爺ちゃんが、大量に抱えてるんだろう? 値段が高騰してる時に買わなくても」
「これはさっき取ってきたのです!」
「はぁあ?」
別れてからまだ…… 結構時間が過ぎていた。
案内役にされたフィオリーナとニコレッタがしょげている。
何があった?
「ドラゴンがただの旋回竜みたいでした」
「わたしたちはまだまだ未熟と知りました」
ピノさんにしてもテトさんにしても婆ちゃんにしても、既に一線級の化け物である。入口付近のドラゴンなんぞ、敵ではないだろう。
問題は魔法を使えないというハンデを背負ってもできてしまう、というところだろう。
近接職にもそれなりのスキルがあるということを、学校で学んでいるはずだが。
想像とはレベルが違ったか。
もう婆ちゃんたちと繋がりを持ってしまった以上、この手の想定外に触れる機会も多くなるだろう。
「当たり前になる日が来るのが、怖いねぇ」
デブ猫がふたり…… やってくる。
こっちは正面玄関じゃないぞ。
はあ、おやつをたかりまくって、幸せの極致かと思いきや、逆だった。
「我ら二人体制にこの町はまだ慣れてなかった」
「猛烈に危険」
可愛い猫が二匹揃って街を闊歩していれば、そりゃあ、餌を与えたくなる。
「『万能薬』やろうか?」
「うんにゃ」
「帰って寝る」
「お気を付けて」
「今は高い所に飛び移ることもできない。警戒せねば」
「危なくなったら洗脳する」
おいおい。精神支配系は犯罪だからな。
フィオリーナとニコレッタがクスクスと笑う。
「あれだけ腹を膨らませてたら、当分貰いたくても無理よ」
「食べなきゃいいだけでしょうに。人がよ過ぎるのよ、猫なのに」
「まったく、しょうがないふたりなのです」
あんたが一番だけどな。
僕は婆ちゃんに鍵となる指輪を渡した。
あとはポータルが勝手にやってくれるだろう。




